Close-up 3:コロナ禍でのJV再編の戦略と実践の勘所

コロナ禍の発生以後、日本企業の間で、ジョイントベンチャー持分の買増しや売却といった再編事例が増加している。再編にあたってはJVの戦略的位置づけの再検討と、スムーズかつ両パートナーが納得できる形での実行が必須となる。改めて、JVの戦略的見直しの重要性と、実務上の再編の進め方について解説する。

日本企業の間で、ジョイントベンチャー持分の買増しや売却といった再編事例が増加している。JVの戦略的見直しの重要性と、実務上の再編の進め方について解説する。

コロナ禍の発生以後、日本企業の間で、ジョイントベンチャー(JV)持分の買増しや売却といった再編事例が増加している。こうした再編のトリガーとして、J Vや自社の事情のみならず、J Vパートナーを取り巻く環境変化やJVパートナーとの関係性変化等も挙げられる。再編にあたってはJVの戦略的位置づけの再検討と、スムーズかつ両パートナーが納得できる形での実行・完了が求められることになるが、ここに来て海外進出を続けてきた日本企業の実務上の課題が浮き彫りになってきた。改めてJVの戦略的位置づけ検討の重要性と、実務上の再編の進め方について解説する。

コロナ禍による事業環境の一変とJV再編機運の高まり

コロナ禍により、世界中で人々のライフスタイルの在り方が変更を余儀なくされ、それに応じて、企業活動も大きく変化している。

変異ウイルス等の発生もあり、今後もコロナ禍の影響から完全に脱するまでには、まだ時間が必要であろう。その間にも、個別事業においてはリアルからオンライン、集約から分散化、大規模化から小規模化、生産拠点等の自動化等の動きが進むと見られる。

コロナ禍による事業環境の変化を受け、ビジネスモデルや事業ポートフォリオの変更を迫られる企業が多く発生している。それを反映するかのように、JV持分の買増しや売却にかかわる相談が、当社に持ち込まれるケースが昨今、顕著に増加している。

機動的にJVの持分買増しや売却を検討するにあたっては、既存資産の売買であることから、企業は対象事業の現状について理解をしているという認識の下、多くのケースで詳細な検討を省く傾向が見られる。しかし、コロナ禍を機に大きな変化が起きている今こそ、事業環境の変化やそれに基づくシナリオ分析を、改めて詳細に実行する必要があると、私たちは考えている。

2つのシナリオ分析アプローチ

JVの持分買増しや売却検討にかかわるアプローチは、M&A検討やJV設立のアプローチとも共通する部分は多いが、まずは既存のJV契約上の制約を、事前に確認しておくことから始まる。

その上でJV自体の事業戦略の確認と、外部・内部環境の調査・分析、更には自社ポートフォリオにおける戦略的位置付けやシナジーの確認・検討を行う。また、JV及びJVパートナーの財務状況の分析、自社とJVパートナーにおけるJVに求める役割や重要度について、設立時からの変化を把握しておくことも必須となる。

次に重要な点は、2つの将来にかかわるシナリオ分析である。1つ目は事業環境に関するシナリオ分析。2つ目はJVパートナーの想定されるアクションについてのシナリオ分析である。

まず1つ目のシナリオ分析では、JVを取り巻く事業環境の調査・分析を通じて、将来何が重要な環境要因となるのかを特定し、その要因の発生可能性と自社事業へのインパクトの大小を、発生の時間軸に基づいて整理する。そしてそれらの要因の組み合わせに応じて、シナリオを分岐させていく。コロナ禍での事業環境に関する考え方は、楽観的なものから悲観的なものまで幅広く、シナリオは多数に分岐するが、それらのシナリオに基き、定量的な事業計画を作成するところまで繋げる必要がある。

また、JVパートナーが事業環境の変化を受けて、JV契約上の制約の中で持ち分をどのように取り扱う可能性があるのかというような、JVパートナーの想定される動きについても複数のシナリオを想定し、それに対する自社の対応シナリオを準備しておくことも重要となる。

シナリオ分析では、その検討・作成過程を通じて、将来に起こる事象やそれらが起こるメカニズム、また、自社が取るべきアクションを整理、考察することになる。その思考訓練自体が、事業環境の変化への感度を高め、企業の反応力を高めることなる。シナリオ分析は、将来予測の正確性そのものを問うのではなく、その過程そのものに、感度と意思決定の質の向上の意義があると考える。

JV再編のカギ- 本社が契約締結、合意形成をリード

JVの持分買増しと売却の際の実行上の留意点についても触れておく。コロナ禍発生後のJVパートナー側の業績不振、事業戦略見直し、事業承継といった問題、又は自社での事業戦略見直し、JV契約期限到来への準備等を背景に、更なるJV持分の買増しや売却に踏み切るなど、JV再編の事例が増えていることは既に述べた通りである。

JV契約に基づく持分売買の交渉や、JV契約自体の再交渉の局面では、往々にして利害対立をはらんだ交渉になるため、事前の綿密なプランニングが必要とされる。当然、既に派遣されている出向者も関与することになる。

交渉局面では、既存JV契約の条項に基づく持分売買等のM&Aの視点と、JVの経営体制再構築といった仕組みの構築の視点の両面が求められることになる。実際には、買増しの場合はトップ間で合意される新経営体制・方針の下でJVに関する一定の執行権を与えられた出向者、また売却の場合にはそれまでJVの執行権を与えられていたが故にトップ間の交渉・合意を主導する立場にない出向者の立ち位置も踏まえ、自社内の役割分担を明確にしながら取り組んでいる日本企業は少ないのが現状だ。特に、持分を買取り、子会社化するケースでは、修正JV契約において明確に規定される分野と、別途契約外での合意形成が必要になる分野を整理し、日本本社主導で締結・合意を形成することが重要となる。

CEOアジェンダ

持分買増し時の課題とポイント- 主に子会社化のケース

自社戦略の見直しに伴い、既存JVの持分をパートナーから買い取る際、経営体制を再構築する上で重要なのは、JVパートナーに依存していたリソース・機能の補填策、すなわちオペレーティングモデルの再構築と、ガバナンス再構築の早期プランニングである。

オペレーティングモデル

JVパートナーに依存しているフロントやバックオフィスの機能・リソースについて網羅的に整理し、JVパートナーの継続支援の可否を踏まえ、今後の手当て(継続依存、自社構築、第三者委託)を早期に検討する必要がある。機能毎に人員、業務プロセス、資産、契約、ITインフラの観点から網羅的に課題を押さえておく必要があり、JVパートナーへの重要な依存領域は、最終的に修正JV契約の付随契約によって担保されるべきである。

経営ガバナンス

新たに設計されたオペレーティングモデルを運営していくための経営体制の構築には、公式・非公式の会議体、そのメンバー構成や、重要意思決定事項・要件等のようにJV契約で当然規定されるものと、KPIや価値観、業績管理体制等の経営上重要であるがJV契約で必ずしも規定されないものが存在する。過半数を取得するJVの再構築であっても、現経営陣に経営を引き続き任せるのであれば、後者をどこまで合意できるかが、子会社化後の経営の成否を決定づけると言っても過言ではない。この合意形成は、修正JV契約の交渉とほぼ同時期に完了する必要があるが、実際には対応リソースの限界等を理由に先送りされるケースが散見される。たとえ合意形成に至らずとも、相手側との議論を議事録に残すだけでも大きな違いがある。

持分売却時の課題とポイント - 主に完全売却のケース

過半数を持っている、持っていないに関わらず、JV持分を売却する際の課題は、JV資産の特殊性である。JVでは各JVパートナーから拠出された重要な設備、技術、ノウハウ等が蓄積されている可能性があり、JV事業を継続するパートナーには、相手方の退出に伴うJV事業継続可否や企業価値の毀損への懸念が存在する。一般的に、両パートナーから拠出された機能・リソースが多ければ多いほど、持分売却は困難を伴うことが多く、従って、まずJVパートナー間の協議が折り合うかどうかが重要となる。

プランニングの重要性

JVパートナーとの協議に入る前に完了しておくべきことは、離脱に伴う課題の洗い出しと、それら課題への対応方針に関する綿密なプランニングである。自社がJVから退出する場合、JVパートナーにとっての所謂カーブアウトイシューを人員、業務プロセス、資産、契約、ITの観点から網羅的に整理し、JVパートナーが持分を買い取る可能性、買い取ることが期待できる場合にどのようにカーブアウトイシューを手当てしていくことが両者にとって望ましいか、もしくは第三者の潜在的買い手候補の有無、また、買い手候補が期待できるのであればその属性(バリューチェーン上の得意・不得意分野)を踏まえて、売り手として想定する手当(潜在的買い手による補填含む)が現実的なのか等を総合的に勘案し、何が自社にとっての最も有利な選択肢かを、早期かつ集中的にプランニングすることが肝要である。

既存JVの再編は、新規M&AやJV組成と比較すると、事前に情報へもアクセスでき、難易度が低いと捉えられがちであるが、経営体制の「仕組み」のデザイン力が求められることになり、難易度はむしろ高いと言える。従来、「人」による経営に依存する傾向の強かった日本企業にとっては特に大きなチャレンジであるが、JVに拠出される機能・リソースの活用主体は常に現地人であることを再認識し、言わば最低限のルールを規定したJV契約で満足することなく、実態としての経営の仕組みの構築に力を入れていくことで、日本企業の海外JV事業はさらに成功を遂げていくことが可能になるだろう。

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執筆者

株式会社KPMG FAS
パートナー 西嶌 宏之

大手監査法人を経て、KPMG入社後、国内外の様々なM&A案件に従事。2012年より2年間、大手商社のニューヨーク・オフィスに出向し、米州地域におけるM&AやJV 設立を多数手がける。現在は、ASEAN地域担当として、域内諸国のM&A案件組成からPMIまで幅広くサポート。

 

株式会社KPMG FAS
ディレクター 梶川 慎也

大手旅客会社を経て、KPMGに入社後、リストラクチャリング業務に従事。2014年から現在のグローバルストラテジーグループに参画。コンシューマ&リテールチームコアメンバー。事業ポートフォリオ戦略及び事業戦略の立案を支援。