序論・概要

昨今、自然や生物多様性の保護や復元に関するビジネスケースが増加していますが、公的資金と民間資金の両方で資金調達が課題となっています。自然の保護や復元のための資金は大幅に不足しており、官民双方にこの「自然に関する資金ギャップ」を解消する責任があるのです。公共の利益である自然には公的資金の投入が必要である一方、グローバル経済は自然が提供する重要な生態系サービスによって支えられているため、企業と金融機関にも投資が求められます。自然に関するマーケットとビジネスは急速に変化しており、企業や金融機関、環境保全のコミュニティにとって、今が、資金不足の障壁を取り除くために変化を進めるときなのです。

自然への投資が必要な理由

ビジネスは自然に依存している

世界経済フォーラムの報告書によると、生物多様性の損失や生態系の崩壊は、今後10年で最も急速に進むグローバルリスクであり、早急な対策が求められています。自然と生物多様性は地球上の生物を支えるとともに、グローバル経済にも大きく寄与しており、民間ビジネスと金融セクターは自然への依存度を高めています。同時に、自然や生物多様性の保護は、新規事業や、資源効率の向上、コスト削減を通じて年間10兆ドル規模のビジネス機会を創出する可能性があります。

自然と気候の密接な関係

さらに、企業がネットゼロを達成するには、カーボンフットプリントの削減だけでなく、自然に対してポジティブな影響を及ぼす投資の拡大が必要です。気候変動対策は自然を考慮しなければ成立しません。再生可能エネルギーの導入など技術的な解決策だけでなく、例えば、泥炭地を復元することで炭素の隔離および貯留能力を促進させるといった「自然を基盤とした解決策(NbS)」の採用も不可欠です。

自然と生物多様性に関する国際的政策・規制の枠組み

2022年12月にモントリオールで開催された生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)で、188ヵ国が昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)を採択しました。GBFは2030年までに自然の損失を食い止め、反転させることを目的とし、2050年に向けて4つのゴールと23のターゲットを設定しています。このほか、国連総会やG7、G20などでも自然と生物多様性保護の重要性が認識されており、規制や基準によって事業運営の明確なルールが定義され、ビジネスモデルや戦略に自然の観点を取り込む動きが進むでしょう。

企業・金融機関・慈善団体による投資の現状

このように政策や規制が変化する環境下で、企業や金融機関は自然関連のリスクだけでなく、機会も理解する必要があると認識し始めています。また、持続可能な開発に対する民間の慈善活動も急速に増加し、資金の拠出が始まっています。

埋まらない自然に関する資金ギャップ

2021~2022年の自然に関する公的資金と民間資金のフローは、年間1,540億~1,660億米ドルと推計されています。しかし、自然および生物多様性に必要な資金拠出額の推計は、2025年までに年間3,840億米ドル、2030年までに年間4,840億米ドルであることから、2025年までに必要な資金に対して、60%の資金ギャップが存在しているといえます。

自然へのさまざまな投資アプローチ

自然への投資は、(i)公的資金によるもの、(ii)公的資金と民間資金によるもの、(iii)民間資金によるものに分けられます。

(i)公的資金

現在では自然および生物多様性に関する資金の83%を公的資金が占め、政府省庁、地方自治体、多国間ファンド、公的機関などの予算が含まれます。国内では以下を含む施策や仕組みが実施され、得られた収益は自然の保全や復元に使用されています。

  • 生物多様性に関する税制度:殺虫剤、化学肥料、林産製品、木材製品への課税など
  • 生物多様性に関する手数料や許可制度:国立公園の入場料、狩猟免許手数料、水産業の譲渡可能な漁獲割当(ITQ)など
  • 環境補助金:生物多様性や生態系に負の影響を与えている活動を減らすための補助金

国外では以下のような資金調達手段があります。

  • 政府開発援助(ODA):生物多様性を対象とするODAの平均割合は徐々に増加
  • 開発銀行:国際開発金融機関(MDBs)、二国間開発銀行、開発金融機関(DFIs)などの機関による融資の拡充
  • ソブリン債:自然保護や環境保全を条件に、開発途上国の債務負担を軽減する「自然保護債務スワップ」など

(ii)公的資金と民間資金

自然に関する投資戦略の大半は、ブレンデッド・ファイナンス(公的資金と民間資金を組み合わせた金融手法)として提供され、以下のような制度や仕組みが含まれます。

  • 官民連携(PPP):行政と民間の提携であり、融資やエクイティ投資などさまざまな金融の仕組みがある
  • 生態系サービスへの支払い(PES):環境サービスの受益者が、そのサービスの提供者に対して支払いを行う制度
  • グリーン/ブルーな債券と融資:これらの有利子債券や融資を通じて提供される資金は、環境、気候、生物多様性に配慮したプロジェクトに使用される

(iii)民間資金

民間資金は、機関投資家、アセットマネジャー、商業銀行、慈善団体、民間企業による投資や資金拠出によるもので、以下のような仕組みが存在します。

  • サステナビリティ・リンク・ローンやタームローン:借手のサステナビリティ・パフォーマンスに応じて金利が変動し、責任あるビジネス慣行を促進する
  • 生物多様性に関する融資や株式投資:実験的に施行されており、非常に限定的
  • 生物多様性オフセット:開発事業による生物多用性の損失を、他の場所での保全活動で補償する仕組み
  • カーボンクレジットのプロジェクトにおける、コベネフィットとしての生物多様性:生物多様性に関して追加的な認証基準を満たすと、クレジットにプレミアム価格がつくこともある
  • 持続可能なコモディティ:林業、農業、水産業分野において、持続可能なコモディティの生産に対して民間の資金を投入するイニシアティブ
  • インパクト投資戦略:財務的な利益に加え、社会または環境面で有益なインパクトを創出することを目的とした投資戦略
  • 慈善活動:自然保護活動に資金を拠出する慈善的なファンドや表彰制度

自然への投資に関する現在の課題

上記で見たように、自然と生物多様性のために、さまざまな金融や投資戦略が開発されていますが、「自然に関する資金ギャップ」を埋めるためには多くの課題が残っています。国レベルでは、政府による経済的優先順位が課題です。なぜなら、政府は、より短期的な経済的影響をもたらす、あるいは有権者が注目する領域(医療、教育、インフラ開発など)を優先する傾向があるからです。一方、民間レベルでは、企業や金融機関が自然への影響と依存を認識し始め、ネイチャーポジティブ戦略への投資が進んでいますが、以下の4つの大きな課題に直面しています。

  • 規制や金融によるインセンティブの不足
  • 自然への影響と依存を定量化し、企業の意思決定に必要なデータを利用するための技術の欠如
  • 民間セクターや自然保護活動家の能力やスキルの不足
  • 小規模な投資要件や事業戦略の不明瞭さ、プロジェクトの不透明さによる、自然への投資の魅力の低下

今後の動向

自然への投資を促進するためには、政府、パブリックセクター、民間セクターの企業が、資金ギャップを埋める要素に投資することが重要です。具体的には、企業、金融セクターおよび投資家に効果的なインセンティブを与え、公正な競争条件を作り出すための、明確な国内外の政策、規制、基準の策定が求められます。また、技術面の障害に対処するために、生物多様性のデータ提供者への投資、そして財務的数値に換算可能なデータの品質と拡張性を高めることが必要です。さらに、自然保護に取り組むコミュニティスタッフに対する能力構築が不可欠であるとともに、異なるコミュニティ(自然保護に取り組むコミュニティ、企業、投資家等)の間で交流を深め、ネイチャーポジティブに向けた取組みを加速することが求められます。

レポートの全文は、下記PDFにてご覧ください。

英語コンテンツ(原文)

お問合せ