「ビジネスと人権」の現在地と題して3回にわたり、企業の人権に関する取組み状況・課題や対応のポイントを述べてきました。最終回となる本稿では、人権デューデリジェンス実施の進め方について具体的に解説します。

<ポイント>

  • 人権デューデリジェンスの必要性と留意点
    欧米等において人権デューデリジェンスの実施の義務化に向けた法整備が進展する等、企業による人権施策の充実に向けた社会的要請は一層高まっている。人権施策を効果的に展開するためには、事業活動により生じる人権への負の影響(人権リスク)を特定・評価することが必要であり、人権デューデリジェンスの実施は企業の重要課題となっている。
    企業は、人権リスクの低減活動のPDCAサイクルを回すため、ステークホルダーの声を踏まえながら、(少しずつでも)人権デューデリジェンスに着手することが求められる。特に、サプライヤーにおける人権リスクを低減するには、労働者側、マネジメント側双方の懸念事項・課題意識を把握するとともに、マネジメント側の理解と協力を得られるように働きかけることが肝要である。

1.具体的な人権デューデリジェンス実施の進め方

(1)人権デューデリジェンスの全体像
人権デューデリジェンスは、人への負の影響を特定・評価、その防止・軽減、取組みの実効性の評価、問題解決に向けた取組状況の説明・情報開示、といった一連のプロセスから成り立ちます。
本パートでは、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(日本政府)等を参照しつつ、人権デューデリジェンスの進め方のポイントについて紹介します(なお、同ガイドラインの解説が目的ではなく、必ずしも同ガイドラインに準拠しない記述が含まれる旨、ご容赦ください)。

【図表1:人権デューデリジェンスの進め方(ステップ例)】

人権デューデリジェンスの進め方_図表1

(参照)「ビジネスと人権に関する指導原則」(国連)、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(日本政府)等をもとに、KPMGにて作成

(2)負の影響の特定・評価(人権リスク評価)
負の影響の特定・評価においては、自社製品・サービスのサプライチェーンに関する情報を把握のうえ、I 高リスク事業領域の特定、II 負の影響の発生過程の特定、III  負の影響と企業の関係の評価、IV 優先順位の決定を進めます。企業のリソースには限りがあるため、通常のリスク管理と同様に、優先的に対応する事項を特定するために、この人権リスク評価が重要となります。情報リソースとしては、外部の情報リソース(国際機関、NGO、各国政府、民間データベースサービス等)、アンケート、ヒアリング、内部データ(労務情報、内部通報窓口や苦情解決メカニズムを通じて得られたリスク情報等)等が挙げられます。

I   高リスク事業領域の特定にあたっては、セクター(特徴、活動、バリューチェーン等)、製品・サービス(原材料、開発・製造工程等)、地域性(国のガバナンス、社会経済状況等)、企業固有の事情(過去のインシデント、ガバナンス等)を考慮します。
II   負の影響の発生過程の特定においては、自社のビジネスプロセスにおいて、人権への負の影響が、誰に、どのように発生するかを特定します(例:工事現場において社内/委託先の労働者(技能実習生含む)が危険な作業に従事している)。
III   人権への負の影響と企業活動との関係については、その後取り得る措置が変わるため、以下の観点から評価することが重要です。

【図表2:人権への負の影響と企業活動との関係】

視点
自社が負の影響を引き起こす可能性があるか 自社工場の従業員を適切な安全措置なく、危険な作業に従事させる
負の影響を助長する可能性があるか 立場の弱い委託先に対し、著しく厳しい納期・作業等の要求を行い、委託先労働者の長時間残業等、過酷な労働負担を助長している
(上記に該当しない場合において、)負の影響と自社の事業・製品・サービスと直接の関連性があるか 業務委託先が、自社との契約で定めた、適切な再委託先の選定義務に違反して、児童労働・強制労働を行っている事業者に再委託をする

(参照)「ビジネスと人権に関する指導原則」(国連)「多国籍企業行動指針」(OECD)「多国籍企業宣言」(ILO)等を基にKPMGにて作成

IV 優先順位の決定は、人権への負の影響の程度により判断します。対応の優先順位は、まず深刻度により判断し(図表1 STEP1参照)、深刻度が同等の場合に、その蓋然性の高いものから対応することが考えられます(同 STEP2参照)。このような考え方は、たとえば、日常発生し得る、軽微な勤怠管理ミス等が、(それよりは発生可能性が低い)事故等による多人数の人命侵害に優先するリスクとするなど、非合理な判断をするおそれを回避するのに有用です。深刻度の評価は、人権への負の影響の、i 規模、ii 範囲、iii 救済の困難度という3つの基準を踏まえて判断します。

【図表3:深刻度の基準】

基準
規模(負の影響の重大性) (安全管理措置が不十分な工場において)従業員等に重度の怪我や死亡に至る事故が発生する危険がある
範囲(負の影響の及ぶ範囲) ●●箇所以上の工場で、同様の安全管理措置の不備があり、自社および委託先における数千人の従業員に危険がある
救済の困難度(負の影響が生じる前と同等の状態に回復することの困難性) 事故により重度の怪我や死亡に至るおそれがあり、重度の後遺症の発生や回復不能な事態(死亡)が生じるおそれがある

(参照)「ビジネスと人権に関する指導原則」(国連)「多国籍企業行動指針」(OECD)「多国籍企業宣言」(ILO)等を基にKPMGにて作成

人権リスクを把握するためには、ステークホルダーの声をしっかりと聞くことが重要です。多数のサプライヤーを有する中で、人権リスクの傾向を把握するために企業アンケートは有用ですが、出来る限り、サプライヤーへのヒアリングを行い、現場の実態に関する声を聞く必要があります。特に、サプライヤーへのヒアリングにおいては、その労働者とマネジメント側の双方の課題意識や懸念事項を把握し、両者の信頼関係を醸成する一助となることが肝要です(労働者の懸念事項の改善には、マネジメント側の理解と協力が必須です)。

(3)負の影響の防止・軽減

【図表4:負の影響の防止・軽減】

人権デューデリジェンスの進め方_図表2

負の影響の防止・軽減の施策は、責任部署を明確にしたうえ、経営者のコミットメントの下で実施することが重要です。部門横断的な連携は、人権対応の必要性・重要性について経営層が理解し自らの言葉で語り、社内の共通認識を作り上げることで実現します。
負の影響の原因は、自社に存在する場合もあれば、取引先やその先のサプライヤー等に存在するケースもあります。企業としてはI 是正措置、II 改善要請、III 改善に向けた支援、IV 取引の見直しといった対応をとることが考えられます。

I 是正措置
負の影響の原因となる行為を停止することを言います。自ら負の影響を引き起こし、助長している場合に、当然とるべき対応です。直ちに問題行為を停止することができない場合は、工程表を作成して段階的に停止します。

II 改善要請
人権侵害を行わないよう、取引先やその先のサプライヤーに要請することを言います。自社が問題行為を行っていなくとも、自社の影響力をサプライヤー等に及ぼすことができる場合、これを行います。改善要請を実施する下地作りを含め、実施のポイントは以下のとおりです。

【図表5:改善要請のポイント】

人権デューデリジェンスの進め方_図表3

i.調達指針の策定
調達指針等、人権尊重に関して取引先・その先のサプライヤーに期待する事項を定めた指針を策定します。あるいはすでにある調達指針に人権に関する項目を追加します。

ii.遵守の誓約/契約条項への反映
調達指針等の内容を取引先やサプライヤーに浸透させ、確実に遵守してもらうために、調達指針等の遵守に関する誓約書の提出を依頼したり、あるいは契約条項において指針の遵守、調査への協力や違反した場合の取引停止条項を盛り込みます。

iii.遵守状況の調査・監査
取引先・サプライヤーに対して、調達指針等の遵守状況に関する質問票への回答を依頼し、場合によっては現地を訪問しインタビュー等を実施します。

なお、サプライヤーは一次も含めると膨大な数となり、現地調査には大きな手間・コストがかかりますが、リスクの高い領域に絞る等の工夫によりさまざまな企業が取組みを進めています。たとえば、地域・品目に着目してリスクの高い取引先を抽出し、対象を数万社から数千社に絞って調査を実施している企業、サプライヤーに継続的に自己評価を依頼し、その結果に基づき数千社の中から数十社を選定し実地監査を行う企業などがあります。なお、そもそも、市場から調達している場合等、仕入先の特定が困難なこともありますが、国際NGOと協力し現地の輸入商社等への聞き取り調査を実施している企業もあります。

III 改善に向けた支援
改善要請とあわせ、改善に向けた支援を行うことも期待されます。軽減に向けた取組みが必要な項目についてコミュニケーションをとり、改善方法を協議するなどの手段が考えられます。

IV 取引の見直し
取引停止は、自社からサプライヤー等に影響力を及ぼすことがもはや期待できない場合(例:取引先が再三の改善要請に従わない場合、政治問題が背景にあり影響解消が不能な場合等)に初めて検討します。取引停止によって、負の影響が深刻化するおそれもあるため(例:取引停止によって取引先の賃金不払が悪化)、まずは取引停止が適切であるか検討し、次に不可能または事実上困難でないか(例:取引先が極めて重要等)を検討します。取引を停止する場合と継続する場合、いずれであっても責任ある対応が期待されます。

【図表6:責任ある対応のための留意点(例)】

人権デューデリジェンスの進め方_図表4

i.取引停止
取引停止の場合、あらかじめ取引停止の手順を取引先に明示し(例:契約条項中に人権尊重の取組義務違反の解除条項を設ける)、取引停止理由について情報を提供し、十分な予告期間を設けるなどします。

ii.取引継続
取引継続の場合は、取引先の状況を継続的にモニタリングし、取引の妥当性について定期的に見直し、妥当とする理由(例:取引継続が人権方針に一致し、負の影響の軽減のため取り組んでいる等)や今後の対応方針についてステークホルダーに説明するなどします。

(4)取組みの実効性評価

【図表7:取組みの実効性評価】

人権デューデリジェンスの進め方_図表5

人権尊重の取組みは一過性のものでなく継続的なプロセスです。状況をモニタリングし、対応が適切であったかや、追加アクションとして何が必要か、を検討します。
実効性評価にあたってI 情報を適切に収集して評価し、II 実効性評価を社内のプロセスに組み込み、III 評価結果を活用することが重要です。

I 情報収集は、社内外のステークホルダーを含め、広い情報源から取得します(例:ヒアリング、取引先への質問票(アンケート)、監査・第三者調査(特に現地調査)、苦情処理メカニズム)。そのうえで適切な質的・量的指標(例:対応に対するステークホルダーの満足度評価、負の影響の再発率)に基づき、実効性を評価します。

II 実効性評価を社内プロセスに組み込むことで人権尊重の取組みを企業に定着させます。たとえば取引先への定期的な労働安全衛生・環境評価に関する質問票に、人権に関する項目を追加し、回答を担当部署で検討したうえで取締役会に報告するなどします。

III 評価結果の活用にあたっては、人権施策が確実に実施されたかどうかや有効であったかなどを検討し、理由を分析したうえで、更なる取組みを実施します。

(5)説明・開示
人権尊重の責任を果たしていることを説明するために、あるいは透明性の高い企業として信頼されるために、説明・開示は重要です。開示内容や範囲は、それぞれの企業の状況に応じて決定します。I 開示内容、II 開示方法については、次のようなポイントがあります。

【図表8:開示のポイント】

人権デューデリジェンスの進め方_図表6

I 開示内容に関しては、まず人権デューデリジェンスに関する基本的な情報を伝えることが重要です。たとえば人権方針定着のための措置、特定した重大リスク領域・負の影響またはリスク、優先順位付けの基準、リスクの防止・軽減のための対応に関する情報、実効性評価に関する情報を記載し、継続的な改善プロセスを踏んでいることを説明します。
また負の影響への対処についても説明すべきです。ただその際には、個人情報やサプライヤーの機密情報を開示しないよう留意しなければなりません。

II 開示方法に関しては、想定される受け手が入手しやすい方法で実施することが重要です。誰もが閲覧できるウェブサイトで行うことが一般的であり、企業ホームページ上に記載したり、外部の開示基準に則り、統合報告書、サステナビリティ報告書、人権報告書を作成する例もあります。
幅広いステークホルダーに向けた情報開示の他、負の影響を受けたステークホルダーに対しては、オンラインを含む面談等を行うことも考えられます。

2.継続的な取組みの第一歩を

人権を取り巻く状況は常に変化するものであり、国際情勢が不安定な状況下における紛争地域での人権侵害や、テクノロジーの進歩に伴う、AI利活用ビジネスにおける人権侵害など、社会やビジネスの変化に応じてリスク対応も柔軟に変化させる必要があります。そのために、このような変化の兆しや、さまざまなステークホルダーの声に向き合うことが重要です。人権侵害を受けるリスクのある労働者等の懸念事項を把握するとともに、これを解決するために、マネジメント側の理解と協力を促すことも必要です。

一方で、さまざまな課題を一度に対処することは現実的には難しい場合もあります。そのため、中長期的な目標や計画を立てたうえで一歩ずつ前進していくことや、小さな成功体験により取組みの勢いをつけること、取組みの不備に関する厳しい意見や人権侵害の実情に苦慮しつつも改善に向けて前進することが肝要かと思料します。
本連載が、少しでも貴社の人権に関する取組みの一助になれば幸甚です。

執筆者

アソシエイトパートナー 水戸 貴之
シニアマネジャー 新堀 光城
シニアコンサルタント 吉田 愛子
シニアコンサルタント 泉 麻里奈

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本調査の対象企業、有効回答数は以下のとおりです。

  • 本調査の対象企業:国内上場企業、および売上高400億円以上の未上場企業約4,000社の法務・コンプライアンス部門
  • 本調査の有効回答数:422件

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