中国の新収益基準・新リース基準への対応と留意点
本稿では、中国現地法人が新基準を適用する際の課題および留意事項について解説します。
本稿では、中国現地法人が新基準を適用する際の課題および留意事項について解説します。
ハイライト
中国の財政部は、2017年7月5日に「企業会計準則14号 - 収益」(以下「新収益基準」という)、さらに、2018年12月13日に「企業会計準則21号 - リース」(以下「新リース基準」という)を公表しました。これらの新基準は、国際的な会計基準との整合性を重視しており、国際財務報告基準(IFRS)15号および16号とほぼ同様の規定となっています。
これら2つの新基準は、非上場企業の場合(多くの日系現地法人はこれに該当)、2021年1月1日から適用となっています。
中国現地法人における新基準の適用は、単なる会計処理にとどまらず、業務プロセスやシステム、経営管理へも影響を及ぼし、親会社の連結決算や現地の会計実務に大きな影響を与えます。本稿では、中国現地法人が新基準を適用する際の課題および留意事項について解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
ポイント
- 中国現地法人における、新収益基準・新リース基準への対応は、単なる現地基準の変更として現地にのみ任せるのではなく、本社・中国統括会社が積極的に支援すべきである。
- 新収益基準では、収益認識のタイミングが従来基準と比べて変更され、最も重要な経営指標である「売上高」の大幅な変動に繋がる。会計ルールの変更や会計システムの変更にとどまらず、契約管理、販売管理および債権管理等に係る業務プロセスの見直しも必要である。
- 中国では、不動産関連のオペレーティング・リースが多いため、新リース基準適用に伴う金額的な影響が大きい。多種多様なリース取引について、取引の実態を的確に捉え、必要な情報を正確かつ網羅的に収集するための業務プロセスの構築、システム対応を行うことが必須である。
目次
I.中国現地法人における課題
1.はじめに
日本の親会社の連結財務諸表でIFRSを適用しているか、していないかにかかわらず、中国現地法人の「連結パッケージ」はIFRS(もしくは米国会計基準か日本基準)に従い作成される必要があります(実務対応報告第18号「連結財務諸表作成における在外子会社等の会計処理に関する当面の取扱い」)。
しかし、連結決算における中国現地法人の重要性が低い等の理由から、「連結パッケージ」の作成において、厳格にIFRSを適用せず、従来の中国会計基準を適用してそのまま親会社に提出しているケースも見受けられます。
今回の中国の新収益基準・新リース基準は、親会社の連結上の重要性ではなく、中国各社単体の財務諸表に与える重要度を考慮して、各社ごとの対応が必要になります。
たとえば、収益については、親会社の連結財務諸表ではグループ間取引として相殺消去される取引について検討が必要です。またリースについては、親会社連結上は重要性がないためオフバランス処理されていたプリンター、オフィス機器、車両等についても、中国各社の重要性の観点から、改めてオンバランスの要否を検討することになります。
2.新基準に精通した人材不足
中国には、IFRSもしくは中国新基準に精通した人材が乏しく、また、本社から駐在している日本人も、生産部門・技術部門等の現場出身のケースが多く、経理・財務担当の人材が不足しています。この点、本社・中国統括会社が積極的に現地法人をサポートし、人員のリソース不足を解消すべくスタッフを派遣する、もしくは新基準に関する研修会を実施することが望まれます。
また中国では、一般的にスタッフの離職率が日本よりも高いため、経理担当者が退職した場合でも新基準の運用が滞りなく進むように、どのように会計処理を行うのか等、具体的な業務マニュアルの整備・文書化が必要になります。
3.「連結パッケージ」と中国法定決算の二重帳簿管理
中国現地法人の「連結パッケージ」が、実務対応報告第18号対応の下、既にIFRSで作成されている場合、中国法定決算上の新収益基準、新リース基準の適用は原則2021年1月1日からですので、それまでの間は、「連結パッケージ」と中国法定決算の二重帳簿管理が必要となり、現地担当者の実務負担が増加する可能性があります。
II.新収益基準適用の留意点
新収益基準では、収益認識の単位、金額、タイミングが、従来基準から変更される可能性があり、その結果、最も重要な経営指標である「売上高」の大幅な変動に繋がります。これに対応するには、会計ルールの変更や会計システムの変更にとどまらず、契約管理、販売管理および債権管理等に係るシステムや業務の見直しも必要になります。中国の新収益基準適用における主な留意点は以下のとおりです。
1.契約書管理
中国における取引基本契約、販売契約には、契約書上、物品の所有権・リスクの移転時期が明確ではない契約が見受けられます。また、取引の実態が契約書の文言と一致していないケースもありますので、契約書の内容を確認し、場合によっては、取引先と交渉のうえで契約書の見直しの検討が必要となります。
さらに、中国の契約書は通常中国語で作成されるため、親会社や日本人駐在員の確認のために翻訳する必要があり、その分時間を要することになります。
2.発票基準による収益認識
中国の会計基準には、「旧基準」と呼ばれる「企業会計制度」と「新基準」と呼ばれる「企業会計準則」(IFRSとほぼ同等)の2つの基準が今でも併存していますが、どちらの基準でも、収益は発生主義で認識されるべきで、物品の所有権・リスクの移転や役務提供完了時点で認識されます。
一方で、この発生主義ではなく、発票を発行した際に収益を認識する、いわゆる「発票基準」で収益を認識している実務も少なからず見受けられます。「発票基準」で収益を認識している企業は、発票が発行されたタイミングと、物品が実際に出荷され、取引先に到着し検収されたタイミングがずれているため、新収益基準の適用に合わせ、改めて収益認識のタイミングを見直す必要があります。
3.出荷基準による収益認識
中国現地法人では、収益の認識基準として、「出荷基準」を採用しているケースが多く見られますが、今回の新収益基準では、「出荷基準」が認められるとは明記されていません。よって、「出荷基準」を採用している企業は、新基準に規定されている「契約の履行義務の識別・充足」について検討し、場合によっては、「出荷基準」から「検収基準」や「引渡基準」への変更が必要になります。
III.新リース基準適用の留意点
新リース基準では、契約形態によらずリース取引を識別し、リース期間の判断を含め、従来とは大きく異なる会計処理が求めらますので、財務諸表への影響を早期に把握する必要があります。中国の新リース基準適用における主な留意点は以下のとおりです。
1.不動産関連のオペレーティング・リース
中国現地法人のオペレーティング・リース取引には、不動産関連のリースが多く、また拠点数も多いため、個別および連結財務諸表に与える影響は大きく、特に、小売業、流通業や物流業等、中国国内で多店舗に事業展開している企業には大きな影響があります。
たとえば、以下のようなリースも新基準の適用対象になると考えられます。
- オフィス・工場のリース
- ショッピングモール・テナント店舗および物流倉庫のリース
- 日本人駐在員の借上社宅
2.実質リースの識別
新リース基準では、IFRS同様、契約上はリース契約ではなくても、以下2つの条件を満たす場合には、実質的なリースとしてオンバランスが必要となります。
- 資産を特定できる
- 借手が特定した資産を支配している(経済的便益のほぼすべてを借手が享受する権利を保有。借手が資産の使用を指図する権利を保有)
たとえば、以下のような契約も、実質的なリースに該当する可能性がありますので、契約内容を慎重に吟味する必要があります。
- 専用契約により使用している自社専用設備(ガス・電気等)
- 専用外部倉庫
- 自社専用データセンター(プライベートクラウド)
- 外注生産契約、運送契約(自社向けのみに専用に製造、運送する場合)
- 金型
さらに、中国では、工場の賃貸借契約が合弁契約の条件となっていて、リース契約自体が存在しないケースもあり得ますので、新基準上、オンバランスすべき契約を網羅的にすべて把握するためには、かなりの時間と労力を要することになります。
3.リース期間の算定
中国における不動産リース契約は、日本のように借手の契約更新の権利は強く保護されておらず、むしろ貸手にも解約オプションが付与されるケースが一般的です。
また中国では、契約書に「更新オプション」や「解約オプション」が明記されていない場合もありますので、リース期間の見積もりは、より複雑で実態に照らして慎重に検討する必要があります。
なお、契約書に「更新オプション」が明記されていない場合には、借手は更新オプションを有していないため、原則的にはリース期間は契約期間を超えることはないと考えられます。
4.業務プロセス・システムの見直し
従来、リース契約の多くはオフバランスで、会計上は、請求書ベースで支払・費用計上で完結し、リース取引として認識されていないため、中国現地法人では個々のリース取引についての詳細な情報(契約内容、契約期間、リース料総額等)を把握していない可能性もあります。
今後は、これらの契約もオンバランスの対象となるため、まずは既存のリース契約について1件ずつ契約内容を確認する必要があります。よって、経理担当者の業務量が大幅に増えると想定されるため、現行業務プロセスで対応可能か、Excel等のマニュアル管理が可能か、既存システムのアップグレードや新規システム導入の要否も含めて検討が必要になります。
5.適用初年度の取扱
適用初年度の取扱については、新リース基準では、IFRS同様に、完全遡及適用(比較年度の財務情報も修正再表示)するか、修正遡及適用(比較年度の財務情報は修正再表示せず、報告年度の期首において純資産を調整)するかを選択することができます。
また、適用開始日から12ヵ月以内に終了するリースについては、短期リースに準じて、リース資産・負債の認識を行わないことができます。
IV.どのように対応するか
2021年1月1日からの新基準適用に向けた作業項目およびスケジュール例は図表1、2のとおりです。
図表1 新基準適用に向けた作業内容
図表2 新基準適用に向けたスケジュール例
フェーズ | 作業内容 |
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基準分析 |
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ハイレベル影響分析 |
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会計方針策定 |
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業務プロセス・システム見直し |
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トライアル |
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まずは、各社ごとに現状分析を行い、新基準適用に伴う影響額を試算することがスタートになります。その後、監査人とも協議のうえで会計方針を決定し、業務プロセスおよびシステムの見直しのフェーズに移行し、適用開始日に間に合わせるためには、十分な検討、準備時間を確保することが重要となります。
なお、KPMG中国では、新収益基準、新リース基準適用に向けた、基準の概要分析から業務プロセス・システムの見直しおよびトライアル実施までの各フェーズにおいて、包括的な支援を提供します。また、各企業のニーズに合わせた一部のサポートのみの提供も可能です。
V.最後に
日本本社における中国事業の重要性がますます高まるなか、中国現地法人における新収益基準、新リース基準への対応は、単なる現地基準の変更として現地にのみ任せるのではなく、本社・中国統括会社が積極的に支援すべきと考えられます。
また、経理財務部門だけではなく、販売活動を管轄する営業部門、契約書を管理する法務部門、固定資産を管理する生産部門・総務部門やシステム部門等、幅広い部門を巻き込んで対応すべきと考えられます。
執筆者
KPMG中国
上海事務所
アカウンティングアドバイザリーサービス
シニアマネジャー 最上 龍太