不確実性が高まるなか、経営判断に資する情報をいかに迅速かつ正確に得るかが、経営層にとって重要なテーマとなっています。一方で、アドオンが積み重なったERPがDXの足かせとなっている企業も少なくありません。
KPMGは、2026年4月16日に開かれたOracleが世界各地で開催しているAIに関するフラッグシップイベント「Oracle AI World Tour Tokyo」において「SaaS型ERP移行で始めるAI時代の業務変革~2030年ビジョン実現のポイント」と題した講演を行いました。
Oracleとのパートナーシップを通じたグローバルな知見を基に、SaaS型ERP移行を起点として「Fit to Standard(ERPの標準機能に合わせて自社の業務を変更する)」で業務を見直し、AI活用へとつなげていくための実践的なポイントを解説します。
本稿は、KPMGコンサルティングのシニアマネジャー 中屋健一による当日の講演内容を基に編集しました。
1.不確実性が高まる経営環境と、求められる意思決定の高度化
ERPはビジネスを根幹から支える最重要のシステムであると同時に、企業変革のカギを握ります。KPMGは、グローバル全体で培ってきた豊富な知見と実績に加え、Oracleとの長期的なパートナーシップを通じ、企業における既存の業務プロセスやシステムの評価・分析から構想策定、要件定義、そして構築・導入までをエンドツーエンドで支援しています。
本稿はこれまでに蓄積してきた知見や実績を基に、SaaS型ERP導入と業務変革を一体的に推進する意義と、DXをビジネス価値の創出へと確実に繋げるために留意するべきポイントについて説明します。
まずは、企業の経営層がどのような課題認識を持っているのか、KPMG独自の調査データから確認します。上場企業537社のCFOや経理財務部門責任者を対象とした調査「KPMGジャパン CFOサーベイ 2025/26」の結果をみると、「1年前と比べて経営環境の不確実性が高まっている」との回答が62%を占めています。米国の関税政策や為替変動、地政学情勢などさまざまな不確実要素に対し、いかに対応していくかという問題意識の強さがうかがえます。
変動の激しい経済環境や外部環境の不確実性が高いなかでは、経営判断に資する情報の精度向上が求められます。昨今の経営層は、事業部門からの報告に関し、その報告内容は恣意性を含み、課題・原因の追究、施策の影響・リスクに対する評価も不十分であり、即判断できる報告内容に至っていないと感じているケースを多く耳にします。その結果、経営層の間では、一元的に管理されたデータやファクトに基づく事業ポートフォリオ構築といった主体的な判断を支えるダッシュボードのようなツールに対するニーズが高まっています。
一方で、「予実乖離の要因の探求に手一杯で、その先の打ち手議論まで手が回らない」、「業績予測も煩雑で柔軟性がなく、管理工数ばかり増えるがアクションに結び付かない」といった声が寄せられているのも事実です。たとえば予算策定では、担当者による職人技的なノウハウに依存する情報収集や配賦、集計・加工といったプロセスが固定化し、精緻なフォーサイトの作成が困難となるケースが少なくありません。
「KPMGジャパン CFOサーベイ 2025/26」の結果をみると、「CFO管掌業務領域においてDXの成果を享受している」との回答は31%にとどまっています。業務変化の必要性が増す一方で、人的リソースが不足する状況下では、Oracle Fusion CloudのようなSaaS型ERPへの移行を視野に、基幹システムの在り方を構造レベルから見直すことが有効な一手であると考えます。
2.アドオンという「技術的負債」を減らすには
多くの企業では、アドオンやカスタマイズ機能の肥大化により、ERPの開発/運用コストが高く、複雑性も上がるという共通の課題を抱えています。たしかにオンプレミス型の基幹システムが一般的だった時代においては、ERPの標準機能と自社の業務慣習との間にギャップが存在する場合、アドオンによって現行業務をできるだけ変更せず踏襲することを良しとする風潮がありました。しかし、伝票入力のチェック項目やワークフローの承認経路について企業ごとの事情に対応した機能を追加し続けた結果、ERPの複雑性とともに運用・開発・保守のコストが増大し、導入当初に目指していたDXの実現がかえって阻害されるといった現象が生じています。
【これまでのERPの考え方】
SaaS型ERPに移行するにあたり、単に既存のアドオンを新たな拡張開発基盤(OCI)に移植するだけでは、肥大化した工数や保守人員の不足という問題の解決には結びつきません。技術的負債とも言えるアドオンを削減してDXを推進するためには、標準機能に合わせて業務そのものを変革していくFit to Standardの姿勢が肝要です。AIエージェントなどを活用してカスタマイズを効率化すれば、SaaS型ERPへの移行プロセスの短期化・低コスト化も期待できます。
3.業務とデータが整ってこそ、AIは力を発揮する
このようにSaaS型ERPへの移行と業務の標準化によってデータが整流化され、業務プロセスが可視化されてはじめて、AIは属人的な作業を代替し、経営判断に資する分析を担うことができます。
たとえば、予実乖離の要因分析の精度を経営判断に資するレベルまで高めるためには、勘定科目レベルにとどまらず情報をさらに深く掘り下げる必要があります。ただ、多くの現場ではそれを表計算ソフトによる手作業に依存している実態があります。Oracle Fusion Cloudの最大の強みの1つである統合データモデルに膨大なデータを集約し、AIエージェントを活用して解析することで、経営層の新たなアクションに結びつく真因分析が可能になります。製造現場などERPの外にあるデータを必要とする場合には、製造実行システム(MES)などと接続して情報を収集し、深掘り分析を実行するといった仕組みも構築できます。
企業は、伝票入力から分析・思考までをAIエージェントが代替し、それを人間がチェックする「ヒューマンインザループ」の考え方を前提として、AI時代に適した働き方へと変革していくことが重要です。たとえばサプライヤーから届く請求書に添付された請求書データの構造化、属人的なノウハウに基づく伝票チェックの承認作業や製造原価の変動理由に関する分析のAI活用といった施策を推進することで、人間の関与を抑制し、組織全体の業務効率化が実現できます。
【「OracleのERPが目指す世界観」との連動】
ERP本体を極力標準機能で利用し、AIが人に代わり業務実行およびデータ分析・予測する世界観
4.業務変革を導くKPMGの方法論と模範モデル
ヒューマンインザループの思想に根差した世界観を実現することはすでに技術的に可能な状態です。とはいえ、Fit to Standardの掛け声のみで業務を無理に変えようとすれば、現場とのハレーションが生じてDXが停滞する懸念もあります。組織全体が変革を受け入れるためには、明確なビジョンの策定が不可欠です。
KPMGでは、独自の変革方法論「KPMG Powered Enterprise」に基づいて、「VISION(構想策定)」を構築し、「VALIDATE(検証)」「CONSTRUCT(構築)」「DEPLOY(展開)」「EVLOVE(継続的改革)」の各フェーズを段階的に積み上げていくアプローチを推奨しています。私たちが特に重要視しているのが、最初の「VISION」のフェーズであり、戦略、人、組織文化、業務プロセス、制度、ITという6つの切り口で構想を練ることが重要だと考えています。
【Fit to StandardでのERP導入はビジョンが重要】
この方法論を具現化したものが、KPMGが培ってきたナレッジに基づいて模範解答となる標準業務モデルを示した「Target Operating Model(TOM)」です。私たちは業務プロセス、人材、サービス提供モデルなどの観点を包括したこの模範的モデルを見据えつつ、クラウド技術を活用しながらERP導入に向けて実際の業務変革を推進し、さらに導入後においても目指す姿と現実とのギャップを埋める取組みを継続的に支援しています。
【標準業務モデルの適用~KPMGの最先端アセットの活用~】
業務の見直しに向けた検討をこれから始めようとしている企業に対しては、DXプロジェクトの立ち上げを支援する「Oracle AIエージェントワークショップ」を提供しています。ワークショップでは、まずKPMGとOracleが用意しているAIエージェントの機能とその可能性について正しく理解いただいたうえで、現場が抱える具体的な課題を洗い出します。それを踏まえ、AIで解決すべきユースケースを特定し、期待されるビジネス価値などの評価軸に沿って優先順位付けを行った上で、最終的な実行計画の策定までを数回のセッションで集中的に実施します。
このようにKPMGは、構想策定にとどまらず、世界138ヵ国に展開するグローバルのネットワークと蓄積した知見・実績を活かし、DXの検討段階から戦略立案、運用保守に至るすべてのフェーズを継続的にサポートする態勢を有しています。私たちは、「業務変革」「ERP導入」「AI」「グローバル展開」という4つのキーワードが関連する課題に企業が直面される際、これからもその解決への道のりを強力に後押しし、共に歩んでまいります。
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執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 中屋 健一