本連載は、2023年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
グローバル自動車業界調査から見える「明るい見通し」と「懸念点」
KPMGでは、第23回目となる「グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2022」 を実施し、30ヵ国900人以上の自動車業界のグローバル経営者が考える、自動車業界の現状と将来の展望について分析しました。同調査では、経営者の83%が「この業界は今後5年間で現在よりも収益性の高い成長を達成できる」と確信しており、前年の53%から大きく増加しています。収益性を「確信している」合計と「懸念している」合計の差異についても、各国とも大きく数値を伸ばしています。
こうした明るい見通しの背景には、次の3つの要因が考えられます。
要因(1):事業環境の不透明感の減少
前年に比べると、事業環境の不透明感が減り、課題はあるものの特定されており、対策もある程度明確になっていると考えられます。たとえば、電気自動車(EV)の普及見通しに関する設問に関して、前年は2030年までの市場シェアの上限は70%に達する回答でしたが、今回の調査では約40%まで下がり、予想値のバラつき幅も減少しました。これは、EVの普及に対する課題が明確になった結果、より現実味が増していることを示しており、見通しの不透明感の減少を表していると考えられます。
要因(2):大型投資に対する一定の手ごたえ
バッテリー生産・調達、新しいテクノロジーへの対応などに関して、これまでの大型投資に対する成果を創出する見通しが立ってきていることが要因として考えられます。EVの販売価格見通しに関する設問では、回答者の70%は、政府の補助金がなくても2030年までにEVのコストは内燃機関(ICE)車と同程度になると見ており、工場新設や開発研究にこれまで投資した成果に対する自信を示しています。
要因(3):EVシフトがもたらす新たなビジネスモデルへの期待
EVへのシフトに伴う、オンライン販売や、販売後の機能アップデートなどで収益を得る新たなビジネスモデルの拡大に対して期待が集まっています。実際に多くのEV専業メーカーが積極的に取り組んでおり、経営者の78%も「2030年までに新車販売の大半はオンラインで行われるようになる」と考えています。
また、販売後サービスのサブスクリプション提供についても、80%以上の経営者が肯定的な回答で、今後のアフターセールスビジネスの核として注目しています。
明るい見通しが示される一方で、マクロ経済の逆風による業績影響の長期化、新規参入企業の動向、消費者の意識とのギャップが経営者の主な懸念事項と考えられます。
懸念(1):業績影響の長期化
短期的な業績についてはより慎重になっており、回答者の76%が金利、エネルギー価格、インフレ率の急激な上昇に対する懸念を示していて、こうした状況は中長期化することも考えられます。エネルギー価格上昇の要因にもなっている地政学リスクや、それに伴う各国の対外規制などは、海外市場に依存する企業にとってはより大きなリスクとなっています。
懸念(2):新規参入者に対する脅威と事業の再編
新興EVメーカーの市場参入に対しても注視しています。これらのメーカーは自社で多額な投資をして量産体制を整備するのではなく、委託製造会社を活用することで早期に市場参入を果たしています。76%の経営者が「自動車メーカーは第三者に製造を委託することで成功できる」と回答し、製造委託モデルに関心を持っていると同時に、新興メーカーの新規参入を脅威と捉えています。
懸念(3):消費者との意識ギャップ
本調査と並行してKPMGジャパンが実施した「第2回日本における消費者調査」 では、経営者と消費者の見解にギャップが見られました。
たとえば、経営者がEVやオンライン販売など新たな取組みに期待を寄せる一方で、「今後5年以内に購入するクルマのパワートレイン」に関する設問においてEVを選択した消費者は12%にとどまり、前年と比べて1%しか増加していません。
EVを選択しない理由については、充電インフラや購入価格の問題が上位を占めています。
特に充電インフラは、設置台数だけでなく、充電時間や使い勝手に関して、EV所有者からもネガティブな声が上がるなど、従来のICE車利用者のユーザー体験を上回ることができていないことが、影響していると思われます。こうした懸念事項に加え、顕在化している課題だけでも山積みです。
本連載では、このような自動車業界が取り組むべき課題について、さまざまな視点から解説していきます。
【収益性を「確信している」合計と「懸念している」合計の差異 前年比較(国別平均・昨年比較)】
日刊自動車新聞 2023年4月3日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社 の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
パートナー 犬飼 仁