企業に求められる「記述情報の開示の充実」とは  第1回 企業に対する新たな情報ニーズ

「週刊経営財務」(税務研究会発行)3495号(2021年02月22日)に「企業に求められる「記述情報の開示の充実」とは 第1回 企業に対する新たな情報ニーズ」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

「週刊経営財務」(税務研究会発行)3495号(2021年02月22日)に「企業に求められる「記述情報の開示の充実」とは」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

この記事は、「週刊経営財務3495号」に掲載したものです。発行元である税務研究会の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください

1.はじめに

2020年3月期より、有価証券報告書における記述情報の開示が本格的に拡充されている。これに加えて、最近、「気候変動リスク」や「ESG要素」への対応が社会的にも企業経営者にも大きなテーマとなっており、これらの対応にあたって、「企業開示のあり方」が注目されている。さらに、新型コロナウイルスの感染症の拡大が収束しない中で、同感染症が事業に与える影響をどのように開示すべきかは、2021年3月期決算においても重要なテーマとなろう。こうした状況を踏まえ、企業の経理・財務部門において、どのような開示対応が必要かについて頭を悩ませているのではないかと考えられる。

このため、今後、「記述情報の開示の拡充」というテーマで全4回の連載を通じて、主に以下について解説していく。

(1)  企業に対する新たな情報ニーズ(第1回)
(2) 企業開示へのESG要素の反映(第2回)
(3) 新型コロナウイルスの感染拡大が企業開示の変革に与える影響(第3回)
(4) 経理・財務担当者が2021年3月期及びその後の対応を検討するうえでのヒント(第4回)

第1回の本稿では、(1)なぜ今企業開示のあり方が問われているのか、(2)どのような情報ニーズが新たに示されているのか、(3)新たな情報ニーズを踏まえて国内外でどのような対応が講じられているのかについて解説する。なお、本文中の意見に関する部分は筆者の私見であることを申し添える。

2.今なぜ企業開示のあり方が問われているのか

(1) 従来の企業開示

従来、企業開示は、主に株主や投資家に対する情報ニーズに応える観点から、財務諸表を中心として行われていたと考えられる。

あえて単純化していえば、企業は、株主から拠出された資本に基づき事業活動を行っており、特に上場企業は不特定多数の投資家から資本市場において資金を募っている。このため、企業経営者はこうした株主や投資家に対して託された資金の運用について説明責任を負っている。また、株主や投資家は、企業に対する資金拠出の見返りとして、通常、出資の見返りとして得られるインカム・ゲインやキャピタル・ゲインによる将来のネット・キャッシュ・インフロー(すなわち、出資によってどの程度のプラスのリターンを得られるか)に最も強い関心を有しているといえる。

しかし、株主や投資家に対して説明責任を負う企業経営者にとっても、個々の株主や投資家がいくらのリターンを得られると見込まれるかに関する情報をそれぞれに対して別に提供することは実務上不可能である。このため、株主や投資家が将来得ることを期待する将来のネット・キャッシュ・インフローを予測するためには、企業が将来受領する将来のネット・キャッシュ・インフローの予測に資する「財務情報」が特に重要とされていた。また、「財務情報」の中でも、とりわけ、当期の業績や期末日時点の財政状態を数値で体系的に比較可能な方法で示すことを可能にするため、「財務諸表」が中心的な役割を果たしていたと考えられる。

図表1:従来の企業情報のニーズ
 

区分 主な内容
情報の利用者 主に、株主・投資家
開示目的 株主・投資家が議決権⾏使や将来のネット・キャシュインフローの予測で利⽤
開示情報 過去の業績、期末⽇時点の財政状態

図表2:2つのキャッシュ・フロー

図表2:2つのキャッシュ・フロー

(2) 財務情報の役割と限界

このように財務情報は、企業と株主・投資家の間の情報の非対称性を軽減し、両者を結びつけるうえで重要な役割を負っている。しかし、近年、企業の事業活動が複雑化し、変化のスピードが速まっていく中で、過去の業績や財政状態を中心とした情報では、企業の将来キャッシュ・フローについて予測を行うことが困難になっているとの指摘がされるようになった。これは、こうしたダイナミックに変化する環境においては、過去の業績や期末日時点の財政状態だけでなく、どのようなビジネスモデルで企業価値を創造し、どのようなリスクに晒され、リスクに対してどのように対処し、持続的に成長できるかが特に重要と考えられたためである。

こうした認識を踏まえ、株主や投資家に対して、企業のビジネスモデル、戦略、業績、期末時点の状態、将来の見通しをより包括的に示すことが重要との認識が高まった。このため、例えば、英国では、2013年に「2006年会社法(戦略報告書及び取締役報告)-2013年規則」が採択され、企業に対して戦略報告書の公表が義務付けられるようになった。また、特に上場会社に対しては、戦略報告書に、戦略やビジネスモデル等を開示することが要求されるようになったほか、2014年に英国財務報告評議会(以下「FRC」という。)からこれに関するガイダンスが公表された。

こうした環境において、日本でも、企業の経営の質を高め、企業が持続的に企業価値を向上させていくためには、投資家と企業との間における「建設的な対話」を促進することが不可欠との認識が示されるようになった。このため、2018年6月に、金融庁が中心となって進められたコーポレートガバナンス改革の一環において、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループから、「資本市場における好循環の実現に向けて」と題する報告書(以下「DWG報告書」という。)が公表され、DWG報告書による提言を踏まえ、2020年3月期より有価証券報告書の記述情報の拡充が本格的になされた。また、同時に、監査の信頼性確保に向けた取組みの中で、監査報告書における「監査上の主要な検討事項」の開示が要求されている。

図表3:資本市場における好循環の実現

図表3:資本市場における好循環の実現

(3) 記述情報の開示の充実

従来、日本企業の記述情報の開示は印刷会社のひな型を踏まえて画一的に記載される傾向が強かったと考えられる。このため、2020年3月期から本格的に開始された記述情報の開示の拡充は、経理・財務担当者として、「どの程度、どのように対応すべきか」の判断に苦慮する部分も多かったと考えられる。また、こうした新たな情報開示にあたって、はじめから完璧なものを目指すことは難しいかもしれない。

このため、2021年3月期以降も、記述情報の開示については継続的な改善を進めていく必要があると考えられる。この点、金融庁から示されている「記述情報の開示に関する原則」等を踏まえて改めてポイントを示すとすれば、以下のような点が特記される。

  • 記述情報は、投資家による適切な投資判断を可能とし、投資家と企業との建設的な対話を促進する観点から、財務情報を補完するものである。
  • 上記の目的を達成するためには、記述情報は、投資家が経営者の目線で企業を理解することが可能となるよう、取締役会等における議論を反映したものとなることが重要である。
  • 具体的には、経営方針・経営戦略等を示したうえで、重要な経営上の課題(マテリアリティ)に着目し、リスクを説明することが重要である。また、経営上の目標とその達成状況を示す上では、セグメント別に、客観的な指標(いわゆるKPI)を適切に開示することが重要である。

3.企業に対する新たな情報ニーズ

(1) 新たな情報ニーズ

上述のとおり、企業の経理・財務担当者にとっては、有価証券報告書における「記述情報」の記載(特に、経営方針・経営戦略、リスク情報、経営課題に対する経営上の目標と達成状況の分析に関する詳細な開示)は株主や投資家から期待される新たな情報ニーズと捉えられただろう。しかし、当該開示は、「企業価値評価に有用な情報を株主や投資家に説明するための開示」という意味で、従来の情報ニーズへの対応の延長と見なされるかもしれない。

これに対して、最近、特に話題になっている気候変動リスクやその他のESG要素の開示は、企業を取り巻く様々な課題を踏まえ、「企業が経済・社会・環境に対してどのようなインパクトを与えるかをより広範なステークホルダーに説明するための開示」ともいえ、この場合、情報の想定利用者や情報提供の目的が従来の開示と異なっている。

(2) 新たな情報ニーズの内容

新たな情報ニーズが示されるようになった背景には、少なくとも、財務情報の作成にあたっては企業が所与と捉えがちであった「地球環境(E:Environment)」や従業員や顧客等の関係といった「社会に関する事項(S:Social)」が持続的な成長を妨げる大きなリスク要因へと変化しているほか、逆に、持続的成長に向けた機会を提供するものにもなっていることが挙げられる。また、こうした課題の重要性に鑑み、これらの対応について「ガバナンス(G:Governance)」が果たす役割が重要視されるようになっている。

こうした点を踏まえると、従来型の財務情報のニーズは株主や投資家にとって財務的なインパクトをもたらす事項を対象とするものである一方、新たな情報ニーズは広範なステークホルダーが関心を有する経済・社会・環境にインパクトをもたらす事項を対象とするものとして、別個のものと捉えることも可能である。こうした考えによると、開示すべき対象は2つの異なるマテリアリティの軸で判断されるものと整理することもできる。こうした考え方に基づく開示すべき対象の整理を「ダブル・マテリアリティ」の概念に基づく開示項目の検討と呼称することがある。

他方、経済・社会・環境にインパクトをもたらす事項(例:環境に悪影響を与える温室効果ガスの排出)は社会的な関心事となり、政策決定における議論で取り上げられることを通じて政府や規制当局が従来の事業活動のあり方について禁止や制限を行うかもしれない。この場合、こうした事象が企業に対する将来のネット・キャッシュ・インフローに大きな影響を生じさせ、結果として、株主・投資家への財務的なリターンにも重要な影響を及ぼすかもしれない。このように考えると、特に時間軸を長めにとれば、経済・社会・環境に重要な影響を与えると考えられる事項と株主・投資家への財務リターンに重要な影響を及ぼす事項は相互に大きく連動しているといえる。こうした考え方に基づく開示すべき対象の整理を「ダイナミック・マテリアリティ」の概念に基づく開示項目の検討と呼称することがある。

図表4:新たな企業情報のニーズ
 

区分 主な内容
情報の利用者 広範なステークホルダー
利用目的 経済・環境・社会に対するインパクト
開示情報 企業活動のアウトカムに関する情報

図表5:マテリアリティの考え方

図表5:マテリアリティの考え方

4.新たな情報ニーズを踏まえた国内外の対応

こうした情報ニーズの変化を踏まえ、企業開示のあり方を大きくシフトさせる政策的な動きが国内外でみられる。以下において、主要な地域や国に関する動向を紹介する。

(1) EUにおける取組み

新たな情報ニーズに関して最も先行している地域といえば、欧州連合(EU)といえるのではないか。EUでは、2014年に「非財務情報開示指令(Non-Financial Reporting Directive)」が公布され、各国における法令化を経て、2018年から同指令に基づく非財務情報の開示が開始されている。同指令では、社会的影響度の高い事業体(PIE)のうち事業年度における従業員の平均人員が500名を超える事業体に対して、年次報告書に以下に関する方針を開示することが要求されている。

  • 環境の保護
  • 社会的な責任及び従業員の処遇
  • 人権の尊重
  • 贈収賄の防止
  • 取締役会の多様性(年齢、性別、教育・職業的な背景)

EUは、2017年にESの要素について同指令に基づいて開示するうえでのガイドラインを公表したほか、2019年に特に気候変動関連の情報を開示するうえでのガイドラインを公表している。なお、これらのガイドラインは、いずれも拘束力を伴うものではなく、具体的な開示のあり方は企業の判断に委ねられている部分が大きい。

EUは、2019年に公表した「欧州グリーン・ディール(The European Green Deal)」において、EUとして気候変動に関する対応を大きく加速するための包括的な政策上の取組みを公表しているが、その中で、非財務情報開示指令の見直しを行う方針を示しており、2020年に公開協議を実施している。EUの行政機関である欧州委員会(EC)は、同時に、欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)に対して、EUにおける非財務情報の作成基準のあり方について技術的助言の提供を求めており、近日中に助言がされることが予定されている。これを踏まえ、ECは、2021年3月に非財務情報開示指令の改正案を公表することを予定している。

(2) 英国における取組み

英国は、2020年1月付けでEUから離脱したものの、それまではEUにおける開示規制の議論において主導的な役割を果たしていた。また、企業情報の開示について、FRCが常に先進的なアイデアを文書にして発信している。またFRCの財務報告ラボ(Financial Reporting Lab)が企業と投資家との対話のプラットフォームになり、制度の実務への適用経験の振り返り、好事例の紹介、更なる改善点の提示等が絶え間なく示されている。こうしたプロセスを通じて、英国は新たな情報ニーズへの対応についても主導的な役割を果たしているといえる。

2020年10月には、FRCから「将来の財務報告のあり方(The Future of Corporate Reporting)」と題する協議文書が公表されており、多様なニーズに応えるための新たな企業報告のあり方が提案され、その中で社会的な課題への対応に関する報告書(Public Interest Report)の作成・公表も提案されている。また、2020年11月には、FRCが上場企業等に対して、金融安定化理事会(FSB)により設置されたTask Force on Climate-related Financial Disclosures(TCFD)提言に従った気候変動に関する開示やサステナビリティ会計基準審議会(SASB)による基準を踏まえた指標の開示をすることを推奨している。2021年において、同協議文書へのコメント等を踏まえ、英国の対応が具体化されることが期待されている。

(3) 米国における取組み

米国では、これまでトランプ政権の下では気候変動リスクに対して否定的な対応がみられ、新たな情報ニーズへの対応についても政府レベルで前向きな姿勢を示していたとはいえない。現に、米国証券取引委員会(SEC)は、2020年8月に採択されたRegulation S-Kの改訂に係る公開協議のプロセスにおいてESの要素(気候変動リスクに関する部分を含む。)について具体的な開示要求を定めるべきとのコメントが多く示されたものの、これらを最終規則に取り入れることはしなかった。

しかし、バイデン政権への移行に伴い、パリ協定への復帰に代表されるように、前政権におけるESの要素に関する政策が大きく転換されることが見込まれており、新たな情報ニーズを踏まえた企業開示についても、SECの方針が大きく転換するとの観測がある。例えば、SECのアセットマネジメント助言委員会においてESG関連の小委員会が設置されており、2020年12月に同小委員会から、ESG情報の開示要求を大幅に拡充する提案がなされている。米国の動向は日本の開示制度にも大きな影響を与える可能性があり、今後の対応が注目される。

(4) 日本における取組み

日本では、2020年10月になされた菅総理の就任後初の所信表明演説で「2050年までに温室効果ガスの排出実質ゼロを目指す」との表明がされ、これを踏まえ、諸外国における動向も踏まえつつ気候変動関連の政策的対応が急ピッチで進められている。

具体的には、金融庁に設置されている「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」において、取締役会の機能発揮(社外取締役の質・量の向上を含む。)や多様性の確保について議論がされているほか、サステナビリティに関する対応(情報の開示のあり方を含む。)についても議論が進められている。

また、「サステナブルファイナンス有識者会議」や「トランジション・ファイナンス環境整備検討会」等が矢継ぎ早に設置され、ESGの要素に関する情報開示のあり方についても急ピッチで議論が進められている。

5.おわりに

本稿で概観したように、企業に対する情報ニーズは大きく変化しており、これを踏まえて開示制度も急ピッチで変わっている。このような情報ニーズや開示制度の変化を踏まえると、企業が株主・投資家から評価され、社会で受け入れられ成長していくためには、企業情報の開示のあり方も変えていく必要があると考えられる。

次稿では、ESG要素について、どのような情報開⽰が求められるかについて解説する。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
パートナー 公認会計士
関口 智和(せきぐち ともかず)

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