米国における自国第一主義の台頭、欧州での規制の見直し、そしてAI技術の急速な発展などにより、かつてないほどの不確実性に直面するグローバル自動車業界。存在感が高まる各国の新興OEM(完成車メーカー)やテック企業に対して、日本企業の「勝ち筋」はどこに見出せるのでしょうか。
本稿は、2026年2月17日にKPMGジャパンが開催したフォーラム「グローバル自動車業界の現状と展望」におけるディスカッションおよび質疑応答を基に編集しました。
左から KPMG 大熊、井口、小見門、日本経済新聞社 小泉氏、
ナカニシ自動車産業リサーチ 中西氏、KPMG Ries、Royce、犬飼
登壇者
コラボレーションで越えるグローバル自動車業界の転換期
Dr. Andreas Ries
KPMGインターナショナル Global Head of Automotive
KPMGインターナショナル Ries
自動車業界は今、かつてないほど大きな不確実性に包まれています。
私たちが実施した最新の調査「第25回グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2025」によると、自動車業界の将来の成長性を感じているトップエグゼクティブの割合は、全体の17%にとどまり、前回調査時の水準(41%)からわずか1年で大幅に落ち込みました。背景には、大手OEMが利益の源泉としてきた中国、米国、欧州という3つの市場で迎えている危機的状況があります。
中国では、継続する価格への圧力により競争環境の再編を迎えており、新興企業が市場シェアを獲得し、既存企業は収益性を保ちながらシェアを守るのが一層困難になっています。一方、米国では保護主義のもとで生産拠点の自国回帰への圧力が高まっています。そして欧州では、電動化を急速に進めるために整備された厳しい規制が重荷となっています。
欧州の電動化については、規制当局の野心的な政策運営が顧客を置いてきぼりにしている実情を踏まえ、見直しの時期を迎えるでしょう。2035年にエンジン車の新車販売を禁止するという目標自体が調整を余儀なくされ、結果としてハイブリッド車(HEV)の継続販売への道が少しずつ広げられることになりました。個人的には、行き過ぎた規制強化からの反動はさらに進むとみています。HEVの分野で長年にわたり技術を磨き続け、成功を収めてきた日本のOEMにとっては追い風が吹いていると言えます。
市場環境の前提がダイナミックに変動する間は、適切なバランスの取り方を見つけ出すことが重要です。10年、20年先を展望して思い切った決断を下し、新たに生産拠点を設けることは、有効な戦略とは言い切れないでしょう。
こうした状況では、グリーンフィールド(未開発の地)に新たな生産拠点を構えるよりも、他社との協力関係を強化すべきだと考えています。たしかにコラボレーションは従来、大手OEMにとって競争力の核心を成していたわけではありませんでした。しかし今後は、スケールアップを志向する企業間で協力する必要性が一層強まるでしょう。市場にはすでに過剰生産能力があるという事実を直視することが大切です。現地生産にどの程度までこだわる必要があるかを冷静に見極めたうえで、他社との連携の高度化を、AI活用による生産スピード向上やコスト削減とあわせて推進する取組みが、この困難な移行期を乗り越える道筋となるはずです。
AIが米国市場の競争軸を塗り替える
David Royce
KPMG米国 パートナー
KPMG米国 Royce
米国の自動車業界に、電動化と関税措置の動向がどのような影響を与えるかを考えるうえでは、まず米国市場特有の事情を理解する必要があります。
米国で販売される車両のうち、ピックアップトラックやSUVなどの大型車両が80%を占めています。この分野では、電動化に向けたバッテリー開発がまだ十分に進んでいません。さらに、前政権下で導入されたEV購入の補助金はすでに終了しています。米国の消費者たちがこぞって乗りたいと思える「電動ピックアップトラック」を量産できる技術水準に達するまでは、国際的な電動化の潮流が米国市場に与える影響は限定的だと考えられます。
一方で、関税措置がもたらす影響の大きさは明白です。2026年にUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)が見直し時期を迎えます。北米地域の自動車貿易の多くは依然としてUSMCAの枠組み内で行われており、その影響は「米国への流入」に強く表れます。世界中のOEMでは、米国を製造拠点として欧州やアフリカへ輸出する可能性を含め、具体的な検討を進める動きが見受けられます。これらの判断はOEMにとって長期に影響を与える決断です。USMCAの交渉の行方次第では、北米地域における自動車産業の地図そのものが塗り替えられる可能性があります。
このような環境下において、AIは、単なる車載機能にとどまらず、車両開発サイクルの高速化や、先進運転支援機能の冗長性およびコスト競争力を高める「アクセラレーター」となり得るポテンシャルを持っています。それらは、金利上昇やインフレによって消費者の購買力が低下し停滞が予想される乗用車市場において、企業が生き残るために不可欠な要素となりえます。AIを活用した仮想シミュレーションや自動運転トレーニング環境は、今まで膨大な走行距離や人的リソースを前提としてきた開発のサイクルを大幅に短縮してくれるでしょう。
そして、車両価格と販売台数の両立というジレンマに直面するなか、従来型OEMは、自社が必ずしも世界トップレベルのソフトウェア開発企業である必要がないことも認識すべきです。むしろ、技術の現状と将来の進化に精通したプロフェッショナルの知見を積極的に取り込みつつ、それを自社の強みである「ドライバー体験の期待に応える力」と結び付けていくことが、今後ますます重要になるでしょう。
競争軸が知能化へ移るクルマ、日本企業は「ものづくりの力」に活路あり
中西 孝樹氏
ナカニシ自動車産業リサーチ 代表アナリスト
ナカニシ自動車産業リサーチ 中西氏
2026年1月に米国で開催された世界最大級のテクノロジー見本市「CES2026」を視察しました。数年前までは新型車のデザインを競い合うモーターショーさながらの風景でしたが、今回は車両のモデル展示がほぼ姿を消しました。これが何を意味するかというと、自動車業界の競争軸がクルマの知能化領域へ移行し、そのための基盤やアプリケーションに焦点が当てられているということです。「エンボディドAI」という概念のもとでAIがクルマ化するなか、クルマをどう再定義していくかが今回のCES2026におけるポイントだったと実感しています。
特に注目を集めたのは、自動運転の開発プラットフォームの発表です。AI技術によって、誰もが容易に自動運転の開発を進められる時代へと動いてきている表れだと考えます。ただ、どのプラットフォームを使ったとしても、安価で安全に移動できる自動運転のソフトウェアを作ることができる「標準化」が最も大切だと思います。AIによる自動運転の普及は「誰が勝つか」という単純な議論ではなく、その恩恵を受けるユーザーに対してどのような価値を提供していくのか、そしてヒトがどこまで自動運転に関与すべきか、社会道徳を含めた制度設計が重要な論点になるでしょう。
これから数年のうち、クルマが提供する価値は大きく変容していくという予測のもと、日本の自動車業界の勝ち筋がどこにあるかを考えると、やはり「ものづくりの力」にその答えがあると思っています。
仮に世界中のクルマがすべて電動化されれば、ゲームは終わりを迎えるのかもしれませんが、現に市場は多様であり、HEVを選好するマーケットも多く存在します。外観のデザイン性と車内空間の快適さを両立させることは、バッテリー電気自動車(BEV)であれば難しくありません。一方で、HEVやプラグインハイブリッド車(PHEV)でも同様のパッケージを提供できる技術を持っていることは、他国のOEMには追随しがたい、日本の強みと言えるでしょう。
そして、要素技術のほとんどを米国のテック企業が保有し、中国企業も存在感を強めている状況に対し、日本企業は精神論だけで立ち向かうのではなく、まずは自分たちの競争力を再定義する必要があります。加えて、本来は競争する必要がない領域にそれぞれの企業が相当のリソースを費やしている現状を打ち破るべく、水平分業を戦略的に許容するマインドセットの切り替えも求められるでしょう。
欧州新規格「M1E」の登場で、小型EV市場の新戦略展開に期待
小泉 裕之氏
日本経済新聞社 NIKKEI Mobility編集長
日本経済新聞社 小泉氏
日本政府は2016年に策定したロードマップのなかで、10年後、つまり2026年までの完全自動走行システムの市場化を見据えていました。当時の計画に比べれば、たしかに現状は遅れていると言えるでしょう。しかし、2016年の策定時点では、生成AIの登場とその爆発的な進化スピードは想定されていませんでした。今後AIは、当初の計画の遅れを取り戻してなお余りあるほどの進化を遂げ、CASE(Connected, Autonomous, Shared & Services, Electric)をより一層強力に後押しすることになるかもしれません。
一方、自動車産業は技術面だけでなく、価格面でも課題を乗り越えようと模索を続けています。長引くインフレを背景に、米国の新車平均販売価格は最近でも5万ドルを超えており、その結果、消費者の間では買い替え時に以前より低いグレードを選択する傾向が顕著になっています。
こうした状況下で存在感を一層高めているのが中国です。主要なモーターショーを歩けば、中国メーカーが、これまで日本勢がお家芸としてきた小型車枠に安価かつ高度な機能を備えたEVを次々と投入し、市場を席巻しようとしている光景を目の当たりにします。見慣れたブランドへのこだわりが薄れ、合理性を重視し始めた日本の消費者にとっても、NOA(ナビゲーション・オートパイロット)のような運転支援システムを備えた200万円台の小型の大衆車は強力な選択肢となるでしょう。
しかし、小型車市場は日本勢に引き続きチャンスを与えてくれるはずです。特に、日本の軽自動車規格を参考にして欧州委員会が策定した小型EVの新カテゴリー「M1E」は注目に値します。全長4.2メートル以下を対象とするこの枠においては、都市部での走行時も環境負荷を抑える工夫を凝らした製品が、消費者にとって手の届きやすい価格帯で提供されると想定できます。コンパクトな設計においてノウハウの蓄積を持つ日本のOEMが、こうした潮流を捉えた新たな戦略を展開してくれるのではないかと期待しているところです。
コスト意識の高い日本の消費者、新機能は「有益性の訴求」問われる
井口 耕一
KPMG FAS パートナー
自動車の競争軸が知能化へ移行するなか、日本のマーケットをどのように捉えるべきかは重要な論点となるでしょう。日本の消費者を対象に「新たな車載機能に追加で費用を支払えるか」をアンケート調査したところ、多くが「支払わない」と回答しました。経営者の予想値と比べるとギャップは大きく、消費者と経営者との間で認識の違いが浮き彫りとなりました。
一方で、「わからない」と回答した層が一定数存在した点も注目に値します。新たな機能の有益性や効用が十分に理解されていない可能性が示唆されており、訴求次第では評価が変わる余地が残されていると考えられます。新たな機能が消費者にどのような価値を提供できるかを伝えることは、今後のモビリティビジネスを考えるうえで重要なポイントとなります。
また、消費者が次に新車を購入する際に重視する要素を調査すると、「価格」「安全機能」「維持費」が上位3つを占めました。特に、軽自動車を保有する消費者に絞ると上位10の要素から「ブランド」が姿を消し、コスト意識の高さがより鮮明になりました。この傾向は海外ブランドにとっては参入チャンスと見える一方、日本のOEMにとっては競争環境の厳しさを示す可能性もあります。海外ブランドによる軽EVの発売も見込まれており、その売れ行きは、日本のマーケットの変化を測る上で、注目していきたいと思います。
【各機能に対する支払い意思:「日本の経営者が予想する消費者の見解」と「実際の日本の消費者の見解」の比較】
出典:第25回 グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2025 /GAES 2025「日本における消費者調査結果」、KPMGジャパン(68ページ、図5-1)
本フォーラムの総括として、KPMGコンサルティングのパートナーの犬飼仁は「KPMGでは、本フォーラムに先立ち世界の自動車業界のエグゼクティブ775名にアンケート調査した『第25回グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2025』を発行しています。世界のエグゼクティブの視点と日本の消費者意識を客観的に整理・考察したもので、不確実性が一段と高まる自動車業界において、今後のビジネスの方向性を検討するうえで役立つものとなるでしょう」と話しました。
○第25回グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2025の詳細はこちら
本フォーラムのオンデマンド配信について
不確実性を増すグローバル自動車業界の動向や日本企業にとっての勝ち筋について、ナカニシ自動車産業リサーチの中西氏と日本経済新聞社の小泉氏、そしてKPMGのプロフェッショナルが多角的な視点で解説します。
中長期的な経営計画の再考に役立つ内容をぜひご視聴ください(現在配信準備中、本ページにて近日公開予定)。