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      1.都市の“価値観”が産み出すイノベーション
      アムステルダムでは、アートを都市価値と捉える文化、「スクウォッタリング」に象徴される寛容さ、起業家やフリーランスを支える教育・社会制度が相まって、多様な創造活動とイノベーションを生み出す独自の都市環境が形成されています。

      2.“交通”をデザインするアート思考
      アムステルダムでは、自転車専用道の徹底整備や大規模駐輪場、昇降式ボラードによる強制的ゾーニングなど、人間中心の交通設計が文化として根付いています。また、多様なモビリティ事業者が時間をかけて共通データ基盤を整備し、公共交通はタッチ決済で統一され、利用者体験が高い水準で統合されるなど、イノベーティブで大胆な交通アイディアが生まれる土壌があります。一方、日本ではインフラ不足のままルールが先行するなど、実験的モビリティの受容性には差があります。

      3.未来志向でイノベーションを起こせる日本へ
      日本が持続的イノベーション偏重から脱却し、破壊的イノベーションを生み出すためには、挑戦を後押しする教育・働き方・制度設計への転換と、産官学の垣根を低くする越境的人材循環の常態化が必要です。加えて、実験的モビリティや新技術を社会実装まで運ぶための合意形成と検証の“場”を拡充し、成功事例を継続的に積み上げることが、国全体のアップデートへつながります。


      都市はどのようにして、人とモノの「動き」を創造性の源泉へと変換しているのでしょうか。アムステルダムの街を歩くと、その答えが日常の風景のなかに自然に埋め込まれていることに気付きます。街中に張り巡らされた幅広の自転車専用道、都市の主要な交通結節点に位置するアムステルダム中央駅に併設された巨大な駐輪場、そして時間帯や用途に応じて都心の流れを制御する昇降式ボラード。これらの仕組みは、モビリティが都市の生産性や快適性、人々の創造性を同時に押し上げる「設計思想」として機能していることを示しています。

      その背景には、正解よりも挑戦を尊ぶ文化と、それを受け止める社会実験への高い許容度があるように感じます。

      本稿は、2025年9月に日本都市計画学会スマートシティ特別委員会の一員として、筆者が参加したアムステルダム視察で得た気付きを、モビリティの専門家としての視点からまとめたものです。執筆にあたっては、今回の視察を案内くださった、オランダ在住の日本人建築家・根津幸子氏の著書『アムステルダム ボトムアップの実験都市(2025年、学芸出版社)』を、ご本人の許諾を得たうえで随所で参照しました。

      また本レポートは、海外都市のモビリティを取り上げたシリーズの第3回にあたります。2024年のバルセロナ編「市民参加型の先端実験都市、バルセロナの多様なモビリティ」、2025年のハンブルク編「ハンブルクから学ぶ日本の都市交通とモビリティの未来」と併せてご覧いただくことで、欧州都市におけるモビリティの潮流をより立体的に理解していただけるものと考えています。

      なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りしておきます。



      1.都市の“価値観”が生み出すイノベーション

      利益よりもアートを

      オランダでは建築・アート・デザインなどのクリエイティブ分野を国として積極的に支援しており、財政的なサポート制度も充実しています。下記の写真にある、NDSMヴェルフと呼ばれる造船所跡地を活用した広大な開発地域の中心には、巨大な倉庫をリノベーションしたアートビレッジがあります。その外壁に描かれた「MAKE ART NOT €」のメッセージは、アートを経済の副産物ではなく都市価値そのものとして位置付けるアムステルダムの文化を象徴しているように思います。

      自然との共生や人間らしい生活を重んじる、いわばポスト資本主義的な価値観が都市づくりの根底にあることを現地で強く感じました。

      【NDSMワーフのアートビレッジ】
      Japanese alt text: アムステルダムの「創造的まちづくりとモビリティ」_写真1 出所:執筆者撮影

      「スクウォッタリング」という文化

      日本では馴染みの薄い慣習として、「スクウォッタリング(Squatting)」と呼ばれる動きがあります。これは、放置され廃屋化した建物を人々が“非合法に”占拠し、一定期間使用し続けることで、やがて使用権が主張できるようになる、という現象を指します。行政にとっても、空き倉庫や工場を放置することは治安面で好ましくなく、維持管理にもコストがかかります。そこに住宅不足という追い風もあり、芸術家や個人事業主が創意工夫で空間を改装し、独創的な場として再生させてきたという歴史があります。

      2010年以降警視庁の中央政権化に伴い、それまでは“グレーゾーン”だったスクウォッタリングは違法化されましたが、今でも空き家がスクウォットされることがあるようです。なお、上述のNDSMの倉庫はアーティストやデザイナーが立ち上げた団体が正式なプロセスで入札し、合法的に再生に取り組んだケースです。

      個人の選択を尊重する文化が根付き、世界的に見ても自由度の高い制度を有するアムステルダムにおいて、この“ゆるさ”や“あいまいさ”は都市文化の一側面として感じられました。

      起業家・フリーランスが多く、プレゼンテーションスキルの高い国民性

      滞在中、アムステルダムでイノベーションをリードするDepartment of Innovationの職員、そしてサーキュラーエコノミーにかかわる非営利組織「CIRCLE ECONOMY」の担当者と意見交換する機会がありました。誰もが、自分たちの取組みの目的、背景、価値を簡潔かつ論理的に説明し、その高いプレゼンテーションスキルに驚かされました。

      オランダでは初等教育の段階から「自分の考えを持ち、それを相手にわかりやすく伝える」ことを重視したカリキュラムが組まれているとのことです。そのため、AMS Instituteの「8の字モデル」や、英国発の「ドーナツ経済学」のようなフレームワークも市民に浸透しており、複雑な課題でも整理して議論できる素地が育まれています。これにより、多くの利害関係者を巻き込む都市課題の調整がスムーズに進んでいるように感じました。

      さらに、起業家やフリーランスの割合が高いことも特徴です。日本では正規・非正規の格差が課題となっていますが、アムステルダムでは社会保障制度の充実もあって、一定の年齢を境として、組織に属するよりフリーランスの方が好待遇であるケースも多いそうです。家族との時間を優先するライフスタイルを選ぶ人が多いことも、フリーランスが多い背景にあると聞きました。こうした自由な働き方も、発想の豊かさの源泉かもしれません。

      2.“交通”をデザインするアート思考

      “自転車ファースト”のまちづくり

      アムステルダムの「自転車ファースト」への徹底ぶりは、欧州の他都市と比べても群を抜いているように感じました。平坦な地形と運河が多い街の特徴も後押しし、市内には約800kmの自転車専用道が張り巡らされています。人口より自転車の保有台数が多いと言われるほど、日常の移動は自転車中心です。

      自動車は時速30kmの速度制限がある一方で、自転車レーンは幅広で、市の職員によれば“広ければ広いほどよい”という文化があるそうです。また、自動車と自転車の事故の際、自転車側に過失があっても車が責任を負うケースが多いそうです。

      現在の自転車文化の背景には、1960年代から続く「車か自転車か」の市民議論があり、2010年代以降の投資で一気に整備が進んだと言います。自転車は安価で健康的、環境にも優しく、遅延の多いバスやトラムよりも早く確実に移動できます。“自転車ファースト”が、制度というよりも、「人間らしい移動」を合理的に捉える文化、哲学として定着していることを感じました。

      【幅広の自動車レーン】
      Japanese alt text: アムステルダムの「創造的まちづくりとモビリティ」_写真2 出所:執筆者撮影

      巨大戦艦のような自転車置き場

      下記の写真はアムステルダム中央駅近くの巨大な駐輪場です。運河側に7,000台、川沿いに4,000台と圧倒的な規模で、空きスペースを示すランプまで設置されています。修理ショップやレンタルも併設され、まさに“自転車国家のインフラ”です。

      アムステルダムから南に40kmほどのところにあるユトレヒト中央駅には世界最大規模の駐輪場があるとのことで、自転車での移動の充実に注力するオランダの“本気度”を実感しました。

      【アムステルダム中央駅近くの広大な駐輪場】
      Japanese alt text: アムステルダムの「創造的まちづくりとモビリティ」_写真3 出所:執筆者撮影

      象徴的な“人間中心”設計の昇降式ボラード

      アムステルダムでは、車を通行させるかどうかを時刻やイベントに合わせて切り替える昇降式ボラードが多用されています。一定の時間になると地中から赤いランプ付きの支柱がせり上がり、車を物理的に止める仕組みです。

      国土交通省「ライジングボラード事例集」によると、日本でも新潟市などに導入例はありますが、安全面配慮で柔らかい素材が多く、アムステルダムのような“強制力のあるゾーニング”とは印象が異なります。

      【昇降式ボラード】
      Japanese alt text: アムステルダムの「創造的まちづくりとモビリティ」_写真4 出所:執筆者撮影

      運河を横断する無料フェリー

      滞在中、印象的だったモビリティの1つが、無料で高頻度に運行されるフェリーです。到着と同時に大量の自転車が一斉に走り出す光景は、アムステルダムならではでしょう。フェリーは公共交通というより、“橋と同列の都市インフラ”として扱われています。橋やトンネルをつくるより低コストで、需要に応じた運行調整が可能なため、最も頻度の高い路線では、ラッシュ時には4分間隔で運行しているそうです。

      無料フェリーが、“海運都市”アムステルダムにおいて利用者体験の公平性を保つための重要な政策として機能していることが理解できました。

      【無料で運行するフェリー】
      Japanese alt text: アムステルダムの「創造的まちづくりとモビリティ」_写真5 出所:執筆者撮影

      議論の積み重ねによる共通データ基盤の形成

      オランダでは自動車、自転車、レンタカー、給油など多様なモビリティ事業者が1つの団体をつくっており、利害が異なるモビリティ事業者が共通のデータプラットフォームをつくるまで数年かかったとのことです。

      大企業や交通事業者が多数存在する日本では、同様の仕組みをつくることはより難しいと予測されますが、オランダは「時間をかけても合意形成を徹底する」文化があり、それが全国で統一的なユーザー体験につながっているのだと思いました。

      クレジットカードのタッチ決済が導入された公共交通

      アムステルダムでは、鉄道・地下鉄・トラム・バスなど公共交通がクレジットカードのタッチ決済で乗車可能です。海外、言語や切符の種類など、券売機で迷う必要がなく、旅行者にとって非常に快適です。改札のタッチ決済は日本でも導入が進んでいますが、事業者が多く乗り継ぎが複雑なため、すべての公共交通における統一された仕組みの導入には時間がかかると予想されます。

      革新的で斬新なモビリティ

      滞在中、デルフト工科大学のDigital Rail Traffic Labの共同ディレクター、Egidio Quaglietta博士から、人口減少地域の移動課題に向けた新しいモビリティの構想を聞きました。その一例が、Autonomous on-demand rail podです。利用が減った鉄道軌道に、旅客・貨物を載せられる小型オンデマンド車両を走らせ、高速道路の混雑緩和やCO2排出削減、地方路線の収益改善をねらうという発想です。日本でも有効性は見込めますが、安全最優先の鉄道事業では導入判断が慎重にならざるを得ません。なお彼は「こうした革新的なコンセプトにおいても安全性は常に最優先であり、イノベーションが安全を犠牲にすることはない」と強調しており、彼との議論を通じて欧州の自由で創造的な発想を改めて実感しました。

      【Autonomous on-demand rail pod】
      Japanese alt text: アムステルダムの「創造的まちづくりとモビリティ」_図表1 出所:RailEvo.com

      インフラが先かルールが先か

      日本では道路交通法の改正により、2026年以降自転車の通行区分や自動車の速度規制が強化されます。しかし、アムステルダムのように自転車専用道が十分に整備されているわけではなく、ゾーニングの標識もわかりづらい場合が多くあります。“ルールだけを先に変えても、インフラが追いつかない”状況は、市民行動の変化を阻む可能性のある課題だと感じました。

      3.未来志向でイノベーションを起こせる日本へ

      これまで本シリーズでは、下記のテーマで考察をしてきました。

      • バルセロナ:市民協働で進化する都市づくり
      • ハンブルク:地方自治と財政支援が支える先進的モビリティ

      今回取り上げたアムステルダムは、正解より挑戦を重んじる文化と、社会実験を受け止める高い許容度によって、新しいモビリティが次々と生まれる街です。同市から学べるポイントを、以下に整理します。

      破壊的イノベーションを産む文化を醸成する

      故クレイトン・クリステンセン教授は『イノベーションのジレンマ』(翔泳社、2001年)で、日本経済が抱える構造的課題を早くも指摘していました。これまでも日本は既存の価値を磨く「持続的イノベーション」は得意な一方、新しい市場を生み出す「破壊的イノベーション」は不得意とされてきました。

      アムステルダムでは、以下の文化が新しい都市づくりの駆動力になっていると考えられます。

      • 子どもの頃からの「考えを言語化する教育」
      • ライフステージに応じた働き方
      • 自由で柔軟な発想を後押しする土壌

      日本も同様に、草の根からイノベーション文化を育てる必要があります。

      たとえば、KPMGが慶應義塾大学で開講している寄附講座「スタートアップとビジネスイノベーション」では、これまで4,000名超が受講し、海外で活躍する連続起業家も生まれています。

      産官学の連携を加速する

      新しい取組みを実現するうえで、産官学連携は不可欠です。ただし、立場ごとの価値観や強み・弱みの違いから、協業が進みにくい現実もあります。

      欧州では労働市場の流動性が高く、フリーランスや個人の起業家が多いのに加え、官/民間/NPO間などのキャリア移動が日常的に行われているという背景があり、“組織の垣根”が低いと感じます。

      日本でも、人材交流、越境学習、共同研究、プロジェクトベースの協働など、産官学連携を“日常化”させる取組みが始まっていますが、さらに加速させる必要があると感じます。

      【産官学連携の課題】
      Japanese alt text: アムステルダムの「創造的まちづくりとモビリティ」_図表2 出所:KPMG作成

      新しいモビリティへの大胆な挑戦

      欧州の官民における関係者に共通するのは、未知の技術を積極的に試す姿勢です。

      日本では前例踏襲やリスク回避が優先されがちですが、モビリティの課題、特に地方の人手不足や移動困難者への対応には、新しい挑戦が欠かせません。

      モビリティの課題解決の手段として自動運転技術が注目されていますが、アメリカや中国ではいわゆるロボットタクシーがすでに実用段階に入っています。日本においても、全国で数多くの自動運転実証事業が行われ、そのうちのいくつかは地域住民の新たな足として定着しつつあります。

      モビリティ業界全体での注目の取組みとして、「Toyota Woven City」など未来都市への挑戦も始まっており、大きな期待が寄せられています。

      KPMGでも、日本の地方部における持続可能なモビリティエコシステム構築についての取組みを進めており、帯広京都の取組みは日本自動車会議所のCSP大賞での受賞履歴があります。

      こうした成功事例の積み重ねが、日本全体のアップデートにつながると、筆者は考えます。

      “未来を創る”という意思を共有する

      “失われた30年”と言われる長期停滞を踏まえ、日本は構造転換の段階にあると考えます。高市政権は「挑戦しない国に未来はない」を掲げ、研究開発・スタートアップ支援や人材の流動性向上など、挑戦を後押しする政策を進めています。

      今必要なのは、産官学が共通目標を定め、実証と社会実装を加速することです。KPMGも、知見と実務支援を通じてその推進に寄与していきたいと考えます。

      執筆者

      KPMGコンサルティング
      プリンシパル 倉田 剛

      倉田 剛

      KPMGジャパン インフラストラクチャーセクター 運輸・物流・ホテル・観光セクター統轄リーダー/KPMGコンサルティング プリンシパル/KPMGモビリティ研究所コアメンバー

      KPMGコンサルティング

      「運輸連合」の発祥の地として知られるドイツ・ハンブルク視察を通じた、欧州最先端のモビリティ事情に関する考察レポートです。

      慶應大で2022年から続くKPMGコンサルティングの寄付講座「スタートアップとビジネスイノベーション」。若手起業家を交えて講座の意義や展望を語りました。

      グローバルに広がるネットワークを活用し、モビリティを中心とした新産業分野における新たな価値の創造、幸せに暮らせる社会の実現に貢献します。


      KPMGコンサルティング

      戦略策定、組織・人事マネジメント、デジタルトランスフォーメーション、ガバナンス、リスクマネジメントなどの専門知識と豊富な経験から、幅広いコンサルティングサービスを提供しています。

      Japanese alt text: KPMGコンサルティング