連載「トレンドレーダー」は、身近になりつつある高度な技術と関連するビジネスユースケース、果敢に挑戦する企業の取り組みなどをご紹介し、多くの企業にとって新しい打ち手の参考となるインサイトをお届けします。

AIで「音の雰囲気」も可視化

生活環境音や笑い声を可視化することで、聴覚障がい者がコミュニケーションで取り残されず、安心して暮らせる社会に貢献する。大手メーカーが主として聴覚障がい者を対象に、意思疎通支援を行うアプリケーションを開発した。高い認識精度のリアルタイム文字起こしを実現するとともに、音楽や拍手、笑い声などを認識し、オノマトペにして表示することで場の雰囲気や環境の理解を促進する。機能を裏で支えるのはAIと音声認識技術だ。開発段階から、聴覚障がい当事者の要望を基に改修を継続。実際に就業する職場でも利用され、聴覚障がい当事者のみでなく、共に働く上司や同僚の意見も機能に追加したという。聴覚障がい者にとって大きな福音となるとともに、エンプロイー・エクスペリエンス(従業員が得られる経験価値)の向上、ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)への寄与も期待される。

企業におけるDE&Iの未来予想図

障がい者雇用は年々増加しているものの、2022年実績で約61.4万人、実雇用率は2.25%となっている(内閣府「令和5年版 障害者白書」2023)。では、決して遠くはない未来である2030年の、日本の企業内のDE&Iはどうなっているだろうか。

まず、社会的な意識の高まりや開示義務などの法的な枠組みの強化、インセンティブ制度の導入により、多様性を尊重する企業文化は今よりもさらに一般的になると考えられる。障がい者雇用の就労促進や発達障がい者の包摂なども含めて進展するだろう。企業がDE&Iを通じてイノベーションと競争力を向上させることを目指し、具体的な行動計画や研修プログラムを導入することがより一般的となるかもしれない。誰もが利用できることを目的としたユニバーサルデザインの浸透により、障がい者が働きやすい環境の整備が進み、リモートワークのさらなる進化や障がい者をサポートする技術やサービスのさらなる普及も期待される。視覚・嗅覚・触覚・記憶力など、人間の身体能力・知的能力を自然な形で拡張する装着型デバイスや、遠隔地のロボットの一部あるいは全身を操り、その周囲の人と強調して作業する身体共有技術が実現する未来も決して遠くはないだろう。

表面的な取組みの危険性と企業の目指すべき道

一方で、DE&Iの取組みや障がい者雇用が進むなかで、企業が表面的な取組みだけに終始するリスクもある。形式的な施策や「ダイバーシティウォッシング」と呼ばれる、実態に伴わない宣伝が横行する可能性だ。これにより、従業員の士気低下やブランド棄損を招くリスクが存在する。また、テクノロジーの進化に伴い、障がい者が働く環境が大幅に改善される一方で、テクノロジーへの依存が増すリスクもある。技術的な障害やサイバーセキュリティの問題が発生した場合、障がい者が特に影響を受けやすい。テクノロジーにアクセスできる者とそうでない者との間でのデジタルディバイドが深刻化する可能性もあるだろう。

2023年6月の厚生労働省「令和5年度障害者雇用実態調査結果報告書」では、障がい者雇用数は2018年の前回調査時よりもおよそ3割増加しているものの、事業所のおよそ75%超が課題として「会社内に適当な仕事があるか」を挙げている。経済界は全体としてDE&Iへの前向きな意識の高まりを示しているものの、職務の適合度合いについてはまだ途上だ。障害の有無や程度にかかわらず、企業は誰もが能力を発揮できる環境や職務設計をどのように整えていくべきか。ビジネスリーダーには変化を認識し、真の意味で包摂的な職場環境の実現と人的資本経営の推進に向けた努力が求められている。


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監修

KPMGコンサルティング
執行役員 ピープル&チェンジ統轄パートナー 大池 一弥

執筆

KPMGアドバイザリーライトハウス
ステラテジー&ビジネスオペレーションズ部

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