1.ハンブルクの都市交通の特徴
ハンブルクはドイツのみならずEU全域に広がる「運輸連合」の発祥の地として知られており、近年では「すべての市民が徒歩5分以内で質の高い公共交通にアクセスできる都市」と標榜する「ハンブルグタクト(Hamburg Takt)」が注目されている。

2.都市構造と地方自治の日独比較
東京一極集中が進む日本と違い、ドイツでは地方に行政、教育、産業が分散する仕組みが整えられている。自治体が出資・運営する地域公共サービス企業「シュタットベルケ」が電力、交通、上下水道など複数の公的事業を運営することにより、生活に必要なサービスを安定に、かつ手頃な価格で提供している。

3.日本への示唆と提言
文化や制度の異なる日本においても、ドイツ・ハンブルクからの学びがある。民間が主導する日本の強みを活かしたうえで、官民連携の新たなかたちを産み出し、成功事例を一つひとつ積み重ねることがわが国のモビリティを前に進める原動力になると考えられる。

ハンブルクはドイツの北部に位置し、欧州最大級の港、ハンブルク港を擁する緑豊かな港湾都市です。人口は首都であるベルリンに次ぐ、ドイツ第2位です。古くから日本との交流も盛んで、2025年大阪・関西万博が行われていた大阪とは姉妹都市の関係にあります。日本人駐在員も多く、KPMGの現地メンバーも参加しているハンブルク日本人会には約250名が所属し、現地の方との交流も盛んです。

今回は、2025年6月に行われた国際公共交通連合(以下、UITP)2025ハンブルクサミットにあわせて開催された、KPMG Global Public Transport Sector会合への参加も兼ね、現地を視察してきました。

本稿では、2024年秋のバルセロナに続き、世界でも最先端と言われる欧州のモビリティ事業を体験して感じたことを、筆者の視点からまとめます。バルセロナに関するレポート「市民参加型の先端実験都市、バルセロナの多様なモビリティ」(以下、バルセロナレポート) とあわせてお読みいただけると、より理解が深まると思いますので、ぜひご覧ください。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りしておきます。

1.ハンブルクの都市交通の特徴

日本のまちづくりが、交通を軸とした民間の活力によって発展してきたことについてはバルセロナレポートでもすでに触れました。特に都市部において高度に発達した“公共”交通機関の利用を前提とした都市開発のモデルは、日本が世界に誇るべきものと言えます。

一方、欧州連合(EU)では、2007年に定められた欧州共同体(EC)規則1370/2007により、旅客輸送サービスの提供が加盟国の行政当局に義務付けられています。バルセロナの圧倒的な利便性については先のレポートで触れたとおりですが、ハンブルクでもその一端を感じ取ることができました。

(1) 公共交通の利便性と行政の支援

ドイツでは地域化法第1条第一項において「住民に十分な地域公共交通サービスを確保することは生活配慮の任務」であることが明記されており、国として地域交通を維持するための特定財源を背景にした各種の手厚い補助制度があります。

また、運輸連合が各地で創設され、バス、路面電車、地下鉄などの運賃体系を共通化や乗換ごとの初売り運賃の廃止により、利用者にとっての利便性向上につなげています。ハンブルクはドイツにおける運輸連合のさきがけとして、1965年に地域公共交通5社によるハンブルク運輸連合が創設されています。最近では2019年に設定された「ハンブルクタクト(Hamburg Takt)」というモビリティ改革戦略により、すべての市民が徒歩5分以内で質の高い都市公共交通にアクセスでき、スムースに移動できるような各種施策がとられています。

現地で街の隅々まで張り巡らされた公共交通網を見ると、こうした社会的なバックアップを実感することができます。特に鉄道は24時間運行しており、早朝や深夜に国際空港を利用する旅行者はもちろん、ナイトライフを楽しむ住民にとっても便利な移動手段になっています。観光客向けの乗り放題チケットも駅の券売機で容易に購入することができます。

住民用にハンブルク交通連合(HVV)が提供する月間の定期券は、地下鉄(U-Bahn)、近郊電車(S-Bahn)、バスの他フェリー(HADAG)やその他HVV加盟の交通機関もすべて乗り放題で、コロナ禍では9ユーロ(執筆時点:日本円で約1500円)と格安で提供していました。現在は59ユーロと値段も上がっているようですが、自動車よりも環境に優しい公共交通にシフトしよう、という行政の意思があるように感じられました。

(2)公共交通部門への投資と技術革新

こうした姿勢は、UITPの会場でも感じ取ることができました。UITP2025ハンブルクサミットの会場となったハンブルクメッセは、広さが87,000平方メートルと広大で、すべてのホールが「公共交通」のみで占有されていました。東京ビッグサイトはハンブルクメッセよりも広いですが、複数のイベントが同時開催されていることも多いようです。特に目についたのは、大きなホールまるまる一棟が複数のベンダーが展示する最新のバスで埋め尽くされていたことです。

【UITPの会場における最新のバスの様子】

ハンブルクから学ぶ日本の都市交通とモビリティの未来_写真1

出所:執筆者撮影

EVバス、自動運転バス、未来型のバスなどが並ぶ光景は壮観でした。おそらく1台あたりの金額もかなり高額だと思われますが、街中でも見るからに近代的な造形のバスが走っていることを目にすることが多く、公共交通部門に多額の予算がつぎ込まれていることが感じ取れました。

(3)圧倒的な自転車インフラとモビリティハブ

ドイツ、あるいは欧州の多くの街で言えることかもしれませんが、おそらく日本人がハンブルクの街を歩いて驚くのが、自転車の多さです。ほとんどの道路には自転車専用道が整備されており、通勤時間帯ともなればスーツ姿で自転車に乗るビジネスパーソン含め、多くの自転車が行き交う姿が見られます。また、歩道と並行して自転車専用道がある箇所も多く、慣れない旅行者が自転車専用道を歩いてサイクリストに注意される、という光景も滞在中何度か目にしました。

コロナ禍をきっかけにソーシャルディスタンスの取れる移動手段として自転車が以前にも増して普及し、自転車専用道も格段と増えたそうです。現地でも自動車道から自転車専用道への転用・拡幅工事が多く見られました。

地下鉄駅前などを市内に約150ヵ所ある「HVV Switch Point」と呼ばれるモビリティハブではレンタサイクル、EVカーシェア、電動キックボードなどへの乗換がスムースに行えるようになっており、ドイツ国有鉄道(Deutsche Reichsbahn)が運営するレンタサイクルは30分まで無料で利用できるため、30分ごとに乗り継ぎをすれば実質無料で市内を移動することができます。

【交通モードをつなぐモビリティハブ】

ハンブルクから学ぶ日本の都市交通とモビリティの未来_写真2

出所:執筆者撮影

また、現地で目についたのが、ラステンラート(Lastenrad)と呼ばれる、自転車の前輪部分に大きなカーゴのついた自転車です。ここに子どもを何人か乗せたり、大きな荷物を載せて運んだりしている人を多く目にしました。日本でも小さな子どもを前後に乗せた自転車を見ることがありますが、安定性・利便性ではこちらの方が合理的なように思いました。よく知られていることですが、電車やバスに自転車を乗せることも珍しくなく、地下鉄(U-Bahn)、近郊電車(S-Bahn)、遠距離列車の発着拠点ともなっているハンブルク中央駅構内でも自転車を乗せる乗客を多く目にしました。

【街中にあふれる自転車】

ハンブルクから学ぶ日本の都市交通とモビリティの未来_写真3

出所:執筆者撮影

ドイツだけでなく、欧州全般に環境への意識の高さを感じますが、健康志向、節約志向もあって、こうした状況になっているように思われます。

こうした“公共交通へのシフト”ともいえる政策にもかかわらず、自動車大国であるドイツにおける自動車保有台数は年々増加しています。

【ドイツの自動車保有台数推移】

ハンブルクから学ぶ日本の都市交通とモビリティの未来_図表1

出所:Classic Car Auctions「2025: Germany – Total Number of Registered Cars By Brand (Kfz-Bestand)」を基にKPMG作成

(4)MaaSと自動車産業の変容

次に代表的な自動車メーカーであるフォルクスワーゲンが進めるMaaSについて紹介します。

日本で欧州のように(特に都市部以外で)公共交通へのシフトが進まない理由の1つとして、基幹産業である自動車業界の影響がある、という主張を耳にすることがあります。たしかにかつての世界的競争力を失ったと言われる日本の製造業界にとって、自動車産業は最後の砦と言えるかもしれません。

一方、ドイツも日本と並ぶ自動車大国ですが、フォルクスワーゲン社が進めるモビリティサービス「MOIA」が注目を集めています。MOIAは、フォルクスワーゲンの商用EVバンをベースに開発された6人乗りの専用車両を使った、いわゆる“乗り合いタクシー”です。

乗客はスマホアプリを使って予約し、1キロメートルあたり約1ユーロで利用できます。Volkswagen Group「MOIA」によると現在ハンブルクでは約280台が稼働していると言われており、将来的には自動運転やグローバル展開も視野に入れています。 ハンブルク市民にも広く浸透しており、今や公共交通の一手段であると言えるでしょう。

MOIAは、都市部の渋滞や大気汚染、騒音などの社会問題に対応するため、中心部の自動車台数削減に取り組んでいると、同社の広報は述べています。

「自動車の製造販売」を収益の柱とする自動車会社が、モビリティサービスに本格参入していることは注目に値しますし、日本でもトヨタ系のMaaSアプリであるmy routeが九州をはじめ各地で複数のモビリティをつなぐプラットフォームを提供していることは、業界全体の流れなのかもしれません。

(5)ダイバーシティと交通政策

ダイバーシティの推進は企業や社会が新たな価値を生み出すためには重要だと考えられています。日本でも盛んに言われていることであり、多くの日本企業も懸命に取り組んでいますが、代表的な指標であるジェンダーギャップ指数は、先進国でも依然として下位にあります。  

UITP2025ハンブルクサミットでは、オープニングスピーチを初の女性会長であるRenée Amilcar氏が行い、初日だけでも女性にフォーカスを充てたセッションが複数見られました。

日本で行われるこの種のイベントでは濃い色の服装の男性が壇上に並ぶ光景を目にすることが多いのですが、交通という生活に密着したタスクを考えるとき、片方のジェンダーだけで考えるのはバランスが悪いように思えます。時代に応じて変容する「生活に密着した」モビリティを考えるうえでは、検討メンバーの多様性も重要と考えます。

2.都市構造と地方自治の日独比較

(1)東京一極集中と地方創生の課題

日本政府が「地方創生」を本格的に政策の柱に据えたのは2014年第二次安倍政権下の出来事でした。地方創生とは「東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目的とした一連の政策」と謳われています。初代の地方創生大臣であった石破前首相が2024年に地方創生2.0を標榜しましたが、10年を振り返ると、東京一極集中も地方の人口減少も歯止めがかかっていません。

個人の自由により、住む場所を決める権利は保障されており、古代から人は都市に集まり続け、文明も都市から産まれてきました。経済合理性を考えると、交通の便も良く、人もお金も集まる東京に集中するのはある意味自然なことです。人が大きく動くタイミングは進学と就職のタイミングと言われますが、大学の所在地、また、東証一部上場企業の本店も東京に集まりつつあります。

【東証一部上場企業の本店所在地】

ハンブルクから学ぶ日本の都市交通とモビリティの未来_図表2

出所:会社四季報「47都道府県別『上場会社の本社数』リスト最新版」を基にKPMG作成

【都道府県別大学数】

ハンブルクから学ぶ日本の都市交通とモビリティの未来_図表3

出所:文部科学省「学校基本調査-令和6年度 結果の概要-」を基にKPMG作成

(2)大学・行政機能の分散型地域連携

一方、ドイツでは政策的に一極集中を回避する仕組みが設けられています。1994年に制定された「ボン・ベルリン法」は、東西ドイツ統一後、「政府機能をすべてベルリンに集中させない」と定めた法律です。ベルリンには首都、連邦議会、連邦首相官邸、外務・内務など中枢機能を置く一方、ボンには省庁の補完機能、特に社会・科学・環境関連の拠点を置くなど、「首都を移しても、旧首都を生かす仕組みを制度で担保」しているのです。

また、行政機能も意図的に各地に分散されています。

都市名 行政・機能的役割
ベルリン ドイツの首都。連邦政府と議会の所在地。
ハンブルク 海運・物流の中心。国際海洋法裁判所の所在地。
ミュンヘン バイエルン州の州都。技術・文化の中心地。
フランクフルト 金融の中心地。欧州中央銀行と証券取引所の所在地。
シュトゥットガルト バーデン=ヴュルテンベルク州の州都。自動車産業の拠点。
ケルン ノルトライン=ヴェストファーレン州最大の都市。メディア・文化の中心。
カールスルーエ 連邦憲法裁判所の所在地。司法の中心地。

東京の霞が関周辺にほとんどの行政機能が集中している日本と比べると、対照的と言えるかもしれません。東京一極集中の是正措置として省庁の地方移転はたびたび議論の俎上に上りますが、明治以来初の中央省庁の移転である文化庁の京都移転が2023年に実施された以外、具体的な動きは今もってありません。

大学にも同じようなことが言えます。ドイツには日本のように突出して人気のある大学はなく、各地に特色のある大学があり、地元の学生は地域の大学に通うケースが多いようです。これらの大学は都市の産業や行政機能と密接に連携しており、たとえば、シュトゥットガルトでは自動車産業と連携した工学研究が盛んであり、フランクフルトでは金融分野の研究が強く、カールスルーエは司法の中心であると同時に、理系研究の拠点でもあります。

都市名 主な大学
特徴・役割
ベルリン ベルリン自由大学、フンボルト大学
政治・歴史・哲学など人文系が強い。研究機関も多数。
ハンブルク ハンブルク大学
海洋学・物流・国際法などが強い。国際的な研究も盛ん。
ミュンヘン ミュンヘン工科大学(TUM)、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学
工学・医学・自然科学・経済など幅広くトップレベル。
フランクフルト フランクフルト大学(ゲーテ大学)
経済・金融・法学に強み。欧州中央銀行との連携も。
シュトゥットガルト シュトゥットガルト大学
工学・自動車技術・建築などが中心。産業との連携が密。
ケルン ケルン大学
メディア・文化・教育学などが強い。
カールスルーエ カールスルーエ工科大学(KIT)
工学・情報科学・物理学など理系分野で世界的評価。

筆者も滞在中ハンブルク大学の近くを通りましたが、日本の大学のように塀がなく、地域に開かれた印象でした。また、ハンブルクでは外国人も含め学費が無料で、公共交通も格安で利用できるため、地域に留まることが多いのかもしれません。

こうした“機能分散”は、ドイツだけでなく多くの先進国でも見られます。たとえば、アメリカでは政治の中心はワシントンD.C.、金融・ビジネスの中心はニューヨーク、エンターテインメントはロサンゼルスやニューヨーク(ブロードウェイなど)、テクノロジーはシリコンバレー、エネルギー・宇宙はヒューストン、交通・物流はシカゴが中心、といったような具合です。

(3)シュタットベルケ型公営企業の可能性

ドイツの地方自治について考える際に、よく例示されるのがシュタットベルケです。シュタットベルケとは直訳すると「街の事業」と呼ばれるドイツ発祥の文化で、電気・ガス、水道、交通、廃棄物収集などの公共サービスを行う事業者のうち、自治体が資金を提供している事業者のことです。

なかでも採算が取りやすいと言われるエネルギー事業を中心にした収益で、低収益型のそのほかのインフラ事業の財源とするモデルが有名です。日本でも2016年の電力自由化を契機にドイツをモデルにした「日本版シュタットベルケ」と呼ばれる地域電力会社が相次いで設立されました。

ハンブルクで公共交通の運営を担っているHamburger Hochbahn AG(HHAG)も、ハンブルク市が100%出資するシュタットベルケ型の公営企業であり、公共性・経済性・持続可能性を維持している点で注目に値します。HHAGの公表する財務情報によると、収入のうち約20~25%程度が補助金です。

一方、日本の“民間が支える”公共交通は、資源の集まる都市部では極めて高度に発達していますが、人口減少が進む地方部では減便や廃止が続いており、存続の危機に瀕しています。

(4)ドイツと日本の地方自治制度の違い

シュタットベルケ型の公営企業が公共性・経済性・持続可能性を保ちながら交通などの公共サービスを提供できている背景として、ドイツの地方自治制度があります。ドイツは国の下に16の州があり、それぞれが憲法(州基本法)を持ち、立法権・行政権を持っています。

階層 概要
連邦(Bund) 国家全体の政策(外交、防衛、通貨など)を担当。
州(Land:16) 教育、警察、文化、地方財政などを独自に運営。州ごとに省庁を持つ。
行政管区
(Regierungsbezirk)
一部の州に存在する中間行政単位(例:バイエルン州は7管区)。
郡(Landkreis)/独立市(Kreisfreie Stadt) 郡は複数の市町村を束ねる単位。独立市は郡に属さず、政令指定都市に近い。
市町村(Gemeinde) 最小の自治体単位。地方自治権を持ち、学校、上下水道、消防、都市計画などの住民サービスを提供。

州や自治体は独自の税収(たとえば、所得税の一部)を持ち、国からの補助に依存しすぎず、独自の財源で教育制度や経済政策など特色のあるまちづくりをしています。また、財政調整制度(Länderfinanzausgleich)により、富裕な州が貧困な州を支援する仕組みもあります。

一方、日本の場合、地方自治体は中央省庁の指導・監督を強く受ける傾向にあり、多くの自治体が地方交付税や補助金に依存しており、財政的な自立が難しい状況です。

先に触れた地方創生の諸施策においても、中央省庁の作成したガイドラインに沿って“成功事例”を“横展開”した申請によって補助金が付与されることが多く、各地域の独自性は発揮しにくい、という声をよく耳にします。

上述した「日本版シュタットベルケ」も、表層的には参考にはしているものの、そもそもの成り立ち・背景に構造的な違いがあるため、効果が限定的な場合が多いようです。

項目 ドイツ 日本
地方自治の法的根拠 憲法で強く保障(基本法第28条) 地方自治法に基づくが、国の関与が強い
公共サービスの提供主体 自治体出資のシュタットベルケ 地方公営企業、第三セクター、民間委託が混在
財政運営 自治体が収益事業を通じて財源確保 単一事業ごとの独立採算が原則
統合運営 複数事業を一体的に運営(Querverbund) 事業ごとに分離、統合は限定的
地域経済との連携 雇用・利益還元・再投資を通じて地域循環 地域内経済循環の意識は限定的

3.日本への示唆と提言

日本とドイツでは主に以下の点で違いがあります。

(1)公共交通に対する基本的な思想と財源
(2)一極集中 vs 多極分散
(3)社会全体におけるダイバーシティの成熟度

日本では特に都市部において高度に発達した交通網が存在する一方で、地方部では、「人口減少と自家用車の普及による利用者の減少」から「採算悪化」そして「さらなる路線の廃止・減便」という負のスパイラルが続いています。地方の衰退は表裏一体で進む東京一極集中は都心における住宅をはじめとした生活コストの高騰のほか、災害に対する脆弱性という大きなリスクにもつながります。以下にハンブルクの交通政策から想起される改善策について整理します。

(1)公共交通の再定義:民間主導モデルと公営モデルの融合

ハンブルクでは、公共交通は生活の自由度や安心感を高める“暮らしの質”の向上に寄与するものとして、公共が独自財源によって支えています。

日本では、特に都市部において多くの事業者が競争によって高い品質の交通網を構築してきた一方で、競争関係にある事業者同士の連携が進みにくい、という側面があります。また、人口減少が進み採算確保が困難な地方部では公共交通の衰退が急激に進んでいます。これまでに乗合バス事業者の共同経営が独禁法の特例によって認められ、ドイツにおける運輸連合のような動きが各地で見られるほか、「交通空白」の解消に向けた官民連携が各地で進んでいますが、財源の問題は依然として解消されてはおらず、地方交通の衰退に歯止めはかかっていません。

石破前政権では「地方創生2.0」として地方公共交通への注力が標榜されていましたが、高市新政権においても「地方の伸び代の活用と暮らしの安定」が3本の柱のひとつとして掲げられており、一定の財政出動が期待されています。

KPMGでは、従来の経済性評価では捉えきれなかった価値を可視化する「True Value」という手法を、2015年から欧州を中心に展開しています。この手法では、下記のような社会的・環境的インパクトを定量化し、金額換算します。

  • 移動がもたらす幸福度の向上
  • 移動による健康増進・医療費削減
  • CO₂排出が少ない公共交通による環境価値

従来の経済性計算では財源を充てられなかった領域でも、こうした社会価値や環境価値を加味した「真の価値」がプラスになる場合には、投資を正当化できるという考え方です。

【移動がもたらす“True Value”の可視化】

ハンブルクから学ぶ日本の都市交通とモビリティの未来_図表4

出所:KPMG作成

日本においても、プロジェクトに関与する利害関係者の応分負担の合意形成を進めるための材料として、このような新しい評価軸は有力なヒントになると考えています。

(2)地域大学・産業連携による地域活性化

シュトゥットガルト大学が自動車産業と連携して研究開発を進めているように、地域の大学が地元産業と連携することで、雇用創出や技術革新の促進が期待されます。

日本でも国際性を強く打ち出した大分県の立命館アジア太平洋大学(APU)や秋田県の国際教養大学(AIU)、地域密着型のイノベーションに注力する石川県の金沢工業大学、農林水産業・ものづくりなど地域産業に対応した人材育成プログラムを展開する愛媛大学など、独自性のある教育で学生を集める大学が注目されています。

また首都圏の大学が地方にサテライトキャンパスを設置するなどの動きも見られます。たとえば、慶應義塾大学鶴岡タウンキャンパスは先端生命科学研究所の活動を中心に多くのスタートアップを産み出していることはよく知られています。東京農業大学の北海道網走市オホーツクキャンパス、早稲田大学の北九州市サテライトキャンパスなども、地域に根差した人材育成と地域の活性化を目指した教育を行っています。

(3)ダイバーシティ視点と地方交通の革新

上記のような“従来にない新たな発想”で交通分野でのイノベーションを起こすためには、ダイバーシティの推進が必要になると感じています。

2025年10月、わが国の憲政史上初となる女性の総理大臣である高市早苗内閣が誕生しました。これにより懸念だったジェンダーギャップ指数は改善が期待され、何より新内閣が掲げる経済成長への期待は株価等にも表れています。また新内閣が進める施策の1つに副都心構想があります。ドイツの地方分権型地域連携とは違ったかたちではありますが、東京一極集中の弊害を緩和する施策の1つと考えられます。

ドイツと日本ではこれまで歩んできた歴史、環境への考え方も異なります。特に地方自治のあり方が大きく異なるので、表層だけ参考にするのではなく、日本の文化、制度を前提に産官学連携による成功事例を増やし、それを積み重ねていくことにより、少しずつでも前進できるでしょう。KPMGとして、その一端に少しでも貢献できれば、と考えています。

※本文内の図表の参考資料は以下のとおりです。

執筆者

KPMGコンサルティング
プリンシパル 倉田 剛

KPMGコンサルティング

ビジネストランスフォーメーション(事業変革)、テクノロジートランスフォーメーション、リスク&コンプライアンスの3分野から企業を支援します。戦略策定、組織・人事マネジメント、デジタルトランスフォーメーション、ガバナンス、リスクマネジメントなどの専門知識と豊富な経験から、幅広いコンサルティングサービスを提供しています。