1.はじめに:CE Actはなぜ注目されるのか
2026年に欧州委員会が公表予定の循環経済法(Circular Economy Act:CE Act)は、EU域内における再生材(二次原材料)の単一市場を確立し、高品質な再生材の需要・供給を両面で促進することを目的としています。本法案は、廃棄物の削減や環境負荷の低減といった従来の環境政策にとどまらず、産業競争力の強化や経済安全保障の確保にも資する政策として位置付けられています。
EUでは近年、循環経済を「資源安全保障や産業競争力を支える手段」として再定義する動きが強まっています。とりわけ、重要原材料(CRM)の域外依存を低減し、廃棄物を域内資源として再活用することで地政学リスクへの耐性を高め、戦略的自律性を確保することを国家戦略として位置付けています。CE Actはその具体化を担う制度として捉えられると考えられます。
こうした戦略を実現するうえで必要となるのが、あらゆる素材におけるバージン材から再生材利用への転換です。しかし現状では、
- 再生材はバージン材に比べて価格競争力に劣る
- 再生材は品質や供給量にばらつきがあり、安定的な調達が難しい
といった構造的な課題から、事業性の担保や市場拡大には至っていません。CE Actは、こうした課題を制度面から解消することを狙いとし構想されました。
注目すべきは、本法がほぼすべての物理的製品を対象とする「横断的な一般法」として機能する点です。従来の環境規制は特定製品群に絞った特別法的アプローチが主流でしたが、CE Actはエコデザイン規則(ESPR)、包装・包装廃棄物規則(PPWR)、電池規則(EUBR)といった既存の規制と連携し、製品横断的な課題を扱う枠組みとなる見込みです。
もっとも、企業が対応すべき循環経済上の要請は、CE Actのみに集約されるわけではありません。実際には、ESPR、PPWR、電池規則、WEEE指令、各種EPR制度などの個別法のなかにも、再生材の利用、製品設計、情報開示、回収・リサイクルに関する義務が分散して組み込まれつつあります。
そのため、CE Actを単独で完結する新規制として捉えるのではなく、EUの循環経済規制群を横断的に把握し、自社の製品・素材・販売地域ごとの影響を一体的に評価することが重要です。
本稿の執筆時点(2026年7月現在)では、対象素材や具体的な再生材含有要件は明らかになっていません。しかし、EUが重点を置いているのは、重要原材料(CRM)、金属、プラスチック、電池材料など、資源安全保障上の重要性が高い分野となります。そのため、企業としては個別素材の該当性や対象範囲を気にするよりも、まずはバージン材依存から再生材活用へ市場を転換させるとの政策方向性を理解することが重要です。
さらに、CE Actは加盟国ごとに差異のある廃棄物の定義や拡大生産者責任(EPR)の運用基準を調和(ハーモナイズ)させることを目指しており、再生材における世界最大級の単一市場を創出することを構想しています。企業にとっては、27ヵ国の異なる国内法に悩まされることなく、統一ルールのもとで戦略を描くことができるため、中長期的な投資と事業計画の予見性が高まる見込みです。
2.企業への影響:4つの領域にわたる変革
CE Actが企業の実務に与える影響は、以下の4つの領域に集約されます。
(1)設計:循環のための設計を標準へ
製品の環境影響の大半は設計段階で決まるといわれています。耐久性・修理可能性・リサイクル性を企画の初期段階から仕様に組み込む「Design for Circularity」が、開発の標準プロセスとなります。単なるリサイクル対応ではなく、廃棄時に容易に分解・素材分離できる設計思想への転換が求められます。
(2)調達:再生材の戦略的確保
再生材の含有義務化やグリーン公共調達(GPP)の基準強化により、調達部門は従来のバージン材依存から脱却する必要があります。品質・供給量・トレーサビリティが担保された高品質な再生材をグローバルに継続確保する、高度な調達戦略の構築が急務です。長期的には、EU排出量取引(ETS)や炭素国境調整措置(CBAM)の強化によりバージン材のコストが上昇し、再生材との価格差は縮小する見通しです。
(3)情報管理:デジタル製品パスポート(DPP)の整備
カーボンフットプリント、再生材含有率、重要原材料の有無といったデータをサプライチェーン全体から収集・連携するデジタル基盤の構築が求められます。DPPは単なる情報開示ツールにとどまらず、修理履歴や耐久性データを証明することで中古製品の残存価値評価やリース・PaaS型ビジネスの融資判断にも活用される「金融レバー」としての側面も持ちます。
(4)回収・リサイクル:エコシステムの構築
強化される拡大生産者責任(EPR)に対応するため、自社製品の回収・処理状況をモニタリングする体制整備が必要です。eWaste(廃電気電子機器)についてはWEEE指令の改正により、重量ベースの回収目標からリチウムやレアアースといったCRMの抽出・回収へと焦点が移ります。自社単独での対応が困難な場合は、生産者責任組織(PRO)やリサイクル専門業者との戦略的提携、あるいは同業他社との共同回収スキームの構築が、コスト効率と規制遵守の両立という観点から必要だと考えられます。
【CE Actが企業の実務に与える影響】
3.実務上の難所
対応を進めるうえで、企業が直面する実務上の難所も明確に認識しておく必要があります。
第1に、再生材のコスト高および品質の安定化への対応です。まず再生材はバージン材に比べて品質が不安定で、試験方法も国ごとに異なります。さらに、現状はバージン材と比較するとコストが高止まりしており、コスト競争力の点で採用しづらい場合が多いです。企業にとっては、中長期的な再生材市場の変化を見据えた調達戦略の見直しや、品質担保のため調達先の選定基準やトレーサビリティの仕組みを早急に整備する必要があります。
第2に、仕向地別対応の戦略設計です。規制が厳格なEU市場と価格競争が激しい他地域との間で、製品仕様をグローバルで統一するか仕向地別に最適化するかという経営判断が求められます。実際、米州や中国・東南アジアなど他地域では異なる産業政策や資源安全保障戦略が展開されており注意が必要です。
一方、資源循環の強化、重要原材料の確保といった課題認識は各国・地域に共通しているため、そういったマクロトレンドを抑えつつも、EUと他地域の相違点を踏まえて製品戦略を練る必要があります。
第3に、データガバナンスの構築です。DPPの実装には、多階層にわたる下請け中小企業から正確な環境データを収集する仕組みが必要です。素材の配合レシピといった企業秘密を保護しながら、当局が求める透明性をいかに確保するかという高度なシステム設計が課題となります。これらの難所は個別の技術的課題ではなく、設計・調達・データ・回収を一体で再構築するビジネスモデル変革の文脈で捉えることであり、実務対応の本質といえます。
【CE Actに対応するうえで、企業が直面する実務上の難所】
4.経営アジェンダとしてのCE Act
CE Actへの対応を「コストを伴う守りのコンプライアンス」と捉えるか、「資源制約時代を勝ち抜く攻めの事業変革」と捉えるかで、企業の未来は大きく分かれます。経営者が認識すべき戦略的含意は、2点に集約されます。
(1)資源安全保障の内製化
重要原材料の第三国依存を減らし、供給網のレジリエンスを高めることは、もはや調達部門の専管事項ではありません。「輸入に頼るバージン材」から「域内で循環する再生材」への資源シフトを経営戦略の中核に据えることが求められます。
(2)ビジネスモデルの再設計
CE Actは、製品の設計、調達、販売、回収・リサイクル、情報管理といったバリューチェーン全体の対応を問い直すことを企業に迫ります。具体的には、再生材の活用を前提としたビジネスモデルへ移行すること、加えてDPPの実装により再生材の品質担保や、マーケティングへの活用を行い顧客への価格転嫁を進めることにより、規制対応コストを競争力向上へつなげられる可能性があります。
また、日本でも循環経済への対応は加速しています。政府は循環経済への移行を成長戦略の1つとして位置付けており、環境省や経済産業省を中心に循環経済市場の形成や動脈・静脈産業連携の促進を進めています。2026年4月には、政府は循環経済への移行に向けた具体的な政策パッケージを取りまとめた循環経済行動計画を発表しています。また、日・EU間でも循環経済に関する政策対話や協力が継続しており、日本企業にとってEUの動向は単なる海外規制にとどまらず、将来的な国内制度や市場形成を考えるうえでも参考になるといえます。
このように、CE Actを経営アジェンダに位置付け、バリューチェーン全体のデータ連携と再生材を中心に据えたビジネスモデルへの転換を両輪で進めることが、資源制約の時代において日本企業が世界市場で存在感を示すことにつながります。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 荒尾 宗明
シニアコンサルタント 青木 佑太朗
シニアコンサルタント 武田 行平