Skip to main content

読み込み中です


      本稿のPoint

      • SSBJ基準は単なる開示要請ではなく、企業の持続的成長に影響を及ぼすリスクと機会の再整理を迫る枠組みである。人権への負の影響も例外ではなく、財務的観点からの再評価が不可欠となっている。 
      • 形式的な人権デュー・ディリジェンスでは、経営リスクとしての人権リスク低減の観点から十分な説明責任を果たせない。人権リスクを経営における意思決定要因として適切に位置付ける仕組みが求められる。 

      本稿では、SSBJ基準を出発点として人権への負の影響を企業の財務的影響の視点で捉え直すとともに、人権デュー・ディリジェンスの実効的な対応を再検証し、人権尊重と企業価値向上の両立に向けたポイントを解説します。 

      目次

      I. SSBJ基準視点で捉え直す人権デュー・ディリジェンス

      1.SSBJ基準と人権デュー・ディリジェンスの重要性の違い

      SSBJ基準は、「企業の見通しに合理的に影響を及ぼすと予見されるサステナビリティ関連のリスクおよび機会」について、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標および目標の開示を求めており、すなわち、企業のキャッシュ・フローやファイナンスへのアクセス、資本コストに与える財務的影響を重視しています。一方、人権デュー・ディリジェンスは国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に則り、人々へのリスク、すなわち人権への負の影響に焦点を当て、最も深刻な被害をもたらすリスクへの対応を優先します。 

      両者は「企業の経営リスクとしての財務的影響」と「人にとっての負の影響」という異なる起点を持ちますが、人権リスクを適切に評価し経営上の意思決定に反映させるためには、これらを統合的に捉える視点が不可欠です。 

      2.形式的な開示対応を超えた人権リスク管理の再検証

      SSBJ基準の開示要請項目を表層的に捉え、現状の対応を開示可能な形に整えるのみでは、リスク対応に係る経営上の課題への見直しが行われない懸念があります。また、人権デュー・ディリジェンスにおいても、定期的なサプライヤー調査等の「実施事実」の説明に終始し、リスク低減として機能しているかという視点が不足する状況が少なくありません。いずれも、取組みの目的が外部報告・開示に偏重し、リスク低減としての本来の対応が形式化することで実効性を損なうという課題があります。 

      こうした状況に対し、SSBJ基準はデュー・ディリジェンスと高い整合性を持ち、要請項目を丁寧に確認する過程で、取組み全体を見直すための有効な視点を提供します。企業は、SSBJ基準対応を進める過程において、人権への負の影響を財務的影響の重要性から捉え直し、既存プロセスが経営リスク低減の観点において実効的に機能しているかを再検証することで、人権デュー・ディリジェンス強化と企業価値向上の両立を図ることができます。(図表1) 

      図表1  人権デュー・ディリジェンスプロセスとSSBJ基準との関連 

      SSBJ基準を起点に再考する人権デュー・ディリジェンスの本質的対応 図表01

      II.人権リスクの財務的影響経路と戦略的対応の整理

      1.事業活動における人権リスクの解像度を上げ、経営リスクとして捉える

      人権リスクの実効的管理に向けて、まずは中長期的な事業ポートフォリオの変化も踏まえたバリューチェーンで生じ得る具体的な人権侵害を把握し、リスクの解像度を高めることが出発点となります。次に、SSBJ基準で参照されるSASBスタンダードの開示トピック※1を活用し、財務的影響が大きいとされる業種別サステナビリティリスクと照合することで、投資家が重視する視点に適切に取り込む必要があります。そのうえで、把握した人権リスクをオペレーショナル、法的、レピュテーション等の経営リスクに翻訳し、人権リスクを経営リスクの観点で認識することが重要となります。(図表2)


      図表2 人権リスクの具体化と経営リスクへの翻訳 

      SSBJ基準を起点に再考する人権デュー・ディリジェンスの本質的対応 図表02

      2.人権リスクはどのように財務的影響へとつながるのか

      人権侵害によりオペレーショナルリスク、法的リスク、レピュテーションリスクが顕在化した場合、企業が直面し得る主な財務的影響は以下が想定されます。 

      (1)売上の減少 

      • 調達停止や輸入規制による制限、主要顧客からの契約解除による販売機会の喪失 
      • 消費者による不買運動やブランド価値毀損による需要の減少 

      (2)費用の増加 

      • 是正措置に伴う追加コスト(監査、改善対応のための費用) 
      • 訴訟や行政対応に係る法的費用、罰金、コンプライアンス強化に伴う運営コストの増加 

      (3)将来キャッシュ・フローの減少による投資の減損 

      • 売上減少および費用増加の長期化による将来収益獲得力の低下 
      • ブランド価値毀損やこれに伴う採用難等による事業競争力の低下 

      (4)ファイナンスへのアクセスへの影響、資本コストの上昇 

      • 信用リスクの増大による資本コストの上昇 
      • 資金提供者の投融資規則への抵触による資金調達機会の喪失 

      なお、企業経営全体に及ぼす最終的な財務的影響については、人権リスクを有する事業の重要性、次項「3.人権リスクへの戦略的対応」に記載の施策効果についても総合的に勘案し、検討する必要があります。 

      3.人権リスクへの戦略的対応とデュー・ディリジェンスの役割

      SSBJ基準では、企業の見通しに影響を与え得る重要なリスクに対し、どのような戦略的意思決定を行っているかを明確に説明することが求められます。リスク対応には、一般的な枠組みである以下の4手法を組み合わせた多層的なマネジメントが重要です。 

      • 回避:リスク源となる活動を「やめる」「選択しない」 

      例:高リスクサプライヤーの不採用、高リスク事業からの撤退 

      • 低減:リスクの発生確率・影響度を下げるための対策を講じる 

      例:安全設備の導入、労働環境に関する自社・サプライヤー監査・改善活動 

      • 移転:リスクの一部または全部を第三者へ移す・分散する 

      例:該当事業への共同出資による影響負担の軽減、代替調達によるリスク分散 

      • 受容:残余リスクが許容範囲内であるとして受け入れる 

      例:発生可能性が低く軽微な被害である人権リスクの保持と継続的観察 

      これらのリスク対応手法のうち、特に回避・低減・受容は、人権デュー・ディリジェンスにおける「どのリスクを優先し、どの程度まで抑え込むか」という判断を前提とし、デュー・ディリジェンスプロセスが確実に実行されることで、各対応手法が実効的に機能します。 

      そのため、この「リスク対応の実効性を左右するデュー・ディリジェンスプロセス」を再検証することが、財務的影響の低減につながるといえます。 


      図表3 人権リスクへの戦略的対応

      SSBJ基準を起点に再考する人権デュー・ディリジェンスの本質的対応 図表03

      III.人権リスクへの戦略的対応の実効的を左右するデュー・ディリジェンスプロセスの再検証

      人権デュー・ディリジエンスを見直す際には、単に実施事実を確認するのではなく、リスク発現をどれだけ抑制できているかという観点から、再検証することが肝要です。(図表4) 


      図表4 人権リスク低減に資するデュー・ディリジェンスプロセスの再検証 

      SSBJ基準を起点に再考する人権デュー・ディリジェンスの本質的対応 図表04

      1.方針とリスク管理、現場の意思決定・行動への落とし込み

       人権方針・デュー・ディリジェンス方針が事業上の意思決定における判断基準に落とし込む 

      • 人権リスク対応がサステナビリティ専門部署の独立管理ではなく、ERMの一部として機能しているか 
      • 人権方針が調達方針、投資・M&A方針、新規事業・市場参入判断に明示的にリンクしているか 
      • 重要リスクが取締役会のアジェンダに上がり、優先順位付け、対応の進捗・成果が報告されているか 

      方針とガバナンスが現場の意思決定まで一貫して作用し、リスク対応が運用されているかが問われる 

      2. 高リスク領域の特定評価とリスク低減の深度あるアプローチ

      「リスクを抑える設計」により、単なる「調査」ではなく、深度を伴うアクションを取る 

      • 客観的なリスク評価に基づき、高リスク領域を事業・地域・バリューチェーンに紐付けて特定しているか 
      • 高リスクとして特定したリスクの発現を抑止する深度ある仕組みがあるか 

      例:調査項目や採用する認証制度が、自社が直面する特定リスクを正確にカバーしているか 

      例:高リスク領域への多面的調査(調査票+訪問+第三者監査等)・改善支援を行っているか 

      対応における設計の整合性と実施内容の深度は、リスク低減効果を左右する最重要ポイント 

      3.回避・停止を可能にする強制力

      強制労働等の”ゼロトレランス”領域に対して、明確な不容認姿勢を示しリスクの回避・停止を徹底する 

      • M&A・新規取引時の人権DDや事前審査が機能し、重大リスクを入口で排除できているか 
      • 違反時の是正要求・契約への取引停止条項の組み込みに加え、責任ある撤退方針を備えているか 

      高リスクを”避ける”仕組みが弱いと、低減だけではリスクを抑えられない 

      4.成果・進捗を測るKPIの整備・運用

      特定したリスクの低減「成果」と「進捗」を可視化し、経営判断につなげる 

      • 低減“成果”指標 :認証取得率、インシデント件数、是正完了率、再発率等 
      • 低減”進捗”指標 :高リスクサイト監査実施率、是正計画達成率等 

      評価指標がないデュー・ディリジェンスは、実効性の判断ができず、経営判断にもつながらない 

      5.グリーバンスメカニズムのアクセシビリティ、実効性確保

      リスクの早期発見と個々の救済を確実に行うことでリスクの拡大を未然に防止し最小化する 

      • リスクが高く最も影響を受けやすい属性へのアクセシビリティを確保しているか 
      • 対処案件から得た再発防止の学習がリスク対応関連部門に共有されているか 

      メカニズムが形骸化する場合、デュー・ディリジェンスと経営リスク管理の双方の目的が果たされない 

      IV.おわりに

      SSBJ基準の視点を取り入れることで、人権デュー・ディリジェンスは形式的な対応にとどまらず、実効性のあるリスク低減へと進化することが期待されます。企業は、人への負の影響と財務的影響の双方を見据えつつ、既存プロセスを再検証し、人権リスクに対する構造的な強靱性を高めていくことが求められます。

      ※1:SASBスタンダードは、業種ごとに企業の財務パフォーマンスに影響を与える可能性が高いサステナビリティ課題を特定している。


      執筆者

      あずさ監査法人
      サステナブルバリュー統轄事業部 
      アドバイザリー事業部
      ディレクター 兒玉 啓子
      マネジャー 森 翔人

      人権対応支援

      KPMGでは、グローバルネットワークを活用し、人権デューデリジェンスや人権課題管理体制の構築など幅広く人権課題への対応を支援します。
      様々な色の手形

      関連サービス/関連リンク

      KPMGジャパンは、社会的課題の解決を通じて、サステナブルバリューの実現を目指す組織の変革に資する的確な情報やインサイトを提供しています。

      KPMGは、企業の中長期的な価値向上の取組みとしてのサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の実現を包括的に支援します。