CASEの進展、テスラや中国系企業をはじめとする新興勢力の台頭、等、歴史の転換期にある自動車業界。不透明な将来に備えるためには、M&Aという手段も活用して、自社の強みの更なる強化、弱みの補完を行う必要性が増してきている。本レポートでは部品からアフターまで裾野が広い自動車業界において、四半期ごとにM&A動向の定点観測を行うともに、その時々の業界における注目トピックをコンサルタントによる論考という形で取りあげる。

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2024年2Q(4-6月)M&A動向

グローバルでのM&A動向

グローバルベースでの2024年2Qにおける自動車業界のM&A件数は273件であった。地域別に見ると北米が85件、欧州が75件、中国が37件、日本が17件、その他が59件である。1Q同様に2023年同期と比べると減少傾向にある。

また、取引金額が公表されている案件に限定されるが、グローバルベースでのM&A金額は101億ドルに留まり、過去に比べると減少傾向にある。なお、過去を振り返ると金額が大きくなっている期間(2021年1Q、3Q、2023年2Q)はベトナムVin Fast Auto、スウェーデンPolestar、等のナスダック上場に伴うSPC(特別目的会社)との合併やダイムラートラックスの分社化等、自動車メーカー関連案件の影響が大きい。

図表1:自動車業界におけるM&A件数推移(グローバルベース)
図表2:自動車業界におけるM&A金額推移(グローバルベース)

日系企業のM&A動向

 日系自動車企業が関与したM&Aに目を移すと2024年2Qは22件であり、こちらも過去に比べるとやや件数が少なくなっている。金額が公表されている案件に限ってのランキングになるが、最も取引金額の大きかった案件はスズキによる自動運転スタートアップであるティアフォーへの出資である。

図表3:日系自動車企業が関与したM&A件数推移
図表4:日系自動車企業関連 M&Aランキング(2024年2Q)

1Qのいすゞに続く自動車メーカーによるティアフォーへの出資となるが、ティアフォーの自動運転に係るソフトウェアプラットフォームとスズキの小型車製造ノウハウを掛け合わせ、地域モビリティを支える自動運転技術の研究開発および社会実装を進めることを目指す。

また、日産による河西工業への出資も公表されている。河西工業が第三者割当で発行するA種優先株式を引き受ける形で総額60億円を出資する。河西工業は主要客先の日産の自動車生産減少の影響などで財務状況が悪化し、2023年3月期まで4期続けて最終赤字であり自己資本の充実を含めた再建策を検討していた。

加えて、アイシンと三菱電機の共同事業に関する発表も注目される。三菱電機の自動車機器部門を分社化した三菱電機モビリティから、更に電動化事業に関連した事業を移管し、三菱電機が66%、アイシンが34%を出資する合弁会社とする。アイシンは電動化領域を強化する方針を打ち出していたが、三菱電機が強みを持つモーターや電力変換器等と、自社が有する技術を組み合わせ、市場競争力を強化する。

論考:生成系AIがモビリティ産業に与える影響と求められるモビリティ業界企業対応

はじめに

2022年末のChat GPTのリリースから始まった生成系AIのブームは、世界中に非常に大きな影響を与えている。また多くの企業が対応を迫られる事態となっているのは、読者の皆様もご存じのとおりである。

一方で、モビリティ業界においては、まだ現実的な影響を感じていない方も多いようだ。確かにモビリティ業界においては、生成系AI以前のデジタル化のトレンドについても、自動運転、EV、サブスクリプション、オンライン販売、サーキュラーエコノミー等、大きな変化が予想されてきたが、実態としては中々進んでいない現状もある。そもそも、生成系AIを含むデジタル化は、メディア・エンタメや、通信・インターネット業界、IT業界等、「質量」が少なく「情報」の重要性が高い業界では早く進むが、「大きな質量の物質」を「エネルギーにより移動」させるモビリティ業界のような「リアル」な業界では遅れてやってくる特性がある。

しかし、生成系AIは、そのような業界のデジタル化を劇的に進めるドライバーとなる可能性を秘めている。ここでは、生成系AIの特徴・モビリティ業界における意味合い・影響と、すでに活用が進んでいる事例に加え、M&Aを含めた個々の日本企業に求められる対応について、解説していく。

生成系AIの特徴と意味合い

生成系AIには、多くの特徴があるが、ここでは主な特徴として、以下の点を挙げてみよう。

1. 高度な自然言語処理・生成能力 人間の言語を理解し、適切な応答を生成できる
2. マルチモーダル性 テキスト、画像、音声などの異なる形式のデータを統合的に処理し変換できる
3. 汎用的なタスクの処理 幅広い領域のタスクに対応し、新しい状況に迅速に適応できる
4. コンテクストの理解と推論能力 深い文脈理解に基づく適切な応答や論理的推論

上記の特徴により、いままでのコンピュータ・人間の能力の住み分けに大きな変化が発生し、人間が得意としていたタスクにまで生成系AIが侵食していくことが予想されている。詳細は図表に整理したが、コンピュータは1950年代の誕生から、近年でのビッグデータやアナリティクス技術に至るまで、主に「大量・高速・正確性・常時性・スケーラビリティ」にその能力の特徴があった。一方、人間は「固有性・柔軟性・抽象性・身体性・社会性」等に優位性を持っていたと言えるだろう。

これらの特徴からも分かるように、今までのコンピュータは、比較的単純でボリュームが多い業務の自動化を行っていた。しかしながら、生成系AIは、人間の脳の動きを模倣したニューラルネットワークがコアな技術となっていることから、人間だからこそ可能だと考えられてきたより複雑で高度かつ、固有性の高い業務も置き換えていくことが予想される。

生成系AIによる対応タスクの拡大の構造

生成系AIによる対応タスクの拡大の構造

生成系AIの今後の進化について

それでは具体的に今後の生成系AIの進化についても考えていこう。24年7月に生成系AIの進化について、OpenAIが定義した5段階の成長モデルが話題になった。それらの5段階の能力は下記のとおりである。

1. チャットボット(現在の段階) 基本的な対話や情報提供が可能
2. 推論者 より複雑な問題解決や分析が可能になる
3. エージェント 数日間にわたって自動的にタスクを遂行できる
4. 革新者 新しいアイデアや解決策を生み出すことができる
5. 組織マネージャー 組織全体の運営や意思決定を担うことができる


特に注目すべきは、レベル3の「エージェント」段階である。この段階では、AIが数日間にわたって自動的にタスクを遂行できるようになる。AIが現在の人間のサポートという役割から、人間のタスクを積極的に代替していく契機となると考えられる。

また、もう一つの進化の流れがエンボディドAIである。身体性を持ち、物体の操作・コミュニケーションをとりながら進化する、生成系AIとロボティクスが融合した概念である。特に政府によるインターネット上の規制により、自然言語の分析が難しい、中国において開発が進んでいる。これらは特にリアル空間における身体の活用といった人間が優位だと考えられていた能力をさらに代替していくだろう。

そして、こういった「エージェント」や「身体性の獲得」というのは、まさしく、モビリティ業界での最重要技術である自動運転の開発とも、歩みが重なってくるものである。

モビリティ業界での生成AIの活用領域

それでは、生成系AIのモビリティ業界における活用領域を見ていこう。主に業界共通の領域と固有の領域に分けられる。

<業界共通の活用領域>
 ・マーケティング・セールス
 ・顧客サポート
 ・顧客の与信・保険業務
 ・R&D

<モビリティ業界固有の領域>
 ・車体のデザイン
 ・運転中の社内コミュニケーション
 ・フリートマネジメント
 ・自動運転

特に自動運転技術は、現在のOEMを中心とした産業構造を抜本的に変革する可能性が大きく、生成系AIがその実現を加速することが予想される。

自動運転領域での生成系AIの活用状況

自動運転技術への生成系AIの応用は急速に進んでいる。特に2024年に入って、自動運転向けの生成系AIを開発する下記の2社のM&Aがみられた。

1. ウェイブテクノロジー
- E2E(エンド・トゥー・エンド)やAV2.0と呼ばれる技術を開発中
- 車両の認知・計画・制御等を1つの大規模言語モデルで統一的に管理
- マイクロソフトや国内大手通信企業が出資
- エヌビディアが約1000億円の資金調達ラウンドに参加し、GPUの供給を通じて開発を加速

2. チューリング(日本)
- 国内大手通信企業が30億円の資金調達ラウンドに参加
- 日本市場向けに、生成系AIを活用した自動運転AI技術・車体デザインのサービスを開発中

また、テスラ社(米)も独自の生成系AIを活用した自動運転モデルを開発中だとの噂が存在する。特に、生成系AIによって、実現されるAV2.0と予想される現在の自動運転技術(AV1.0)との違いは下記の通りとなる。

 

AV1.0とAV2.0の違い

AV1.0とAV2.0の違い

既に中国の10都市、米国の4都市では商用化されたロボットタクシーが運営されているが、今後AV2.0技術の普及により、多くの制約が取り払われ、安全性・活用地域が飛躍的に増加し、ロボットタクシーのビジネスモデルが実現する可能性がある。

モビリティ産業における生成系AIの影響・OEMに求められる?対応

今後のモビリティ産業における生成系AIの影響は、主に業界共通領域に見られるオペレーション領域の改革と、自動車業界固有の領域の影響を受けるビジネスモデル改革への対応が含まれる。

オペレーション領域の改革において、その効果は当初は、マーケティング・セールス、与信等、機能レベルでの優勢性の創出に留まる。しかし、将来的にはOpenAIのAI進化ステップが示すように、徐々にその範囲と高度化のレベルが高まっていき、将来的には組織運営全体に大きな影響を与えることが予想される。

また、生成系AIの自動運転技術等により、ビジネスレベルの改革では、各社の競争優位性が根幹から覆される。結果的に産業構造そのものにも大きな影響受け、全ての企業が影響を受け、対応を迫られることになる。

このような影響に備えて、改めて下記のような対応が必要となってくるだろう。

<戦略レベル>
1. 産業構造の変化を見据えた自社の事業モデルの検討
2. 全社AI・データ戦略の再構築
3. 不足するケイパビリティの獲得方針検討

<個別施策レベル>
1. 対象領域毎の目標・実現方式の検討
2. パイロットプロジェクトの実施
3. 実際のサービス開発・導入
4. 導入後のPDCAサイクルを踏まえた継続的な改善

多くの場合、特にオペレーションレベルの施策においては、既存の基盤系モデルを活用し、RAGやファインチューニングといった比較的安価な手法で開発を行うか、AIソリューションベンダーのサービスを活用することになるだろう。一方、業界固有の領域になった場合は、有力ソリューション企業との連携や、場合によっては自社による主体的な開発が求められる。当然、自社でのモデル構築となると、非常に高価なGPU・クラウド基盤の確保や、固有のデータの準備、大掛かりなパイロットの実行体制等、大きなコストが発生することが予測され、その投資が可能な企業は決して多くはない。

想定されるM&A戦略のオプション

上記を踏まえて、想定されるM&Aのオプションについては、業態やポジショニングにより、多様なものが存在すると考えられる。その上で、多くの企業にとっての選択肢となる主要なオプションは下記のようなものだろう。

1.AIソリューション企業への業務提携・出資
既存のAIソリューション企業への業務提携・出資により、提供ソリューションの優先的な活用や、深い連携、カスタマイズを可能とする。また将来的には出資比率を高めて、完全な統合を目指す選択肢も存在する。

2.ケイパビリティ・ソリューション獲得を目指したAIスタートアップの買収
小規模なAIスタートアップの買収によるAI人材の獲得を行い、自社のAIチームを強化する。獲得した人員の維持等、多くの課題が存在するため、買収合意前の早期からのPMI方針の検討が必須となるだろう。新規事業といった外部向けのソリューション提供を継続することも選択肢となる。

3.業界内外企業との戦略的なパートナーシップ構築
生成系AIモデル構築については、多額コストが発生するため、自社での実現が困難である場合が多い。ある程度の利害関係が一致する業界内外の大手企業との共同での開発も選択視となる。その際のオプションとしては、業務提携・JV設立・資本提携・共同出資等、幅広いオプションが存在する。

4.オープンイノベーション実施・CVC設立
より広範囲な知見と目利き力の獲得のために、オープンイノベーションの取組推進・CVC設立等を進めることも選択肢となる。想定される幅広いAI導入のオポチュニティに対して、スタートアップ・研究室のリソースも活用しながら推進が可能となることも大きなメリットである。

終わりに

自動車におけるデジタル化について、既存の自動車オーナー、業界関係者からは、本当に人々は自動運転車に乗るのか、新たなビジネスモデルが描けない、規制への対応や社会の許容性に問題がある、といった懐疑的な意見も聞かれることが多い。確かに現実的には多くの課題があるのは事実である。

しかし、「質量がない」デジタル上でのイノベーションは、データの増加により我々の「リアル」の感覚をはるかに超えて、急激に精度が向上する可能性がある。生成系AIの急速な進化により、例えば自動運転技術の事故率の大幅な低下や、高齢者等の移動困難者への新たなサービス提供など、社会的なメリットが急速に顕在化する可能性がある。そういった事態に備えて、早期からの戦略立案・実行、それに合わせたM&A戦略の立案が求められるだろう。

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