企業に求められる「記述情報の開示の充実」とは 第4回(最終回) 2021年3月期以後の開示を検討するうえでのヒント
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3502号(2021年04月12日)に「企業に求められる「記述情報の開示の充実」とは 第4回(最終回) 2021年3月期以後の開示を検討するうえでのヒント」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3502号(2021年04月12日)にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
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1.はじめに
2020年3月期より、有価証券報告書における記述情報の開示の充実に向けた実務での取組みが本格化している。
筆者が所属する有限責任 あずさ監査法人/KPMGジャパンでは、2020年11月頃から日経225の構成銘柄に選定されている企業(225社)が公表した直近年度(主に、2020年3月期)における有価証券報告書と統合報告書のすべてをレビューし、開示情報の分析や比較を行った(以下、これを「KPMGの調査」という。)。KPMGの調査結果を踏まえると、直近年度において、多くの企業の有価証券報告書で記述情報の開示の拡充が図られていたものの、当初企図されていた制度趣旨を踏まえると、更なる改善が期待されると考えられた事例も少なくなかった。
また、2020年11月に、金融庁から2020年3月期以後の有価証券報告書や統合報告書の開示を踏まえ、「新型コロナウイルス感染症」と「ESG」に関する開示に関する好事例をまとめた「記述情報の開示の好事例集2020」が公表されている。続けて、2021年2月には、「記述情報の開示の好事例集2020」に、「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」、「事業等のリスク」、「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)」の開示の好事例が追加されている。その後、2021年3月には「記述情報の開示の好事例集2020」に新たに、「重要な会計上の見積り」、「監査の状況」、「役員の報酬等」の開示の好事例が追加されたほか、「政策保有株式:投資家が期待する好開示のポイント(例)」も更新されている。
加えて、2020年3月期から、上場会社等の監査報告書において「監査上の主要な検討事項」(以下「KAM」という。)の記載について早期適用が開始されている。また、早期適用の経験を踏まえ、2021年3月期から上場会社の監査報告書において要求されるKAMの記載を有用なものとするためには、関連する財務諸表の注記や有価証券報告書における記述情報の開示を充実させることが極めて重要である旨が財務情報の利用者から再三指摘されている。
さらに、海外においても、ESG要素への情報ニーズの高まりや新型コロナウイルス感染症の拡大を踏まえた開示のあり方について注意喚起や好事例が示されている。
本稿では、こうした点を踏まえ、企業の経理・財務担当者が2021年3月期の企業報告及びその後の企業報告のあり方を検討するうえでヒントとなる事項について解説する。解説にあたっては、まず有価証券報告書の開示全般に関する事項について述べたうえで、記述情報の主な項目ごとにヒントとなる事項を説明する。なお、本文中の意見に関する部分は筆者の私見であることを申し添える。
2.有価証券報告書の開示全般に関する事項
有価証券報告書のうち、本連載企画で特にフォーカスして解説してきたのは、以下の情報である。
- 経営方針、経営環境及び対処すべき課題等
- 事業等のリスク
- MD&A
- コーポレート・ガバナンスの状況
改めて述べるまでもないが、これらの項目は密接に結びついている。すなわち、想定する経営環境の下で、どのような経営方針・経営戦略を採用したか。経営環境の変化を踏まえてどのような事業等のリスクが新たに識別され、それによって経営戦略の変更が必要となったか。経営戦略を達成するために企業の構成員が目指すべき具体的なゴールを共有するためにどのようなKPIが設定されたか。当該KPIの目標が当年度においてどの程度達成されたか。こうしたプロセスにおいて取締役会等がどのような役割を果たしたのか。このように、一連の開示項目は相互に関連している。
筆者は、これまで会計・監査制度の立案や会計基準及び監査基準の開発に長く携わり、国内外の財務情報の利用者と対話する機会も多かった。当該過程を通じて財務情報の利用者からお伺いしてきたコメントを総合すると、「企業開示にあたっては、一連の項目を企業固有の状況に基づいてストーリー立てて語る(“tell the story”)が何よりも重要」という旨がキーとなるメッセージであった。
加えて、日本では、2021年3月期から上場会社の財務諸表監査において監査報告書へのKAMの記載が要求され、企業からの開示だけでなく、監査人から開示される情報も充実することが期待されている。また、日本企業においては、有価証券報告書以外にも、サステナビリティ報告書や統合報告書といった形で任意の情報開示を行っている事例も多く、またそれは拡大傾向にある。
開示情報が充実すること自体は投資家等の財務情報の利用者にとって歓迎されるものだろうが、他方で曖昧な記述が羅列されているだけである場合、開示情報全体としての有用性が損なわれてしまう可能性がある。また、開示情報が増えたとしても、情報がブツ切りになっていると情報の利用価値は高まらず、却って分かりにくくなるだけである。海外で示されている開示のガイダンスにおいても、項目間のつながりの重要性は特に強調されている。例えば、英国の財務報告評議会(FRC)が2018年に公表したガイダンス(Guidance on the Strategic Report)や2020年にFRCの財務報告ラボから公表された開示の好事例集においても項目間の“Linkage”の重要性が繰り返し指摘されている。
こうした点を踏まえると、可能な限り、企業固有の具体的な情報を開示しつつ、開示される情報の「つながり(Linkage/Connectivity)」が保たれるようにすることが何よりも重要ではないか。併せて、新型コロナウイルスの感染の拡大下において、経営環境の変化が目まぐるしいことを踏まえると、開示される情報が直近の状況を反映したものであることが重要であるというコメントも、財務情報の利用者から示されている。
上記の「具体的な情報を開示すること」、「開示情報間のつながりを確保すること」、及び「直近の状況を反映すること」の重要性については、2019年1月に企業内容等の開示に関する内閣府令の一部改正において公表された有価証券報告書の第二号様式「(記載上の注意)」(以下「記載上の注意」という。)でも、図表1のように強調されている。
図表1:「記載上の注意」における記載
項目 |
主な内容 |
---|---|
(30) 経営方針、経営環境及び対処すべき課題 |
記載に当たっては、連結会社の経営環境についての経営者の認識の説明を含め、 事業の内容の記載と関連付けて記載すること |
同上 |
最近日現在 における連結会社が優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題について、 その内容,対処方針等を経営方針・経営戦略等と関連付けて具体的に記載 すること |
(31) 事業等のリスク |
主要なリスクについて、当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期、当該リスクが顕在化した場合に連結会社の経営成績等の状況に与える影響の内容、当該リスクへの対応策を記載するなど、具体的に記載 すること |
同上 |
記載にあたっては、リスクの重要性や経営方針・経営戦略等との 関連性の程度を考慮して、分かりやすく記載 すること |
(32) MD&A |
経営成績等の状況に関して、事業全体及び セグメント ごとに記載された区分ごとに、経営者の視点による認識及び分析・検討内容を経営方針、 経営戦略等の内容のほか、他の項目の内容と関連づけて記載 すること |
出所:金融庁「記載上の注意」 下線は筆者による
図表1で示した項目のほか、監査報告書におけるKAMの記載が本格化することを踏まえると、経営環境の変化を踏まえてどのような事業等のリスクが識別され、当該リスクが存在する状況で、どのような会計処理がされたか、当該会計処理について財務諸表監査や監査役等の監査でどのような検討がされたか等について財務情報の利用者が高い関心を示す可能性がある。
上記を開示項目と紐づけてみると、一例として、以下のような事態が考えられる。
- 新型コロナウイルス感染症の拡大を踏まえ、製品Xの需要が大幅に減少する等、経営環境が悪化した。
- 経営環境の悪化を踏まえ、製品Xの製造ラインを大幅に縮小した結果、事業ポートフォリオの見直しを含め、戦略の見直しが必要となった。
- 製品Xの需要の減少を受けた戦略の見直しを踏まえ、製品Xの製造設備に係る減損損失の計上が重要なリスクとなり、これを事業等のリスクとして開示することが必要となった。
- こうした事態を踏まえ、当該製造設備を含む資産グループについて減損の兆候が認められ、減損テストを実施した。この結果、当該資産グループから生じる割引前将来キャッシュ・フローが帳簿価額を上回ったため、当期において減損損失の計上が不要と判断された。但し、当該資産グループから発生する減損損失の計上が翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがあると判断されたため、企業会計基準第31号「 会計上の見積りの開示に関する会計基準 」に基づき、将来キャッシュ・フローの見積りに用いられた見積方法、データ、仮定について財務諸表注記で開示することになった。
- 「記載上の注意」で示されている留意点を踏まえ、当期の経営成績や会計上の見積りにおいて採用した仮定等に関する説明をMD&Aで追加的に開示することとした。
- 上記事態を踏まえ、財務諸表監査において「固定資産の減損損失の認識の要否に関する判断」がKAMとして識別され、経営者による減損損失の認識が不要との判断の妥当性を評価するために実施した監査上の対応をKAMとして監査報告書に記載した。
- 監査役等と会計監査人の間でKAMとした事項に特にフォーカスした協議を実施した。これを踏まえ、「コーポレート・ガバナンスの状況」の「監査の状況 - 監査役等の活動状況(主な検討事項)」において、KAMとして識別された「固定資産の減損損失の認識の要否に関する判断」に関する監査役等の対応(例えば、「会計監査人と、いつどのような点を協議したか」)を記載した。
こうした各開示項目における一連の情報のつながりは、図表2のように表される。
図表2:開示項目間のつながり
日本企業による有価証券報告書の開示は、一定のフォーマットに従って開示される点で比較可能性が高いという点が評価される一方で、一般的に「ストーリー立てて語る」という点について十分でない事例が少なくないという指摘もある。また、KPMGの調査においても、企業固有の具体的な開示が十分でないと考えられた事例も少なからずあった。上記のストーリーは一例ではあるが、直近の状況を踏まえて具体的に事実及び状況や経営者による判断を記載したうえで、開示項目間のつながりを確保することは、2021年3月期以後の開示実務において重要なテーマと考えられる。
3.経営方針、経営環境及び対処すべき課題等の開示に関する事項
「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」の開示にあたっては、取締役会や経営会議における議論を反映したものとするため、経営者が開示すべき事項の決定や開示情報のあり方の検討に積極的に関与することが何よりも重要と考えられる。このセクションにおける開示項目は「経営」そのものであり、本来、ボトムアップで開示できるものでないと考えられる。
また、特に「対処すべき課題」の記載にあたっては、「マテリアリティ」の分析に関する開示が重要と考えられる。金融庁から公表されている「記述情報の開示に関する原則」では「2 - 2 重要な情報の開示」において、「記述情報の開示については、各企業において、重要性(マテリアリティ)という評価軸を持つことが求められる。」とされている。これは、開示が充実したとしても、重要な情報と重要でない情報が同じように開示される場合、結果として、重要な情報が多くの重要でない情報によって覆い隠されてしまうという旨が財務諸表利用者から指摘されているためである。
こうした点を踏まえると、自社を取り巻く経営環境においてどのような課題が重要であるかを、記述情報の冒頭で体系立てて示すことが有用と考えられる。「重要な課題」を体系立てて示す方法として、統合報告書やサステナビリティ報告書では「マテリアリティ・マトリックス」が利用されることが多い。「マテリアリティ・マトリックス」の記載方法は、複数の主体から異なる考え方が示されており、必ずしも実務が収斂されている訳ではないが、特にサステナビリティ報告書では、GRI基準(GRI101:Foundation)で示されている内容も参考にし、図表3のように示すことが多いのではないかと考えられる。
図表3:マテリアリティ・マトリックス1
他方、金融庁による「記述情報の開示に関する原則」では、「望ましい開示に向けた取組み」として、「記述情報の重要性については、その事柄が企業価値や業績等に与える影響度を考慮して判断することが望ましい。また、企業の将来に関する情報の重要性は、発生の蓋然性も考慮して判断することが望ましい。」とされている。当該考え方は、国際統合報告評議会(IIRC)による国際統合報告のフレームワークで示されている考え方と整合的と考えられる。IIRCから2013年に公表された文書「Materiality -background paper for <IR>」の記述を踏まえると、「マテリアリティ・マトリックス」は図表4のように示される。
図表4:マテリアリティ・マトリックス2
図表3と図表4のマテリアリティ・マトリックスは座標軸がともに異なるため、全く異なるものと見えるかもしれない。しかし、図表4のマトリックスに沿った重要な課題の評価を、本連載企画第1回( No.3495 )で解説した「ダイナミック・マテリアリティ」の考え方 ※を踏まえて中長期的な時間軸で行う場合、図表3のマトリックスと図表4のマトリックスとで、結果として、同様の課題が「重要な課題」として識別されるかもしれない。
「マテリアリティ・マトリックス」は記述情報の開示において要求されているものではないが、分かりやすい開示という意味では一助になると考えられ、「対処すべき課題等」の開示にあたって記載を検討する価値があると考えられる。
※時間軸を長めにとれば、経済・社会・環境に重要な影響を与えると考えられる事項と株主・投資家への財務リターンに重要な影響を及ぼす事項は相互に大きく連動しているという認識の下、開示すべき対象を整理する考え方。
4.事業等のリスクの開示に関する事項
2021年3月期以後において「事業等のリスク」の開示に関して留意すべき点を検討するためには、まず2020年3月期の有価証券報告書で期待されていた程の具体的な開示がされていたかどうかを振り返ることが有用かもしれない。
この点、KPMGの調査結果を踏まえると、統合報告書では「事業等のリスク」について全く(又は殆ど)開示されていない事例が一部にあったものの、有価証券報告書では全てのケースで「事業等のリスク」の開示がされていた。統合報告書と有価証券報告書の比較にあたっては、フィギュアスケートに喩えて、統合報告書は自由演技、有価証券報告書は規定演技と言われることもあり、有価証券報告書では要求されている開示項目はほぼ例外なく開示される。KPMGの調査においても、有価証券報告書のこうした点は比較可能性を確保するうえで有用である旨が認められており、高く評価できる。
他方で、有価証券報告書においては、開示を法令遵守の観点から必要最低限のものに留めようとする傾向は否めない。例えば、「記載上の注意」において掲げられていた項目についても、「リスクが顕在化する可能性」や「リスクが顕在化する時期(時間軸)」が実質的に開示されていた事例は、それぞれ14%、4%に留まっていた。トップダウンで開示の充実に向けた強いコミットメントが示されない限り、実務者にとってマイナス要因と捉えかねない事項について具体的な開示を行うことは実務的に難しいであろうが、2019年に金融庁から「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正が公表された際に公表された改正案に対するパブリックコメントに対する「金融庁の考え方」では、以下の旨が示されている。
- 有価証券報告書の提出日現在において、経営者が企業の経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクについて、一般に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がされていた場合、提出後に事情が変化したことをもって、虚偽記載の責任を問われるものではないと考えられる。
- 一方、提出日現在において、経営者が企業の経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクについて敢えて記載をしなかった場合、虚偽記載に該当することがあり得ると考えられる。
こうした点を踏まえると、企業にとって実質的なリスクを避けるためにも、また投資家と企業経営者との建設的な対話を促すためにも、事業等のリスクについても出来るだけ具体的な開示をすることが期待される。
また、本連載企画第2回( No.3497 )で記載した内容を踏まえると、ESG要素に関するリスクを充実させることが今後益々重要になると考えられる。例えば、日本企業はTask Force on Climate-related Financial Disclosuresによる提言(以下「TCFD提言」という。)を支持している企業等の数が世界で最多であることが広く知られており、TCFDのウェブサイトによると、直近(2021年3月21日時点)では359社がTCFD提言賛同企業として署名している。しかし、そうした企業においても、統合報告書ではTCFD提言に沿った開示がされているものの、有価証券報告書では具体的な開示が殆どされていない例も多い。実際、「事業等のリスク」において、気候変動リスクへの対応という項目を設けつつも、一般的な記述に加えて「TCFD提言に賛同している」旨だけを開示している企業も少なくない。
TCFD提言においてメインストリームの開示書類(日本では、有価証券報告書がこれに該当すると考えられる。)で提言内容に沿った開示をする旨が奨励されていることも踏まえると、有価証券報告書においても気候変動リスクの具体的内容やリスクへの対応に関する開示を充実させていくことが期待される。また、金融庁により公表された「記述情報の開示の好事例集2020」には、「社会(S)」の要素についても事業等のリスクとして識別したうえで、対応を開示している企業も挙げられていた。「社会(S)」の要素に関する記述は、「環境(E)」の要素よりも、実務上、開示のハードルがさらに高い可能性があるが、情報利用者のニーズの変化を踏まえ、開示を充実させていくことが期待される。
5.MD&Aの開示に関する事項
「MD&A」の開示にあたっては、「2.有価証券報告書の開示全般に関する事項」で示した内容を踏まえると、経営戦略を踏まえて、財務のKPIと非財務のKPIを上手く組み合わせて分かりやすい開示をすることが特に期待されるのではないか。
財務のKPIは、財務情報による経営成績を説明するうえで関連性が高く、説明力が高い。このため、当期におけるROEやROICを資本コストと対比させながら説明するためには、ROEやROICをデュポン分析等によって財務のKPIに分解したうえで、当連結会計年度におけるKPIの達成度を説明することが有用と考えられる。一方で、財務のKPIには、その算定にあたって会計上の見積りが必要とされる場合も多く、恣意的になることがあるほか、直感的に分かりにくい場合がある。この点、非財務のKPI(例えば、カード事業における新規会員数)は分かりやすく、恣意性も介在しない。経営成績の分析にあたっては、このように財務と非財務のKPIのそれぞれの特長を活かしつつ、情報利用者にとって分かりやすい開示を行うことが期待される。
また、財務のKPIを説明するうえでは、「重要な会計上の見積り及び仮定」について丁寧な説明を行うことが重要である。この点、2021年3月期から、企業会計基準第31号に基づき、財務諸表等の注記情報の充実が期待されていることから、注記情報の充実と並行してMD&Aにおける「重要な会計上の見積り」に係る開示の充実を検討することが期待される。
金融庁から公表された好事例集のうち、「重要な会計上の見積り」に係る記載を踏まえると、自社のビジネス特性の説明に続けて、会計上の見積りを算定手法、データ、仮定という構成要素に分解したうえで、使用した重要な仮定(特定のパラメーターの増加率や剥落率、割引率等)について具体的に数値を示して説明している事例が好事例として挙げられる傾向にあった。また、前年度末における見積額と実績の比較(バックテスト)を踏まえた開示や重要な仮定に係る感応度分析の開示も好事例として挙げられていた。こうした点は、今後の開示を検討するにあたってヒントとなるのではないか。なお、MD&Aにおける開示の検討にあたっては、企業会計基準第31号に基づく開示を基礎とする(又は、当該開示を参照する)ことが考えられるが、「記載上の注意」で示されている会計上の見積りの仮定の不確実性の内容やその変動により経営成績等に生じた影響については同会計基準で開示が要求されていない点に留意する必要がある。
6.おわりに
これまで全4回にわたって、企業開示の充実について特に記述情報に焦点を当てて、最近の動向や今後実務において検討すべきヒントについて解説してきた。特に記述情報の開示項目は経営そのものであり、開示を充実させる取組みは、IIRCが強調している言葉を借りれば、経営に「統合的な思考(integrated thinking)を持ち込むこと」にもつながる。
記述情報を外部公表用に文字に落としていく過程は、企業の存在意義や使命に照らして経営方針や経営戦略が妥当なものかを改めて見つめ直す契機になるかもしれない。また、真剣に検討する程、関連部署の連携も進んでいくだろうし、取締役会の議論も深まり、ガバナンスの実効性も強化されていくだろう。記述情報の深度ある検討は、こうしたことを可能にするものと考えている。
2022年4月から、東京証券取引所において新市場区分(プライム市場、スタンダード市場、グロース市場に区分)が適用される。また、それと並行して、「コーポレートガバナンス・コード」や「投資家と企業の対話ガイドライン」の改訂に向けた取組みが金融庁等で進められている。当該取組みにおいては、コロナ禍を契機とした企業を取り巻く環境の変化の下で上場会社が新たな成長を実現するには、ESG要素を巡る諸課題への取組みを進めることが必要との認識が共有されている。さらに、特にプライム市場の上場会社には、TCFD提言に基づく開示の質量の充実、株主総会開催前の有価証券報告書の提出、英文開示の充実等、株主・投資家との対話の充実に向けてチャレンジングな課題も示されている。
企業環境が目まぐるしく変化する下、記述情報の充実に向けた取組みが企業における課題の適時な認識や国内外のステークホルダーとの緊張感のある対話につながり、対話の前後においてなされる深度ある分析・検討と相まって、日本企業の国際的な競争力が高められていくことを期待したい。
以上
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
パートナー 公認会計士
関口 智和(せきぐち ともかず)