IFRS18号適用で高まる経営者の説明責任~企業価値向上のストーリーをどう表現するか~

旬刊経理情報(中央経済社発行)2024年9月10日号(No.1720)に IFRS18号適用に関するKPMGの解説記事が掲載されました。

旬刊経理情報(中央経済社発行)2024年9月10日号(No.1720)に IFRS18号適用に関するKPMGの解説記事が掲載されました。

本記事は、「旬刊経理情報2024年9月10日号」(通巻No.1720) に掲載したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

【この記事のエッセンス】

  • IFRS18号は特に財務諸表利用者からの要望に対応して開発された基準であり、PLにおいて収益および費用を「営業」、「投資」、「財務」といった区分に分類することや、財務諸表外で投資家とのコミュニケーションで用いる業績指標に関する情報の注記などが求められる。
  • IFRS18号が求めていることは、投資家が日本企業に求めてきた「経営者としてのアカウンタビリティ」そのものであり、「稼ぐ力」の持続的な向上やBS方針に関する説明が問われている。
  • IFRS会計基準適用のそもそもの狙いの1つであった「グローバルな投資対象となる」ためにも、IFRS18号を契機とし、企業価値向上に向けた「経営者のアカウンタビリティ」を一段と高めていくことが必要である。

はじめに

2024年4月9日、国際会計基準審議会(IASB)はIFRS18号「財務諸表における表示及び開示」を公表した。IFRS18号は、企業の財務業績報告の改善について、企業を取り巻く利害関係者のなかでも特に投資家など財務諸表利用者からの強い要望に対応して開発されたものである。IFRS18号では特に純損益計算書(PL)の財務業績に関する情報の改善に焦点が当てられており、財務業績をどのように測定するかには影響しない一方、財務業績をどのように表示・開示するかに影響がある。

財務諸表のいわゆる本表のなかでも企業内外での関心が一般的に高いPLの表示が変わるということもあり、IFRS18号の内容や、基準の適用が企業にもたらす影響等について、基準公表以降、関係者の関心は高まっている。

本稿では、IFRS18号のポイントを認識したうえで、IFRS18号の本質ともいえる「経営者としての考え方が可視化」されるとの観点から、IFRS18号適用に向けて「企業がいま本当に求められていること」に焦点を当て考察する。

なお、文中意見にかかる部分は筆者の個人の見解である。

IFRS18号は企業に何を求めているのか

(1)IFRS18号のポイント

まず、IFRS18号のポイントを確認しよう。なお、IFRS18号は2027年1月1日以降開始する事業年度から強制適用となり、比較情報および期中財務報告にも一定の影響がある点に留意されたい。

1.PLの構成
PLを5つの区分に分類し、その分類を踏まえて、「営業損益」を含む新しい2つの小計が追加される。

2.情報のグルーピング
基本財務諸表と注記の役割が明確化され、情報を集約および分解するための原則や集約および分解プロセスに関するガイダンスが定められた。また、営業区分に分類された費用の表示・開示方法に関する要求事項がIAS1号「財務諸表の表示」から見直されている。

3.経営者が定義した業績指標(Management-defined performance measures、MPM)
MPMの定義が規定されるとともに、PLの小計との調整表などMPMの情報を単一の注記で開示することが求められる。

また、IAS7号「キャッシュ・フロー計算書」において、間接法を用いて営業活動によるキャッシュ・フローを作成する場合の出発点の見直しや、利息・配当の受取額・支払額の表示区分に関する見直しもされている。

これらにより、企業間のPLの比較可能性の向上、より適切な詳細さで情報が提供されることによる投資家にとっての有用な情報の増加、およびMPMの情報の質と信頼性の向上が期待される。

ここで、1. PLの構成についてもう少し詳しく確認する。PLの区分と、各区分に含める収益および費用は図表1のとおりである。IFRS18号ではPLの新たな区分として「営業」、「投資」、「財務」の区分が設けられており、特徴的な点として、たとえば次が挙げられよう。

  • 「営業」区分は、その他の区分に分類されないすべての収益および費用が含められる結果として、通例ではない収益および費用も含まれる。
  • いわゆる持分法投資損益は「投資」区分となり、選択の余地がない。
  • 「投資」(「財務」)区分への収益および費用の分類にあたっては、まず所定の要件を満たす資産(負債)を特定したうえで、それに関連する収益および費用を分類する。

図表1 IFRS18号におけるPLの構成

図表1 IFRS18号におけるPLの構成

出典:KPMG作成

(2)IFRS18号で表示・開示される情報の意味

では、IFRS18号に従い表示・開示される情報は、企業が行う事業や経営管理との関係において、どのような意味合いを持つものとなるのだろうか。ここでは、PLの各区分、およびMPMについて記載する。

1.PL

  • 「営業」区分・「非継続事業」区分:事業ポートフォリオに関する基本方針に基づき、継続事業と非継続事業を明確に区分しているか。
  • 「投資」区分:いわゆる持分法投資やジョイント・ベンチャー投資、一般投資をどう使おうとしているのか、その他の運用資産の方針はなにか。
  • 「財務」区分:金利ある世界において、どう財務規律を働かせ、かつ、成長のために調達をグループレベルでどう考えているのか。
  • 「法人所得税」区分:税務を事業の一部として捉えているか、税務戦略をどう設け、グループレベルでの税金費用を適正化しようとしているのか。

2.MPM

  • 経営者が何をもって自社の企業価値向上を測定・評価しようとしているのか。

PLの構成として5つの区分が画一的に設けられたことで、投資家は各区分に前記のような意味合いを持たせたうえで、各区分の数値がどうであったか・どうなるかを今後分析するであろう。企業は、そのような投資家の分析に対して、関連する経営管理方針と紐づけて各区分の説明をしていく必要が生じる。

一方、MPMは企業が自社の企業価値向上との関係から自ら設定する指標であり、企業の裁量がある分だけ、なぜその指標を投資家との対話において用いるのか、その指標の活用がどう企業価値向上につながるのか、経営者の考えを説明する必要がある。

このように考えると、IFRS18号に基づく表示・開示は、企業が事業を行い管理していく際の経営者としての考え方を、IFRS会計基準適用企業共通の軸と企業独自の軸との両面で可視化するものであるともいえる。

そうであるならば、IFRS18号は制度会計上の1ルール変更にすぎないものとして財務経理部門による勘定科目体系の見直しなどの限定的な対応に焦点が当てられるべきではない。IFRS18号に準拠した表示・開示やその他の開示を通じて企業価値向上のストーリーをいかに投資家に伝えるか、または、そもそも投資家に伝えられるだけのストーリーを企業がすでに描けているのか、といった観点からの再確認が必要であり、それゆえにIFRS18号適用に向けての対応は財務経理部門にとどまらない全社的なものになるものと想定される。

いま日本企業に対して投資家が求めていることは何か

IFRS18号の本質は前述のとおり、「経営者としての考え方が可視化」されることであるが、これはまさに日本企業が投資家から長年にわたり課題提起されてきた「経営者としてのアカウンタビリティ」を求める動きそのものである。

2015年に始まったコーポレートガバナンス・コードの適用(2018年改訂、2021年改訂)と前後し、「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」の公表(2022年)や「事業再編実務指針」の公表(2020年)などの取組みが矢継ぎ早に行われてきた。昨年も東京証券取引所の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」が公表され非常に大きな注目を集めたが、これらの取組みの背景には、日本の企業経営者のアカウンタビリティに対する投資家からの変わらぬ強い問題意識がある。

以下では、投資家が企業価値向上の観点から日本企業に求めてきた3つの問題意識を例に挙げ、IFRS18号によりどのような影響が起こり得るか、それぞれ整理してみたい。

(1)「稼ぐ力」の持続的な向上に関する問題意識

日本企業は従来よりPLに偏重した経営を行ってきており、中期経営計画に掲げる指標も営業利益や経常利益など、なかば通り一辺倒な利益項目が大勢を占めていた。日本の会計基準を採用する企業が多いなか、営業利益や経常利益はともに会計基準で定められた利益項目であり、同業他社と比較しやすいといった特徴も相まって、KPIとして採用しやすいという側面があった。

一方で、企業価値向上が求められる今日において、採用するKPIに経営者としての意思を込めることが求められる。「稼ぐ力」の持続的な向上が求められるなか、同じ営業利益であっても資本コストに対する営業利益の水準や位置づけをどう考えているのか、また、企業価値は本質的にフリー・キャッシュ・フローの割引現在価値であるとするならば、営業利益とキャッシュ・フローの関係をどう整理しているのか、明確なスタンスを経営者として示す必要がある。

IFRS18号においてPLの小計との調整内容などの開示が必要となるMPMは、まさに経営者に何をもって「稼ぐ力」を示すのか、を問うているといえる。経営者には、企業価値向上に向けて「稼ぐ力」をどう定義し、これを持続的に向上させていくしくみ・規律がどのように備わっているか、資本市場・投資家から説明が求められている。日本企業は企業価値向上に対する説明力が不足しているといわれて久しい。何をMPMとするのか、それはなぜか、これを用いてどのように企業価値向上につなげていくか、の丁寧な説明を行うことは、まさに市場の要求に応えることにつながると考える。

ここでMPMに関して1つ留意点を挙げておきたい。MPMは企業価値向上に対する説明にあたって用いる指標のうちの一部にすぎないという点である。IFRS18号において、MPMはあくまでも所定の要件を満たす「収益および費用の小計」として定義されている。つまり、EBITDAはMPMになり得るが、営業キャッシュ・フローや、ROEやROICなどのBS指標は、仮に企業が投資家とのコミュニケーションで用いる指標であってもMPMに当たらないこととなる。何がMPMで何がMPMでないかという判断はIFRS18号の対応上避けて通ることはできないが、議論がそういった技術的な論点に終始されるべきではない。投資家から求められている本質的な要求は「企業価値向上に向けた“稼ぐ力”の定義に関する説明」であり、企業価値向上に向けたストーリー強化の一環としてIFRS18号対応の取組みを行うことが求められていると考える。

(2)投資戦略に関する問題意識

前述のとおり、日本企業はPL偏重の経営から脱し切れておらず、投資家から長年BSに関する明確な方針が示されていないと指摘されてきた。投資家が一方的に配当や自社株買い等の株主還元を求めるケースがあるのも、最適資本構成の考え方や適切な現預金保有水準が不在あるいは曖昧であるのに加えて、何に対してどのように投資するのか明確なキャッシュ・フローのアロケーション方針がないのであればキャッシュを返してほしい、という誘因が働くためである。

IFRS18号は「投資」についてBSに関する経営者のスタンスや考えをより明確に問う仕掛けが施されている。IFRS18号における「投資」区分は、1. 本業から独立した投資領域(株式・債券・投資不動産など)、2. 現預金、3. 持分法投資などにかかる収益および費用で構成される。ここで注目すべきポイントは、「投資」区分に該当するBS項目の特定(例えば前述の1~3など)がまず最初に行われ、これにもとづく収益および費用がPL上の「投資」区分と定義されていることにある。IFRS18号による変更箇所は一見PLの表示の見直しであるが、BS構造との紐づきを明確に意識されていることを理解しておくことが重要である。

そして、今回「投資」区分として定義されたBS項目には、まさに投資家が日本企業に求めてきた「BSについての明確な方針」のなかで論点として挙げられてきたポイントが凝縮されている。たとえば、1.本業から独立した投資領域に関していえば、政策保有株式や本業と直接関係のない投資用不動産などが含まれるが、それらはまさに日本企業において保有意義を問われている重要な項目である。また、2.現預金においても日本企業は現預金の適正保有水準に関する方針がなく、保有水準が過剰であると投資家から指摘されることが多い。さらに、3. 持分法投資に関しては、経営コントロールの難しさやキャッシュ・フロー上の問題もあり、従前より「持分法投資を経営としてどのようなスタンスで扱っていくか」に注目が集まっていたが、近年ではサステナビリティの文脈においてさらに注目を集める可能性がある。

環境を含む社会的な課題の解決を通じ企業価値の向上を実現すること、つまりサステナビリティも含めて企業価値向上の取組みを行うことは、今日の企業経営にとってもはや必須条件となっている。たとえば、企業価値の毀損につながり得るリスクへの対抗策として、また反対にこれを事業機会として、脱炭素技術開発などに大きな投資を行うことを表明している日本企業も増加しているが、地球規模での社会課題解決に向けた取組みを自社リソースだけで遂行することは極めて困難である場合が多い。このような状況下ではベンチャー投資や戦略的アライアンスの活用など、自社リソースにこだわらない柔軟な発想が求められており、こうした意味合いにおいて、サステナビリティに対する対応方針が、ジョイント・ベンチャーや持分法投資などの「投資」区分においてより一層鮮明に表れてくる可能性がある。

(3)グローバル財務管理・財務戦略に関する問題意識

長らくゼロ金利政策が続いてきた日本においては、金利コストや財務健全性にそこまで配慮せずとも資金調達や投資実行がしやすい環境にあった。しかしながら、「金利ある世界」においては、各社の財務戦略方針やグローバルでのキャッシュマネジメントの巧拙がより問われることになる。グローバル経営管理の面では一日の長がある欧米グローバル企業と比べ、日本企業においてはグローバルでのキャッシュ効率や財務ガバナンスについて課題を抱えているケースも少なくない。

IFRS18号において、「財務」区分に含まれるのは借入や社債などの資金調達から生じる収益および費用やリース負債・確定給付年金負債などにおける利息等からの影響分であるが、それらは従前は、PLの「金融収益」、「金融費用」などの区分で、投資関連の収益および費用とともに表示されることが多かった。IFRS18号により資金調達等の成果が「財務」区分に、その運用の成果が「営業」又は「投資」区分に、と明確に分かれることで、企業の財務調達方針やその巧拙の結果がより鮮明になることが予測される。たとえば、日本企業のなかには資金調達・運用・管理等に関する財務ポリシーが欠如し、さらにはグローバルでのキャッシュの動きについても十分に可視化できていないケースも見受けられる。日本の本社が知らないうちに海外グループ会社で独自の資金調達・運用・商流設計が部分最適で行われてしまうと、グローバル全体での資金最適化は実現できない。金利上昇や為替リスクが増大している今日の経済環境下において、グローバルでどのような商流を設計し、各国地域間でキャッシュを自在に融通させ、どこでどのような形で資金調達を行うかについての戦略やコントロール手腕がますます問われることになる。

IFRS18号への本質的な対応として取り組むべきこと

日本においてIFRS会計基準を適用するそもそもの目的として、「グローバルな投資対象となること」に言及する企業が多いが、そのためには、IFRS会計基準による財務諸表をツールの1つとして活用することで、自社の投資対象としての魅力を伝える必要がある。IFRS18号の公表により特にPLの比較可能性やMPMの情報の理解度合がより高まると期待されるが、これは投資対象としての相対的な魅力を伝えるための大きなチャンスであり、経営者はこれを機に対外的な説明力をさらに高め、説明責任を果たす必要がある。説明責任を果たすことは「グローバルな投資対象になること」を目指すIFRS会計基準適用企業にとってそもそも取り組むべきことであり、IFRS18号の適用によって経営者はまさに原点に回帰することが求められるものと考える。

たとえば、MPMに関する情報の開示を1つの契機として、経営者として「稼ぐ力」の持続的な向上のためにどのような指標を重視し経営を行っているか、「稼ぐ力」は結果としてどうなったかについて市場に向けた説明を強化していく必要があるであろう。また、「投資」区分の新設を1つの契機として、持分法投資やジョイント・ベンチャーに対する経営スタンスを含めたBSについての明確な方針説明、さらにはサステナビリティも含めた企業価値向上への取組みに関する説明がますます重要になるものと思われる。さらには、「財務」区分が新たに設定されることで、グローバルでの財務戦略・管理方針やその巧拙が顕著に表れることになり、「法人所得税」に分類される税金費用においても純利益を構成する重要な要素の1つとして特にグローバルレベルでの税務戦略・税務ガバナンスの巧拙に対する資本市場や投資家からの注目度が高まる可能性がある。

これまで述べてきたように、IFRS18号の本質は「経営者としての考え方が可視化」されることにある。東証からの要請なども契機となり、配当や自社株買い等の株主還元を強化している企業も増えているが、BSに関する明確な方針がないままにやみくもに株主への還元を増やしても企業価値の向上にはつながらない。IFRS18号の適用により、「稼ぐ力」や投資戦略に関する方針等について経営者の説明責任が高まるが、これはまさに投資家が日本企業に求め続けてきたことであり、日本企業が企業価値を高めていくために必ず取り組まなければならないテーマである。

IFRS18号への本質的な対応とは、企業価値向上に向けてどのような考え方・規律をもとに経営を行っていくかについてのアカウンタビリティを一段と高めていくことにほかならない。

 

執筆者

有限責任 あずさ監査法人 アドバイザリー統轄事業部
ディレクター 熊倉 彰宏 
ディレクター 横尾 健

 

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