企業に求められる「記述情報の開示の充実」とは 第3回 新型コロナウイルス感染症と企業開示
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3499号(2021年03月22日)に「企業に求められる「記述情報の開示の充実」とは 第3回 新型コロナウイルス感染症と企業開示」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3499号(2021年03月22日)に「企業に求められる「記述情報の開示の充実」とは」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
この記事は、「週刊経営財務3499号」に掲載したものです。発行元である税務研究会の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
1.はじめに
2020年3月期より、有価証券報告書における記述情報の開示の充実に向けた実務での取組みが本格化している。これは、折しも、新型コロナウイルスの感染拡大と時期を同じくするものであった。このため、2020年3月期から開始された記述情報の開示の充実を振り返り、今後の企業開示のあり方を考える際、新型コロナウイルス感染症と企業開示との関係に着目することは、今後の記述情報の開示の充実に向けた具体的な留意事項を検討するうえで有用と考えられる。
本稿では、連載企画「企業に求められる『記述情報の開示の充実』とは」の第1回目( No.3495 )及び第2回目( No.3497 )で解説した内容を踏まえたうえで、特に記述情報に焦点を当て、(1)2020年3月期決算以降、国内外においてコロナ影響をどのように企業開示に反映するべきとされたか(乃至、反映されたか)について解説するとともに、(2)コロナ禍が今後の企業開示のあり方にどのような影響を与えると考えられるかについて考察する。なお、本文中の意見に関する部分は筆者の私見であることを申し添える。
2.記述情報の開示の充実
新型コロナウイルス感染症と企業開示との関係について解説する前に、まず記述情報の開示の充実について簡単に整理する。
2019年1月に「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下「開示府令」という。)が改正され、2020年3月期以降、有価証券報告書における記述情報の開示の充実が本格的に要求されている。当該取組みは、企業情報の開示の充実を図ることで、投資家と企業との間の建設的な対話を促し、資本市場の機能がより効果的に発揮されることを目的としたものである。
記述情報の開示の充実におけるポイントは、図表1のようにまとめられる。
図表1:記述情報の開示の充実(ポイント)
項目 | 追加された開示項目 |
経営方針、経営環境及び対処すべき課題等 |
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事業等のリスク |
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経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A) |
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コーポレート・ガバナンス |
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(注)上記のうち、コーポレート・ガバナンスに関する記載については、2019年3月期より開示の充実が求められている。
(出所:金融庁 開示府令をもとに筆者が作成)
開示府令(有価証券報告書等に関する様式に記載された「記載上の注意」を含む。)で示された記述情報の開示要求は、必ずしも個別具体的なものではない。このため、金融庁は、記述情報について、開示の考え方、望ましい開示の内容等を示すため、2019年3月に「記述情報の開示に関する原則」を公表している。同原則では、記述情報の位置付けが説明されたうえで、「総論」と「各論」に分けて、記述情報の開示に関する考え方が示されている。図表2では、このうち、記述情報の開示全体を通して考慮すべき「総論」に記載されている留意事項のうち、特に注目すべき点をまとめている。
図表2:記述情報の開示に関する原則(ポイント)
項目 | 主な留意事項 |
記述情報の役割 |
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取締役会や経営会議の議論の適切な反映 |
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重要な情報の開示 |
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セグメントごとの情報の開示 |
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分かりやすい開示 |
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(出所:金融庁 「記述情報の開示に関する原則」をもとに筆者が作成)
3.コロナ禍における記述情報の開示
(1) コロナ禍における課題
2020年の初旬以降、新型コロナウイルス感染症は世界の多くで事業活動や日常生活に大きな影響を与えている。また、感染拡大から1年を経た今日でも、未だその帰結には大きな不確実性がある。2020年3月期の決算や企業報告においては、2020年4月7日に発令された緊急事態宣言の下、広範な業種において休業要請が示される等の前例なき事態を踏まえ、その影響をどのように財務諸表や記述情報に反映させるべきかが関係者の間で大きな議論となった。
財務諸表作成にあたっては、新型コロナウイルス感染症の拡大という正体不明で影響を容易に見通せない事象を会計上の見積り(固定資産の減損損失の認識の判断や売上債権や貸出金に対する貸倒引当金の計上を含む。)にどのように反映させるべきかの判断が求められ、これは財務・経理担当者及び監査人にとって大きな挑戦であった。また、不確実性が極めて高い環境の下、開示府令や「記述情報の開示に関する原則」等を踏まえつつ、記述情報の開示をどの程度/どのように充実させていくべきかを検討することも難しい課題であった。
こうした中、国内では、2020年4月に金融庁が事務局となって、「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査等への対応に係る連絡協議会」が設置され、同協議会の議論を踏まえ、決算及び監査に関する様々な課題に対して矢継ぎ早に制度的な対応がされたほか、決算や監査実務においてもこれらを踏まえた実務的な対応がされていった。
(2) コロナ禍において必要とされた記述情報
2020年3月期における記述情報の開示の充実は、このような状況の中で進められていった。こうした異例の状況においても、事業年度/会計期間の経営成績や期末日時点の財政状態に関する信頼し得る財務情報が必要であることに変わりはない。このため、企業会計基準委員会や日本公認会計士協会から会計上の見積りに関する考え方や開示のあり方等について多くの文書が公表された。しかし、こうした状況下では、併せて以下のような疑問に答えるための情報も重要とされた。
- 企業の経営環境(製品やサービスの提供体制、サプライヤーの確保、顧客嗜好を含む。)にどのような変化が生じているか
- 経営環境の変化を踏まえ、事業等のリスクに重要な変化が生じているか
- 事業等のリスクの変化が企業の(短期的な)存続可能性に影響を与えるようなものであるか、またその場合、企業はどのような対応を講じる方針であるか
- 経営環境や事業等のリスクに重要な変化が生じている場合、経営方針やビジネスモデルについて見直しを行う必要はないか
- ビジネスモデルについて見直しを行う場合、役員や従業員のパフォーマンスを測定するための指標をどのように変えているか
上記のような難問に答えるには財務情報では限界があり、こうした中、記述情報への注目は否応なく高まった。
新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、2020年5月に金融庁から公表された「新型コロナウイルス感染症の影響に関する記述情報の開示Q&A」(以下「新型コロナQ&A」という。)で示されている留意事項は、上記のような疑問に答えつつ、2021年3月期の有価証券報告書でどのような点に留意して記述情報を作成すべきかを検討する際にも引き続き有用と考えられる。このため、図表3において、新型コロナQ&Aでコロナ禍における開示の検討にあたって留意すべきとされた事項のうち特に重要な点について、図表1で示した区分ごとにポイントを記載する。
図表3:コロナ禍における開示の検討にあたっての留意事項
(経営方針、経営環境及び対処すべき課題等)
(事業等のリスク)
(MD&A) (1) 業績への影響
(2) 資金繰り等への影響
(3) 会計上の見積り
(コーポレート・ガバナンス)
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(出所:金融庁 新型コロナQ&Aをもとに筆者が作成)
4.コロナ禍における国際的な対応
新型コロナウイルス感染症の拡大はグローバルな規模で同時進行している。このため、コロナ禍を踏まえた企業開示に関する対応は各国で講じられたほか、グローバルな組織でも検討された。海外における動向は、多くの場合、日本企業の実務に直接関係するものでないが、検討すべき課題や対応方針を検討する際に参考となる点も多い。このため、以下において、主要国の対応とグローバルな対応について、それぞれ概要を紹介する。
(1) 英国における対応
主要国で、コロナ禍における決算や監査への対応について特に多様な対応を講じていったのは英国ではないか。英国では、新型コロナウイルス感染症が急激に拡大した2020年3月頃から、企業開示や株主総会の開催等に関する主要な当事者間で週次の会議が開催され、様々な課題について対応が講じられていった。
特に記述情報の開示に相当する部分については、英国の財務報告評議会(FRC)から会社向けのガイダンス「Company Guidance(COVID-19)(2020年12月最終更新)」において、コロナ禍における企業開示に関する留意事項として、主に以下の内容が示されている。
- コロナ禍において、投資家から、企業の流動性(liquidity)、存続可能性(viability)、債務の支払能力(solvency)について高い関心が示されている。
- コロナ禍がどの程度続き、グローバル経済にどのような影響を与えるかの帰結を予見することはできないが、事業活動にどのような影響が生じ得るかについて複数のシナリオを示して投資家が説明を求めることは合理的といえる。
- 投資家は、不確実性が高い中で、企業の復元力(resilience)とそれを評価する際に採用された仮定に関心を有している。
- コロナ禍において企業のビジネスモデルや戦略がどのように変化し、それによって企業が積極的に受容するリスク(risk appetite)や当該リスクの管理方法がどのように変化するかについても投資家は関心を有している。
- 従業員の雇用の継続、顧客やサプライヤーとの関係の維持、サプライチェーンの保護についても、投資家を含むステークホルダーは高い関心を示している。
英国では、FRCが上記に加え、「コロナ禍における開示のレビュー(Covid-19 Thematic Review: Review of financial reporting effects of Covid-19)」を公表しているほか、財務報告ラボ(Financial Reporting Lab)が継続企業の前提、リスク、存続可能性に関する報告について好事例集を公表しており、コロナ禍における開示の充実に取り組んでいる。
(2) 米国における対応
米国では、2020年3月に米国証券取引委員会(SEC)から、コロナ禍における開示に関するガイダンス(CF Disclosure Guidance: Topic No.9)が公表されている。同ガイダンスでは、コロナ禍における不確実性が高い状況の下で、企業がどのような点に留意して開示すべきかについて、検討すべきポイントが示されている。
なお、コロナ禍を契機としたものではないが、米国では、2020年8月に有価証券報告書の記述情報に相当する開示情報に係る規則(SEC Regulation S-K)の改訂がされ、年次報告書における記述情報について優先順位に応じた簡素化と充実が同時に図られている。また、バイデン政権への移行を踏まえ、気候変動リスクをはじめとするESG要素の情報開示について、現行の開示規則を前提とした情報開示の充実を促しつつ、開示ガイダンスの見直しを行っていく方針を公表している。
(3) EUにおける対応
EUでは、コロナ禍を踏まえ、2020年4月に欧州証券市場監督局(ESMA)が会計基準で表示・開示が要求されていない業績指標である代替的業績指標(Alternative Performance Measures)に関するガイダンス(Questions and answers)を追記している。同ガイダンスでは、コロナ禍において企業が重要な影響を受けている場合でも、従来開示していた代替的業績指標を修正したり、新たな業績指標を示すのではなく、コロナ禍により業績にどのような影響が生じているかに関する説明を充実させることが奨励されている。
(4) IOSCOにおける対応
証券監督者国際機構(IOSCO)は、2020年5月に、コロナ影響の開示の重要性を強調するための声明(IOSCO Statement on Importance of Disclosure about COVID-19)を公表している。IOSCOの声明では、企業は主に以下について十分な説明を行うべき旨が示されている。
- コロナ禍において経営成績、財政状態、キャッシュ・フローの状況にどのような影響が生じることが想定されるか
- コロナ禍における影響に対処するため、企業の戦略及びターゲットがどのように修正されたか
- コロナ禍における影響に対処するため、企業がどのような措置を講じるか
5.新型コロナウイルス感染症を踏まえた今後の企業開示
上述のように、新型コロナウイルス感染症の拡大を踏まえて企業開示においても様々な対応が促された。こうした対応によって、不確実性が高い状況下において、どのような開示が期待されるかについての理解の共有は一歩進んだと考えられる。また、同時に、コロナ禍はESG要素における「社会(S)」の要素に新たにスポットライトを当てることにもなった。
本連載企画の前号でも記載したとおり、ESG要素のうち、一番早くから注目されていたのは「ガバナンス(G)」の要素で、その後、気候変動リスクの深刻化等を踏まえて「環境(E)」の要素への注目が高まっていった。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大が進む中、企業が従業員の安全や健康を維持する責務を適切に果たしているか等に対するステークホルダーの関心が急速に高まった。例えば、2020年4月に国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(ICGN)から企業経営者に宛てられたレター「コロナ禍におけるガバナンスの優先事項(Governance Priorities During the Covid-19 Pandemic)」では、(1)資金流動性を確保しつつも、自社の従業員の健康と安全を優先させること、(2)企業の社会的な責任、公正性、持続可能な価値創造に関する長期的な考え方を検討すること、(3)企業の社会的な存在意義を公に定義付けること等を企業経営者に促した。また、国内でも、コロナ禍において、2020年5月に大手機関投資家から構成される一般社団法人機関投資家協働対話フォーラムから、「(緊急メッセージ)決算・監査・株主総会業務に携わる社員・関係者の安全性を最優先するための投資家の対応」が公表され、現下の状況を鑑みると、決算・監査・株主総会業務に携わる者の安全性確保が何よりも優先されるとの見解が表明された。
また、新型コロナウイルス感染症の拡大を踏まえてロックダウンが相次ぐ中で、自社製品の製造を担う外部業者から製品が納入されない限り、製品の販売ができないという認識が実体験を伴って共有され、サプライヤーやサプライチェーンとして自社製品に関わる者の重要性が再認識されることになった。
さらに、2020年5月に米国ミネソタ州ミネアポリスでアフリカ系アメリカ人が白人の警察官に首を圧迫されて死亡した事件を受けて全米に広がった「Black Lives Matter運動」を背景として、人種による差別的対応への関心が急速に高まった。国内でも、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の会長による性差別的ともいえる発言が前会長の辞任につながった事案は記憶に新しい。
加えて、コロナ禍という意図せざるストレステストの経験を踏まえ、人々のマインドが変化し、若者世代を中心としてESGの要素に注意を払わない企業の製品やサービスを購入しない動きが顕著になってきた。例えば、英国及びドイツの若者に対して実施した調査を踏まえてマッキンゼー・アンド・カンパニーが2020年7月に公表した報告書「ファッションに対する持続可能性に対する消費者の考え方(Survey: Consumer sentiment on sustainability in fashion)」では、コロナ禍において、環境への影響を考慮するように生活様式を変えたという者が57%、リサイクルを重視するように生活様式を変えたという者が67%、環境に優しい包装によって製品を購入するように生活様式を変えたという者が61%に上っていた。
このように、コロナ禍において、企業がESG要素を重視して経営を行わないと投資家を含めステークホルダーから受け入れられず、社会において中長期の持続的な成長を遂げることができないという認識が広く共有されることになった。こうした背景を踏まえ、企業情報の開示においても、ESG要素の開示のあり方を戦略的に検討することが経営者にとっても喫緊の課題になったといえるのではないか。
6.おわりに
本稿で概観したように、コロナ禍は、経営環境や事業上のリスクの認識、それを踏まえたビジネスモデルの変化、資金繰りの状況等に関する事項について、記述情報により分かりやすい説明を行うことの重要性を投資家に再認識させることになった。同時に、コロナ禍において、従来脚光を浴びてこなかった「社会(S)」の要素に対するステークホルダーの関心が高まり、結果として、企業情報の開示においてESG要素の重要性が高まることとなった。こうした背景を踏まえ、ESG要素の情報を含め、記述情報の開示のあり方を真剣に検討することが、企業にとって投資家との建設的な対話の充実やそれを通じた企業価値の向上を実現していくうえで、極めて重要なパーツになっていると考えられる。
次稿では、これまでの連載企画の内容も踏まえつつ、企業の経理・財務担当者が2021年3月期の企業報告及びその後の企業報告のあり方を検討するうえでヒントとなる事項について解説したい。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
パートナー 公認会計士
関口 智和(せきぐち ともかず)