企業にとってイノベーションはなぜ大切なのでしょうか? 近年、AIを代表とするデジタル技術の急速な進化により、ビジネスを取り巻く環境が大きく変わり、第4 次産業革命と呼ばれる時代を迎えています。一方、気候変動リスクやサイバーリスク、地政学リスクなど、経営を揺るがす可能性のある多種多様なリスクが顕在化し、経営を取り巻く環境はこれまでに経験したことのない速さで様変わりしました。その結果、従来、成功していたビジネス基盤が弱体化する可能性が高まっています。時間の経過とともに現状と大きく異なる将来に遭遇したとしても、企業が持続的に成長するために必要な能力や体制を確保し、持続的に成長し続けるためには、デジタルテクノロジーを活用し、ビジネスモデルの変化を意識したイノベーションを創出する考え方や体制の構築が必要となります。
本稿では、企業がビジネスを取り巻く環境やビジネスモデルの変化を本質的に捉え、デジタルテクノロジーを活用し、戦略的にイノベーションを創出するために必要な要素を整理し、解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることを、あらかじめお断り致します。
Point
Point 1
イノベーションの追求は、企業の存続に欠かせない重要な経営アジェンダ近年では、第4次産業革命を代表するグローバル企業が構築するエコシステムに、業界内で歴史ある企業がその一部として参画する状況が数多く見られる。新たな参入者により、これまで成功していたビジネス基盤が弱体化している。企業が持続的に成長するためには、ビジネスを取り巻く環境やビジネスモデルの変化を本質的に捉え、デジタルテクノロジーを活用し、戦略的にイノベーションを創出することが重要な経営アジェンダとなっている。
Point 2
アイデアやテクノロジーそのものがイノベーションをもたらすわけではないイノベーションは、アイデアから始まることが多いが、アイデアそのものはイノベーションではない。イノベーションにおいてアイデアとは、偶発的な事象を通じてそのアイデアを発展させ、結果的に新たな価値を創造するプロセスである。また、テクノロジーはイノベーションの創出において重要な役割を果たすが、それだけで価値を生み出すわけではない。イノベーションにおいてテクノロジーとは、常にビジネスモデルと一緒に考える必要がある補完的な資産である。
Point 3
新しい勝ち方を知っている企業とは、デジタルテクノロジーの活用方法を知っている企業である第4次産業革命を迎えた今日では、顧客ニーズを含めビジネスを取り巻く環境が急速、かつ大きく変化している。このような環境下で新しい勝ち方を知っている企業の多くは、デジタルテクノロジーを効果的に活用してエコシステムを構築し、新しいビジネスモデルを再構築している。エコシステムの構築とデジタルテクノロジー活用の関係性、その重要性を理解することが大切である。そして、新たな価値を恒久的に創出する人材や組織などの体制・企業文化、付帯するプロセスや方法を正しく理解し構築することが、企業がイノベーションを創出するために必要な能力である。
ハイライト
Ⅰ イノベーションと無関係な企業は存在するのか
イノベーションとは、新しいアイデア、新しいテクノロジー、新製品や新サービスそのものを指すものではありません。新たな価値を恒久的に創出する人材や組織などの体制と、付帯するプロセスを保有する企業の能力として整理することができます。一昔前までイノベーション、つまり新たな価値の創出は、徹底した効率化と大量生産に依拠した規模の経済の追及でした。それは、長年にわたり業界構造が安定し、第三者の侵入に対して明確な参入障壁がある前提で成り立っていたビジネス基盤であり、そのビジネス基盤で顧客に価値を提供すると同時に自らを守るビジネスモデルでした。しかし、第4 次産業革命を迎えた今日では、顧客ニーズを含めビジネスを取り巻く環境が急速、かつ大きく変化し、さまざまな業界からの参入による新たな脅威に晒されています。
第4 次産業革命では、新たなテクノロジーをより効果的に活用することで、ビジネスモデルを再構築する企業が多数登場しています。たとえばデジタルディスラプター企業の台頭は、第4 次産業革命の分かりやすい事例です。事例が示すように、テクノロジーはイノベーションの創出において重要な役割を果たしますが、それだけで価値を生み出しているわけではありません。常にビジネスモデルと一緒に考え
る必要があります。
おそらく、デジタルディスラプター企業のエコシステムの一部に属している企業の多くは、そのエコシステムに属することを拒んだとしても、必然的に提供する価の
再考を余儀なくされていたでしょう。成長や競争が目的であれ、生き残りが目的で
あれ、企業はイノベーションから目を背けることはできない状況にあります。テクノロジーを戦略的かつ効率的に活用し、新しい価値創造につながるビジネスモデル
の再設計が求められる局面に立たされています( 図表1参照)。
図表1 産業革命別要素技術とその影響
| 革命の要素技術 | 影響 | |
|---|---|---|
| 第1次産業革命1700年代 | 蒸気機関 水力 工場の機械化 など | (業界内) 大規模生産 都市への人口増加 |
| 第2次産業革命1800年代 | 電気 内燃機関 多様な交通手段 など | (業界内) 大量生産 都市への人口集中 公害の拡大 |
| 第3次産業革命1900年代 | エレクトロニクス コンピュータ インターネット など | (業界内/一部業界横断) 生産の自動化 データトランザクションの急増 グローバル化 |
| 第4次産業革命2000年代 | IoT ビッグデータ AI・ロボット など | (業界横断) ネットサービスの高度化 デジタル世界とリアル世界との融合 |
出所:KPMG作成
Ⅱアイデアやテクノロジー そのものには価値がない
イノベーションは、アイデアから始まることが多いですが、アイデアそのものはイノベーションではありません。むしろイノベーションとは、偶発的な事象を通じてアイデアを発展させ、結果的に新たな価値を創造するプロセスと整理することができます。
通常、アイデアは不完全であり、アイデアの創出には社会的な背景が大きく関わっています。たとえば、全地球測位システム(GPS)は、その起源から時間の経過とともに、利用用途や目的が大きく変わりました。人口衛星の場所を特定する軍事目的からカーナビゲーションでの普及を経て、今ではスマートフォンにツールとして実装されるようになっています。これにより、単に行きたい店舗の位置検索ができるだけでなく、位置情報と組み合わせたインターネット広告ビジネスの創出につながっています( 図表2参照)。
一方で、イノベーションにおけるテクノロジーは、そのテクノロジーを取り巻く社会や環境の影響を強く受けています。たとえば、GPSが普及するには、インターネット環境の整備、地図情報、さらには位置情報に基づいたサービスの台頭といった補完的なインフラストラクチャが必要でした。つまり、アイデアは単独で存在するのではなく、個別要素がつながり、それぞれが協調しながら、今まで組み合わされることのなかった新しい価値が創出された結果と整理することができます。
図表2 アイデアからビジネスへの展開イメージ
出所:KPMG作成
Ⅲ イノベーションを創出する 企業の共通点
イノベーションを創出することで、厳しい競争環境で優位性を確立したり、生き残るための新しいビジネスモデルを確立したりする企業には、どのような共通点があるのでしょうか?
1 つは、これまでのビジネスを通じて培った経験や知見、能力を活用し、成長を追及することに重点を置いていることです。もう1つは、長期的な成長のために、既存の知見や能力、資産を最大限に活用しながら、新しいアイデアや価値創造を模索するための体制やプロセスを保有していることです( 図表3参照)。
歴史的に、安定した経済環境下において、企業は自分達が創造した価値を最大化し、長期にわたって業務効率を図りながら持続的に成長させてきました。それが経営として、1つの正しい姿でした。しかし、今日のような厳しい競争環境下において持続的に成長するためには、現在順調に推移しているビジネスの成功から、どこに向かって次のビジネスチャンスを見出すかを考えなければなりません。そのためには、現在保有する企業の収益力と将来収益を生み出すために必要な企業の能力や資産、イノベーション創出に必要な補完的な資産としての技術とのバランスを特定する必要があります。
図表3 現在地から将来へのピボットイメージ
出所:KPMG作成
Ⅳ エコシステムは古いのか
今日のイノベーションの本質を理解し、創出するには、「エコシステム」の重要性を理解し、構築することが大切です。昨今、破壊的技術(Disruptive Technology) という考え方が浸透していますが、テクノロジー自体は破壊的なものでも、自動的に新しい市場を創造するものでもありません。アイデアが単独で存在するのではなく、個別要素がつながり、それぞれが協調しながら、今まで組み合わされることのなかった新たな価値が創出された結果と整理したように、イノベーションもさまざまな相互依存関係で成り立っていることを理解する必要があります。これは、イノベーションの創出にはエコシステムの構築を視野に入れる必要があることを意味します。ただし、エコシステムを構築するにあたり、企業は必要な補完的な資産と関連する社会構造を俯瞰的かつ網羅的に捉える必要があります。また、エコシステムを構築するうえで補完的な資産を理解することも大切です。
写真産業を例として考えてみましょう。デジタル化された写真は、登場した当初、ユーザーからあまり賛同を得られませんでした。しかし、インターネットのような補完的な資産の活用により、新たなエコシステムとバリューチェーンが形成され、写真のデジタル化は飛躍的に成長しました。その結果、フィルム写真はデジタル化された写真へと置き換わったのです。このように、補完的な資産はエコシステムを構築するうえでとても重要な意味を持っており、企業の潜在的な価値をイノベーションに変えるドライバーなのです。
Ⅴ イノベーションの良し悪しを 左右するデジタルテクノロジーの活用
昨今のビジネスモデルが一昔のビジネスモデルと大きく異なるのは、業界の垣根が低くなり、徐々に消えつつある点です。そのため、前述した参入障壁があることで成立していたビジネスモデルから、いくつかの業界に跨ってビジネス基盤を構築し、新しい価値を顧客に提供するビジネスモデルへと変遷しています。
このビジネスモデルの変遷は、テクノロジーが大きく影響していると捉えられることが多いですが、テクノロジーだけがイノベーションを創出する要素ではありません。イノベーションは、企業の知見・経験や能力、テクノロジー、市場環境などが融合し、エコシステムを構築することにより創出されます。つまり、テクノロジーは補完的な資産としてその役割を担っているのです。そして、エコシステムの構築により、多くの企業や関係するステークホルダーが協業し、持続的なバリューチェーンが構成されるようになります。
従来、テクノロジーは企業や業界内に閉ざされた自己の部分最適化を目的にした活用が、主たる活用方法でした。それが、テクノロジーの発展および利用用途の広がりにより、企業や業界を跨った全体最適化を目的とした活用へと変遷しています( 図表4参照)。
図表4 デジタル活用による部分最適化から全体最適化へ
出所:KPMG作成
日本でも、スマートフォンアプリをきっかけにイノベーションが誕生しようとしています。すでに中国や諸外国で普及しているキャッシュレス決済が日本にも普及したことで、異業種からの新規参入が増え、数多くのプレイヤーが誕生しました。たとえば、流通小売におけるキャッシュレス決済アプリでは、キャッシュレス決済によるユーザー利便性向上のみならず、アプリにより収集されたPOS情報やGPS情報の活用により、既存サプライチェーンの最適化だけでなく、これまで実現が難しかった1 to 1 マーケティング( 販促施策、ターゲティング広告)や金融サービスの提供など、アプリを起点としたエコシステムが構築され始めています( 図表5参照)。
図表5 スマホアプリを核とした流通小売業界におけるイノベーション事例
出所:KPMG作成
これは、企業や業界内で閉ざされた部分最適化を目指したイノベーションではなく、業界を横断した全体最適化を目指したイノベーションが創出されていることを表しています。
この事例では、データやデータ分析技術などのテクノロジーが最大限に活用されていますが、あくまでイノベーションを創出するエコシステムの構成要素として位置付けられています。テクノロジーの進化は、昨今の企業のビジネスモデルを部分最適化から全体最適化へと変遷させ、イノベーションを創出するエコシステムに欠かせない補完的な資産となっています。
Ⅵ チャレンジと失敗を評価する企業文化の必要性
ここまでは、第4次産業革命により企業を取り巻く経営環境の変化や、その環境下で企業が取り組むイノベーションの重要性をさまざまな観点から説明しました。一般的に、現在のビジネスの成功体験により、現状をさらに最適化すべく組織やプロセスを構築する企業は多くても、イノベーションに対しては消極的な姿勢を保つ企業が多い傾向が見られます。
イノベーションを創出するのに必要な能力や資産を保有していても、イノベーションに対して消極的な企業文化が醸成されている環境下では、イノベーションの創出は期待できません。企業がイノベーションを創出するためには、現在成功しているビジネスの組織や能力を活用しながら、新しいビジネスチャンスを模索する組織やプロセスを構築する両輪の確立が必要です。そこで、図表6にイノベーションを創出するために、企業が組織設計で留意すべき3つの観点をまとめました。
企業が、長期にわたり競争優位性を確保し続けるためには、イノベーションの創出を可能とする組織設計と構築が重要です。そして、それが恒久的かつ持続的な企業のイノベーション創出の中核となります。
図表6 組織設計上の留意点
| 項目名 | 詳細 |
|---|---|
| 人材マネジメント |
|
| 組織構築 |
|
| 組織文化 |
|
出所:KPMG作成
Ⅶ さいごに
第4 次産業革命を迎えて経営環境が大きく変化している今日において、企業は現在成功しているビジネスの持続性を確保し続けることが難しくなってきており、否でもイノベーションの創出に向き合わざるを得ません。しかしながら、イノベーションはアイデアから始まることが多いものの、アイデアそのものがイノベーションを創出するわけではありません。同様に、テクノロジーもあくまで補完的な資産であり、テクノロジーそのものがイノベーションを創出するわけではありません。つまり、イノベーションを創出するには、経営を取り巻く環境を正確に理解し、これまでの成功で蓄積された能力や資産の活用だけでなく、データや多様なデジタル技術を取り込みながら、企業が目指す方向性を、業界を越えて模索する必要があります。
競争優位性を維持し続ける企業は、テクノロジーやデジタル技術の優位性や新しさだけに注目しイノベーションの生み出しているわけではなく、テクノロジーやデジタル技術の機能や特性、その本質を正しく理解し、たとえ一昔前のテクノロジーであったとしても一定の品質を確保しながらビジネスを最大化させるシナリオをプロセス化、つまり構造的に整理し、描くことができています。
また、企業はこれまでの組織や文化、成功体験などにより、無意識にイノベーションに距離を置くことがよくあります。しかし、それでは戦略的なイノベーションの創出は不可能です。イノベーションを創出する企業となるには、イノベーション創出に対する失敗を許容し、挑戦を奨励する組織設計と構築が必要です。そのためには、リーダーや社員にイノベーション創出の必要性や重要性を浸透させることが重要となります。
今後、企業が長期に渡り企業競争力を維持し続けるには、現在成功しているビジネスの組織や能力を維持・活用しながら、イノベーションを創出するために必要な能力や資産、および企業文化や人材評価制度を含めた体制設計や構築能力を保有し、いち早く戦略的に両輪を確立させることが求められます。
執筆者
株式会社KPMG アドバイザリーライトハウス
松尾 英胤/ディレクター