はじめに
グリーントランスフォーメーション(以下、GX)は、もはや「環境対応」だけではなく、サステナビリティという言葉で包含できるものでもありません。企業にとってGXは、(1)エネルギーと原材料のコスト構造、(2)サプライチェーンの地政学リスク、(3)市場アクセスと規制適合、(4)資本市場からの評価——これらを同時に動かす“経営の主戦場”とも言えるでしょう。にもかかわらず、現場では「開示のためのGX」「制度対応のためのGX」に閉じがちで、稼ぐ力と結びついていません。
日本企業が次の10年で勝ち筋を描くには、社会の風潮や借り物の価値観に左右されない「オトナのGX」へと発想を切り替える必要があります。ここでいう“オトナ”とは、理想を否定することではありません。むしろ、自社なりの価値観とビジョンに沿いつつ、エネルギー調達、投資基準、コストコントロール、事業ポートフォリオまで含めて「ビジネスとして持続する仕組み」に落とし込む姿勢を指します。
1.世界のGX潮流:一律減速ではなく“モザイク化”
昨今の気候変動・エネルギー政策は、国際協調の「一枚岩」では動かなくなりました。世界のGXは、各国が地政学的立場、産業構造、技術力、電力需給の事情にあわせて再配置する“モザイク化”のフェーズに入っています。
実際にCOP30(ベレン)においても「緩和=脱炭素」について強い合意(=ルールとしての前進)は乏しかったと言われています。また、そのCOP30を前にしたNDC(国別削減目標)の提出が世界排出量の約3割にとどまったことも脱炭素の特に1.5度目標の達成は極めて困難であることを強く印象付けました。他方で、再生可能エネルギーの導入は着実に進んでいます。つまり「排出削減目標は後退気味だが、電力投資と供給再編は加速する」という、ねじれた現実が同時進行している状況です。
米国ではトランプ政権によるパリ協定の再脱退を含め、連邦レベルで気候変動政策の一貫性が揺らぐ局面がある一方、カリフォルニア州など一部の州や先進企業は脱炭素施策・気候関連投資を継続しています。また欧州は2024年のドラギ・レポート以降、従来の規制中心から「競争力と安全保障を両立させる政策」へ軸足を移し、制度簡素化と産業競争力強化を同時に進める方向に向かっています。そして中国は排出目標の曖昧さを残しつつも、EV・電池・太陽光パネルなど主要分野で世界シェア6割超を掌握し、GX市場の最大プレイヤーとしての地位を確立しました。加えて米国や欧州の足踏みをよそに国際標準や制度設計の場でも存在感を高めています。
総じて言えば、GXは世界的に見て投資動向や規制が「地域別・用途別」に細分化する局面であり、「後退」というよりもむしろ「再配置」という表現が適切ではないでしょうか。
2.日本の状況と課題(1):進む再エネ導入の一方で実装上の課題が露呈
日本のGXは、「排出削減は進むが、電力需要の構造変化と実装上のボトルネックが同時に顕在化する局面」に入っています。2023年度(FY2023:2023年4月〜2024年3月)の日本の温室効果ガス排出・吸収量は 約1,017百万トンCO₂相当(MtCO₂e) で、前年(2022年度)比で 約4.2%減少、2013年度比では 約27.1%減少(約378.1 MtCO₂e) と報告され、過去最低値を更新しました※1。
この減少傾向は、再生可能エネルギー・原子力の導入拡大や低炭素化の進展を反映しています。電源構成に占める再生可能エネルギー比率も確実に上昇しています。2022年度時点では、発電電力量に占める再生可能エネルギー比率は約21.9% となっており、これは水力・太陽光・風力・バイオマス等を含む総合値です※2。 また2024年の暦年ベースの速報では、自然エネルギー(太陽光・風力・水力・バイオマス等)が国内全体の発電電力量に占める割合として 約26.7%(速報値) と推計されており、再エネのシェアは引き続き上昇傾向にあります※3。
一方で今後は、AI・データセンターや半導体工場の新増設が電力需要を押し上げると予測されています。経済産業省の資料では、2034年度の全国需要電力量を8,524億kWhとし、2024年度比で約5.8%増加すると見込まれています※4。これは「脱炭素の加速」と「電力需要の増勢」を同時に満たすエネルギーの供給・系統・調達設計が迫られていることを意味します。
実装面の課題も露呈しています。風力では、洋上風力案件でインフレ、サプライチェーン混乱、円安などにより事業コストが大幅に上振れし、減損や撤退検討が報じられました。これは設備・部材・施工能力が海外要因に左右されやすいという、エネルギーサプライチェーンの脆弱性を象徴しています。太陽光でも、再生可能エネルギー拡大に伴い安全・防災・景観等をめぐる地域の懸念が顕在化したと政府自身が整理しており、林地開発を伴う案件では自然保護の観点から反対運動が広がる現状が指摘されています。
こうしたなかで制度面では、GX-ETS(排出量取引制度)が「成長志向型カーボンプライシング構想」の柱として整備され、CO₂直接排出量が3年度平均で10万トン超の事業者を対象に、2026年度から本格稼働します。政府が排出枠を割当て、排出実績と同量の枠保有を義務付け、不足・余剰に応じた取引を可能にする設計で、脱炭素投資を促しつつ産業競争力強化と両立させる狙いが明確です。
3.日本の状況と課題(2):GXは経済安全保障と不可分のテーマ
近年、大きな進展を見せてきた日本の経済安全保障政策において、GXおよび再生可能エネルギーは、従来の環境・産業政策の枠を超え、エネルギー安全保障と産業競争力を同時に確保する中核戦略として位置付けられています。ロシア・ウクライナ危機を契機に、化石燃料の海外依存が改めて国家のリスクとして認識されたことを受け、第七次エネルギー基本計画では、再生可能エネルギーと原子力を「エネルギー安全保障に資する電源」と明確に整理されました。
またGX政策では、再生可能エネルギー導入拡大そのものに加え、サプライチェーンと製造基盤の安全性が重視されています。太陽光パネル、蓄電池、重要鉱物などは対中依存度が高く、経済安全保障推進法に基づく特定重要物資指定や、国内製造基盤強化補助を通じて、国内量産能力の確立や調達先の多元化が進められています。特に蓄電池、次世代太陽電池(ペロブスカイト)、水素関連技術は、GXと経済安保の交点に位置する重点分野です。
また、GXの進展に伴い、電力システムのデジタル化・分散化が進むなかで、電力インフラのサイバー・供給リスク管理も重要課題となっています。再生可能エネルギー事業者自体は経済安保法の直接規制対象外であるものの、系統接続や制御技術を通じて、重要インフラ防護の観点から調達・設計段階での安全保障配慮が事実上求められつつあります。
今後のGX・再生可能エネルギー政策は、「脱炭素の速度」だけでなく、「供給の信頼性」「技術主権」「国内産業基盤」を重視する方向へ深化し、再生可能エネルギーは国家の安全保障資産として扱われる色彩を一層強めていくと考えられます。
4.日本の状況と課題(3):GXは「稼ぐ力」に直結しているか?
日本企業におけるGXは、近年「コンプライアンス偏重」「開示重視」で先行してきたとの指摘を多く受けてきました。TCFDやISSB対応、ESG評価向上といった外形的要請への対応が優先される一方で、GXを通じて新たな競争優位や収益機会を創出するという本来の目的が十分に果たされていないように思われます。こうした状況は、「脱炭素疲れ」「サステナ疲れ」といった言葉に象徴されています。
実際、社内ではサステナビリティの重要性が繰り返し唱えられ、社外ではESG評価や非財務スコアが高まる一方で、それがPBRやROEといった企業価値指標の改善に直結しないというミスマッチが顕在化しています。特に、GXがコスト要因として認識されやすい業種では、「評価は上がるが株価は動かない」という違和感が経営層・現場双方に蓄積しつつある状況です。
さらに現場レベルでは、サステナビリティ開示や報告業務が高度化・複雑化することで、経営資源が本業から吸収され、「開示に熱心になればなるほど事業競争力から乖離する」という逆転現象も生じやすく、GXが戦略ではなく“管理業務”として実装されてしまうことが、日本企業の稼ぐ力との断絶を生んでいます。
加えて、日本では再生可能エネルギー導入自体は着実に進展しているものの、企業活動を支えるエネルギー基盤は、価格変動、供給安定性、海外依存、サイバーリスクといった点で依然として脆弱さが残ります。GXを進めるほど、エネルギー調達や制度変更が経営リスクとして顕在化するという現実を、企業は直視する必要があるでしょう。
5.持続可能なGXの条件:レジリエンスと企業の稼ぐ力の統合
日本企業にいま求められているのは、エネルギー、産業競争力、安全保障、地政学を横断する経営の中核テーマとしてGXを再配置することです。エネルギー価格の急変、国際紛争による供給不安、制度変更の頻発といった環境変化は、GXを経営の理念や価値観としてではなく「経営の前提条件」として改めて位置付けることを求めています。重要なのは、GXを「レジリエンス強化」そして「稼ぐ力」の両面の視点から再考することです。
「レジリエンス強化」については、とりわけエネルギーの安定調達とコスト上昇への耐性が事業継続性そのものを左右する要素となりました。実際、欧州では電力価格高騰を契機に、エネルギー調達戦略の巧拙が企業の競争力を分けるケースもあります。再生可能エネルギーの長期調達を通じてコスト変動リスクを抑え、競争優位を確立する企業も増えています。
また、GXが日本企業の「稼ぐ力」に寄与するか否かは、GXが生み出すグローバル市場で如何に闘うかにかかっています。しかし、残念ながら、現在の日本企業はこの分野での存在感に乏しいと言わざるを得ません。風力発電事業においても露見したように、これまでの日本のGXは国内企業の産業育成に寄与してきたとは言い難いのが現状です。
言うまでもなく、この場合の最大の競争相手は中国企業です。太陽光パネル、蓄電池、風力発電設備といったGXの主要分野において、中国企業は価格、供給規模、政策的後押しの3点で圧倒的な競争優位を確立しています。中国企業が世界シェアの過半を握り、原材料から製造、設備投資、輸出金融までを一体化した産業構造により、他国が追随しにくいコスト水準を実現しています。この環境下で、日本企業が同じ土俵で競争に挑むことは当然困難であり、適切な「勝ち筋」を探す必要があります。
6.勝ち筋(1):経済安保を梃子にした国内サプライチェーン強化
電池、レアメタル水など基幹分野での対中依存を低減し、国内回帰、共同投資、リサイクル、精錬体制の再構築を加速する必要があります。政府の重要技術育成プログラムも活用し、「強靭で稼げるサプライチェーン」を形成することが重要です。ポイントは、需要側と供給側が長期にコミットできるよう、価格、品質、供給安定性を三位一体で設計する点にあります。単に国内化するのではなく、契約形態の工夫や金融面で“続く”仕組みにすることが肝要です。また、回収・再資源化の設計を最初から組み込み、資源制約をビジネス機会へ転換する発想も求められます。
7.勝ち筋(2):GX-ETS/カーボンプライシングを活かした投資最適化
2026年から本格化するGX-ETS※5は、単なる規制ではなく投資判断の新たな軸であると言えます。社内カーボンプライスをNPVやIRRに組み込み、削減、代替、クレジット、自家消費を、制度制約を踏まえて組み合わせたCO₂ポートフォリオで資本効率を最適化させ、「削減の限界費用」と「炭素価格シナリオ」を可視化し、投資優先順位を動的に見直すことで、GXはコストではなく経営の武器となります。さらに、設備投資だけでなく、調達・物流・製品設計の意思決定に同じ物差しを入れることで、部分最適を避けられます。開示はその“結果”として語られるべきものです。
8.勝ち筋(3):ルール形成×産官連携×国外市場
AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)やJCM(二国間クレジット制度)の日本主導の枠組みを梃子に、技術、金融、ルール形成を一体で海外市場に展開することが考えられます。アジア、中東、中南米などで再生可能エネルギー、燃料転換、デジタル管理、クレジット創出をパッケージ化し、日本型GXモデルを輸出する発想が重要です。欧州との連携を通じて国際標準や認証を先取りできれば、「制度を収益源に変える」戦略が現実のものとなります。ここで問われるのは、案件組成からファイナンス、運用データ、クレジットまでを束ねた“事業として回る”設計力です。
9.勝ち筋(4):GX×α(水・適応・デジタル等)の複合事業設計
GXを排出削減に閉じず、気候適応、防災、インフラ更新と統合します。BIPV、蓄電、自立型インフラ、上下水道の省エネ化、デマンドレスポンスといった複合モデルは、日本の得意領域です。自治体、不動産、保険、通信と連携し、「社会課題解決ソリューション」としてスケールさせることが、持続的な収益基盤につながります。ここでも重要なのは、設備導入の瞬間ではなく、稼働後のO&M、性能保証、レジリエンス価値を収益化する発想です。災害時の供給継続やBCP的な価値を定量化できれば、価格以外の購買理由を提示できます。
10.勝ち筋(5):ユーザー起点×ソフト思考×知財活用
ハード単体での差別化が難しい時代、価値の源泉は「体験の設計」にあります。新素材や新技術は、用途設計、施工性、保守、保証まで含めた統合価値で評価されます。顧客との共創を通じ、UI/UX、データ保証、運転最適化といったソフトバリューを前面に出し、知財や規格・標準を攻めの事業ツールとして活用することが重要です。プロダクトの優位を語るだけでなく、「どう使われ、どう成果が出るか」をデータで証明する企業が選ばれます。標準化の場に出ることはコストではなく、将来の交渉力と参入障壁を作る投資であると言えるでしょう。
11.GXを支える経営基盤:インテリジェンス
GX、特に「稼ぐGX」を支える企業経営の重要な基盤は、設備や技術、さらにはデータ管理だけではなく、インテリジェンスにあります。GXを単発の投資判断や開示対応にとどめず、エネルギー市場や調達動向、規制の変化、自社の排出量、さらには地政学情勢、資本市場、世論動向といった情報を横断的に把握し、経営判断に資するインテリジェンスとして統合する仕組みを構築することが不可欠です。これらは、もはや個別部門による情報収集や報告のみで対応できる領域ではありません。
重要なのは、外部環境の変化を「早く、正しく」取り込むためのデータ収集力に加え、人的ネットワークを通じたインテリジェンス(ヒューミント)を組み合わせることです。さらに、それらを単なる情報の蓄積にとどめず、自社事業への影響度を評価し、意思決定に結びつけ、資源配分や事業ポートフォリオの判断へと翻訳する力が求められます。
最終的には、こうした役割を担う真のGX人材を社内に育てられるかどうかが成否を分けると言っても過言ではありません。GXを語る人材ではなく、GXを使って経営を動かせる「通訳者」の有無こそが、稼ぐGXの実現を左右します。
おわりに:企業価値に資する「オトナのGX」へ
GXは、経済安全保障、日本の産業競争力、そして企業の稼ぐ力をカバーするテーマです。経営者に求められるのは、第一に長期ビジョンに基づく「稼ぐための“自社ならでは”のGXストーリー」の構築、第二にGXを経営インテリジェンスの1つとして地政学やデジタル化動向と並べて先読みする視座、第三にGXを事業戦略と資本配分の中心テーマに置く覚悟です。
自社なりの土俵を選び、ルールを読み解き、利用し、市場を作り、稼ぐ。善意や流行に左右されない「オトナのGX」こそが、日本企業の次の競争力を決めると言えるでしょう。
※1 「Japan’s National Greenhouse Gas Emissions and Removals in FY 2023」(Ministry of the Environment, Government of Japan)
※2 「7.再エネ|再エネの導入」(資源エネルギー庁)
※3 「2024年(暦年)の自然エネルギー電力の割合(速報) 」(環境エネルギー政策研究所)
※4 「今後の電力需要の見通しについて」(資源エネルギー庁)
※5 GX-ETSは全企業一律ではなく、当初は「CO₂直接排出量が一定規模(概ね年10万tCO₂以上)の事業者」が主対象
執筆者
KPMGコンサルティング
Sustainability & Risk Transformation