(参考)事業再生ADRと早期事業再生法の比較
目次
はじめに
近年、日本企業を取り巻く経営環境は大きく変化している。コロナ禍以降の企業債務の増加、金利環境の転換、原材料価格の上昇等を背景に、事業価値を毀損させることなく早期に再生に着手し、これを迅速に遂行するための制度的枠組みの必要性が高まっている。こうした問題意識のもと創設されたのが「早期事業再生法」である。
同法は、2026年3月に早期事業再生法検討ワーキンググループの取りまとめが開示され、制度の方向性が示された。今後は省令・告示・Q&Aの整備、パブリックコメント手続等を経て、同年12月中の施行が予定されている。筆者は、同ワーキンググループの委員として議論に参画しているが、本稿は、経済産業省から公表されている資料及び早期事業再生法で定められた内容に基づき、実務家の視点から制度の特徴と実務への影響を整理する。
本制度の特徴
第一に、金融債権者の多数決により債務の権利変更が可能な点である。従来の事業再生ADR等の準則型私的整理では、全員同意が前提であり、一部債権者の反対で再生計画が成立しない「ホールドアウト問題」が制約となっていた。本制度では議決権総額の4分の3以上の同意により可決し、裁判所の認可により反対債権者にも効力が及ぶ点において、合意形成の予見可能性と実効性が大きく向上する。
第二に、私的整理と法的整理の中間に位置付けられる制度である。対象債権は金融機関等が有する貸付債権等に限定され、商取引債権は対象外とされる。非公開で手続が進められる一方で、多数決による権利変更を前提として裁判所が後見的に関与する。すなわち、私的整理の柔軟性と法的整理の拘束力を併せ持つハイブリッド型の制度である。
第三に、窮境前段階からの利用が可能な点である。例として、「2年以内に支払不能に陥る可能性が高い場合」や「低収益又は赤字が継続し、将来的に元本償還ができなくなる恐れがある場合」などがあげられており、事業価値の毀損を回避しつつ再生の選択肢を広げることが意図されている。また、一時停止(モラトリアム)についても、指定確認調査機関の関与により、従来のように全員合意を要せず、機動的な対応が可能となる。
実務への影響
第一に、準則型私的整理との使い分けが重要となる。従来どおり事業再生ADR等により全員同意を目指し、未達時に本制度を活用することも考えられる。一方、同意形成の不確実性が高い案件や債権者数が多い案件等では、本制度が有力な選択肢となる。今後は案件特性に応じた手続選択がより柔軟に行われると想定される。なお、実務や手続の信頼が高まれば、早期事業再生手続を直接選択するケースも増えるだろう。
第二に、再生着手の早期化と実効性の向上である。私的整理において多数決による合意形成が可能となることで、全員同意未達による手続頓挫リスク(従前は特定調停や法的整理への移行を余儀なくされるケースもあった)が低減し、経営者等の早期の再生判断を後押しする効果が期待される。
第三に、個別論点として、対象債権の範囲や担保の取扱いが実務上の重要な検討事項となる。本制度では非保全債権が権利変更の対象となるため、担保評価および別除権者との手続外での個別調整(いわゆる別除権協定の締結)が必要となる。また、従前は対象外であったファイナンスリースが、本制度で対象債権に含まれることにより、リース資産の評価や非保全部分の整理方法についても案件ごとの検討が求められる。
さらに、DIPファイナンスの優先性についても留意が必要である。先行する準則型私的整理で同意済みのプレDIPファイナンスは、早期事業再生手続で弁済可能な債権と整理され、優先性が確保されているが、それ以外の資金調達においては十分な保全を前提とした対応が中心となることが予想される。
おわりに
事業再生の成否は、着手のタイミングと関係者間の合意形成に大きく依存する。早期事業再生法は、これらの課題に新たな選択肢を提示するものであり、単なる手続の追加にとどまらず、再生実務の前提そのものを見直す契機となることが期待される。
| 項目 | 事業再生ADR | 早期事業再生法 |
|---|---|---|
| 合意形成 | 全員同意 | 多数決(議決権の3/4) |
| 拘束力 | 契約(不同意者に効力なし) | 裁判所認可により不同意者にも効力 |
| 裁判所関与 | なし | 後見的関与(認可・執行停止等) |
| 手続主体 | 事業再生実務家協会 | 指定確認調査機関 |
| 対象債権者 | 柔軟(金融機関以外も可) | 金融機関等(ファイナンスリース等を含む) |
| 対象債権 | 全額(保全部分を含む) | 非保全部分 |
| 一時停止 | 全員合意が必要 | 指定確認調査機関の確認で足りる |
| 開始時期 | 実質窮境段階 | 窮境のおそれ(2年以内資金繰り懸念等) |
| 公表 | 非公開 | 非公開 |
| 手続期間 | 柔軟(長期化も可) | 原則6か月(最長1年) |
執筆者
KPMGにて20年以上にわたり、ディールアドバイザリーの専門家として、事業再生、ターンアラウンド、事業・組織再編・再構築、事業変革、事業撤退、M&A(買収・統合・売却)、JV (設立・解消)、新規事業投資等、様々なプロジェクトでアドバイスを提供。事業再生サービスの日本代表を務めており、政府系機関による再編・再生、私的整理、会社更生・民事再生事件等に財務アドバイザーとして関与し、多数の案件・事件を成功に導いている。2007 年から 2009まで KPMG ロンドン事務所に駐在し、日系企業の欧州地域での M&A、事業・組織再編に係るアドバイスを提供。1999年以前は、監査業務に従事し、IPO支援や幅広い業種の会計監査を担当。2025年10月より、経済産業省「早期事業再生検討ワーキンググループ」の委員を務める。