次世代経営管理基盤の実現像 ~データ・テクノロジーが牽引するESG経営管理

本稿では、目指すべき経営管理体制とデータ分析基盤の論点、その実現アプローチを定義し、ESG資本経営の要素を盛り込む経営管理の基礎となるデータ基盤の実現像を考察します。

目指すべき経営管理体制とデータ分析基盤の論点、その実現アプローチを定義し、ESG資本経営の要素を盛り込む経営管理の基礎となるデータ基盤の実現像を考察します。

政治経済・社会の課題先進国である日本に拠点を置く企業にとって、ESG対応を折り込むビジネス変革は急務です。そして、限られた経営リソースで対応スピードを向上するには、従来以上にデータ・テクノロジー活用が欠かせません。増大するステークホルダーの要求に伴う継続的な課題に対応するため、CFOは経営管理にESG資本経営の要素を取り入れ、有意義な変化を推進していく必要があります。企業データの統合が進むことで、財務部門はESGの各領域に関する戦略的な意思決定をもサポートし、推進できるようになります。

本稿では、まず変容する競争環境で求められるESG経営のためのデータ活用の重要性と、CFOへの期待役割の拡大傾向を振り返ります。そして、目指すべき経営管理体制とデータ分析基盤の論点、その実現アプローチを定義し、ESG資本経営の要素を盛り込む経営管理の基礎となるデータ基盤の実現像を考察します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りします。

POINT 1
CFO・経理財務部門の役割拡大と高まるデータの重要性

CFOと財務経理部門の強化すべき対象として、予算精度や損益の適正化、将来予測への関心が高まっている。また、非財務情報の開示要請を受け、財務・非財務情報を横断してのデータ収集・分析・開示を財務経理部門で担おうとする傾向も見られる。

POINT 2
目指す経営管理体制・データ分析基盤と最新のデータ・テクノロジーとの双方向の実現アプローチ

データ分析基盤は、従来、原則的には机上で目指す経営管理体制を定義し、概念実証等を経て必要なデータ分析要件を定めて構築していた。しかし、データ分析基盤に係るテクノロジーの発展により、こうした従来のアプローチに加えて、社内外に散在する財務・非財務データ収集を起点としてデータ分析要件、ひいては経営管理体制を変革するアプローチも視野に入れることが可能となった。

POINT 3
ESG経営データ基盤構想の発展段階と将来的な実現像の導出
多くの企業におけるデータ分析基盤の現状は、法定・適時開示への対応段階、あるいはFP&A(財務計画・分析)への対応段階にある。ESG経営を支えるデータ分析基盤としての発展の方向性を、最新テクノロジー動向を反映して考察すると、ビジネス部門の業務プロセスレベルで生じる明細データまで財務・非財務データを統合し、意思決定に活用する段階が想定される。中長期的には、データ収集・加工・分析の各段階に生成AI 等が埋め込まれ、経営管理の半自動化・高速意思決定が期待される。
統合管理対象データの拡大と最新テクノロジー動向を見極め、経営管理体制にフィードバックし、実現像を明確化することが重要である。

I.変容する競争環境下でデータ活用の重要性とCFOへの期待役割が拡大

現代の企業活動の命題を、事業活動を通じて収益を上げると同時に社会の長期的な持続可能性に貢献し、その促進のための投資を行っていくことと位置付けるならば、環境・社会・ガバナンスのESG課題を経営管理の構成要素に盛り込む必要があります。財務指標を上位に置いてきた従来の戦略・計画策定にESG課題解決に向けた施策を折り込み、適切なモニタリングとアクションを継続し、適切に把握・開示すること。それが広範なステークホルダーから求められています。

経営意思決定においては、企業活動を財務的側面から捉えるデータに加え、社内外のビジネス活動より生じる非財務データの必要性・重要性がより高まっています。企業活動の環境負荷を現す代表的な指標であるGHG(温室効果ガス)排出量を例に挙げると、算定手法により要件は異なりますが、製造業であればScope1・2排出量1を算定するために工事建屋別や生産ライン・工程別の燃料使用量・電力消費量の実績値が求められるかもしれません。Scope3 排出量1であれば、サプライヤーからの調達品目の排出量を把握する必要が生じる場合もあります。また、各Scopeの活動量をGHG排出量へ換算するために、排出係数データベースを取得する必要もあります。このように、経営管理に必要なデータ領域は、財務・非財務を横断し拡大しています(図表1参照)。

図表1 中長期の価値創造に向けたESG経営のコンセプト

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一方、CFOと財務経理部門の強化すべき機能として、業績予測、中期経営計画、M&A等の意思決定への参画、製品・サービス/顧客別の損益管理や分析など、予算精度や損益の適正化、将来予測に関する役割の強化に関心が高まっています。KPMGジャパン発行の「CFOサーベイ2023」2 にて「事業部門に対するインサイトの提供」に取り組んでいると回答した企業では、データ活用や既存システム改修、新システム導入に取り組むと回答した割合が高く、データ分析やシステム高度化を通じてインサイトを得る段階へと進んでいます。

1 Scope1:自社における直接排出、Scope2:他社共有の電力・熱・蒸気に伴う間接排出、Scope3:Scope1・2以外の間接排出
2 KPMGジャパン CFOサーベイ2023

 

CFOと財務経理部門の非財務データ領域への関与度合いは、企業の運営体制や職務分掌により異なりますが、CEOやビジネス部門の戦略パートナーとして、また開示内容にオーナーシップを持つという観点で、財務経理部門が非財務情報も把握し、分析ニーズを探索する企業が出てきています。

これはすなわち、CFOと財務経理部門にとってのデータ活用の重要性と期待役割が財務から非財務へ、また過去・現在の実績から将来予測へと拡大していることの証左と言えるでしょう。

このように拡大する期待役割を果たすには、先端テクノロジー・デジタルソリューションによって分析データを整備することと、それを活用できる人材確保が欠かせません。テクノロジーを活用して、より広範囲に効率化を推進しつつ、経営情報からインサイトを得る業務高度化へと、リソースをシフトすることが必須となります。

しかしながら、非財務データは社内外に広く存在し、必ずしも一元管理されていません。多くの場合、あるデータは基幹業務システムで記録・管理され、固有の業務目的に特化したデータは各業務部門の表計算ソフトや担当者の手元で管理されています。限られた経営リソースで社内外に散在する財務・非財務データを取得、将来予測も加えて分析し、対応スピードを向上するには、従来以上にデータ・テクノロジー活用が必要とされます(図表2参照)。

図表2 CFOへの期待役割の拡大

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II.ESG経営データ基盤構築に向けた論点とアプローチ

中長期にわたる価値創造に向けたESG経営を行うには、財務・非財務領域横断で戦略・マテリアリティから落とし込まれた事業計画データ、過去・現在の信頼性の高い実績データ、客観的データに基づいた蓋然性の高い将来予測データによる経営管理を可能とするデータドリブンの「仕組み」が必要です。この「仕組み」は、単に情報システムのみを意味するのではありません。経営管理体制と経営データの分析基盤の両輪で構成されるものです(図表3参照)。

図表3 データドリブンESG経営実現に向けた主な課題

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1. ESG経営管理体制とデータ分析基盤についての原則的論点

全社的にデータとその分析を基に意思決定して目標達成を目指す「データドリブン経営」は、決して目新しい概念ではありません。データドリブン経営の実践を目的に、多くの企業がDWH(データウェアハウス)やETL(Extract/Transform/Load)などのデータ処理ツール、BI( ビジネスインテリジェンス)などのITソリューションを導入し、データ分析基盤を整備してきました。しかし、それらの企業が必ずしも効果を上げているとは言い切れません。データ品質や組織文化、意思決定プロセスなどさまざまな要因がありますが、たとえばデータ品質の面で言えば、いったん蓄積したデータが経営管理体制の変化、または変化したい方向性に合わせて継続的にメンテナンスされていない点が挙げられます。

データの過度な個別最適化も一因です。当初は全社で一貫した目的で、データ標準と分析ニーズに即してデータ分析基盤を構築したものの、運用過程で個々のビジネス部門のニーズを取り込んだり、組織変更や担当者が変更されるたびに用途が限定されるデータが蓄積され、結果としてデータが活用されないということになります。

ESG経営の実現に有用なデータ分析基盤構築の第1歩は、原則としてESG経営で何を実現したいのか、どのような経営課題を解決したいのか、目的や目標を明確化することです。経営管理体制について言えば、(1)戦略・意思決定、(2)業績評価指標、(3)組織・人材の3観点で、現状と中長期で目指す姿を明確化し、(4)データドリブンを前提とした意思決定・情報収集プロセス、(5)必要データと分析ニーズ・分析シナリオ、(6)ITインフラ構成を定義して、経営データ基盤構築の構想を具体化することが必要です。

2. 最新テクノロジーによる制約解消と高度化を起点とするアプローチ

留意点は、最新テクノロジーにより従来の制約が解消され、押し上げられていることです。過去にはデータ容量、処理速度やスケーラビリティなどの制約を大前提としてデータ分析基盤が構築されてきました。現在、ハードウエアの処理能力の向上や分析処理技術の進化、クラウドの普及などにより、大規模なデータ分析基盤を相対的に安価に構築できるようになりました。

さらに、より高度な統計モデルや機械学習・強化学習、生成AIがさまざまなITソリューションに埋め込まれ、データ補完・分析自動化や将来予測に活用されつつあります。最新テクノロジーのデータ分析への活用は年々加速しているのです。
前述のとおり、中長期で目指す経営管理体制を明確にし、経営データ基盤構築構想を具体化することが原則的なアプローチですが、経営管理体制の検討段階で最新テクノロジー動向をフィードバックし、想定した技術的制約を押し上げ、目指す姿をより高度化するアプローチも欠かせません。

III.ESG経営データ基盤構想の発展と将来的な実現像

多くの企業におけるデータ分析基盤の現状は、会計システムや連結会計システムで決算開示のための財務データが管理され、経営管理データは表計算ソフトなどで手作業で集計・管理される段階(Level1)、あるいは財務計画・分析目的であらかじめマネジメントが必要だと定めた本社管理対象の予実データがシステムで一元管理・効率的に可視化されているものの裏付けとなるビジネス部門のデータは個別管理の段階(Level2)にあるのではないでしょうか(図表4参照)。

ESG経営を支えるデータ分析基盤としての発展の方向性を、最新テクノロジー動向を反映して考察すると、ビジネス部門の業務プロセスレベルで生じる明細データまで財務・非財務データを一元管理し、分析・可視化と将来予測がテクノロジーにより部分的に自動化される段階(Level3)と考えます。ESG経営に必要なデータの一元管理化によってトレーサビリティを確保し、AIによるデータ管理・分析業務の自動化を進め、精度の高い将来予測と高速な意思決定を可能にする経営データ分析基盤です。

図表4 ESG経営を行うためのデータ基盤構想

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さらに中長期的なテクノロジーの発展を加味すると、データ収集・加工・分析の各段階に生成AI等が埋め込まれるようになります。そうなれば、ユーザーは高度な予測モデル構築スキルが無くとも、基礎的な統計学やデータ加工・分析の理解で予測分析が可能になり、本社管理部門メンバーだけでも精度の高いセントラルフォーキャストを行うことが可能になると思われます(図表5参照)。

図表5 経営管理システム構成とデータフロー例 【Level X】

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IV.さいごにー全社的な取組み

本稿では、ESG経営におけるデータ活用の重要性とCFO・財務経理部門への期待役割拡大を念頭に、ESG経営データ基盤の論点と検討アプローチ、実現像を取り上げました。実際にESG経営データ基盤を構築し、継続的に運用するには、組織・人材面を始め多方面での影響・課題が生じます。

今後、経営環境の変化や分析ニーズの多様化に伴い、さまざまな管理要件の変更が生じると想定されます。そこで、ESG経営データ基盤を持続的かつ機動的に維持・拡張する施策例として、管理業務・システム・データに精通した専門メンバーから成るCoE(Center of Excellence)組織の立ち上げを挙げます。CoE組織にデータ基盤管理や分析(AI含む)のノウハウを集積・組織知化するというわけです。それにより、人材の異動・変更等の人的リソースの変化に対応し、持続可能な管理体制を構築することが可能となりますし、DX人材育成の課題も包含できます。

ESG経営データ基盤構築は局所的な取組みではありません。マネジメントの意思の基に経営企画部門、経理財務部門、情報システム部門を含む全社的な取組みと位置付けることが成功要因の1つであると考えます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
アドバイザリー統轄事業部
ディレクター 中内 聡子