KPMGグローバル自動車業界調査2022から考察する自動車業界の将来展望

本稿では、2023年1月にKPMGが発表した「KPMGグローバル自動車業界調査2022」およびKPMGジャパンが実施した「第2回日本における消費者調査1」の結果を併せて分析し、グローバルならびに日本の自動車業界の将来展望と、注目されるバッテリーEV(BEV)普及の見通しについて検証します。

「KPMGグローバル自動車業界調査2022」および「第2回日本における消費者調査」の結果を併せて分析し、将来展望と、バッテリーEV(BEV)普及の見通しについて検証します。

2023年1月にKPMGが発表した「KPMGグローバル自動車業界調査2022」では、30ヵ国900人以上の自動車業界のグローバル経営者への調査によって、自動車業界の現状と将来の展望に関する興味深いデータを得ることができました。同調査によると、83%のグローバル経営者が「今後5年間で自動車業界の収益性が向上する」と考えており、「収益性の見通しを懸念している」という回答も前年の38%から大きく減少、9%にとどまりました。国・地域ごとの回答についても、各国・地域とも前向きな見通しを立てています。しかし、果たしてグローバル経営者の考えるとおり、自動車業界の見通しは明るいのでしょうか?

本稿では同調査、およびKPMGジャパンが実施した「第2回日本における消費者調査」の結果を併せて分析1することで、グローバルならびに日本の自動車業界の将来展望と、注目されるバッテリーEV(以下、「BEV」という)普及の見通しについて検証します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
自動車業界の未来は明るいのか?

グローバル経営者は前年の調査と比べて、明るい見通しを立てている。足許については解決できていない課題があるものの、前年に比べると不透明感が減少し、課題が具体化できていることも一因になっていると思われる。こうした楽観的な見通しに死角はないのか。

POINT 2
BEVの普及見通しと課題

前年と比べると、BEVの普及見通しは減少傾向にある。ただし、見通しのバラつきが縮小していることから、より現実的な見通しになってきていると言えるだろう。一方で、日本の消費者は、BEVの購入に対してまだ消極的な姿勢をとっている。

I.自動車業界の未来は明るいのか?

1.グローバル経営者の長期的な収益性見通しとその要因

「KPMGグローバル自動車業界調査2022」では、回答者の83%が、この業界は今後5年間で現在よりも収益性の高い成長を達成できると確信しており、2021年の53%から大きく増加しました。

国・地域別の「確信している」合計と「懸念している」合計の差異についても、米国(前年37%→今年70%)、中国(同29%→74%)、日本(同11%→68%)と大きく数値を伸ばしています(図表1参照)。

こうした明るい見通しの背景には、下記のような要因が考えられます。

(1) 前年よりも事業環境の不透明感が減少している。課題はあるものの特定されており、対策もある程度明確になっている。

(2)バッテリー生産・調達、新しいテクノロジーへの対応などに関する、これまでの大型投資に対する成果を創出する見通しが立っている。

(3)EVシフトに適した新たなビジネスモデル、サービスモデル(オンラインでの直接販売、販売後の機能アップデートなど)に着手し、一定の手ごたえを得ている。

別の見方をすれば、こうした対策をすでに着手している企業とそうでない企業とで、今後の見通しに対する確信はまったく違った状況となっていると推測されます。

2.短期的な懸念と中期見通しに対する影響

一方、短期的な業績についてはより慎重になっており、回答者の76%が、金利やエネルギー価格、インフレ率の急激な上昇に対する懸念を示しています。地域別では、インド・アセアン、北米、日本・韓国は懸念傾向が高く、中国は懸念を示す回答の割合が55%と全体より低くなりました。

また、こうした懸念の長期化も考えられます。エネルギー価格上昇の要因にもなっている地政学リスクや、それに伴う各国・地域の対外規制などは、海外市場に依存する企業にとってより大きなリスクとなります。

別の調査項目では、政府が消費者へEV補助金を提供している国・地域の政策に反対する回答が、前年と比べて3倍となりました。こうした各国・地域の政策が市場を歪ませ、国際取引を複雑化させるのではないかという、グローバル経営者の警戒感がうかがえます。

3.新規参入者に対する脅威と事業の再編

自動車業界では、多数の新興EVメーカーの市場参入に対しても警戒しています。これらのメーカーは自社で多大な投資をして量産体制を整備するのではなく、委託製造会社を活用することで早期に市場参入を果たしています。76%のグローバル経営者が「自動車メーカーは第三者に製造を委託することで成功できる」と考えており、こうした新興EVメーカーの動向を注視しています。実際に、スマートフォンなどの生産を受託している台湾メーカーFoxconn社は、Lordstown Motors社、Fisker社などの米国自動車メーカーの委託を受け、EV自動車の製造を行っています。

一方で、将来の競争のための大型投資に備えるために、既存のメーカーも非戦略事業・機能の切離しを検討しているようです。5人に1人以上のグローバル経営者が、「今後数年のうちに事業の非戦略的部分を売却する可能性はきわめて高い」と回答。この回答率は、前年の2 倍となりました。

こうした回答傾向から、グローバル経営者の楽観的な見通しは、将来において起こりうるシナリオ、危機とその影響を評価したうえで、必要なアクションが検討されているという状況に裏付けられたものであることがうかがえます。

II.BEVの普及見通しと課題

1.グローバル経営者の予測

前年の調査では、世界のBEV販売の見通しについて非常に楽観的で、2030年までの市場シェアの推定値の上限は70%に達していました。2022年の調査では推定値の上限が約40%にまで下がりましたが、ばらつき幅が狭まっていることから、この結果は見通しにより現実味が増していることを示していると言えるでしょう。特に、充電インフラなどBEVの普及における現実的な課題が明らかになったことで、見通しを楽観的なものから現実的なものにしています。

日本市場も、今年の推定値は前年の52%から大きく減少して23%になりました。これは、前年の数値よりも現実味のある数値になっていると考えられます(図表2参照)。

2.日本の消費者のBEV購入意欲

一方、「第2回日本における消費者調査」によると、今後5 年以内に購入する車のパワートレインに関する質問では、BEVを選択したのは回答者の12%にとどまりました。ただし、他のパワートレインの選択率(エンジン車:52%、PHEVを含むハイブリッド車:43%)も前年とほぼ同じで、変化はみられませんでした(図表3参照)。

この1年間で、BEVの発表・発売が相次ぎ、軽自動車BEVの登場も大きな話題となりました。さらにガソリン価格の高騰もあり、BEVへの関心度は大きく上がっていますが、それが購買意欲にはつながっていない状況です。

BEVを選択しない理由に関する調査項目では、「充電インフラの問題」、「購入価格の問題」が上位を占め、「航続距離の問題」、「乗りたいクルマがない」が続いています。

3.BEVに関するユーザー体験

充電インフラにまつわる懸念については、実際のBEVユーザーからも不満な点として挙げられています。充電インフラ拠点数の問題だけでなく、ユーザビリティや課金方法も含めて、以下のように改善すべき課題が多数あります。

• 充電器の数と実際に使える充電器数のギャップ
充電時間だけでなく、渋滞時の待ち時間や充電器のクールダウンのための待ち時間が発生する。また、充電が完了しているのに、車を放置している利用者がいて、利用できないことがある。

• 充電料金の課金システム
充電器の種類・性能がバラバラであるにもかかわらず、充電料金は充電時間基準となり、結果的に高額になることがある。また、利用者が容量の大きい充電器に集中してしまう。

• 充電器のユーザビリティ
メンテナンス不足による、充電器の不具合や汚れなどが気になる。また、特定の急速充電器と一部の車種の組み合わせで充電の不具合が発生する事象も起きており、改善が求められる

4.新しいビジネスモデルに対する、日本の消費者の受容性

製品としてのEVだけでなく、EVシフトに伴って拡大されると思われるオンライン販売、サブスクリプションなどの新しいサービスに対しても、日本の消費者の受容性は前年と変わらず低いままです。

オンライン販売については、グローバル経営者の78%が「2030年までに新車販売の大半はオンラインで行われるようになる」と考えているのに対し、「オンラインで自動車を購入したいと思う」と回答した日本の消費者は25%にとどまりました。

サブスクリプションサービスについても「自動車でサブスクリプションサービスを使いたいと思う」の回答は、37%にとどまっています。

どちらのサービスも、自動車メーカーがエンドユーザーとの直接のつながりを確立し、販売台数至上の収益モデルからの移行を進めるうえでは欠かせない取組みです。早期に日本ユーザーの受容性を高める取組みが必要とされます。

特に、サブスクリプションサービスについては、環境課題への対策としてのリユースやリサイクルの促進、車両寿命の長期化による生産量の縮小(資材、エネルギーの消費削減)という点でも重要視されています。また、中古車を対象としたサブスクリプションサービスや、自動運転支援機能など機能単位でのサブスクリプション提供といった、新たなサブスクリプションモデルも注目されています(図表4参照)。

III.さいごに

今回の調査では、BEVシフトへの「対応」について多くのグローバル経営者が手ごたえを感じていることがうかがえました。それは、必ずしも自社の製品をBEVにシフトするということだけでなく、複数のパワートレイン展開の方針を採る自動車メーカーや追随する部品メーカーにとっては、BEVシフトが前年ほど過熱した様相になっていないことが安心材料となっています。

重要なことは、製品がBEV化されるかどうかだけでなく、BEV中心となったときのビジネスモデルと顧客への価値提供について、その準備ができているかどうかです。前向きな見通しをするグローバル経営者は、この点について準備ができていると考えられます。

本調査の別項目でも、オンライン販売や、購入後の機能アップデートサービスのサブスクリプション提供などについて、多くのグローバル経営者が積極的に取り組んでいる、または取り組もうとしていることが現れていますし、実際、BEV中心の海外メーカーはそうしたサービスで新たな顧客体験価値を提供し、顧客の支持を得ています。

一方で、日本の消費者にはこうした新しい取組みがあまり認知されていません。BEVの利用にまつわる体験についても、従来のエンジン車の利用における体験を上回れていないようです。

オンライン販売やサービスのサブスクリプション提供などの新たなビジネスモデルは、顧客にとってもモビリティ利用の新たな体験につながり、提供企業側にとっても収益構造の変革をもたらします。製品/パワートレインの移行だけでなく、それにリンクする新たな提供価値、顧客体験を創造していくことが、これからの日本の自動車業界の競争力を左右すると考えます。

執筆者

KPMGジャパン 自動車セクター パートナー/KPMGモビリティ研究所メンバー
KPMGコンサルティング 自動車セクター統轄パートナー 犬飼 仁

KPMGジャパン 自動車セクター パートナー 奥村 優

KPMGジャパン 自動車セクター アソシエイトパートナー 轟木 光

KPMGジャパン 自動車セクター コアメンバー
KPMGコンサルティング 自動車セクター シニアマネジャー 石井 奨

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