Close-up 1:ウィズコロナにおける事業計画とは
COVID-19の収束時期や回復程度は、未だ不透明な「ウィズコロナ」の状況が続いている。多くの企業が財務面での緊急対応を迫られる一方、様々なステークホルダーとの丁寧なコミュニケーションも求められる。ウィズコロナの今、こうした対応はどうあるべきか。事業計画策定と各種施策を事例とともに考察する。
多くの企業が財務面での緊急対応を迫られる一方、様々なステークホルダーとの丁寧なコミュニケーションも求められる。対応はどうあるべきか。事業計画策定と各種施策を事例とともに考察する。
現在、ワクチン提供が開始されたものの、新型コロナウイルス感染症( 以下、「COVID-19」という)の収束時期や回復程度は、依然不透明な「ウィズコロナ」の状況が続いている。多くの企業がCOVID-19の影響を受け、流動性資金の確保やウィズ/アフターコロナを見据えたビジネスモデルへの変革を検討・実行している。財務面等の必要性から待ったなしで施策を講じる必要があり、ステークホルダーとのより丁寧なコミュニケーションや合意形成も求められている。ウィズコロナの今、こうした対応はどうあるべきか。事業計画策定とその中での各種施策に焦点をあて、事例も交えて考察する。
ウィズコロナの事業計画の特徴、平時との違い
そもそも、ウィズコロナの事業計画は、平時のそれと何が違うのか。主に以下の3つの点が、ウィズコロナの特徴と考えられる。
- 不確実性への備え
ワクチン供給やコロナ収束時期・収束程度などは不確実であるため、それらについて複数のシナリオを想定する必要がある。そして、メインシナリオ通りに進まなかった場合に備えて、サブシナリオにシフトする柔軟性を予め具備しておくことが望ましい。
- 短期影響への対応
特に、政府・自治体による行動制限・自粛要請や消費者自身の行動様式の変化に直接的な影響を受けている業種・企業では、売上高が激減したことで、流動性資金の確保や赤字縮小が喫緊の課題となっている。
- ニューリアリティ・新常態に向けた変革
アフターコロナにおいて、売上水準が戻らない、消費者の行動様式や価値観が変わる、自国主義や米中関係の変化により海外地域戦略の見直しが必要になるなど、事業・経営環境が恒久的に一変する可能性がある。これらを見据えた事業変革が求められる。
ウィズコロナにおける事業計画策定アプローチ
以上の3点を捉え、適切に事業計画を策定するためのアプローチはどうあるべきか。「成行き将来予測」、「改善施策の検討・事業構造の再考」、「事業ポートフォリオの再考」の3つのステップにおけるポイントと、企業における取組み事例を紹介する。
1.成行き将来予測
政府・自治体主導の行動制限と経済刺激策のバランス、第4波・第5波の発生可能性、ワクチンの供給・集団免疫等が、今後どのように進み、現状から部分的収束を経て完全収束に至るのか。COVID-19の収束時期や回復程度は、大きな前提・想定となる。代表的なシナリオは、(A)1年から2年後に概ね収束、(B)3年から5年後に概ね収束、(C)長期にわたり部分的収束にとどまる、である。これらのシナリオに基づき、財務シミュレーションを実施したり、より詳細に月次での回復時期や回復カーブを想定したりするケースが多い。これまで企業によって公表された事業計画前提としては、(A)のシナリオが最も多く見受けられる。
【事例】
【鉄道会社】 定期収入は従来の約85%までしか戻らないと予測。運搬収入は従来の約90%までしか戻らない前提で中計見直し
【衣料品会社】 テレワーク等が進みビジネスウェアのカジュアル化が5年から10年前倒しで進む。スーツ・フォーマル市場は縮小し、コロナ後も、スーツ市場はコロナ前の水準に戻らない
【エアライン会社】 国際旅客は22年末までに80%程度回復した後に、24年に向けて漸次回復。国内旅客は国際線に比べて回復が早く、22年以降はほぼコロナ前水準に回復と予測
【居酒屋チェーン会社】 アフターコロナでも、ビフォアーコロナには戻らない
2.改善施策の検討・事業構造の再考
大幅な売上減少や営業赤字に直面している企業では、何より「流動性資金の確保」が重要(“Cash is King”)であり、業績(PL)や純資産にマイナス影響がでても資金確保が優先される。具体的には運転資本の圧縮、投資抑制、資産売却、コロナ支援融資の調達などである。また様々なコスト削減施策や事業規模の縮小等が検討され、不採算拠点の閉鎖、子会社の売却・清算、従業員の削減など短期的視点でのリストラクチャリングが進められる。ただし、アフターコロナでの事業価値を損ねる関係(トレードオフ)にあるため、バランスや優先度に留意が必要である。
【事例】
【エアライン会社】 余剰人員を外部に一次派遣・出向。家電量販店のコールセンター、SMの店舗スタッフ、企業の受付・事務・企画職などに従事
【自動車部品会社】 赤字継続の海外拠点撤退をOEM及び代替サプライヤーと交渉中。早期撤退し赤字流出を止めることがオプション選択において最重要
【ファミリーレストラン会社】 これまでコスト・店舗削減を進めてきたが、これ以上はアフターコロナでの復元力を大きく損なう。今後は第三者割当増資や新株予約権等で自己資本回復を図る
【旅行会社】 1億円に減資し「中小企業扱い」で税負担軽減を図る
一方、COVID-19によってもたらされるニューリアリティ・新常態を見据えた「事業構造の再考」、すなわち、ビジネスモデル、パートナーシップ、グローバル戦略の見直しや、コストベースやサプライチェーンの再考といった中長期的視点でのリストラクチャリングも重要となる。これらに早期に取り組むことやその巧拙が、ウィズ/アフターコロナでの競争優位性につながる。また、M&Aも有効な手段となる。
【事例】
【衣料品会社】 スーツ市場は元に戻らないと判断。2割の店舗閉鎖、セレクトショップや機能アパレルとビジネスカジュアル衣料の開発を急ぐ。スーツ事業は在庫なし・省スペースで売れるオーダースーツ販売にシフト。市場は18年比8割に戻ると想定し、その時利益が出る体制に変革
【小売流通会社】 新型コロナウイルスでネットスーパーなどデジタルサービスの需要が急伸。即戦力のデジタル人材の大量獲得を急ぐ
【ヘルスケア会社】 コロナを背景にオンライン医療のニーズが高まっており、米国で遠隔医療サービスを立ち上げ
【建設会社】 M&Aを含む社外連携強化のために新しい組織を設置。社外の技術力や営業網などを取り込み、景気の波に耐えられる体制づくりを進める
3.事業ポートフォリオの再考
改善施策・事業構造を十分に検討・再考しても、もはや魅力的でない事業・拠点などが存在する。それらは、戦略的オプションとして、「継続or売却or清算」の検討対象となる。その際、各オプションの経済性や価値を定量化することが合理的な判断の助けとなる。継続オプションでは、実現可能性の高い合理的な事業計画に基づく事業・株式価値を試算し、売却オプションでは、継続オプションで算出した価値をベースに売却価値を試算する。また、清算オプションでは、清算貸借対照表に基づく清算価値を試算する。加えて定性面として、事業リスクや事業計画の実現可能性、売却時のカーブアウト/スタンドアローンイシュー、レピュテーション・リスク、ノウハウ流出等を検討し、各オプションを比較分析し、意思決定する。
【事例】
【電鉄会社】 グループのバス事業のうち首都圏と地方を結ぶ長距離夜行バスから事実上撤退。旅行需要減少を踏まえ、休止や廃止、共同運行から単独運行に切り替え
【化粧品会社】 日用品事業をファンドに売却し、事業の選択と集中を加速。高価格帯事業に経営資源を集中
【百貨店会社】 不動産子会社のファンドへの売却。ビジネスモデルの抜本的な転換が求められる中、選択と集中を急ぐ
【百貨店会社】 郊外店の脱百貨店化の加速。競合の撤退が相次ぐ中、郊外店を地域の拠点にしたり、ほかの小売業のフランチャイズチェーンに加盟したり、百貨店外の新たな収益源を探る
ステークホルダーとのコミュニケーション
以上の検討のもとに、事業計画や各種施策を実行する際は、取引先、金融機関、株主、従業員といった自社を取り巻く様々なステークホルダーの理解と支援を得る必要がある。コロナ支援融資調達や返済期限延長、従業員の給与水準引下げ、賃料減免・延払い、取引条件の見直しなど、難易度の高いコミュニケーションが必要となるが、いずれもウィズコロナの難局を乗り切るために重要である。
これらにあたっては、自社の戦略を見直し、合理的な事業計画を策定し、誠実に適時適切なコミュニケーションを図ることが基本となる。なお、最善を尽くしても「企業価値<<有利子負債」となれば、抜本的な金融支援や金融調整が必要となり、合意形成のための手続きとして、事業再生ADRなどの私的整理手続や、民事再生法・会社更生法などの法的整理手続を戦略的に活用するケースも生じる。
ウィズコロナの事業計画の要諦
COVID-19が世の中を大きく変え、企業の業績や財務状況に影響を与えているのは逃れようのない事実である。この変化を機会と捉え、アフターコロナでの自社の在り方を考え抜き、ウィズコロナにおいて対応・変革することこそが、今求められている。
執筆者
株式会社KPMG FAS
パートナー 中村 吉伸
事業再生サービスの日本代表。私的・法的整理下での再生、公的支援企業の再生から、経営不振企業のターンアラウンド・業界再編、海外拠点撤退などを20年以上にわたり支援。加えて、M&A、JV設立、組織再編・事業再構築、事業変革等のプロジェクトにも関与。消費財・小売セクターの日本代表を兼務。