IFRS適用企業の財務業績指標設定上の課題

IASBの公開草案「全般的な表示および開示」のうち、純損益計算書の構造及び、MPMの導入背景や概要について解説するとともに、財務業績を測るうえで留意すべき項目について取り上げます。

IASBの公開草案「全般的な表示および開示」のうち、純損益計算書の構造及び、MPMの導入背景や概要について解説するとともに、財務業績を測るうえで留意すべき項目について取り上げます。

ハイライト

国際会計基準審議会(IASB)は、2019年12月17日に公開草案(ED/2019/7)「全般的な表示及び開示」(以下「本公開草案」という)を公表しました。本公開草案は、企業の業績報告における比較可能性及び透明性に対する財務諸表利用者の懸念に応えるためにIASBが進めてきた「基本財務諸表」プロジェクトによる検討を踏まえて公表されたものです。
本公開草案では、新しい純損益計算書の構造が提案されるとともに「経営者業績指標(以下「MPM」という)」という概念が導入されております。MPMの導入は、各企業のマネジメントにとって自社の財務数値のリスクや、投資家をはじめとしたステークホルダーとの対話に用いる業績指標の見直しの契機になるものと思われます。
本稿では、本公開草案の内容のうち、提案されている純損益計算書の構造及び、IASBが導入を予定しているMPMの導入背景や概要について解説するとともに、IFRS適用企業の経営者が自社の財務業績を測るうえで留意すべきと考えられる項目について取り上げています。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

提案されている公開草案では

  • 企業間の比較可能性を推進するために、純損益計算書の構造が変わる。
  • 経営者業績指標(MPM)と呼ばれる新たな概念が導入される。経営者が対外的なコミュニケーションにおいて採用するすべての業績評価指標がIFRS上のMPMとなるわけではなく、一定の要件が存在する。
  • MPMに関してはIFRSで求められる損益の小計・合計との調整表等、一定の開示が要求される。

MPMの導入は、IFRSを適用する企業のみならず、これからIFRS適用を予定している企業にとっても、自社の業績評価のためにどのような指標を採用するかについて見直す契機となる。

I. 経営者業績指標の導入背景

基本財務諸表プロジェクトの議論の過程において、多くの企業が財務諸表利用者とのコミュニケーションにおいて経営者の定義した業績指標を財務諸表外で提供しており、その有用性が認識されていました。一方で、そのような指標に関しては算定方法の透明性が不足している、継続性のない報告が行われているなどの懸念も提起されており、財務諸表の数値として含めてよいのかという議論がありました(本公開草案BC146~148)。
IASBは、本公開草案において、経営者が採用する業績指標のうち、一定の要件を充足するものをMPMとして定義し、MPMはIFRS 基準で定めている指標を補完する可能性があり、業績についての経営者の見方及び事業の管理についての有用な洞察を財務諸表利用者に提供するものとして、関連する開示を財務諸表に含めるという結論に至りました(本公開草案BC151)。

II. 提案されている純損益計算書の構造とMPM

1. 純損益計算書の構造

着眼点

  • 純損益計算書に新しい小計表示と区分が導入される。
  • 目的適合性がある場合には追加的な小計を表示する。

まず、MPMに関連する規定を見ていく前に、提案されている純損益計算書の構造を見ていきましょう。MPMは後述するとおり、原則としてIFRSが要求する純損益計算書上の項目以外のものを指すからです。

本公開草案では、比較可能性を高めるために共通の収益・費用の小計を定義し、純損益計算書に表示することを提案するとともに、これらの小計を表示するにあたり、純損益計算書において収益及び費用を4つの区分に分類して表示することを提案しています(図表1参照)。

図表1 提案されている純損益計算書のイメージ

図表1 提案されている純損益計算書のイメージ

出典:筆者作成

また、本公開草案では現行IAS1号「財務諸表の表示」の規定と同様に、企業の財務業績を理解するために目的適合性がある場合は、追加的な小計を純損益計算書で表示するものとされています(本公開草案 第42項)。本公開草案によれば、追加的な小計を開示する場合は、下記のような要件を満たす必要があるとされています(本公開草案 第43項)。

  • IFRS基準に従って認識し測定した金額からなる科目。
  • 構成科目を忠実に表現する名称とし、明瞭かつ理解可能。
  • 期間ごとの継続性。
  • IFRS基準で要求される小計及び合計よりも目立たせない。

2. 経営者業績指標

着眼点 
MPMは

  • 収益及び費用の小計でなければならない。
  • IFRS基準に基づく収益及び費用に制限されない。
  • 純損益計算書上の項目と調整開示等が必要。


(1) 経営者業績指標とは
収益及び費用の小計のうち、以下のすべてを満たすものと定義されています(本公開草案 第103項)。

  • 公のコミュニケーションにおいて、財務諸表外で使用される。
  • IFRS基準で規定される合計や小計を補完する。
  • 企業の財務業績の一側面について経営者の見解を示す。

MPMは、収益及び費用の小計に限定されています(本公開草案 BC154)。したがって、他の財務指標(使用資本利用率など)及び非財務指標(顧客維持率など)は含まれません(図表2参照)。

図表2 業績指標とMPMの関係

項目 MPM
IFRS純損益計算書上の収益及び費用の小計 ×
IFRS純損益計算書上の収益及び費用の小計
(追加的な項目)

(限定的)
上記以外の収益
及び費用の小計
103項の要件を充足する
103項の要件を充足しない ×
他の財務指標・非財務指標 ×


出典:筆者作成

一方で、MPMは、IFRS基準に準拠していない会計方針に基づく収益及び費用を用いて計算される場合があるとされており、そのような収益及び費用を用いて計算されたMPMの利用を制限するものではないとされております(本公開草案 BC155)。
なお、「1. 純損益計算書の構造」において言及した純損益計算書上の追加的な小計がMPMとなり得るかという点については本公開草案の検討過程のなかで議論になりました。これが認められれば、経営者の採用するMPMが、IFRSという制度会計の純損益計算書上に表示されることになるからです。結果として本公開草案では、当該追加的な小計がMPMになり得るものとしてMPMの財務諸表本表への記載を制限しておりません(本公開草案 BC164)。
一方でIASBとしては、純損益計算書上の小計としての表示に関する要求事項を満たすMPMはほとんどないであろうと予想しています。要求を満たすためには、そうした小計は次のようなものでなければならないとされていることが背景にあります(本公開草案 BC165)。

  • 提案している各区分の構成に合致する。
  • 費用機能法又は費用性質法のいずれかを使用した営業区分における費用の分析の表示を混乱させない。
  • IFRS基準を適用して認識し測定した金額で構成されている。


(2) 経営者業績指標にかかる開示
MPMについては、業績についての経営者の見方を伝えるものであるとする理由、純損益計算書上の小計又は合計等のうち、最も直接的に比較可能な項目との調整表などの開示が求められます(本公開草案 第106項)。

III. 財務業績指標設定上の課題

MPMの導入は、IFRSを既に適用している企業のみならず、これからIFRSの適用を目指している企業にとっても、投資家をはじめとしたステークホルダーに対してどのような業績指標に基づく対話が適切か改めて再考する契機になると思われます。

このセクションではIFRSを適用する企業の経営者が直面しうる財務業績指標設定上の課題を取り上げてみました。これらのうち、一部の項目については、MPMの導入により、企業としての対外的な財務数値説明力の向上が期待されます。

着眼点

  • 財務業績指標設定上考慮すべき項目の洗い出し。
  • 要件を充足する場合、MPMへの反映も検討。
  • 子会社を含めた一体管理。

1. 一時的・臨時的な損益

一時的・臨時的な損益項目については、IFRSに限らず「企業の定常状態における説明として適正な損益なのか」という観点から、財務数値マネジメント上の問題として頻繁に取り上げられる項目です。IFRSでは「一時的・臨時的な損益」を調整した損益区分はありませんが、日本基準では「経常損益」の開示区分に表れていると言えるでしょう。図表3は、日本基準を採用する東証一部上場企業の経常利益・税引前当期純利益の年度ごとの推移を図式化したものです。

図表3  日本基準を採用する東証一部上場企業の経常利益・税引前当期純利益推移(2010年度を1とする)

図表3  日本基準を採用する東証一部上場企業の経常利益・税引前当期純利益推移(2010年度を1とする)

出典:有価証券報告書より筆者作成

このグラフからも明らかなように、税引前当期純利益の変動は経常利益の変動に比して大きく、一時的・臨時的な損益は多くの企業でMPMに反映すべきか検討されることになると思われます。
典型的な調整項目としては、固定資産の除売却損益・減損・リストラクチャリング費用などが検討対象になるものと想定されます。

2. 財務数値の変動の大きい項目

(1)株式関連

1. 株式売却損益
持分金融商品(株式の公正価値変動損益はIFRS上、純損益として計上する必要があるものの、一定の要件を満たす場合には純損益には反映させずに、その他の包括利益として計上することが認められています。ただし、売却した際でも、日本基準のように純損益に計上することが認められなくなるため(リサイクリングの禁止、たとえばリストラ等の一時的な損失に対して株式の売却により純損益の帳尻を合わせるといったことは出来ません。

2. 非上場株式の公正価値評価
IFRSでは非上場株式でも公正価値測定が求められています。1. での説明のとおり、公正価値変動の損益をその他の包括利益に計上することで、純損益への影響を回避することができますが、その場合でも純資産の変動を回避することはできません。非上場株式が大きな含み益を有している場合には、取得原価による評価の日本基準と比較して純資産がかさ上げされ、IFRS財務数値から計算される資本効率が悪化する可能性があります。

(2)外国為替の影響

1. 為替レートの換算
IFRSでは、取引の為替換算につき海外の子会社を含めて原則として取引時点での為替レートで換算することが求められています。実務的には一定期間での為替レートの平均を用いるケースが多いものと想定されますが、為替変動の影響を受けやすい企業では、IFRS基準上の換算方法ではなく、「企業の想定為替レートに基づく損益」といった手法で業績管理・開示をすることも行われており、MPMとなり得る可能性もあります。

2. 為替換算調整勘定
IFRSを適用している企業では在外子会社への出資を通じて海外に積極的に展開している企業も多く、在外子会社にかかる為替リスクについても注意を払う必要があります。
子会社の純資産の発生時(投資時など.と期末の為替レートとの差額は為替換算調整勘定として純資産の変動により処理され、子会社売却・清算時点において当該為替換算調整勘定は純損益に計上されます。この点、日本基準とIFRSの間に大きな会計基準の差異はありません。
いずれの基準を採用する場合でも図表4に示したとおり、タイミングによっては多額の純損益が顕在化する可能性もあり、III.1で述べたように一時的・臨時的な損益としてMPMに反映する余地があるものと想定されます。

図表4 東証一部上場企業の為替換算調整勘定残高推移

図表4 東証一部上場企業の為替換算調整勘定残高推移

出典:有価証券報告書より筆者作成

3. その他

(1) 配当性向
配当性向は長期的な経営視点を基に投資家に対してコミットされるケースもありますが、一方で、IFRS上の純損益の変動性が高い場合には配当性向を設定することが困難なケースがあると想定されます。
このような場合には当該変動性を控除したMPMを設定し、配当性向をMPMに対する配当のレシオとして設定することも有用であると考えられます。

(2) 子会社管理
業態の異なる子会社に対しては、MPMが適切な評価尺度となっているか、子会社の意欲を削ぐものではないか等慎重な検討が必要になるでしょう。
また、IFRSでは親会社連結において子会社の決算数値を連結決算日により集計する必要があるため、一定のラグを認める日本基準よりもスピーディーなレポーティングが求められます。MPM作成のための数値集計は、当該レポーティングのタイムラインに合致させることが必要です。

図表5は、本セクションにおいて述べたIFRS適用企業の業績評価指標検討上のポイントを一覧にしたものです。全ての項目を網羅するものではありませんが、検討の流れとしては、まず自社の業績評価指標において考慮すべき項目を洗い出すことで、そのような項目を当該指標に反映するか検討するとともに、MPMとしてIFRS財務諸表に反映すべきものか併せて検討することになると考えられます。また、3.(2)で述べたように子会社を含めた一体管理も重要になると思われます。

図表5 IFRS適用企業の業績評価指標検討上のポイント

項目 業績評価指標検討上の着眼点 MPMへの反映検討
一時的・臨時的な損益
固定資産の減損やリストラクチャリング費用の影響を業績評価指標上、どう捉えるか。
日本基準(単体)や「通例でない収益及び費用(本公開草案100項)」との整合性。
財務数値の変動 為替リスクを業績評価指標にどのように反映するか。
政策投資株式の売買損益については、当期純利益の調整として利用できないため注意が必要。 ×
非上場株式の公正価値測定はGAAP上の資本効率悪化の懸念も(例:ROEの悪化) ×
公正価値変動を純損益に計上する区分の金融資産は、評価損益の変動を業績評価指標に反映するか検討。
その他 MPMと配当性向の関係を検討。
決算期統一を前提とした迅速な財務数値収集を含む子会社ガバナンスの強化。


出典:筆者作成

IV. 会計基準に基づかない財務指標の海外での規制(SECの例)

1. 米国における規制の概要

米国においては、会計基準に基づかない財務指標(以下「Non GAAP財務指標」という)に対する規制を会計基準の問題として捉えるよりも、SECによる開示規制により対処しています。IFRSとは異なり、「何を開示するか」といった点については比較的柔軟性が与えられている一方で、開示する場合のルールには非常に厳格なルールが定められています(Regulation Gなど)。
現時点において、我が国においてはSECのような規制は導入されておりませんが、経営者がMPMを定める際にどのような姿勢で臨むべきか参考になる点も多いと思われます。下記には開示上の要求ないし禁止事項の一部を抜粋しました。

  • 最も直接的に比較可能なGAAP指標の開示・調整
  • 最も直接的に比較可能なGAAPより目立たない開示
  • 経常的でない項目、不定期な項目または通常でない項目を調整することへの規制
  • Non-GAAP財務指標の配置に関連する禁止事項
  • 表題の使用または説明に関連する禁止事項

Non GAAP財務指標の配置や表題の使用といったように「投資家にどのような印象を与えるのか」といった観点からもルールが定められていることが特徴的です。

2. 開示に対する経営者の責任

Non GAAP財務指標については財務報告にかかる内部統制を構成するわけではありませんが、SEC登録企業のマネジメントはDCP(Disclosure and control procedure)として定期的にその有効性を評価することが求められています。
また、AICPA(米国公認会計士協会)のCAQ(Center for Audit quality)から、Non GAAP財務指標に関連して監査委員会がマネジメントに対して質問を行うためのツールキットが公表されております。
その中では「透明性」「整合性」「比較可能性」「その他の重要事項」という形でカテゴリー化された質問項目が設定されています。日本企業でもヘルスチェックとして使用すると自社の問題が浮かび上がるかもしれません。

V. おわりに

MPMの導入を単に新しいルールの導入として捉えるのではなく、財務会計上の数値の問題点や潜在的なリスク、どのような業績指標が適正かということを改めて見直す機会として捉えることで、IFRS適用企業及びこれからIFRS適用を予定している企業において適切な財務業績指標を構築する契機となることが期待されます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融事業部
パートナー 李 煥洙

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