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      企業が即戦力を求めれば求めるほど、求人票には「●●学修了者」「●●開発経験者」という条件が増えていきます。しかし、業界経験を入口で厳しく絞るほど、企業は少数の経験者を奪い合うことになりやすく、産業全体で見た人材の総量は増えにくくなります。

      ここで問われているのは、「基準を甘くするかどうか」ではありません。本当に必要なのは、入社後に何を成し遂げてほしいのか、そのためにどんな業務とスキルが要るのかを、具体的な言葉にすることです。業界経験は、その人の能力を推し量る代理指標の1つにすぎません。代理指標だけで人を選べば、他業界に存在する「活躍できる人材」を、見えないまま取りこぼしてしまうおそれがあります。

      宇宙スキル標準は、企業・人材紹介会社・候補者が、仕事と能力を同じ粒度・同じ言葉で捉えるための「共通言語」です。本稿では、採用の軸を職種名中心から成果・業務中心へ、経歴中心から能力・エビデンス中心へ変える方法を考えます。


      KEY INSIGHT:
      「宇宙経験必須」は、多くの場合、まだ分解されていない要件である

      宇宙経験が不可欠な仕事はあります。一方、熱設計、通信、クラウド、品質、PM、法務など、宇宙外で身につく能力も多くあります。採用要件は、宇宙固有で事前に必要なものと、隣接経験で代替できるもの、入社後に学べるものへ分ける必要があります。

      • 宇宙固有の必須:安全・規制・特定技術など
      • 転用可能:設計、試験、運用、品質管理、データ分析、顧客対応など
      • 入社後習得:企業固有プロセス、製品知識、段階的に学べる専門知識


      1.宇宙人材の採用市場で起きる3つの認識ギャップ

      第1のギャップは、実は企業のなかにあります。現場は「来週からでも現場を回してくれる即戦力」を求め、一方で、人事は候補者に届く言葉で求人を書こうとします。ところが、「入社後に何を成し遂げてほしいか」が社内で合意されていないと、要件はいつのまにか「経験年数」「業界経験」「幅広い知識」へと膨らみやすくなります。理想像を1枚の求人票に詰め込んだ結果、どこにも実在しない万能人材を探し続けることになるのです。

      第2のギャップは、企業と人材紹介会社の間で生まれます。求人側が「衛星開発」「宇宙ビジネス」といった範囲の広い言葉で依頼すると、紹介会社はどんな経験を持つ人を探せばよいのか、手掛かりをつかみにくくなります。他業界の人材を薦める根拠も示しにくいため、「同業・同職種の経験者」というキーワードでの検索に頼らざるを得なくなりがちです。

      第3のギャップは、企業と求職者の間にあります。求職者は、「自分の経験やスキルがこの仕事で活かせるのか」「入社時に必要なスキルと、入社後に身につければよいスキルはどう違うのか」がわかりにくいことがあります。特に専門用語や多くの応募要件が並んだ求人票では、本来応募できる人でも「自分には難しそうだ」と感じて応募をためらってしまいがちです。より多くの人に挑戦してもらうためには、企業・求職者・教育機関が、「どのような仕事なのか」「何をどこまで求めているのか」を共通の言葉で理解できることが重要です。

      【図表1:企業・人材紹介会社・候補者の認識ギャップ】

      宇宙スキル標準は、企業・人材紹介会社・求職者をつなぐ業界共通の言語である。適切な人材採用、人材流動性の向上、不足スキルの学習促進につながることが期待される。

      Japanese alt text: 宇宙人材の採用をどう変えるか_図表1

      出所:「宇宙業界における人材関連の課題に関するアンケート結果」「宇宙スキル標準 活用事例集」(内閣府)を基にKPMG作成


      2.宇宙業界の求人は「職種名」ではなく「成果→業務→スキル」の順で設計する

      求人を設計するとき、最初に立てるべき問いは「どんな職種名で募集するか」ではありません。「入社して6〜12ヵ月後に、何を実現できていれば成功か」です。まず期待する成果を描き、そこから主要業務、任せる意思決定の範囲、関わる相手、生み出す成果物を具体化し、最後に必要なスキルとそのレベルへと落とし込んでいきます。

      たとえば「衛星開発エンジニア」や「技術オールラウンダー」では、間口が広すぎて役割が伝わりにくくなります。これを「次期小型衛星の熱設計と環境試験を担当し、構造・電源チームと要求を擦り合わせ、設計根拠と試験結果をレビューで説明する」と書けば、熱解析、試験計画、インタフェース調整、文書化といった必要な力が具体的に浮かび上がります。すると、自動車・航空・電子機器などで似た仕事をしてきた人にも、「これは自分の経験が活きる仕事だ」と接点が伝わりやすくなります。

      このとき、宇宙スキル標準の業務一覧とスキルディクショナリを下敷きにすると、主要業務を選び、関連するスキルを網羅的に洗い出しやすくなります。大切なのは、関連スキルをすべてそのまま並べないことと、専門用語を無理に平易化しないことです。「SAR」「ミッション解析」のような現場で使用する用語はそのまま残しつつ、宇宙スキル標準の言葉で書いた短い補足や「リモートセンシング」などのタグを添えれば、他業界の候補者にも意味がつながりやすくなります。求人票は宇宙スキル標準を丸写しした一覧ではなく、候補者が「自分が働く姿」を思い描くための翻訳物なのです。

      【図表2:宇宙スキル標準を使った求人設計の5ステップ】

      求人票は、「成果→業務→スキル」の順に整理し、スキルごとに「必須」「歓迎」「入社後に習得可能」を明確化して作成することが重要。

      Japanese alt text: 宇宙人材の採用をどう変えるか_図表2 出所:「宇宙スキル標準」(内閣府)を基にKPMG作成

      3.採用要件は「Must・Transferable・Learn」の3層に分ける

      応募条件を明確にするポイントは、「必須か歓迎か」の2択で書かないことです。代わりに、3つの層に分けてみます。Must(必須)は、入社した時点で持っていないと、安全・品質・業務遂行に重大な支障が出る能力。Transferable(転用可能)は、他業界の同種の仕事や、高い信頼性が求められる現場での経験で置き換えられる能力。Learn(入社後に習得)は、OJTや研修、レビュー体制のなかで身につけられる能力です。

      このように3層に分けることで、応募者の母集団を広げるだけでなく、入社後のミスマッチを減らす効果も期待できます。候補者は「自分はどの要件を満たしていて、何を学べばよいか」が見えやすくなります。企業は、選考で見極める項目と、入社後の育成で補う項目を切り分けられます。現場も「未経験者を採用する」ことへの漠然とした不安を抱えたままではなく、「この能力は備えていて、この知識は入社後に身につけることができる人を採用する」と、具体的に合意しやすくなります。

      Mustを増やすほど「安全な採用」に見えますが、現実には候補者の数を減らし、採用期間を長引かせるだけのことも少なくありません。Mustに置くのは、事故・法令違反・重大な品質問題に直結するもの、短期間では習得しがたい深い専門性、そして入社直後から1人で判断しなければならないものに限る――このように基準を決めておくと、要件は自然と絞り込まれます。

      【図表3:求人要件を3層に分ける例】

      求人票に、企業が入社後の育成にどこまで責任を持ち、どのような支援を用意するのか明記すると、候補者は「挑戦できそうか」をより的確に判断しやすくなります。

      要件層

      定義

      衛星熱・試験ポジションの例

      選考・入社後の扱い

      Must

      入社時に欠けると業務上成立しない

      熱解析または環境試験の実務経験、技術文書の作成、関係者との調整

      面接、成果物、ケースで確認

      Transferable

      隣接産業で培った経験・スキルで再現可能性がある

      自動車・航空・電子機器での熱設計や振動・信頼性試験の経験

      違いを理解する学習力と適用思考を確認

      Learn

      入社後に計画的に習得できる

      宇宙環境に関する知識、熱真空設備の扱い、企業固有の設計・審査プロセスの理解

      OJT、メンター、段階的アサインを明記

      出所:KPMG作成

      4.選考は「知識量」だけでなく、能力の再現性と学習速度を見る

      他業界から候補者を迎えるとき、宇宙固有の専門用語の知識量だけで比較すると、宇宙業界の経験者が有利になりやすくなります。しかし、入社後に成果を生むのは、用語の知識量だけではありません。持っている力を新しい制約に応用する力、複雑な問題を構造化する力、品質と安全に向き合う姿勢、学ぶ速さ、そして関係者と調整する力――これらも同様に重要な要素です。

      面接では、抽象的な自己PRではなく、過去の具体的な行動を掘り下げます。どんな要求を受け、何を判断し、どんな制約のなかで、誰と調整し、どんなエビデンスを残し、結果はどうだったのか。そのうえで、宇宙固有の条件を短く提示し、「これまでの経験をどう応用し、何を確かめますか」とケースで考えてもらいます。見たいのは、正解を知っているかどうかではありません。前提を確認し、リスクを見つけ、学び方を描けるかどうかです。

      評価の物差しは、面接官の間でそろえておきます。宇宙スキル標準から見るべきスキルを選び、どのレベルの発揮を期待し、何をもって「できる」と判断するかを、あらかじめ決めておくのです。点数をつけて終わりにせず、「採用後にどの業務を任せ、どんな支援が必要か」まで書き残しておくと、選考の判断がそのままオンボーディングへつながりやすくなります。

      5.人材紹介会社は、候補者の「業界」「業種」ではなく「能力」を翻訳する

      人材紹介会社やキャリア支援者は、宇宙業界への人材の流れを太くする「翻訳者」になれる存在です。候補者の職歴を「どの業界にいたか」で仕分けるのではなく、その人が担った業務、発揮したスキル、生んだ成果、置かれた制約にまで分解し、求人側の主要業務へと一つひとつ対応付けていきます。

      たとえば「自動車部品の熱設計を5年」という経歴を、そのまま推薦するのではなく、こう翻訳します――「熱解析、材料・構造とのインタフェース設計、試験条件の設定、設計根拠のレビューを経験。宇宙機器の熱設計・環境試験に活かせる可能性が高い。ただし、宇宙環境や熱真空試験の知識は補う必要がある」。ここまで整理すれば、企業は適合とギャップを見極めやすくなり、候補者も現実的な学習計画を描きやすくなります。

      この翻訳の土台になるのが、宇宙スキル標準のロール例・業務・スキルです。推薦文、面談メモ、候補者プロファイルを同じ項目に沿って記載すれば、企業との対話はより具体的になります。こうして、人材紹介会社の価値は、「宇宙経験者のデータベースを持っていること」から、「他産業に眠る能力を掘り起こし、宇宙業界の仕事にどう活かせるかを説明できること」へと広がっていきます。

      【図表4:候補者の経験を宇宙向けに翻訳する4ステップ】
      Japanese alt text: 宇宙人材の採用をどう変えるか_図表3 出所:「宇宙スキル標準 活用事例集」(内閣府)を基にKPMG作成

      6.AIマッチングの精度は、宇宙スキル標準という共通言語で高まる

      求人と候補者のマッチングにAIを使うサービスも、少しずつ広がり始めています。内閣府の「宇宙スキル標準 活用事例集」でも、宇宙スキル標準を参照しながら求人情報と求職者の経験をAIで照合するサービスや、転用できるスキルを提示する取組みが紹介されています。

      ここでAIに期待したいのは、履歴書のキーワードを機械的に照合することではありません。求人の業務をスキルへ分解し、候補者の経験を同じスキルの言葉へ翻訳することで、「どの程度一致し、どこに差があるか」を示すことです。宇宙スキル標準が共通の語彙と、業務・スキルの関係性を用意しているからこそ、異なる言葉で表現された経歴も、同じ基準で比較しやすくなります。

      ただし、AIが出したスコアを、そのまま合否の自動判定に使うことには慎重さが求められます。元の求人票に偏りがあれば、その偏りが結果にも反映される可能性があります。また、候補者の潜在能力や学ぶ速さなどを、AIで十分に捉えることは難しい場合があります。AIは、候補者の探索や推薦理由のたたき台の作成、足りないスキルの可視化を支援する役割として活用することが考えられます。最終的な判断は、業務を理解した人が、具体的な根拠と対話に基づいて行うことが望ましいでしょう。

      7.事業フェーズを先読みし、採用を「後追い」から変える

      宇宙関連のスタートアップ企業や新規事業では、「必要になってから求人を出す」のでは、採用が間に合わないことがあります。事業が進むにつれ、ボトルネックは設計中心の段階から試験・品質へ、実証から営業・運用へ、受注の増加から製造・調達・人事へと、次々に移っていくからです。

      内閣府の「宇宙スキル標準 活用事例集」では、人材紹介事業者が企業の成長段階ごとに必要なスキルを整理し、6〜12ヵ月先を見越して候補者プールを育てておく、という考え方が紹介されています。1つの求人ごとに候補者を探すのではなく、複数の職種に共通するスキルを束ねた「ジョブパッケージ」として捉えることで、候補者探しや企業支援を効率的に進めやすくなります。

      企業側も、事業ロードマップと採用計画を切り離さず、連動させることが重要です。これから生まれる業務を先に定義し、採用にかかる期間や入社後の学習期間、既存社員の再配置までを織り込んで、前もって設計しておくのです。採用とは、空いた席を埋める作業ではなく、次の事業フェーズを実現するための「能力への投資」と言えるでしょう。

      【図表5:事業フェーズと先行採用の例】

      事業フェーズ

      次に増える業務

      先に確保・育成したい能力

      採用メッセージ

      構想・創業

      事業設計、要求、資金・政策

      ビジネスアーキテクト、SE、PM

      広い責任、仮説検証、技術と事業の接続

      開発・実証

      詳細設計、製造、試験、品質

      各系設計、試験、品質、構成管理

      専門性、レビュー、エビデンス、チーム統合

      商業化

      営業、契約、顧客導入、運用

      サービス設計、営業、運用、法務

      顧客成果、導入、継続運用、成長余地

      量産・拡大

      工程、SCM、IT、人事、管理

      製造管理、調達、品質、組織運営

      再現性、標準化、複数案件、組織づくり

      出所:KPMG作成


      8.求人票を「挑戦のスタートライン」に:宇宙スキル標準と教育プログラムで差分を埋める

      ここまでは主に、企業と人材紹介会社の視点から採用を眺めてきました。最後に、視点を候補者の側へ移します。最近、宇宙関連企業の求人票に、宇宙スキル標準の言葉を取り入れる動きも見られます。募集する業務やスキルが宇宙スキル標準の項目と紐付いていれば、候補者は「この仕事は、宇宙スキル標準でいうどの業務・どのスキルにあたり、どのレベルが求められているのか」を手がかりに、自分が挑戦できそうかを見極めやすくなります。求人票は、ふるいにかけられる場ではなく、挑戦のスタートラインとして読めるようになるでしょう。

      これと並行して、宇宙スキル標準をベースにした教育プログラムも、各所で立ち上がり始めています。大学の講座、民間スクール、オンライン教材など形はさまざまですが、宇宙スキル標準のスキル項目と結びつけて設計されているものも見られます。そのため学ぶ側は、「どのスキルを、どこで、どの順番で身につければよいか」を見通しやすくなります。これまでバラバラだった学びの機会が、共通言語のもとで棚卸しされ始めているのです。

      この2つ――宇宙スキル標準の言葉で書かれた求人票と、同標準に紐付く教育プログラム――が噛み合うと、候補者のなかに1つの好循環が生まれやすくなります。まず求人票を宇宙スキル標準に照らして読み解き、自分の経験がどこまで届いているかを確かめる。足りないスキルが見えたら、それに対応する教育プログラムを選んで学ぶ。学んだ成果を携えて、改めてその求人への応募に挑む。「宇宙経験があるかないか」という二者択一ではなく、「いま、どこまでできて、次に何を学べばよいか」という連続した道筋に沿って、自分のキャリアを考えやすくなります。

      この循環は、企業にとっても追い風になり得ます。求人票を宇宙スキル標準の言葉で丁寧に書くことで、候補者が自ら学び、準備を整えたうえで応募してくることが期待できます。採用は「経験者を奪い合う」ものから、「挑戦したい人が自ら育ち、集まってくる」ものへと、少しずつ変わっていく可能性があります。

      【図表6:求人票を起点とした学びと挑戦の好循環】

      宇宙スキル標準を起点に教育プログラムの整備や求人票への活用が進みつつある。候補者は、自身の能力と求人要件の差分を理解しながら、学びと挑戦を主体的に繰り返しやすくなる。

      Japanese alt text: 宇宙人材の採用をどう変えるか_図表4 出所:KPMG作成

      9.採用を変えることは、宇宙業界の入口を変えること

      採用は、企業が人を選ぶ場であると同時に、業界の外にいる人が宇宙産業への理解を深める「入口」にもなり得ます。求人票に、具体的な仕事内容、他業界での経験との接点、入社後の学び、そしてキャリアの広がりが描かれていれば、候補者は自分の可能性を判断しやすくなります。一方、専門用語と過剰な要件ばかり並んでいると、関心を持つ人も「自分は対象外だ」と感じ、応募をためらうことがあります。

      宇宙スキル標準を使う目的は、採用の基準を画一化することではありません。企業が自らの仕事を具体的に言葉にし、人材紹介会社が候補者の能力を翻訳し、候補者が自分の現在地とギャップを把握できるようにすること――こうした透明性を高めることが、入口の拡大とマッチングの質の向上を、同時に成り立たせてくれると考えられます。

      宇宙経験者を奪い合う採用から、他業界に眠る能力を発見し、必要な宇宙固有の知識は入社後に育てる採用へ。企業・人材サービス・候補者が同じ共通言語を持つことで、採用市場そのものを大きく育てていくことにもつながっていくのではないでしょうか。

      次回は、こうした人と仕事の接続を地域単位でどうつくり出していくか、自治体・教育機関・民間サービスの役割を考えます。

      参考情報

      執筆者

      KPMGコンサルティング
      シニアマネジャー 平田 悠樹

      「宇宙スキル標準で読み解く、宇宙産業の人材とスキル」第5回

      人数管理経営を、能力ポートフォリオ経営へ

      宇宙スキル標準を活用し、人材を能力で捉える人材マネジメント「能力ポートフォリオ経営」の実践方法を解説します。

      内閣府策定の「宇宙スキル標準」を基に、宇宙産業の成長に必要な人材と組織について、キャリア設計・採用・育成等の実践方法を読み解きます。

      宇宙産業における戦略立案から実行までを包括的に支援します。

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