AIは今、監査の在り方を大きく変えつつある。AIが監査業務の一部を担うことで、監査人がより高度な判断やリスク評価、監査関与先との対話にこれまで以上に注力できる未来が近づいている。
では、人とAIはどのように協働し、監査の価値を高めていくのか。KPMGのデジタルテクノロジー開発に携わるKPMGグローバルCTOのティム・デンリと、あずさ監査法人のDigital領域を統轄する田中弘隆が、AI時代の監査の将来像を語る。
AIは今、監査の在り方を大きく変えつつある。AIが監査業務の一部を担うことで、監査人がより高度な判断やリスク評価、監査関与先との対話にこれまで以上に注力できる未来が近づいている。
では、人とAIはどのように協働し、監査の価値を高めていくのか。KPMGのデジタルテクノロジー開発に携わるKPMGグローバルCTOのティム・デンリと、あずさ監査法人のDigital領域を統轄する田中弘隆が、AI時代の監査の将来像を語る。
本対談は、「AZSA Quality 2026/27(監査品質に関する報告書)」からご紹介しています。
田中 弘隆・専務理事:
近年、あずさ監査法人の監査現場ではAIの活用を積極的に推進しています。KPMGがグローバルに展開するKPMG Clara AI Agentsをはじめ、日本独自に開発した生成AIツールの活用も進んでおり、AIの活用領域は着実に広がっています。
これまで監査人が時間をかけていた情報整理や定型的な確認作業の初期対応は、今後AIが担う領域になっていくと考えています。
ティム・デンリ・グローバルCTO:
田中さんが言うとおりテクノロジーの進化により、監査の在り方は確実に変わっていきます。
とりわけAIエージェントの進化は顕著です。複数のAIエージェントが自律的に連携しながら、目的に沿ってタスクを実行する「マルチエージェント」の活用が進みつつあります。KPMGでは、KPMG Clara intelligenceという次世代のAI監査プラットフォーム上でマルチエージェントを実装していきます。将来は、AIエージェントがチームメンバーもしくはそのよき相談相手となって、作業支援やデータに基づく提案を行い、高度な判断は監査人が担うことで、より効率的かつ効果的な監査が実現されていくでしょう。その結果、監査人は従来よりも広く、深く、速くデータを探索し、リスクの見極めや監査関与先との対話、最終的な判断により多くの時間を使えるようになります。
田中:
これまで多くの時間をかけていた単純で定型的な作業から若手の監査人が解放されることで、モチベーションアップにもつながるでしょう。ただ、AIは非常に強力なテクノロジーですが、AIだけで大きなイノベーションが生まれるわけではありません。重要なのは、人間の発想、専門性、感性、文化的な適応力とAIをどう組み合わせるかです。人とAIが協働することで、テクノロジー単独では実現できない価値が生まれます。
デンリ:
私もそう思います。これからの監査人には、AIを使う力だけではなく、AIをオーガナイズし、より良い結果を引き出す力が求められます。AIは大量の情報を処理し、アウトプットを提示することができます。しかし、その結果をどう解釈するか、何が本質的なリスクなのかを見極めるのは、やはり人間の役割なのです。
田中:
監査では、資料や数字だけでは見えない違和感を捉える力も重要です。監査関与先との対話から必要な情報を引き出す力や、表面的な説明の背後にあるリスクを見極める力は、人間ならではの価値として残り続けると思います。
田中:
AIの効果を最大化するには、標準化が不可欠です。業務プロセスやデータが標準化されているからこそ、AIは大きな効果を発揮できます。各国・各法人が独自に細かくカスタマイズしすぎると、AIの活用範囲やスケールメリットが限定されてしまいます。
デンリ:
そこは重要なポイントです。もちろん、各国の規制や実務には違いがありますが、今後は例外対応を最小限にし、グローバル標準を積極的に取り入れる方向へ転換していく必要があります。標準化したうえでAIを活用することが、監査品質、効率性、グローバル連携を同時に高めることを可能にします。
田中:
監査業務のプラットフォームであるKPMG Clara intelligenceのようなグローバル基盤を活用し、世界共通のプラットフォーム上で監査を進化させていくことが重要ですね。日本の業務・実務に過度に合わせることなく、グローバル標準を前提に、日本側の業務や考え方も変えていく姿勢が求められていると思います。
AI時代の監査プラットフォームとして導入準備を進めているKPMG Clara intelligenceは、監査チームの一員として機能するAIエージェントを搭載した、監査チーム専用のワークスペースです。データベース、監査調書や証跡を管理するシステム、監査関与先とのコミュニケーションポータルと連携し、先端LLM(大規模言語モデル)を適用してデータの文脈を理解したうえで、監査人への提案、タスクの実行、Insightsの提示を行います。
なお、AIエージェントの活用にあたっては、KPMGが管理する環境下で、機密情報がAIに学習されたり漏えいしたりしないようセキュリティを担保し、開発プロセスおよび利用時のガバナンス体制を構築しています。
デンリ:
グローバル基盤を開発するうえでは、KPMGジャパンの積極的な関与に期待しています。あずさ監査法人のDigital Innovation & Assurance統轄事業部(DIA統轄事業部)と、KPMGジャパンの多国籍のデジタル専門家集団である株式会社KPMG Ignition Tokyo(KIT)は長年協力しあっており、両者はグローバルの開発にも積極的に参画しています。
田中:
あずさ監査法人では、監査現場とデジタル部門が密接に連携し、現場課題を基にAIエージェントの開発・実装を進めるというイノベーション文化が醸成されています。以前から、柔軟かつスピーディーに対応できる日本独自の企画・開発力によって多くのソリューションを導入してきましたが、近年ではAIエージェントの独自開発も非常に活発化しています。現場に近いからこそ、本当に使われるユースケースを見つけられるという強みがあります。
グローバル標準を前提にしながらも、日本の現場発のユースケース創出や開発をさらに加速し、KPMG Claraの進化に貢献します。
田中:
AIというと、「仕事がなくなるのではないか」と不安に感じる人もいるかもしれません。しかしそんなことはなく、AIの進化によって人の価値が引き上げられると考えています。AIを使いこなすことで、監査人はより高度な業務に挑戦する機会を得られます。
デンリ:
AIが業務機会を広げるということですね。新しいテクノロジーに積極的で、知的好奇心を持つ人にとっては、大きなオポチュニティになります。AIを前向きに捉え、自分自身の価値をどう高めていくかを考えることが大切です。
田中:
はい、人とAIの協働によって業務機会が広がり、構成員価値の向上につながります。また、監査だけでなく、アドバイザリー、サステナビリティ、AIの信頼性検証など、新たな業務領域も広がっていきます。
デンリ:
AI時代には、人材育成の考え方も大きく変わります。これまでは、監査人が実務のなかで多くの作業を経験し、その積み重ねによって知識や判断力を身につけてきました。しかし、AIが対応可能な領域が広がっていくと、従来のような「作業を通じて経験を積む」育成モデルは変化していきます。
田中:
その変化は、すでに現場でも感じています。
デンリ:
今後、特に重要になるのは、AIを活用したシミュレーションです。実務に近いケースをAIによって効率的に経験することで、判断力やリスク感度を高めることができます。
田中:
AI活用による業務時間の削減を、単なる効率化として終わらせるのではなく、自身の判断力、リスク感度、クライアント対応力を高める学習に使う必要があります。
これからの育成は、作業経験の蓄積から、AIを活用したシミュレーションを通じた判断力の向上へと進化していくのだと思います。
デンリ:
そして、監査人にはAIの出力をそのまま受け入れるのではなく、監査人として評価し、判断する力が求められます。監査人ならではの直感や、違和感を捉える力、倫理観、チームで働く力は、AI時代にも変わらず重要であり、むしろその価値は高まっていきます。
AI時代の変化の1つとして、AIが社会の根幹に入り込んでいくことで、新しいビジネスが生まれることが考えられます。監査法人としても、AIの信頼性検証も含めて新たな業務が生まれ、それに応じた人材の拡充が必要になります。
田中:
あずさ監査法人の人材ポートフォリオは、今後さらに多様化していくと思います。すでにDIA統轄事業部には、IT監査、高度なデータ分析、インフラ構築、AIソリューション開発など、さまざまな専門家がいます。KITにも、AIエージェントやクラウド・AIプラットフォーム、データ分析の専門家が集まっています。
同時に、既存人材のリスキリングにも本気で取り組んでいます。新しい人材だけでなく、今いる人材がAIを活用し、アウトプットの価値を高められるようにすることが大切です。
デンリ:
AIは非常に強力ですが、AIをどう使うか、どのような価値につなげるかを決めるのは人間ということですね。
田中:
はい。人とAIの両面を磨き続けることが、あずさ監査法人の競争力を維持・向上することにつながると思います。さらに監査関与先のデータと、KPMGの強みである人材とナレッジ、そしてAIを掛け合わせることで、監査の価値を提供していきます。
デンリ:
日本の取組みはグローバルにとっても非常に重要な意味を持っています。AI時代の監査を、ともに切り拓いていきましょう。
田中 弘隆(写真:左)
Global IFRS Panelメンバーや品質管理本部長を歴任したのち、2019年に常務執行理事に就任。2023年7月より、デジタルトランスフォーメーションならびにサステナビリティ領域を統轄する専務理事に就任(現職)。
ティム・デンリ(写真:右)
テクノロジーを活用したビジネス課題解決と変革推進に注力し、経営層と連携して組織のトランスフォーメーションをリード。2022年7月~2024年6月まで株式会社KPMG Ignition Tokyoの代表取締役社長兼CEO、2024年7月より代表取締役共同会長(現職)を務め、あずさ監査法人のAX/DXを支援。2023年5月からKPMGグローバルCTOにも就任(現職)。