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      本稿のポイント

      •  第8回国連責任あるビジネスと人権フォーラム(アジア太平洋)では、「Building Resilience, Advancing Rights(レジリエンスを築き、権利を前進させる)」をテーマに、人権尊重に関するコミットメントを実践へ移すための制度、企業実務、救済および協働のあり方が幅広く議論された。

      •  制度や方針の整備にとどまらず、影響を受ける人々(ライツホルダー)の声を企業の意思決定や現場での対応に反映し、人権尊重を負の影響の予防・軽減や救済につなげることが、フォーラム全体を通じた共通の焦点となった。

      2026年9月14日から17日まで、タイ・バンコクの国連会議センターにおいて、第8回国連責任あるビジネスと人権フォーラム(アジア太平洋)が開催された。本フォーラムでは「Building Resilience, Advancing Rights(レジリエンスを築き、権利を前進させる)」をテーマに、政府、企業、市民社会、労働者組織、国際機関等が、人権尊重を方針上のコミットメントから実践へ移すための課題を議論した※1。本稿では、筆者が参加したセッションから、日本企業にとって重要と考えられる3つの論点を報告する。

      1. アジアで進む人権デュー・ディリジェンスの法制化――義務化を見据えた準備段階へ

      法制化を扱ったセッションでは、アジアにおける人権・環境デュー・ディリジェンスの義務化に向けた検討状況が共有された。タイでは、対象となる事業者に人権・環境デュー・ディリジェンスを求める「責任ある企業行動促進法案(仮訳)」の策定が進められている※2。2026年9月時点で同法案は検討段階にあり、適用対象、基準および義務の最終的な内容は確定していないものの、フォーラムでは、法案が想定する枠組みとして、方針の公表、負の影響の特定・評価、予防・軽減、ステークホルダーとの協議、救済、実施状況の追跡および情報開示等が紹介された。

      インドネシアでは、2023年の大統領規則第60号により「ビジネスと人権に関する国家戦略」が定められ、2026年7月には、企業向けの「人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン」が公表された※3。フォーラムでは、人権デュー・ディリジェンスの制度化に加え、中小零細企業を含むサプライチェーン全体の実施能力を高めるため、ガイダンス、教育、技術面・資金面の支援を組み合わせる必要性が議論された。

      中国に関連するセッションでは、2026年6月に公表された「国家人権行動計画(2026―2030年)」の第5章「新興人権領域の健全な発展を導く」に、「企業による人権責任の履行促進」が独立した節として設けられ、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に言及するとともに、企業の人権デュー・ディリジェンスに関する意識および能力の向上を掲げていることが紹介された※4。また、セッションでは、今後の推進において、業界団体等がガイドライン整備や能力構築において果たす役割に対する期待が示された。

      こうした制度整備や企業への実施支援に加え、関連セッションでは、制度の実効性を確保する観点から、影響を受ける労働者や地域社会の意味のある参加が重要な論点として示された。具体的には、影響を受ける人々が安全に参加できる環境を整え、その声をリスク評価、企業の意思決定および是正・救済に反映することの必要性が指摘された。

      2. 高リスク領域への重点対応――強化DDやエンゲージメントを通じた是正と救済

      強制労働により生産された物品の輸入禁止措置を扱ったセッションでは、規制が企業の対応を促す一方、高リスクのサプライヤー、産業または地域から撤退することが、必ずしも労働者の状況改善や救済につながるとは限らないとの指摘があった。影響を受ける人々に生じ得る追加的な負の影響を十分に評価せず、その予防・軽減に必要な措置を講じないまま取引を解消すると、雇用の喪失や救済へのアクセスの低下等、新たな負の影響を引き起こす、または既存の影響を深刻化させる可能性がある。このため、取引解消を検討する場合にも、影響を受ける人々への影響や是正・救済の可能性を評価し、責任ある形で判断・実施することが重要であるとの議論がなされた。

      セッションでは、問題を早期に把握し、発注企業とサプライヤーが情報を共有しながら是正に取り組める関係の重要性も指摘された。サプライヤーに一方的な表明保証や違反時の責任を課す契約だけでは、問題の共有や協働による是正を妨げるおそれがある。リスクを一方に転嫁するのではなく、各当事者の責任と協力義務を明確にし、苦情処理、是正計画、進捗確認等の実務と契約を連動させる考え方が示された。

      「強化された人権デュー・ディリジェンス(Enhanced HRDD)」を扱ったセッションでは、ミャンマーにおける企業プロジェクトに加え、インドネシアにおける住民移転の実務例が紹介された。紛争、政治的不安定、市民社会の活動への制約等により、通常の現地調査や直接の聞き取りが当事者の安全を損なうおそれがある場合には、匿名化や第三者を介した情報収集等を用いることが示された。また、説明会への参加や異議の不表明を同意とみなさず、個別インタビュー、現地観察等の複数の方法を組み合わせて情報を検証する重要性が共有された。

      3. その他の重要トピックス ― ステークホルダーとの協働による人権課題への対応

      責任ある購買慣行の実践

      責任ある購買慣行を扱ったセッションでは、人権リスクの要因はサプライヤーの管理能力だけでなく、発注企業による価格設定、リードタイム、需要予測、支払条件、発注変更等にもあり得ることが議論された。こうした条件が生産能力やコストの実態と整合しない場合、そのしわ寄せが賃金、労働時間、雇用の安定性等に及ぶおそれがある。他方、適切な労務費等を反映した原価計算(Sustainable Costing)、予見可能な発注、実行可能な納期および安定した取引関係は、労働者の権利尊重とサプライチェーンの強靱性の双方に関わるとの見解が示された。

      生活賃金の実現に向けた取組み

      生活賃金のセッションでは、通常の労働時間による賃金で労働者とその家族が人間らしい生活水準を確保すべきという考え方が改めて共有された。議論では、賃金ギャップの測定にとどまらず、発注企業の購買慣行やコスト負担のあり方を見直すこと、労使対話や団体交渉を促進すること、政府、使用者団体および労働者団体が関与することの重要性が指摘された。生活賃金は、個々のサプライヤーへの賃上げ要請だけでは解決しにくい構造的な課題として捉える必要があることが示唆された。

      移民労働者の責任ある雇用の推進

      移民労働者に関するセッションでは、募集・仲介・送出しの過程で生じる採用手数料や債務が、強制労働リスクにつながり得ることが改めて確認された。特に今回は、「雇用主負担原則」の実践に加え、労働者が負担した手数料の返還、対象者への到達確認、採用経路の是正および再発防止までを一連の救済として扱う必要性に焦点が当てられた。また、企業には、サプライチェーンにおける移民労働者の採用実態を確認するため、デュー・ディリジェンスの対象を募集業者や送出し機関まで広げ、労働者への直接の聞き取り等を通じて採用実態を把握する必要性が示された。

      4. おわりに――日本企業への示唆

      フォーラムではこのほか、労働者の実体験を踏まえた気候変動に伴う暑熱リスクへの対応、鉱物資源の採掘に伴う土地・水・生計への影響と地域社会の意思決定への参加、先住民族の権利に関わるFPIC(自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意)、AI・アルゴリズムが雇用や労務管理に及ぼす影響等も議論された。筆者が参加した各セッションに共通していたのは、影響を受ける人々の意見を企業の意思決定に反映し、負の影響の予防・軽減と救済につなげる必要性である。

      以上を踏まえ、筆者は、フォーラムがテーマとして掲げる「レジリエンス」を、事業とサプライチェーンを持続させる企業側のレジリエンスと、労働者や地域社会が権利を行使し、救済へアクセスし、適切な生活水準を維持・回復する力の両面から捉える必要があると考える。高リスク地域からの一律の撤退は、企業側のリスクを低減しても、影響を受ける人々の脆弱性を高めるおそれがある。人権尊重と事業継続を両立するには、平時から情報収集、是正支援、責任ある購買慣行および苦情処理の仕組みを整え、人権DDの実効性を高めることが重要である。

       

      • リスクベースに基づくデュー・ディリジェンスと関連法規制への対応:従前から求められる、事業活動に伴う人権リスクの高さ(負の影響の深刻度の高さ)に基づくリスクベースのデュー・ディリジェンスについて継続的に推進する。併せて各国の関連法規制の動向を注視し、適用または影響をうけるグループ会社やサプライヤーがある場合には、その対応状況を確認し、必要に応じて体制整備等を支援する。

      • 自社の事業慣行に起因する人権リスクの把握と見直し:現状では、サプライヤーにおける人権リスクの管理状況を確認する調査等にとどまっているケースが比較的多くみられるが、今後は、自社の購買慣行を含む事業慣行に起因するリスクについても注視する必要がある。具体的には、長時間労働や低賃金が継続する傾向がみられる場合には、自社の購買慣行(例えば、価格設定、リードタイム、需要予測、発注変更、支払条件等)がサプライヤーの労働環境に及ぼす影響についても、調査票、現地調査やサプライヤーとの対話に織り込んでいくことが考えられる。必要に応じて、サプライヤーへの一方的な対応要請にとどまらず、自社の購買部門も巻き込みながら、調達実務の見直しにつなげる。

      • 高リスク領域に応じたデュー・ディリジェンスの評価項目・手法の高度化:従来の人権DDやSAQによる一般的な評価項目に加え、特定された高リスクの地域、取引先および人権課題に固有のリスクを確認する(例えば、移民労働者の採用実態に関する詳細な評価や、紛争影響地域における武装勢力との関係や地域住民への影響に関する評価など)。また、特に高リスク領域においては、影響を受ける人々の安全に配慮した情報収集、複数情報源による検証、個別の是正・救済への支援等を重視することが望ましい。そのうえで、取引継続、関与方法の変更、一時停止または解消が人々に与える影響を評価し、意思決定に反映する。

      • 影響を受ける人々の声を踏まえた人権リスクの管理:特に経済・地政学環境が大きく変化する局面においては、影響を受ける人々の声を通じて、企業側からは見えにくい負の影響を把握し、リスク評価や対応の優先順位付けに反映することが不可欠となる。こうした取組みは、人権デュー・ディリジェンスの実効性を高めるだけでなく、法規制、事業継続、レピュテーション等の経営リスクを適切に管理し、経営としての説明責任を確保するうえでも重要である。

      これらの取組みを通じて、人権デュー・ディリジェンスを実効的ものとし、影響を受ける人々の権利状況の改善につなげることは、企業が人権尊重責任を果たすとともに持続的な事業基盤を構築するうえでも重要である。


      主な参照資料

      • (※1)第8回国連責任あるビジネスと人権フォーラム(アジア太平洋)公式ウェブサイト: https://www.rbhrforum.com/
      • (※2)「Draft Act on Promotion of Responsible Business Conduct, B.E. ....」(責任ある企業行動促進法案、2025年9月16日版英訳):https://d1yi4upte10t7.cloudfront.net/wp-content/uploads/2026/05/27072738/Act-on-Promotion-of-Responsible-Business-Conduct-English-Draft-FINAL-DRAFT-16-%E0%B8%81%E0%B8%A2-68.pdf。なお、2026年9月時点で同法案は検討段階にあり、適用対象、基準および義務の最終的な内容は確定していない。
      • (※3)「Peraturan Presiden Nomor 60 Tahun 2023 tentang Strategi Nasional Bisnis dan Hak Asasi Manusia」(ビジネスと人権に関する国家戦略に係る大統領規則第60号、制定・公布・施行:2023年9月26日):https://peraturan.bpk.go.id/Details/265411/perpres-no-60-tahun-2023。「Pedoman Uji Tuntas HAM Bagi Pelaku Usaha」(企業向け人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン、公表:2026年7月26日):https://kemenham.go.id/informasi-publik/dokumen-dan-panduan-ham
      • (※4)「National Human Rights Action Plan of China (2026-2030) 」(中国 国家人権行動計画(2026―2030年)」(公表:2026年6月11日 英訳):http://english.scio.gov.cn/chinavoices/2026-06/11/content_118545273.html

      (注)本稿は、フォーラムの公式資料、筆者が参加したセッションにおける発言・配布資料および2026年9月時点の公開情報に基づき作成しています。セッション内容の記述は筆者の理解に基づく要約であり、本稿における考察および示唆は筆者個人の見解です。本稿は、フォーラム主催者、各セッションの登壇者またはKPMGあずさサステナビリティ株式会社を含むKPMGジャパンの公式見解を示すものではありません。


      KPMGでは、本稿に関連して、以下のインサイトPlusオンデマンドセミナー動画を配信または配信予定です。ぜひご視聴ください。

      • EU強制労働製品禁止規則(EUFLR)への実務対応 ―日本企業が留意すべきポイントと実務ステップ―
      公開済み(Link)
      • 連続セミナー: 経営リスク管理としてのデュー・ディリジェンス高度化

      (全3回)

      - 第1回 DD高度化に向けた主要課題とリスクアプローチ実装の考え方

      公開済み(Link)

      - 第2回 実効性を高めるDDモニタリングの実践手法

      公開済み(Link)

      - 第3回 各種DD規制に対応する統合DDアプローチ

      2026年10月27日 公開予定

      - 特別編 迫る環境デュー・ディリジェンスへの対応 ―いま企業は何からはじめるべきかー

      公開済み(Link)

      • サプライヤーデューディリジェンスの高度化 ー原材料DDの実践と継続的リスク管理(仮)

      11月下旬 公開予定

      ※ 上記のタイトル・公開予定日は変更となる場合がございますのであらかじめご了承ください。


      執筆者

      KPMGあずさサステナビリティ株式会社
      マネジャー 森 翔人


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      企業に対しサプライチェーン上のESGリスク低減を求める法規制が欧米を中心に成立し、ステークホルダーから持続可能な調達に係る認識や取組状況の開示期待も高まっています。調達・生産過程で、サプライヤーとともに責任ある調達(サステナブル調達)に取り組み、リスクに対するレジリエンスを高めることが重要です。

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