不確実性が高まる現代において、企業の競争力を高めるルールメイキングを企業戦略として策定することがますます重要になっています。
本稿では、国内でルールメイキングを実践するためのステップ例や体制構築のポイントを紹介します。

ルールメイキングとは

ルールメイキングとは、ビジネス上の目的を達成するための重要な手段であり、対象となるルールには、「規制(Regulations)」(規制・基準など)と、「標準(Standards)」(国際標準、民間認証など)の双方が含まれます。ルールメイキングを通じて、新市場の創造・拡大、シェア拡大、コスト削減といった効果が期待できます。

1.企業戦略としてのルールメイキング

2020年代はメガトレンドの時代と呼ばれるように、サステナビリティ、エネルギー問題、人口増加、都市化など、地球規模の課題が経済や社会、人々の生活に大きな影響を与えています。こうしたトレンドは中長期的に続く巨大な潮流であるため、企業はこの領域における課題解決を事業化し、新市場を創出すれば、社会に貢献しつつ持続的に大きく成長することも可能となります。

メガトレンドの端緒に目を向けると、たとえばEUの「欧州グリーンディール政策」に基づく環境規制、およびこれを補完する開示基準である「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」や経済活動の分類指標「EUタクソノミー」等が各国の法令や市場に大きな影響を与えたように、国や企業などの活動によって形成されていく側面があります。

不確実性が高まる現代においては、企業は受動的にトレンドに対応するだけではなく、パーパスやミッションを羅針盤にして、企業戦略として主体的・能動的にその形成に関わっていくことが重要です。規制・基準や国際標準・規格などのルールはメガトレンドの源でもあり帰結点でもあるため、ルール形成の巧拙が企業の競争力を左右することにもなりかねません。

欧米では、多くの企業がルールメイキングに積極的で、アジア各国における税制(環境への負荷が低い製品への減税制度)や、再生可能エネルギー関連法制の整備等にも関与している例があります。 日本では、ルールは企業が適応すべき所与のものという考えが根強いですが、これからは、ゲームチェンジャーとして自らが形成し得るものと捉え直し、ルールメイキングを企業戦略に織り込むことがますます重要になっています。

しかし、こうしたルールメイキングの重要性を認識しつつも、具体的な実践方法として決まった形があるわけではないことから、十分な取組みができていない企業も多くあると想定されます。経済産業省から、実践に向けたサポートとして、成功事例紹介や研修が提供されていますので、それらの情報を踏まえ、まずは国内でルールメイキングを実践するためのステップ例や体制構築のポイントを紹介します。

2.ルールメイキング実践のためのプロセス

ルールメイキングを実施するための例として、4つのステップを紹介します。各ステップについては、一度検討して終わりではなく、フィードバックと改善のサイクルを繰り返す必要があります。
ルールメイキングを実施するための具体的なステップとして、以下の4つのプロセスを紹介します。

(1)市場の特定

消費者ニーズを起点とするビジネスは飽和状態になりつつあることから、新市場の創造・拡大のためには、社会課題に着目することが重要です。まずは、自社のパ―パスやミッションに基づいた将来のあるべき社会の姿を描き、そこから逆算して取り組むべき社会課題を特定します。そして、この社会課題を具体化して解像度を上げながら、市場とする領域を明確にします。

(2)ビジネスの構想

次に、特定された社会課題を解決するための手段を選定するとともに、価値提供の仕組みや収益・コスト構造を精緻化するなど、その手段をどのように事業化していくかを検討します。ビジネスの構想にあたっては、ルールメイキングによって目指すビジネス上の目的を明確にします。

新市場を形成する際には、オープンイノベーションの活用など、他のビジネスパートナーを巻き込むことが重要です。技術情報・知財を戦略的に活用し、互いの強みを生かせるパートナーシップを設計することや、事業を取り巻く各プレーヤーのニーズを満たす価値提供ストーリーを構想することが求められます。

(3)ルールのデザイン

次に、ルールの詳細設計を行い、以下の手順で進めることが有効と考えられています。

  • 関連するルールの整理
構想したビジネスに関連のあるルールを幅広く調査して適用関係を確定し、課題を特定します。新たな製品・サービスの関連法令を調査するにあたり、たとえば各種業法、消費者保護関連規制、輸出入関連規制、環境規制、情報関連規制など、分野横断的な調査が必要になると想定されます。専門家の意見も参考にしながら、いかに網羅的に規制を調査できるかがポイントになります。
 
このプロセスでは、推進したいビジネスについて、(1)現行規制の適用対象となるか不明確である、(2)規制するルールが存在しない、(3)阻害するルールがある、などの課題を特定します。
 
  • 対応策の検討
想定した課題に対して、対応策を検討します。具体的には、現行規制の適用対象となるか不明確な場合は、当局への問い合わせやグレーゾーン解消制度の利用を考えます。グレーゾーン解消制度では、事業者が現行の規制の適用範囲が不明確な場合においても安心して新事業活動を行えるよう、具体的な事業計画に即して、あらかじめ規制の適用有無を確認することができます。また、規制するルールが存在しない、あるいは阻害するルールがある場合は、ルールの改正・制定を検討します。

ルールの改正・制定には時間とコストがかかるため、ビジネスの変更で対応するか、あるいはルールの改正・制定を目指すかについては、慎重に検討する必要があります。この判断に必要なデータ収集を可能にする制度としては、「規制のサンドボックス制度(新技術等実証制度)」があります。この制度では、現行の法規制の適用を受けずに事業開始前に実証実験を行い、収集したデータをビジネスの検討に活かしたり、規制緩和の説明材料にしたりすることができます。
 
  • ルールの詳細設計

ルールの改正・制定を目指す場合には、その詳細設計の検討を行います。自社の利益のみを追求するのではなく、幅広いステークホルダーに配慮し、合理的なルール案を策定することが重要です。

(4)コンセンサス形成

次に、ステークホルダーからの合意を獲得のうえ、これを文書化するなど、公式な意思決定につなげます。合意の獲得にあたっては、各ステークホルダーの目線に立って説得的なストーリーを構築することや、特に影響力のある関係者などを把握してアプローチすることが肝要です。

3.効果的な体制を構築するためのポイント

ルールメイキングを効果的に進めるために、企業が意識すべき考え方や、基盤となる連携体制の整備について紹介します。

(1)動向把握・分析体制の整備

まず、ルールは与えられた外部環境ではなく、自ら働きかけて変えられるものであるという意識を持ち、自らの優位性を確立するために日頃から準備をしておくことが有用です。ルールが定められてから情報収集し、リアクティブに対応するのではなく、政府の動向を議論段階から追い、規制の改廃等の予兆があった際には、ただちに経営層に情報が共有される体制構築などが考えられます。

(2)実行体制の整備

次に、社会課題に対応するビジネスを構想し、ルール形成につなげていくためには、自社の存在意義と注力する社会課題を踏まえた企業戦略を策定できる経営層が中心となり、事業部門、サステナビリティ推進部門、法務・知財部門、渉外部門など、幅広い部門間連携を行うことが必要です。全社横断型のルール形成担当機関を設置するなど、連携の基盤を構築する取組みなどが考えられます。

4.おわりに

ルールメイキングは、市場競争におけるゲームチェンジをもたらします。自らルールの形成を主導することで、競争優位性を確保できるため、特に欧米のグローバル企業は積極的に資源(人材、資金、体制等)を投入し、取り組んでいます。日本を含むアジアでのルールメイキングにも積極的であり、欧米に市場や生産拠点を持たない企業であっても、ルールメイキングと無関係ではいられません。

ルールを所与のものとせずに、これに働きかけることを企業戦略に織り込む意識をもつことが、ルールメイキング実践のための最初のステップとなります。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 荒尾 宗明
マネジャー 長瀬 亮介
シニアコンサルタント 吉田 愛子

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