本連載は、「自動車産業変革のアクセルを踏む~取り組むべきデジタルジャーニー~」と題したシリーズです。
前回の第5回では、自動車セクターにおける顧客体験の重要性が増している背景について解説するとともに、顧客体験変革の方向性についてKPMGの調査結果も交えながら論じました。
第6回となる本稿では、顧客体験を変革するにあたって、どのようにして顧客のスイートスポットを特定し、差別化要素としての顧客体験価値を定義し、アクションにつなげることで成長エンジンを回していくのか、企業が取り組むべき戦略検討のアプローチについて3つの視点を示します。
1.自動車ライフサイクル全体での顧客の解像度を高める
顧客体験を高めるための最優先事項は自社の顧客の解像度を高めることです。
第5回で論じた通り、自動車セクターにおける顧客体験の概念は購入時の体験の域を超えて拡張しています。そのため、自動車購入の検討から乗り換えに至るまでのライフサイクルと、自動車を起点としたライフスタイルに対して、顧客がどういったニーズやペインを抱えているのか、深く理解する必要があります。
表層的な顧客の属性や購買履歴等のデータだけでなく、各ジャーニーのタッチポイントにおける顧客の行動データを分析するとともにVoC(Voice of Customer)を深く理解することが求められています。顧客がどのように製品やサービスを選択しているのか、行動の背景にどういった感情を抱いているのか、顧客の解像度を高め「顧客インサイト」を導きだすことが重要なポイントとなります。高い解像度の顧客像と顧客インサイトがあって初めて、差別化された顧客体験価値を定義することができます。
一方で、第5回も論じた通り、従来のディーラーを介したセールスモデルでは、顧客の行動や声を、カスタマージャーニーの広範にわたって網羅的に吸い上げることは難しいのが現状です。そのため、ディーラー等との連携強化を進めることに加え、直販・エージェントモデルでの展開や、ユーザーアプリや車両のソフトウェアの提供等を通じたメーカーと顧客の直接的な接点の構築にも取り組み、さまざまなアングルから顧客を理解することが求められます。
2.顧客体験管理の「Closed-loop」を回す
自動車メーカーにおいては、多くの企業が顧客データの取得・分析や、顧客満足度・ブランド調査を通したニーズやペインの把握に努めています。しかし、これらのデータを活用しながらも、顧客体験の全体像を十分に把握できていないことや、分析結果が意思決定や具体的なアクションに結びつかないといった事象が見受けられます。こうした事象の背景として、そもそも顧客体験の重要性が社内に浸透しておらず、顧客インサイトを軽視しがちな傾向がありアクションにつなげられていないことや、社内外のステークホルダーへ有用な顧客インサイトを連携しアクションを促すプロセスが整備されていないこと等が挙げられます。
顧客インサイトをアクションにつなげ、顧客体験を成長エンジンとして回すためには、後述する企業文化の醸成に加え、VoCや顧客インサイトをステークホルダーの誰もが理解しトラッキングできる指標として管理する仕組みや、ステークホルダーにアクションを促し、結果をモニタリングするプロセスや評価の仕組みを含めたルール等、ガバナンスの構築が必要です。そのうえで顧客の理解に基づいて打ち手を検討・実行し、結果のモニタリングをしていくような、顧客の声を基に改善を繰り返す「Closed-Loop」を継続的に運用する必要があります。
【顧客体験管理のClosed Loop】
顧客の行動や声をデータとして可視化し、顧客インサイトをアクションに連動させていくことは、企業の独りよがりで顧客に支持されない顧客体験の提供や、都合の悪い状態を過小評価し客観性を失ってしまう正常性バイアスを抑止し、より顧客に寄り添った、支持される顧客体験の提供に大きく貢献することでしょう。
3.顧客体験の改善を企業文化として取り組む
上述したような顧客体験変革に向けた組織的な取組みにあたって障壁となるのが、社内外のステークホルダーが顧客体験の重要性を十分に認識できていないことや、ステークホルダー間のサイロ化により機能的な連携が取れないことです。
顧客体験の改善は、マーケティング部門等、1つの特定部門のみが取り組める課題ではありません。フィードバックの収集には、マーケティング部門だけでなく製造部門やコールセンターや営業部門、ディーラー等さまざまなタッチポイントが必要になります。さらに、フィードバックを踏まえたアクション実行にあたってはタッチポイントを持つ現場部門だけでなく、サプライチェーン全体を巻き込んだ取組みが必要となることもあります。ブランドとして一貫性のある卓越した顧客体験を継続的に提供し続けるためには、経営層が顧客体験を経営上の重要課題として位置付けるとともに、強力なリーダーシップを発揮し各ステークホルダーのアクションをグリップしていくことが必要不可欠となります。
このような企業努力を通して継続的に顧客体験を高めることは、顧客の強いロイヤルティを形成して継続購入等によるライフタイムバリュー(LTV)を増加させるだけでなく、口コミ等によって顧客の周囲にも良い影響を及ぼすことによるマーケティングコストの削減や、高いレベルの顧客体験によるクレーム対応の削減とそれに伴う従業員エンゲージメント(社員であることの誇り)の向上による人件費の削減等、多岐にわたって中長期的にポジティブな財務的な効果をもたらすことが期待できます。顧客体験とは製品やサービスの枝葉に位置するものではなく、ビジネスの根幹そのものなのです。
執筆者
KPMGコンサルティング
カスタマーユニット
アソシエイトパートナー 白石 隼人
シニアコンサルタント 佐藤 新