経済産業省は4月に公表したガイダンスのなかで、企業の「稼ぐ力」を強化するにあたり知財・無形資産への投資の重要性を指摘しました。AI活用が拡大するなか、知財・無形資産を企業の持続的成長にどう結びつけるかが問われています。今回は知財関連事業を手掛け、KPMGが知財を含むコンプライアンス・ガバナンス領域で支援したこともあるトヨタテクニカルディベロップメントと、知財分野でAI技術を活用したサービスを提供しているAI Samuraiの有識者を迎え、意見を交わしました。
左からAI Samurai 白坂氏、トヨタテクニカルディベロップメント 諸岡氏、野田氏、KPMG 中川、木村、松本
【インタビュイー】
トヨタテクニカルディベロップメント
取締役専務執行役員(経営・知財担当) IP(知的財産)事業本部
本部長 野田 幸男氏
IP事業本部 知財ソリューション事業部 IPL G
グループ長 諸岡 隆信氏
AI Samurai
代表取締役 CEO 白坂 一氏
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 木村 みさ
マネジャー 中川 祐
シニアコンサルタント/弁理士 松本 尚人
【聞き手】
KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 冨田 響一朗
知財・無形資産の“見える化”が共通課題に
―経済産業省は4月公表の「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」において、中長期的かつ持続的な収益性・資本効率の向上を目指す企業が、知財・無形資産に投資する重要性に言及しています。政府による働きかけの背景には、資本市場におけるどのような変化があるでしょうか。
KPMG 木村
木村:近年、金融庁および取引所による市場改革の働きかけを背景として、企業が持続的成長を成し遂げるため、「稼ぐ力」を強化し、事業を高付加価値なものとし、株主・投資家に適切に還元するエクイティガバナンスの意識が高まってきています。
環境変化が激しいなか、株主・投資家は短期的な利益に対する期待にとどまらず、企業が今後の環境変化を見据え、新たな一手を打ち、どのように中長期的な競争優位性を勝ち取っていくのかということに着目するようになりました。
このような期待に応えるため、まずは商品やサービスの付加価値の源泉となる知財・無形資産を可視化し、その魅力をアピールすることが必要となります。ただ、収益など直接的に数字として表れるものに比べると、自社が所有する知財・無形資産の価値の動きを算定することは簡単ではありません。
トヨタテクニカルディベロップメント 野田氏
野田氏:知財・無形資産の価値について、資本市場から適切な評価を受けようとする際、“見える化”は大きな課題です。投資家側からみると、足元で競争力を持っている商品そのものに注目が集まりやすいです。
一方で、その商品を「群」として支えている知財や技術、ノウハウの蓄積、そのコアとなっている特許などは外側から見えにくいです。本来は新たなコアになり得る知財・無形資産を持っていながら、既存事業が大規模化しているため、転換が図りにくいといったケースもあります。
松本:企業成長の過程で多角化し、幅広い事業を有するに至った大企業が、投資家から、事業ポートフォリオの絞り込みによって専業化すれば資本効率を引き上げられるはず、との指摘を受ける、いわゆるコングロマリットディスカウントの評価を受けるケースが目立ってきています。グループ横断で通底するコアアセットとなる知財・無形資産の“見える化”が十分でないため、複数の事業を手掛ける意義そのものが見えにくくなっている可能性を考慮することも重要と考えます。
AI Samurai 白坂氏
白坂氏:生成AI活用の拡大により、競合会社を含め開発スピードが上がっていくと、どれだけ質の良い商品を生み出しても売上が見込みにくくなる状況も考えられます。AI技術発展に伴って、知財・無形資産の管理の在り方を見直し、強化していく機運は今後いっそう高まっていくことでしょう。
KPMG 中川
中川:近時の支援動向からしても、AI時代の知財・無形資産の強化は、知財戦略の中心論点の1つです。AIを活用したアイデアの創出・権利化による事業の収益力強化や、関連データを社内で横展開・活用することによる成長投資の効率化など、知財活動の幅は広がる可能性がありそうです。
重要なことは、自社の知財・無形資産がどのような状態にあるのかを丁寧に定義し、事業の収益強化と自社内での横断的なアセット活用に向け、どのアセットをどれだけ成長させる必要があるかを明確にすることです。
木村:企業の知財部は知的財産権のみを管轄していることが多く、より幅広い無形資産までを取り扱う企業は限られており、知財・無形資産の十分な活用には全社を巻き込む必要があると考えています。
まず経営陣の方々に、単純な特許件数の多寡のみではなく、その一つひとつがどのような価値創造につながっているかという関係性を含めて関心を持っていただくことを起点に、知財・無形資産を整理・可視化していくという進め方が有効と考えます。
AIを活用したIPランドスケープ支援
―課題認識を踏まえ、企業の取組みをどのようにサポートしているか教えてください。
トヨタテクニカルディベロップメント 諸岡氏
諸岡氏:私たちは従前から、進むべき開発の方向性に関する検討や、業界の開発動向の分析など、技術経営戦略の立案を推進するお客様の取組みを支援してきました。
今年4月には、現在私が所属しているIPランドスケープの専門グループを立ち上げました。IPランドスケープは2017年頃から知られるようになった概念です。2021年のコーポレートガバナンス・コード改定により、知財への投資に関する開示を求める項目が追加されたことで、企業の間でいっそう関心を集めるようになった経緯があります。
そもそもIPランドスケープとは何でしょうか。特許庁の定義によれば、「経営戦略又は事業戦略の立案に際し、経営・事業情報に知財情報を組込んだ分析を実施し、その分析結果(現状の俯瞰・将来展望等)を経営者・事業責任者と共有すること」です。
この最大公約数的な定義を出発点として、自社にとってIPランドスケープとはどういう姿であるべきで、何を目的として実施するのかを、企業ごとに熟議し、明確化することが重要と考えています。私たちは日々、お客様の意向を踏まえ、知財を軸とした分析・戦略立案を仮説思考で推進する取組みをサポートしています。
野田氏:親会社向け支援における成功体験から得たノウハウを標準化し、幅広い業界・企業に活用していただきたいというのが、私たちの取組みのベースとなっています。お客様である企業内の知財部門の方々を主にサポートしつつ、開発者の方々にも積極的にアプローチし、評価が難しいと思われている現場の「勘」を含めて客観的に分析・評価するよう工夫を重ねています。
白坂氏:AI Samuraiでは、IPランドスケープとAI技術を組み合わせた特許申請支援を提供しています。
2015年の創業時から常に意識しているのは、知財・無形資産の一つひとつが、この国の経済を守る重要な存在だということです。現在、AIによる審査シミュレーション・特許文書作成支援などのサービスを提供しています。将来的に、日本の知財活動の伸びしろが可視化され、成長力の向上に活かされる社会の実現に貢献できればと考えています。
AI時代における知財部門の“存在意義”とは
―AIの発達によって、企業における知財部門の位置づけや知財業務の在り方はどのように変わっていくと見ていますか。
野田氏:2022年末に生成AIが一気に注目を集めた時、私たちの間では、知財にかかわる既存業務の多くがAIに置き換えられるといったある種の危機感が漂っていました。
しかし現在では、AIを活用し、また活用している企業と連携することで、むしろ業界の持つ可能性が拡大するという展望が社内で共有されています。AIの技術やそれがもたらす新たな発想によって、既存の縦割り的な思考を脱し、部門ごとに保持している多種多様なアセットを企業の総合力に変え、業界全体に風穴を開けることができると考えています。
白坂氏:弁理士が現在担当している業務をAIに任せるというAI Samuraiのサービス内容について説明すると、ときに「士業の仕事を奪うことになるのでは」といった質問を受けることがあります。
ただ、これまでのテクノロジーの変遷を振り返ると、たとえば社内の連絡を手書きの付箋で行っていたところにeメールが到来し、ビジネス用チャットにその役割が置き換えられるという流れのなかで、レスポンスの速度は向上し、結果的に人間が処理できる仕事量も増大しました。AI活用も基本的にこの延長上にあり、経済の発展という観点ではポジティブに捉えられると思っています。
KPMG 松本
松本:各業界・企業で求められる人材やスキルの種類もまた大きく変化しそうです。知財部内で権利化や調査のみを担当するといったポストが減少する可能性がある一方、知財で企業の「稼ぐ力」を強化するという目的意識のもと、人材を戦略機能へシフトしていく流れが、リスキリングを含め後押しする機運が高まっているのではないかと感じます。
KPMG 冨田
諸岡氏:AIによる業務効率化によって特許出願件数の増加が見込まれるほか、企業の知財部門は新技術を活用し、IPランドスケープでの複合的な情報収集・解析など手作業では難しかった取組みの比重を高めることが予想されます。
一方、交渉や訴訟に関する業務は、本質的に人間と人間が向き合う行為であり、そのノウハウは人間特有のものとして必要性が存続するのではないでしょうか。このようにAI活用が進みやすい業務と人間が主体であり続ける業務とが存在しますが、企業の、あるいは日本全体の知財力をリアルに把握したうえで、いかにして企業の「稼ぐ力」を強化し、支援できるかを考えることは、最終的には人間が取組み続けなければいけない領域だと言えます。
白坂氏:見える化の動きが拡大することで、近い将来、知財・無形資産を軸としたM&Aの動きが加速すると見ています。これまではM&Aのなかで知財評価を後回しとし、結果的に当初想定していた効果が得られないといった例も見受けられました。しかし今後は、知財評価を起点に、知財や技術を考慮したM&Aに踏み出すことが有効な選択肢になっていくとみています。
中川:日本企業における知財活用の課題感は、AI到来以前からも指摘されてきました。成長投資による稼ぐ力の強化に向けて知財を活用していくためには、知財と無形資産とを掛け合わせる発想が非常に重要だと、私たちは考えています。それを実現させられるかのカギは、知財活動へのAI適用力という無形資産をいち早く活用できるかに掛かっているのかもしれません。知財×無形資産が知財活用による競争力強化を推進し、ひいては企業全体としての「稼ぐ力」を強化するという哲学を持ち、今後もテクノロジー動向を踏まえたお客様のサポートに注力していきます。
左からAI Samurai 白坂氏、トヨタテクニカルディベロップメント 野田氏、諸岡氏、KPMG 松本、木村、中川
左からトヨタテクニカルディベロップメント 諸岡氏、野田氏、AI Samurai 白坂氏、KPMG 中川、木村、松本