本連載は、「自動車産業変革のアクセルを踏む~取り組むべきデジタルジャーニー~」と題したシリーズです。
第5回となる本稿では、自動車業界において顧客体験が重要になっている背景と顧客体験変革の方向性について、論じます。

1.自動車業界において顧客体験が求められる背景

自動車業界においてはこれまで、内燃エンジンの走行性能や耐久性といったハードウェアそのものの価値に加え、ハードウェアによってもたらされるドライビングフィールやブランドを所有することに対する満足感といった感性に訴えかける価値で各社差別化を図ってきました。これらは今後も重要な差別化の要素であり続けると考えられますが、自動車業界における新たな差別化の要素として「顧客体験」がキーワードとなっています。

その背景として、内燃エンジン車から電気自動車(以下、EV)へのシフトや自動運転技術の進展に伴い、走行性能やドライビングフィールといった伝統的な差別化要素の重要性が相対的に減少したことで、車両の利用やメンテナンスに関連した顧客体験の重要性が相対的に増しています。

また、EV領域に参入したスタートアップ企業等がデジタル技術を駆使して高度にパーソナライズした顧客体験の提供を進めていることで、自動車産業における新たな競争の軸として顧客体験の存在感が増したことが挙げられます。

このため、多くの自動車業界の経営者は顧客体験の重要性を理解しています。KPMGが自動車セクターの経営者向けに実施した2023年の調査「グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2023」では、「今後、顧客は車両購入の際に『シームレス&ストレスフリーな体験』を重要な要素として捉えている」との結果が示されています。

Q:顧客が今後5年以内に車両購入をする際、下記の要素はどのくらい重要だと思いますか?(5段階評価中で4段階以上と評価した割合)

自動車業界における顧客体験の変革_図表1

出典:「グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2023」(KPMGジャパン)

2.顧客体験変革の方向性

上記では車両を購入する際の顧客体験を例に挙げましたが、顧客体験とは必ずしも購入時の体験のみを「シームレス&ストレスフリー」にするものではありません。

現在、米国や中国を中心としたEV領域のディスラプターは、顧客のペインを徹底的に取り除く為に、車両購入のオンライン化に取り組むだけでなく、メンテナンスから乗り換えに至るまでをスコープとして「シームレス&ストレスフリー」な顧客体験を構築しています。さらに、自動車の利用中のみならず利用前後も含めた「自動車を起点とした生活」を楽しむためのパーソナライズされた顧客体験を提供しています。

このように自動車に関する顧客体験の概念は、「自動車のライフサイクル」と「自動車を起点としたライフスタイル」にまで拡張しており、ソフトウェア等を駆使しながら顧客体験を向上させ、情緒的な価値を訴求する方向性にシフトしています。

【自動車業界における顧客体験の概念の広がり】

自動車業界における顧客体験の変革_図表2

(1)顧客体験に基づくライフサイクルの重要性

KPMGが実施している顧客体験に関する調査「生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024」では、優れた顧客体験を構成する6つの要素「Six Pillars」を定義しています。この調査結果において各Pillarとロイヤルティスコアの相関をとると、自動車セクターは「パーソナライズ」「親密性」「利便性」で高い相関があることがわかっています。さらに、ロイヤルティスコアを高く評価した理由に関する顧客のコメントを見ると、メンテナンスや点検時におけるディーラーの対応に関する内容が多く見られました。

【顧客体験の要素とロイヤルティの関係】

自動車業界における顧客体験の変革_図表3

出典:「生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024」(KPMGジャパン)を基に作成

※上図の値については、Six Pillarsの各要素がどの程度ブランドに対する好感度や推奨度に影響しているのかを10点満点で評価しています。

この結果は、顧客のロイヤルティ強化にあたって、購入時の顧客体験を高めることだけでなく、メンテナンス含め購入後においても顧客と深いつながりを保ち続けることがポイントであることを示唆しています。

(2)顧客体験のタッチポイント管理

自動車や顧客のライフスタイルにおける各タッチポイントにおいて、顧客体験を高めていくことが重要であることを示してきましたが、自動車メーカーが顧客とのタッチポイントを統合して管理し、メーカーがディーラー等との垣根を越えて、一貫して高い品質の顧客体験を担保することは容易ではありません。

その理由の1つとして、ディーラーを介して顧客と接する既存のセールスモデルが挙げられます。ディーラーを介するセールスモデルは、販売チャネルを効率的に拡大できることや、地域に根差したサービス提供によりリテンションを強化できること等、多くのメリットをもたらします。その反面、メーカーとディーラー間での顧客データの連携・統合や、一貫した顧客体験を担保するためのディーラーに対するガバナンス等においてさまざまな制約も伴っています。このような制約があるなかで、欧米や中国の自動車メーカーを中心として直販モデルやエージェントモデルへと舵を切り、メーカー主導で自動車のライフサイクルに渡って顧客と関与していく取組みを加速させている企業も現れてきています。

上述した内容に加え、顧客とのタッチポイントを管理することが難しい理由として、乗り換えを機に車両が中古車市場に流通した場合、新たな所有者(顧客)との接点を持てないといった課題も挙げられます。こういった課題に対しては、ユーザー専用アプリや自動車に搭載されるソフトウェア等の機能を通じて、新たな顧客との接点を築くことが方向性として考えられます。これらの仕掛けは、中古車市場における新たな顧客との接点構築だけでなく、新車の場合でもメーカーと顧客のダイレクトな接点を築き、自動車のライフサイクルまたは顧客のライフスタイルに寄り添って優れた顧客体験を提供するための足掛かりにもなるでしょう。

ここまで、自動車セクターにおける顧客体験の重要性と方向性について論じてきましたが、顧客体験を継続的に高め顧客のロイヤルティを強化するためには、単に直販モデルに切り替えたり、利用者専用アプリを提供したり、車両に最先端のソフトウェア含む機能を搭載すれば十分というわけではありません。現に、企業が優れた顧客体験を提供できていると自負している場合でも、顧客は単なるサービスの提供を超えて、シームレスで優れた顧客体験を享受できていると認識していないといった事象がよく見受けられます。顧客体験を通じて真に顧客に愛されるブランドとなるためには、メーカーをはじめとした自動車セクターの企業はどのような取組みを行うことで顧客体験を変革し継続的に改善するのか、そのアプローチについて次回の第6回で論じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
カスタマーユニット
アソシエイトパートナー 白石 隼人
シニアコンサルタント 佐藤 新

自動車産業変革のアクセルを踏む~取り組むべきデジタルジャーニー~

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