連載「トレンドレーダー」は、身近になりつつある高度な技術と関連するビジネスユースケース、果敢に挑戦する企業の取り組みなどをご紹介し、多くの企業にとって新しい打ち手の参考となるインサイトをお届けします。

AIチップ技術の進展が製造業の課題を打破

近年、製造現場における設備保全や作業員監視、製造ライン管理といったプロセスがデジタル化されるなかで、AI技術の実装が注目されている。しかし膨大なデータや通信・処理・分析のレイテンシー、セキュリティ対策における課題がAI普及の障壁となっていた。これらの課題を解決するのがエッジAI技術だ。従来のAI処理はオンプレミス環境やクラウド上にデータを送信して処理することが主流だったが、エッジAIでは端末自体が高度なAI処理を行うため、通信コストの削減、低遅延処理の実現、プライバシーリスクの低減などが可能となる。

背景にはAIアルゴリズムや機械学習モデルを直接ハードウェアに組み込むAIチップ技術の発展がある。大手電機メーカーは、光を電気信号に変換する画素チップとデータ処理を行うロジックチップを重ね合わせて積層構造にし、AIによる画像解析処理機能を搭載したイメージセンサーを開発。外部プロセッサやメモリーを必要とせず画素チップで取得した信号を内部でそのままAI処理することを可能にした。また、画像データではなくメタデータ(画像に付随する情報)のみを出力することにより、データ量の削減やプライバシーの保護を実現している。現時点では、ひとつの半導体に1種類のAIロジックしか実装できないが、例えば製品の正確な情報を学習させ、検品システムに使用すると、不良品だけをはじくことができる。

エッジAIの特性と拡大する活用領域

クラウドには個人情報を送信・保存せず、プライバシーを保護できるという特性は小売の店頭にも最適だ。大手雑貨小売チェーンでは店内に設置したデジタルサイネージの視聴率調査にエッジAIカメラを導入。来店客がいつどのようなサイネージコンテンツを見ているかリアルタイムで顧客行動を取得・分析。小売業自ら消費者のデータを活用して発信するリテールメディアの改善に活用している。

自動運転車や補助犬ロボットの研究開発もエッジAIの恩恵を受ける領域だ。街中では必ずしも安定した通信環境が保証されているわけではない上に、交通や周囲の環境の変化をとっさに判断してユーザーを安全な方向へ導かねばならない。このような場面でも、エッジAIの技術は有効だ。リアルタイムでの高速なデータ処理が可能となり、通信コストも削減できる。

【クラウドAIとエッジAIの比較】

  クラウドAI エッジAI
データ処理の場所 クラウド上 端末内(学習モデルの作成はクラウド上)
処理能力 大容量データ、高度な計算・判断が可能 大容量データや高度・複雑な処理は困難
処理速度/リアルタイム性 クラウドにデータを送信し処理を行うため通信遅延が発生する可能性がある 端末内で情報を処理するため、リアルタイムな処理・判断が可能
セキュリティ/プライバシー クラウドにデータを送信するため、不正アクセスや情報漏えいのリスクがある 不要なデータを送信しないため、セキュリティやプライバシーを確保
コスト 初期投資少ないが、運用コストがかかる 初期投資高いが、運用コストは低い場合も

エッジAIとクラウドAIの融合が拓くさらなる可能性

2024年の国内エッジインフラ市場の支出額は前年比12.3%増の1兆6千億円に達する見込みであり、2027年度には2兆3千億円規模に達すると予測されている*。今後、AI技術とデバイスの進化が進むにつれ、次世代AIチップは高性能で低消費電力を実現し、ポータブルデバイスやIoTデバイスの普及がさらに進むことが推測される。

ただし、エッジAIはクラウドAIを置き換える存在ではない。エッジAIだけでは高度なデータ分析を十分に行うことはできないからだ。むしろエッジAIとクラウドAIは互いの長所を活かしながら、補完し合い、共存・融合していくことで、より大きな課題を解決していく。それぞれの技術で何が解決できるのか。企業のリーダーはAI技術とデバイスの進化の行く先を見定めつつ、自社の課題解決や新たなビジネスチャンス、社会的価値創造に貢献していく姿勢が求められる。

*出典:IDC Japan、「国内市場におけるエッジコンピューティングへの投資は、2024年に1兆6千億円と予測~国内エッジインフラ市場予測を発表~


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監修

KPMGコンサルティング
執行役員 デジタルトランスフォーメーション統轄パートナー 福島 豊亮

執筆

KPMGアドバイザリーライトハウス
ステラテジー&ビジネスオペレーションズ部

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