生成AI導入プロジェクトの多くにおいて、PoC(概念実証)までは進んでも本番運用に至らず頓挫しているケースが見受けられます。とりわけ半導体業界のように、高度な専門知識と厳格な情報管理が求められる領域では、汎用的なAIをそのまま持ち込むだけでは実務に耐え得る成果にはつながりません。
こうした課題を解く鍵となるのが、業界特化型LLM(大規模言語モデル)をベースにしたAI活用基盤の構築です。企業内に蓄積された機密データをローカル環境で安全に活用しながら、専門家エージェントと専門領域別AI評価フレームワークを組み合わせることで、企業固有の業務に適用できるAIの実現を可能にします。
本稿では、半導体業界における具体的なユースケースを起点に、専門領域でAIを実装・定着させるうえで押さえるべき論点と、KPMGが提供するソリューションのアプローチを紹介します。
1.半導体業界におけるローカルAI活用の背景
半導体業界では、企画、設計、製造、品質管理、設備保全にわたる高度な知見が、企業内の機密データや熟練技術者の暗黙知として蓄積されています。技能継承や生産性向上の切り札としてAI活用への期待が高まる一方、実装現場では次の3つの壁が立ちはだかっています。
データの壁:一般的なクラウド型AIサービスは外部環境へのデータ送信を伴う場合があり、情報漏洩リスクへの懸念が導入・活用の障壁となり得ます。
専門性の壁:汎用LLMでは業界固有の専門知識や工程間の相互作用への理解が十分でない場合があり、実務で求められる精度・信頼性の確保が課題となり得ます。
海外規制の壁:海外製のAIモデルやクラウドサービスは、輸出規制やAI関連規制の動向によって利用可能なモデルや機能が制限される可能性があります。
社会基盤や産業競争力を支える半導体業界では、機密性の高いデータを適切に管理しつつ、継続的かつ安全にAIを活用できる環境を確保することが、事業継続性と経済安全保障の両面から不可欠となっています。こうした背景から、外部サービスへの依存を抑え、自社データやAIモデルを適切に管理できるローカルAI活用への関心が急速に高まっています。
KPMGは、こうした課題の解決を支援するため、公開されている半導体業界特化型LLMをベースに、企業内に蓄積された専門データを安全に参照・活用できるAI活用基盤の構築を支援します。さらに、用途や専門領域に応じた専門家エージェントと、回答品質を評価・可視化する専門領域別AI評価フレームワークを組み合わせることで、単なるLLM導入にとどまらない、実務適用性の高いAI活用の実現をサポートします。
2.KPMGのアプローチ
KPMGの「半導体業界特化型LLMを活用したローカルAIソリューション」は、以下の3つの要素で構成されます。
【図表1:半導体業界特化型LLMを活用したローカルAIソリューションの全体像】
(1)企業内データを安全に活用するローカルAI環境
オンプレミスまたは閉域クラウド上に、業界特化型LLMをベースとしたAI活用環境を構築します。設計、製造、品質、保全、技術文書などの機密データを外部送信することなく安全に参照、活用でき、業界知識と企業固有の業務知見を掛け合わせたAI活用を実現します。
(2)専門領域に応じた専門家エージェント
複数の専門家エージェントが連携するA2A(Agent-to-Agent)アーキテクチャを採用します。半導体のように専門領域が細分化された業界でも、材料、装置、プロセス、設計、品質、不良解析などの領域ごとに最適化されたエージェント連携により、高度で一貫性のある分析・仮説生成を実現します。
(3)専門領域別AI評価フレームワーク
専門性、回答の妥当性、実務応用可能性、ハルシネーション傾向、再現性などの観点からAI回答品質を網羅的に評価・可視化します。半導体領域では、基本原理、製造プロセス、設計・解析、最新動向・戦略の4階層で評価指標を整理し、継続的な品質改善を実現します。
想定ユースケース
本ソリューションは、半導体業界において、機密性の高い専門データを安全に活用しながら、汎用LLMでは対応が難しい業界固有の業務課題への適用を想定しています。
半導体業界では、設計情報、製造条件、装置ログ、品質データ、不良解析結果、設備保全履歴など、競争力の源泉となるデータの多くが企業内の非公開データとして管理されています。また、製造プロセスは複数工程にまたがって複雑に連携しており、材料、装置、プロセス条件、設計変更、検査結果などが相互に影響するため、汎用LLMだけでは十分な業務適用が難しいケースがあります。
本ソリューションでは、こうした半導体業界固有のデータと専門知識をローカル環境で安全に活用し、専門家エージェントと専門領域別AI評価フレームワークを組み合わせることで、以下のような業務を支援します。
【図表2:業界特化型LLMを活用した現場業務における高度化例】
ユースケース(1):製造プロセスにおける異常解析・トラブルシューティング
製造工程で発生した異常や不具合に対して、過去の不具合報告、工程条件、装置ログ、品質データ、設備保全履歴などをローカル環境で安全に参照し、原因候補や確認すべき観点の整理を支援します。プロセス技術、品質、設備保全などの専門家エージェントが連携することで、工程間相互作用や類似事例を踏まえた仮説生成を支援し、原因調査の迅速化と対応品質の向上に貢献します。
ユースケース(2):品質・歩留り改善に向けた仮説生成
品質データ、不良解析レポート、工程条件、材料ロット、設計変更履歴、過去の改善履歴などを参照し、不良傾向の整理、原因候補の抽出、改善施策の立案を支援します。品質・歩留り改善、プロセス技術、設計レビューなどの専門家エージェントが連携することで、複数要因が関係する歩留り低下の要因分析を行い、改善サイクルの短縮に貢献します。
ユースケース(3):技術文書・ナレッジ活用による技能継承
設計仕様書、製造マニュアル、装置仕様書、不具合報告書、品質レポート、過去の改善事例、熟練技術者のレビューコメントなどをローカル環境で安全に活用し、自然言語による検索、要約、比較、論点整理を支援します。半導体業界固有の専門用語、工程名、装置名、社内固有表現を踏まえて関連情報を提示することで、過去知見の再利用を促進するとともに、若手技術者が熟練者の判断プロセスを学習・参照しやすい環境を整備し、技能継承を支援します。
3.まとめ
昨今のAIの利用環境を取り巻く規制対応や地政学リスクが高まるなか、海外AIサービスへの過度な依存を抑え、自社の機密データや業務知見を管理可能な環境で継続的に活用できるローカルAI基盤の整備が重要となっています。
業界特化型LLMと企業内の機密データをローカル環境で組み合わせることで、安全性と実用性を両立したAI活用が可能となります。専門家エージェントと専門領域別AI評価フレームワークを組み合わせることで、製造プロセスの異常解析、品質管理・歩留り改善、技能継承など、現場における専門業務への適用を実現できます。KPMGは、こうしたアプローチを通じて、半導体業界のAI活用を支援しています。
KPMGは今後も、半導体業界をはじめとする高度な専門性が求められる分野において、安全性と実用性を両立したAI活用基盤の構築を支援し、企業の競争力向上に貢献していきます。また、製造業や自動車業界などへの展開を進めるとともに、専門家AIエージェント連携の高度化、産業データスペースとの連携、フィジカルAI領域への応用を推進し、産業分野における次世代AI活用の実現を目指します。
本ソリューションに関するご質問やご相談は、お気軽にお問い合わせください。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 大楠 貴浩
マネジャー 中 亮太郎
シニアコンサルタント 太田 翔