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      企業のIT投資は、DX推進などを背景に増加傾向にあります。IT投資の拡大に伴い、システムの保守費用やクラウド利用料などのIT運用コストも着実に積み上がっていきます。IT運用コストは一度増加すると恒常的な支出となりやすく、時間の経過とともに“根雪”のように積み重なり、企業経営に与える影響は無視できないものになります。とりわけ社会インフラ的役割を担う金融機関では可用性要求が高く、結果としてIT運用コストが増加しやすい傾向にあります。

      一方で、IT運用コストは契約条件や利用状況に左右される特性を持ち、将来の支出を正確に見通すことが難しい費目でもあります。支払タイミングが不定期であったり、従量課金型で利用量に応じて変動したりするケースも多く、結果として予算と実績の乖離が生じやすくなります。
      このため多くの企業においては、「予実が当たらない」「期中に適切な判断ができない」といった問題が慢性化しています。

      本稿では、こうした課題を単にプロセス・ツールの問題としてだけではなく、予実管理が機能しなくなる“構造”として捉え直すことで、IT運用コスト管理の高度化を組織的に実現するための考え方を整理します。

      なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

      【IT運用コストの対象(例)】
      Japanese alt text: 金融機関の継続的成長を支えるIT運用コストの管理高度化_図表1

      <ポイント>

      • IT投資の拡大により、予測が難しく“根雪化”しやすいIT運用コストが経営への影響を増している。また予算と実績に乖離が生じやすいことが、経営上の不可避の課題となっている。
      • 多くの企業で予実管理の高度化が進まない背景には、構造的な課題が存在する。これらが重なり合うことで、予実乖離が是正されない状態に陥りやすい構造になっている。
      • 予実管理の高度化を実現するには、個別施策の積み上げではなく、組織的な能力整備が求められる。プロセス・ツール・データ・ガバナンスの4つの切り口で、順序性を持って取り組むことが重要となる。IT運用コストの予実管理は、精度だけの問題ではなく、組織能力の問題である。


      1.必要性が高まるIT運用コストの管理高度化

      総務省の「我が国の情報化投資の推移」によると、企業のIT投資は依然として増加傾向にあります。DXやAIなどの技術導入が進むなかで、表面的には「攻めのIT投資」が活発化しているように見えます。しかし、経済産業省の「DXレポート2.2」では、投資の多くが既存システム刷新や業務効率化といった“守りのIT投資”に偏っていることが報告されています。守りのIT投資は事業のトップライン向上に直結しにくく、短期的なリターンが見えづらい一方で、これらに紐付くIT運用コストは年々積み上がっていきます。しかもIT運用コストは、一度増加すると容易には減らず、中長期的に企業のITコストの大部分を占めるようになります。IT投資の裏側で、こうした“根雪化したコスト”が企業負担を徐々に押し上げていく構造が形成されています。

      とりわけ金融は決済や資金仲介を通じて社会インフラとしての役割を担っており、システム停止が社会や経済活動に及ぼす影響は極めて大きいと言えます。そのため金融機関のITシステムには、常時稼働を前提とした高い可用性が求められ、冗長構成や即時切替を可能とする運用体制の整備が伴います。こうした高可用性を実現するための重層的な冗長化やシステム構成の維持は、IT運用コストが増加しやすい傾向につながります。

      一定規模に達したIT運用コストは、経営において無視できない支出項目となるため、当然ながら予算と実績にもとづく予実管理が求められます。今期どれだけの運用コストが発生するのか、来期に向けてどの程度増減するのかを見通せなければ、経営判断や投資配分が適切に行えません。しかし、IT運用コストは契約条件や利用状況に左右されるため、将来の支出を正確に見積もることが難しい費目です。たとえば支出タイミングが不定期のものや、使用量や頻度で変動するものがあります。その結果、予算と実績に乖離が生じやすく、「予実が当たらない」「期中で軌道修正ができない」といった問題が慢性化しています。

      こうした背景から、IT運用コストの予実管理を高度化する必要性が、これまで以上に高まっています。一方で、管理高度化が実現できれば、期中の調整や説明対応に追われることなく、安定したコストコントロールが可能になります。さらに、コスト管理業務の効率化によって人員配置やリソース配分の見直しが進み、「守りの投資」を適切に管理しながら「攻めの投資」に踏み出すための基盤を築くことができます。

      2.管理の高度化がうまく進まないのはなぜか?

      多くの企業が予実管理の高度化に向けた取組みを進めていますが、思うような成果が得られていないケースは少なくありません。複数の金融機関へのヒアリングやプロジェクト経験を通じて明らかになってきたのは、予実管理がうまく機能しない背景には、個別施策の不足ではなく、構造的な課題が存在しているという点です。

      本章では、予実管理の高度化が進まない理由を、3つの観点から整理します。

      (1)予算・見込みの予測精度不足

      第1の観点は、予算および着地見込みの予測精度が上がらない構造です。

      新規案件においては、各案件の推進担当者が予算を策定しますが、IT運用コストは従量課金型のクラウドサービスをはじめ、利用量に応じて変動する等の前提条件が多く、サービスリリース前の段階で1年後、2年後の利用状況を正確に見通すことは容易ではありません。この不確実性を背景に、案件推進時の不足を避ける目的で、見積もりにバッファを積む行動が常態化しやすくなります。

      一方、継続案件、いわゆる“根雪”コストについては、保守費やサービス利用料が自動更新されるケースが多く、金額に大きな変動がなければ、過去に作成した見積額がそのまま踏襲され続ける傾向があります。いわば見直しや牽制が十分に行われないまま承認される状態となり、精度向上の機会が生まれにくくなっています。加えて、継続案件において予算管理の責任主体が案件推進担当者から予実管理担当者へと事実上代替されている場合、案件理解にもとづく見直しや牽制が十分に機能せず、予測精度を改善するためのサイクルが回らなくなる懸念もあります。

      このように、不確実性の高い見積環境と、責任・判断基準の不明確さが重なり合うことで、予算・見込みの精度が構造的に上がりにくい状態に陥っています。

      (2)着地見込みの把握不足・更新遅延

      第2の観点は、着地見込みの精度を高めるための情報構造や運用が十分に整っていない点です。

      期中の着地見込みを正確に把握するためには、請求書に基づく支払実績と予算を一意に紐付け、支払い済みと残発注を切り分ける消込作業を行ったうえで、予算の費消状況を適切に把握する必要があります。しかし多くの企業では、予算と実績を紐付ける管理単位やコード体系が定まっておらず、データ構造として一貫性を欠いています。請求書が複数のサービスやハードウェアをまとめた単位で発行されるなど、予算側の管理単位と一致していないケースも多く、消込作業そのものが困難になりがちです。さらに、予算と実績が別の部署やシステムで管理されている場合、情報の受け渡しに時間を要し、見込みの修正が後手に回ってしまいます。

      加えて、残発注分の見込みについても、更新や費消把握に関する責任、プロセス、運用ルールが十分に定着していないため、情報がリアルタイムに反映されません。その結果、見込み額の正確性が維持されなくなり、着地見込みの精度を継続的に改善するためのサイクルが確立されづらい状態に陥ります。

      (3)意思決定、および是正アクションのプロセス整備不足

      第3の観点は、情報が意思決定や乖離是正のアクションにつながらない構造です。

      予算・実績・見込みが適切に紐付いていない状況では、集計や分析に時間がかかり、情報の可視化が遅れがちになります。その結果、管理部門内で情報が滞留し、意思決定者が全体像を把握できないまま期中を過ごすケースが少なくありません。

      さらに、乖離が生じた場合に「誰が・どのタイミングで・どのような判断を行うのか」といった意思決定プロセスが設計されていないため、見込み精度を高めたとしても、円滑な行動へとつながりません。たとえば、予算超過の可能性が定量的に示されていても、意思決定者が個別に収集した定性的な情報を加味し、判断やアクションを保留するケースも見られます。関係者が共通の情報をもとに同じ前提で議論できていないことが、迅速な是正を妨げています。

      以上の3つの観点は独立した問題ではなく、相互に影響し合いながら予実管理を機能不全へと導いています。次章では、これらの構造的な課題を踏まえ、IT運用コストの予実管理を組織的に高度化するためのアプローチについて整理します。

      【管理の高度化がうまく進まない事由の構造整理(例)】
      Japanese alt text: 金融機関の継続的成長を支えるIT運用コストの管理高度化_図表2

      3.管理高度化へのアプローチ

      IT運用コストの予実管理が機能しない最大の要因は、ツール不足や担当者の知見不足などではなく、各関係者の責任範囲を明確にしたうえで、それぞれの立場から収集された情報を基に円滑に集計を行い、適切に意思決定するという組織的な機能の設計不全です。

      では、どのようにIT運用コストの「管理高度化」を実現すればよいのでしょうか。闇雲にツール導入やルール整備を進めても、部分的な改善にとどまり、全体としての効果を最大化することは困難です。重要なのは、前章で整理した構造的な課題を踏まえ、現状と「ありたい姿(To-Be)」とのギャップを明確にしたうえで、適切な順序と中長期的な視点を持って取り組むことです。その際、まず組織として目指す予実管理の姿を定義し、その実現に必要な能力(ケイパビリティ)を段階的に整備していくことが有効です。

      本章では、IT運用コストの管理高度化に必要となるケイパビリティを、「プロセス」「ツール」「データ」「ガバナンス」の4つの切り口で整理します。

      (1)プロセス

      案件推進担当者が作成する予算額や着地見込み額の精度向上を目的として予実管理の作業に従事したうえで、予実管理担当者が業務プロセスに組み込まれることで牽制が機能するケイパビリティが必要です。予算や着地見込みの精度向上には、単に見積手法を高度化するだけでなく、「誰が作り、誰が牽制するのか」という役割分担をプロセスとして定義することが不可欠です。

      予算の作成、実績との紐付けによる乖離分析、四半期ごとの着地見込み作成は原則として案件推進担当者が新規案件、および継続案件双方を担い、その内容が過度なバッファを含んでいないか、前提条件が妥当かを予実管理担当者がレビュー・牽制するプロセスを明確に設けます。

      つまり、予実管理担当者が案件推進担当者の考慮漏れの補填作業を行うのではなく、予実管理のプロセスを、案件推進担当者自身の予測精度を高めることに主眼を置いた牽制プロセスへ転換することが求められています。

      (2)ツール

      案件推進担当者および関係部門が、分析・可視化を行うためのツールを具備し、コスト管理に必要な情報へアクセスできるケイパビリティが必要です。予測や残発注管理を支える分析・入力ツール、ならびにダッシュボードの実装が必要となります。具体的には案件推進担当者が予算や見込みを更新するためには、従量課金サービスの利用状況や、残発注分の金額・発生時期といった情報を容易に把握・入力できる環境が必要です。

      加えて、予算の費消率や乖離状況を関係者が同じ前提で把握できるよう、ダッシュボード等による視覚的な可視化を行うことで、意思決定に必要な情報提供のタイミングを早めることができます。

      (3)データ

      年初に作成した予算、期中で更新する着地見込み、請求書に基づく支払実績に係るコード体系・データ構造が確立され、双方を一意に紐付けられるケイパビリティが必要です。管理高度化の基盤となるのがデータの整合性です。予算・見込みと実績を紐付けるユニークキーや管理単位が定まっていなければ、消込や分析は属人的・後追い作業にならざるを得ません。

      コード体系を整理し、予算登録時点から実績との紐付けを前提としたデータ構造を設計することで、費消状況の把握や着地見込みの更新を効率化できます。これにより、予実管理は単なる「集計作業」ではなく「判断のための情報提供」という価値を有することになります。

      (4)ガバナンス

      案件推進担当者が明確な職責・権限を持ってコスト管理業務に従事し、組織として予実管理の精度向上に取り組める体制を整備するケイパビリティが必要です。予実管理の高度化は個人任せでは実現しません。トップダウンでIT運用コスト管理の重要性を認知させ、案件推進担当者に職責と権限を付与するとともに、関係部門にも役割を明確に割り当てる必要があります。具体的には、予算精度を部のKPIに含めるなどが挙げられます。

      精度向上を目的とした組織目標を設定し、その達成に向けた体制整備を進めることで、予実管理を一過性の取組みではなく、継続的に改善される業務プロセスとして定着させることが可能になります。

      管理高度化を実現するには、これら4つの切り口の依存関係と順序性に留意することが重要です。短期的な成果を求めつつも、中長期での定着を前提に、Can-BeとTo-Beを描きながら、プロセス・データ・ツール・ガバナンスを段階的に整備していくことが現実的なアプローチと言えるでしょう。こうした道筋を組織にとってわかりやすい「地図」として示し、着実に実行していくことが、IT運用コスト管理高度化の鍵になります。

      IT運用コストの予実管理は、単なる作業精度の問題ではなく、組織能力にかかわる問題です。したがって、これらの組織的なケイパビリティは、短期間で一気に実現できるものではありません。長期的な視点に立ち、関係者が共通の「地図」を用い、全社的な取組みとして着実に進めることが肝要です。

      このようなケイパビリティを組織が持つことは、組織変革を促し、その過程を含めた成功体験こそが、企業の持続的な成長を支える重要な一歩になるのではないでしょうか。

      【地図(組織のケイパビリティ)のイメージ図、および地図を用いる事由】
      Japanese alt text: 金融機関の継続的成長を支えるIT運用コストの管理高度化_図表3

      執筆者

      KPMGコンサルティング
      パートナー 竹田 信弘
      マネジャー 杉本 隆史

      産学官民金共創で未来を構想するFinancial Biotoping 第1回

      バックキャスティングで未来を創造することの必要性と金融サービス業界を待ち受ける未来社会の全体感について解説します。

      DXの効果を最大限に引き出すため、システム開発と並行したIT部門の運営機能強化を支援します。

      「攻め」と「守り」の両面から金融分野におけるあらゆる変革を支援します。

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