選ばれる企業になるためのESG対応のファーストステップ

消費財・小売業界におけるESGの重要課題を俯瞰し、事業経営にESG評価を取り込むためのファーストステップとしての現状アセスメントの具体的アプローチについて提唱します。

消費財・小売業界におけるESGの重要課題を俯瞰し、事業経営にESG評価を取り込むためのファーストステップとしての現状アセスメントの具体的アプローチについて提唱します。

ESG課題が注目され、世界の主要なESG情報開示の枠組みが相次いで発表されたことで、かつて投資家や債権者・格付機関といった資本の出し手の視点を意識したESG課題解決であったものが、消費者・顧客・仕入先等、企業活動を取り巻くあらゆるステークホルダーの視点での活動に昇華されてきています。特に消費財・小売業界は、日常品としての購買サイクルが早く、流行り廃りや風評の影響を受けやすい業界であることから、積極的な取組みにより顧客から選ばれる存在となることが肝要となります。

本稿では、消費財・小売業界におけるESGの重要課題を俯瞰し、事業経営にESG評価を取り込むためのファーストステップとしての現状アセスメントの具体的アプローチについて提唱します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者らの私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
消費財・小売業界に求められるESG課題

消費財・小売業界が 事業経営にESG評価を取り込むには、GRIスタンダードや国際統合報告フレームワーク(いわゆる<IR>フレームワーク)、SASBスタンダード等の国際的なESG情報の開示枠組みが参考になります。ここでは、SASBスタンダードを用いて、消費財・小売業界に共通する開示トピックとサブセクター別の開示トピックを俯瞰します。セクター内での共通項を把握することで、ステークホルダーが横比較をする際の視点を得ることができます。

POINT 2
ESGリテラシーを把握する「ESGDD」のアプローチ

顧客に選ばれる企業になるには、まず自社の現在地を把握する必要があります。すでにESG開示に積極的な企業であってもこれから取り組む企業であっても、即時に採用可能な手法として、M&A取引において活用されるESGデューデリジェンス(以下、「ESG DD」という)のアプローチが有用となります。

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I.企業がESG課題に取り組む必要性

2006年に発足されたPRI(Principals for Responsible Investments、責任投資原則)に代表されるように、近年、機関投資家が投資においてESGを重視するようになり、GRIスタンダード、国際統合報告フレームワーク、TCFD提言、SASBスタンダードといった世界の主要なESG情報開示の枠組みが相次いで発表されました。2019年にはPRB(Principles for Responsible Banking、責任銀行原則)が発足、間もなくCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive、企業サステナビリティ報告指令)もEUで発効となります。さらには、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)によるIFRSサステナビリティ開示基準の最終化も控えており、各企業はそれらの対応に迫られています。

かつてESGに関する取組みは、投資家や債権者・格付機関といった資本の出し手の視点を意識した対応が中心でした。しかしながら、経済活動におけるミレニアル世代、ゆとり世代、Z世代といった新しい世代の参画が進み、ESD(Education for Sustainable Development、持続可能な開発のための教育)等も浸透したことで、消費者・顧客・仕入先等、企業活動を取り巻くあらゆるステークホルダーの視点での活動に昇華されてきています。

特に消費財・小売業界は、対峙する顧客の多くが一般個人の消費者です。しかも、日常品としての購買サイクルが早いことから競争が激しいうえに、もともと損益分岐点が相対的に高めで、流行り廃りや風評の影響を受けやすい業界です。したがって、商品開発および調達における経営努力はもちろんのこと、ESGやCSRに積極的に取り組み、常に顧客から選ばれる存在となることが肝要となります。

II.消費財・小売業界におけるESGの重要課題

1.消費財・小売業界に求められるマテリアリティトピック

消費財・小売業界に属する企業がESG活動に取り組むにあたり、主な国際的なESG情報の開示枠組みが参考となります。ここでは、そのなかの1つであるSASBスタンダードを参照して、セクターとしての共通項を俯瞰します。

図表1 サブセクター別のサステナビリティ開示トピック

選ばれる企業になるためのESG対応のファーストステップ-1

出所:SASBの資料を基にKPMG作成

図表1は消費財・小売業界のサブセクター別のサステナビリティ開示トピックです。共通するトピックとしてエネルギー管理、水処理、サプライチェーンマネジメントに関する取組みがあり、これらの情報開示が強く求められていることが伺えます。特に、農産物から家庭用、個人用製品まで扱う、いわゆるメーカーは、世界中から製品や材料を調達していること、また国際的な企業が支配的で多国展開が進んでいることから、グローバルレベルでのサプライチェーン管理が企業活動における重要課題の1つと位置付けられています。主要トピックについて開示が要請される背景・概略は次項のとおり整理されます。

2.主なトピックの取組み意義と判断指標

(1)エネルギー管理
農産物、食肉・鶏肉・乳製品、加工食品は、価値創造のための主要なインプットとして、エネルギーと燃料に大きく依存しています。一方、清涼飲料や酒類は製造施設のみならず、流通センターや倉庫の運営においても多大なエネルギーを使用しています。また、飲食店や食品小売、流通は、業務用厨房機器、冷暖房、換気・証明等、他の商業スペースに比べてエネルギー集約度が高い業種となります。

よって、これら業界では、競争上の優位性を維持する1つとして効率的なエネルギー使用が不可欠となります。たとえば代替燃料の使用、再生可能エネルギー等の購入といった意思決定は、エネルギー供給費用と信頼性の両方に影響を与えます。これらを示す会計指標は、エネルギー消費総量、系統電力の割合、再生可能エネルギーの割合が挙げられます。

(2)サプライチェーンマネジメント
いずれの業界も、グローバルなサプライチェーンや幅広いメーカーから原材料や商品を調達していることから、企業が環境問題や社会問題についてサプライヤーを選別、監視、関与することは、その企業が供給を確保し、価格変動を管理する能力に影響を及ぼします。

特に、衣服、装飾品、履物において、サプライチェーンにおける労働者の扱いと労働者の権利の保護は消費者、規制当局、主要企業間で関心が高まっています。また、洗剤・化粧品の原料として使用されるパーム油の収穫は、森林破壊、GHG排出、その他の環境問題や社会問題の原因となる可能性があります。よって、パーム油原料の使用に際しては、責任を持って調達しなければ企業の評判や規制上のリスクをもたらす可能性があります。

したがって、企業は主要なサプライヤーと協力して環境リスクと社会リスクを管理し、サプライチェーンの弾力性を高め、評判リスクを軽減し、潜在的に消費者の需要を増やしたり、新しい市場機会を獲得したりすることが肝要となります。

これらを示す会計指標には、第三者機関の環境・社会規範の認証を受けた原料の割合と基準別の割合、サプライヤーの社会的・環境的責任監査(1.不適合率、2.(a)重大な不適合、(b)軽微な不適合の是正措置率)、サプライヤーの労働行動規範監査の優先度不適合率および関連する是正措置率、契約の拡大と商品調達から生じる環境的および社会的リスクを管理するための戦略等が挙げられます。

3.事業経営にESG評価を取り込むため必要条件

各企業におけるESG活動への取組みに関する情報開示への要請が日々高まるなか、株主・債権者・顧客・消費者といった各ステークホルダーに認知され、競合他社から選ばれる存在になるためには、まず経営陣が自社およびグループ会社のESGリテラシーの現在地を把握することが重要です。現状把握にあたって、限られた内部リソースのなかで効率的かつ一貫性を持ったアセスメントを行う手法としては、M&A取引において活用されるESG DDのアプローチが有用であると考えられます。当該手続きを実施することで、自社およびグループ会社のサステナビリティ課題への取組み状況の現在地を把握できるでしょう。

そこで、次章においてESG DDのアプローチについて詳解します。

III.ESG DDのアプローチ

1.ESG DDのアプローチ

対象会社のサステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)について、事業活動全般にわたってリスクやオポチュニティを調査する手続きのことです(図表2参照)。

図表2 ESG DDのアプローチ

選ばれる企業になるためのESG対応のファーストステップ-2

出典:KPMG FAS作成

ポイントは、調査テーマを特定したうえで、優先順位付けを行うことです。本稿では、「ESG調査テーマの特定」および「ESG調査項目の特定」にしぼって解説します。

(1) ESG調査テーマの特定
ESG調査テーマの特定は、1.自社のESG戦略・投資方針・自社が特定しているESGマテリアリティ、2.対象会社の業種、3.対象会社が事業を行っている国・地域、この3点を踏まえて行います。このうち、対象会社の業種特有のESGテーマの検討は、業種別に項目および優先順位が異なることから、特に重要なステップとなります。

優先順位付けは、業種別に企業の財務パフォーマンスに影響を及ぼす可能性の高い重要なESG課題を提示しているSASBの「マテリアリティマップ」1や、ESG評価機関であるS&P Globalが提供する投資家向けのインデックス「DJSI(ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インデックス)」等が用いている業種別のESG評価項目などを参考にするとよいでしょう。

従来のDDでは、優先順位付けにあたり金額的影響を1つの尺度としてきました。一方、ESG DDにおける調査テーマの優先順位付けでは、ESG評価機関の評価ウェイト等を参考にしつつ、1.短期的のみならず長期的な視点も加える、2.リスクのみならず持続的な企業価値の向上というオポチュニティも考慮する、3.発生した場合の影響度(金額)だけでなく発生可能性も考慮する、この3点が重要となります。企業価値向上のために、ESG DDを実施するのであれば、2.のオポチュニティの視点まで含めることがよいと考えます。

(2) ESG調査項目の特定
TCFD提言で開示を求められる4分野は、「戦略」「ガバナンス」「リスク管理」「指標と目標」です。これは、事業戦略を、取締役会による監督の下で、経営者がリスク管理を行いながら実行しつつ、指標と目標に基づいて進捗を管理するという、まさに企業が持続的な価値創造を目指すためのPDCAサイクルを表していると言えます。

現在検討が進んでいる、IFRSサステナビリティ開示基準案や米国SECによる気候関連開示規則案でも、同様のコンセプトが基礎となっています。ESG DDにおいても同様の切り口で分析することが、各団体が採用しているフレームワークおよび基準で求めている視点と整合しており、有用と考えています。

2.調査項目の例示(サプライチェーン)

(1)戦略
対象会社が自身の調達行動規範・ガイドラインを策定しているか、また、対象会社が属する業界や主要な顧客が取引先として対象会社に求めている調達行動規範を遵守しているかを把握する必要があります。調達行動規範には、たとえば、国連グローバル・コンパクト(UNGC)等をベースとした、人権、労働、環境、腐敗防止の項目が含まれます。なお、この主要な顧客から要請される調達行動規範への遵守は、対象会社のみならず、対象会社の取引先
(主要な顧客から見た場合の2次サプライヤー)にも及びます。

(2)ガバナンス
サステナビリティ課題への取組みに関する取締役会の監視体制、執行責任者や部署が明確となっているかが確認ポイントとなります。

(3)各種施策
最近は、多くの企業がサプライヤー行動規範やサステナブル調達方針などを作成しています。しかしながら、実際にサプライヤーに伝達している企業、重要サプライヤーを特定したうえでリスクアセスメントを実施している企業はそこまで多くないように思われます。リスクアセスメントの結果、重要な問題が発見された場合には、モニタリング・是正措置が必要となります。また、サプライヤーに対する研修・サポート体制も確認ポイントとなります。

(4)目標/KPI
各種施策の実効性を図るうえでどのような指標を利用しているかを把握します。前段で記載しているように、サプライヤー行動規範への同意書取得率、サプライヤー自身によるセルフアセスメント結果の回収率などが考えられます。

IV.さいごに

ESGに対する取組みは、これまでも各企業が独自の視点で実践されてきたものと推察されます。

最近では特に、セクターごとに体系だったトピックや指標の基準が示されたことにより、企業側のみならず投資家や債権者・格付機関といった資本市場参加者に加えて、一般消費者にとっても横比較がしやすい状況となりました。これは、これまでとは異なるESG視点を含めた共通の物差しで測られる世界へとシフトしているということです。重要な事業戦略の1つとしてESG課題を企業活動の反映し、企業価値を向上していくために、常に最新の情報にアンテナを張り、社内外のリソースをうまく使い分けながら、さまざまなステークホルダーからの要請に適時適切に応えられる体制を構築しておくことが肝要と考えられます。

執筆者

KPMGジャパン
消費財・小売セクター
パートナー 高橋 恵太
パートナー 吉野 恭平