1.はじめに
労働施策総合推進法は、「働き方改革」や「多様性の尊重」など、企業の雇用管理を通じた健全な労働環境の実現を目的とする包括的な法律です。2025年6月4日に「労働施策総合推進法等の一部を改正する法律」が成立し、労働施策総合推進法にはカスタマーハラスメント防止措置義務が、男女雇用機会均等法には求職者等に対するセクシュアルハラスメント防止措置義務が新設されました。いずれの規定も2026年10月1日から施行される予定です。
【2025年に公布された改正法のポイント】
カスタマーハラスメント対策の義務化 | 顧客・取引先等からの過度な言動による労働環境の悪化を防ぐため、事業主に雇用管理上の措置を義務化。具体的な対応は今後、指針で示される予定 |
求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策の義務化 | 求職者等(就職活動中の学生やインターンシップ生等)に対するセクシュアルハラスメント防止措置が義務化。具体的な対応は今後、指針で示される予定 |
男女雇用機会均等法、女性活躍推進法等との整合 | 性別に基づく差別の禁止・防止義務の強化(賃金差・管理職比率の情報公表義務化等の関連規定も改正法に含まれる) |
治療と仕事の両立支援の推進 | 職場における治療と就業の両立支援措置に関して、事業主の努力義務を規定 |
出所:厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」を基にKPMG作成
今回の改正は、単なるハラスメント対策の強化にとどまらず、「人的資本経営」や「働き方改革」を具体的な制度や実務として定着させていく流れのなかで位置付けられます。2024年以降、「人への投資」は抽象的なスローガンではなく、情報開示や社内制度の整備、法令対応を伴う経営課題へと移行しており、2025年から2026年にかけては、その流れを受けた労働関係法令の改正が相次いで施行されています。
2026年は、まず4月1日に女性活躍推進法改正による賃金差・管理職比率等の情報公表義務化や職場における女性の健康支援に取り組む企業を認定する「えるぼしプラス」「プラチナえるぼしプラス」の創設、労働施策総合推進法改正による治療と就業の両立支援の努力義務化が施行されます。そして同年10月1日からはカスタマーハラスメント対策や求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策も義務化されることから、企業には人事・労務、採用、現場運営、経営管理を横断した対応が求められています。
2.「ハラスメント規制」をめぐる背景
近年、顧客等による著しい迷惑行為への対応は、自治体においても先行して進められており、東京都では「カスタマー・ハラスメント防止条例」が2025年4月1日に施行されました。こうした流れを受け、2025年改正法により、国レベルでもカスタマーハラスメント防止措置が法定化され、2026年10月1日から事業主に義務付けられます。
いわゆる「就活セクハラ」については、男女雇用機会均等法の改正により、求職者等に対する防止措置が2026年10月1日から事業主の義務となります。ここでいう「求職者等」には、企業の求人に応募する者だけでなく、事業主が実施する労働者の採用に資する活動に参加する者(会社説明会・面接・OB訪問等に参加する学生等)や、教育実習・看護実習その他の実習を受ける者も含まれます。
2026年2月26日には、厚生労働省が「カスタマーハラスメント防止指針および求職者等に対するセクシュアルハラスメント防止指針」を公布しており、方針の明確化・周知、相談体制の整備、事実確認、被害者への配慮、再発防止、プライバシー保護、不利益取扱いの禁止など、事業主が講ずべき具体的措置が示されています。
さらに、この関係告示の整備にあわせて、既存のパワーハラスメント防止指針等も見直されました。厚生労働省資料では、いわゆる「自爆営業」(従業員が自社商品を自費購入させられるような行為)や、従業員の性的志向・性自認(SOGI)に関するカミングアウトの強要・禁止について、一定の要件を満たせばパワーハラスメントに該当し得ると整理されています。
こうした見直しは、ハラスメント対策が単なる「労務管理」ではなく、人の尊厳や安全を守るための「人権対応」として位置付けられていることを示すものといえます。国際的にも、EUの「企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」など、企業に人権デュー・ディリジェンスや苦情処理メカニズム(グリーバンスメカニズム)の設置を求める制度整備が進んでおり、今回の改正にともなう社内制度の見直しは、ESGの側面で実施している取組・制度とも整合的に整備することが重要です。
3.規制対応の意義とリスク、企業にとっての論点
人事・総務・法務部門にとって、今回の改正は労務リスク管理と企業価値向上の両立を目指す重要な転換点です。義務化要素が拡大することで、企業の内部体制・運用実務にも具体的な対応が求められます。以下に、指針で求められるものを中心に代表的な対応施策を述べます。
- ハラスメントを許さない方針(内容・対処方針含む)の明確化と周知・啓発
- 相談窓口の設置・周知および適切に対応できる体制整備
- プライバシー保護と不利益取扱い禁止の明確化・周知
- 事実関係の迅速・正確な確認と被害者への配慮
- 行為への適切な対処および再発防止措置の実施
- (カスタマーハラスメント)悪質事案への対応方針の事前設定・体制整備
- (求職者等)採用活動に関するルールの明確化・周知
- 相談・対応記録の蓄積・分析(指針の要求事項ではないが、実効性確保の観点から有効)
今回の改正は、ハラスメント対策を形式的な制度整備にとどめるのではなく、「職場の安全」と「相互尊重」を組織に根付かせ、実効性ある運用へと移していくことを求めるものです。
今後は、規程の整備に加え、教育・研修、相談対応、記録・分析、再発防止といった実務面での運用がこれまで以上に重要となります。そして、こうした措置義務への対応が不十分な企業には、行政から勧告等の是正指導(従わない場合は企業名公表の可能性)を受けるリスクもあります。企業としては、現行の指針やガイドラインと自社の運用実態とのギャップを早期に洗い出し、実践的な対応計画を策定・実行していくことが求められます。
他方で、こうした対応は単なる規制対応として捉えるべきものではありません。人材不足が深刻化するなか、安心して働き続けられる職場環境を整備し、従業員の定着やエンゲージメントの向上につなげることは、「人への投資」として企業価値の向上にも直結する重要な経営課題です。コンプライアンス対応と人材定着施策の両面を踏まえ、計画的かつ実効性のある取組みを推進することは、企業の持続的成長に資するものと言えます。
※本稿の図表の参考資料は以下のとおりです。
- 厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 荒尾 宗明
マネジャー 吉田 愛子
シニアコンサルタント 中畑 良丞