Close-up 1:水平分業は垂直統合モデルを席巻するのか?
鴻海科技集団などの製造受託企業(EMS)が、自動車業界に水平分業型でのサプライチェーンの再構築を持ち込んだことが注目を集めている。
鴻海科技集団などの製造受託企業(EMS)が、自動車業界に水平分業型でのサプライチェーンの再構築を持ち込んだことが注目を集めている。
思い起こされるのは、かつてのエレクトロニクス業界で発生した「垂直統合型・すり合わせ」から「水平分業型・組み合わせ」への競争力の変化だ。サプライヤーに求められるメーカーとの関わり方は変化し、対応に遅れた日系サプライヤーは軒並みシェアを落とすに至った。
コロナ禍によって調達が滞り地産地消が注目され、さらに原産地やCO2のトレーサビリティーが喧伝されるなか、サプライヤーはどう備えをするべきか。過去の教訓からの学びに迫る。
EMSによるMIHコンソーシアム組成のインパクト
鴻海科技集団が自動車業界での存在感を強めている。ステランティス、吉利汽車、裕隆汽車といったプレイヤーと手を組み合弁会社を設立、さらにボッシュやコンチネンタルといった従来の自動車産業におけるメガサプライヤー、FISITAといった国際自動車連盟、さらにアーム、寧徳時代新能源科技(CATL)、マイクロソフト、アマゾン、上海蔚来汽車(NIO)といった新勢力を巻き込みながら、MIH(Mobility in Harmony)というEVに重点を置いたプラットフォーム構築に向けたコンソーシアムを設立した。すでに1,700社を超えるサプライヤーが参集しており、その中には、自動車業界に部品を供給してきた日系サプライヤーも含まれている。同様に、マグナも、ソニーや北京汽車集団(BAIC)のEVの開発・生産への協力やLGとのEVパワトレ開発の合弁会社設立など、自動車業界におけるEV受託製造基盤としてのポジショニング強化に邁進している。
鴻海科技集団などのいわゆるEMSと呼ばれる業態の企業は、エレクトロニクス業界でプレゼンスを発揮し、スマートフォン業界においては「レイヤーマスター」として不可欠な存在へと成長を遂げた。振り返ってみると、フィーチャーフォンと呼ばれたハードウェア 主体の携帯市場にはさまざまなプレイヤーが垂直統合型で市場参入し、日系だけでも10社を優に超えるデバイスメーカーがしのぎを削った。しかしその後の市場拡大に伴ってクアルコムを始めとしたチップメーカーによるレファレンスデザインが登場、さらに標準化とスケール拡大が進行したことでEMSがその優位性を発揮し、多くのデバイスメーカーは後塵を拝し撤退を余儀なくされた。
スマートフォン市場における水平分業の進化
こうしたフィーチャーフォン市場はプロセスイノベーションによって低コスト化を実現し活性化したが、ネットワークインフラの進化、ウェブ・コンテンツが拡大するなか、アップルがキャリアフリーかつ自社企画による自社製品を製造、市場に投入し、さらにアンドロイドがこれに続くことで、その後ソフトウェア主体のいわゆるスマートフォン市場が形成され普及していく。
アップルはiPhoneというプロダクトイノベーションを起こし市場を席巻し、徹底したサプライヤー管理を行い共創型とも呼べる製造プロセスを構築する。自社で工場を持たずEMS事業者に組立を任せる水平分業型を採用したが、EMS傘下のサプライヤーの選定や指導に関しても厳しい目を光らせた。社内にはものづくりに関わる専門性を持った陣容を配置し、デザイン性・機能性を徹底的に追求・実現するために、サプライヤーに対して高い技術スペック・品質水準を指定するとともに、厳しいコスト削減水準を求めた。 アップルはこのように顧客体験やデザイン に徹底的に注力したうえで、フィーチャーフォンで育成された水平分業型のEMSを活用しつつ、垂直統合型とも言える統制によってサプライチェーンを形成することに成功した。そして、続くアンドロイドによりプロセスイノベーションが達成され、水平分業はさらに進化を遂げる。チップメーカーが主導するリファレンスデザインと呼ばれる設計図を元に、よりオープンな形でプレイヤーを呼び込み、エコシステムが構築されていった。
スマートフォン業界におけるサプライヤーの位置づけ
顧客体験を握るという意味
翻って、こうしたかつてのiPhoneやアンドロイドが通ってきた道筋は、他の業界でのものづくりの変化に敷衍できるだろうか。 先にみたiPhoneが実現したドミナントデザインによる垂直統合型の製造プロセス(ただし水平分業のエッセンスが多分に入る)、そしてアンドロイドが達成したリファレンスデザイン活用による水平分業型エコシステムへのビジネスモデル変換は、現在の自動車業界(垂直統合型の象徴)が直面する電動化の動きに似ている。
ハードウェアからソフトウェアへと付加価値が移行しつつあるなか、テスラはiPhoneが成し遂げてきた水平分業型の統制型サプライチェーンを構築し、これまでにない顧客体験を届けることに成功した。ここでいう顧客体験は2つの重要な要素で構成される。ひとつはEVとそのユーザーインターフェース がもつ可能性を提示したこと、そしてもうひとつが購買体験だ。
iPhoneが市場から大きな歓迎をもって受け入れられたように、テスラもこれまで既存の自動車メーカーが提供していなかったEVの世界観を巧みに表現し、アーリーアダプターを取り込むことでシェアを獲得していった。その際、創薬の世界でいう「育薬」にも似た、顧客と一緒に製品を作り上げていくようなプロセスを経たことも付記したい。
そして、購買体験も特殊だ。自動車は高い安全性の確保からディーラーが伝統的に販売を担いライフサイクル全てに亘って面倒を見るため、量販店で家電やスマホを買うのとはわけが違うという意見がある。しかし実際に自動車をウェブで購入したことのある人や、テスラを購入したことがある人は、その指摘が的外れであることを実感しているはずだ。
データによる商品企画
さらに、人々の移動がデータでわかる時代となった。GPSを分析すれば、どこからどこへ移動しているか、その際の時速も走行距離も頻度も把握できる。そもそも日本の自家用車の稼働率は1割にも満たない。近所のスーパーで買い物をするために、赤道直下から南極大陸まで走れるスペックをもった自動車を使用する必要はないことは明確なのである。1,000km走れるEVの顧客ニーズはどの程 度あるのだろうか。むろん100kmの航続距離の車を量産するためにはそうした技術開発は不可欠だろう。しかし、顧客接点を持ち、データを活用して顧客体験を適切に設計できる企業が、水平分業型のサプライチーンを活用して商品企画した際の脅威は、決して侮れるものではない。さらにそうした企業は、さきに述べた顧客との共創型のものづくりにも長けているケースが多い。
いま、かつてアンドロイドがスマートフォン市場で構築したプロセスイノベーション型のエコシステムが、MIHによって自動車業界に持ち込まれようとしている。スマートフォンの世界でいえば、シェア70%を占めるプラットフォームだ。仮に、EV普及にまつわるその他の制約要素(充電インフラ、バッテリー価格など)が取り除かれたときに、従来の垂直統合型のビジネスモデルは対抗しうるのか。
自動車業界は、垂直統合型の自前主義でものづくりを行ってきたが、顧客接点であるディーラーは別資本であり、実際のところ顧客に関するデータを保有していない。そして、こうした形態はなにも自動車業界に限った話ではない。顧客接点をもたずに垂直統合型でものづくりを行う限界が早々に訪れるかもしれない。
エコシステムとプラットフォーム
時代を同じくして、コロナ禍によって調達活動が停止し企業は生産調整を余儀無くされた。国家間の分断の懸念から地産地消がキーワードとなり、サプライチェーンの再構築が検討されるようになった。さらに責任ある調達やカーボンニュートラルの実現に向けて、 あらゆる領域で「競争」と「協調」の切り分けが叫ばれるようになっている。
こうした状況下においては、垂直統合型モデルと水平分業型モデルの棲み分けがさらに進むはずだ。レイヤーマスターは標準化の賜物であり、エコシステムやプラットフォー ムも標準化が基本となる。一方で、市場を開拓するプロダクトイノベーションは、垂直統合型の統制モデルがけん引するだろう。 こうしたマーケットの特徴とサイクルを見 極め、適切なビジネスモデルの投入およびそれを見越した市場参入・戦い方の定義が必要 だろう。市場は常に動いており、ビジネスモデルが持つ強みは、以前よりも(想定よりも) 早い時間軸で移ろう。現在のビジネスモデルは常に陳腐化の可能性を秘めていることを肝に銘じるべきだろう。
執筆者
株式会社KPMG FAS
パートナー 井口 耕一
自動車業界を中心に製造業、消費財、通信業などの業界において事業戦略立案、M&A戦略立案、新規事業開発、組織変革などの業務に従事。システムエンジニア、戦略コンサルタント、キャピタリスト、複数の事業会社の取締役/監査役を経て現職。