企業活動における環境リスク管理をめぐっては、各国・地域で法規制の整備が進み、従来の環境マネジメントの枠組みを超えた対応が求められています。とりわけ、サプライチェーンを含むバリューチェーン全体を対象とした規制対応としての環境デュー・ディリジェンス(環境DD)は、国際的な枠組みや規制のなかに組み込まれつつあり、企業が自社としてどのような水準・方針で環境DDに取り組むのかが、重要な経営課題の1つとなりつつあります。環境規制で求められる環境DDは、従来のM&Aの一環で行う環境DDとは異なるものであり、年次のリスク評価および外部への情報開示が求められます。
本稿では、環境DDに関する法制化の流れと、日本企業が直面している代表的な課題を概観したうえで、既存の取組みを踏まえた「自社らしい環境DD」の考え方について、検討のための視点を提示します。
目次
1.環境DDを取り巻く最近の動きと、経営課題としての位置付け
気候変動や生物多様性の損失など、環境をめぐる課題は国際的な合意や目標として明確化されてきました。パリ協定による気候変動対策の枠組み、昆明・モントリオール生物多様性枠組における2030年ターゲットなどを背景に、企業にはTCFD・TNFDといったフレームワークに沿った情報開示が求められています。
同時に、こうした「情報開示」のレベルを超え、バリューチェーン全体を対象とした環境DDの実施を法的義務として規定する動きも加速しています。EU企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)、EU森林破壊防止規則(EUDR)、EUバッテリー規則(EUBR)等において、企業は自社およびバリューチェーンの活動が環境に与える負の影響を特定・防止・軽減することが求められており、一定の条件を満たす場合には EU 域外企業も対象となります。
日本国内でも、環境省による環境DDガイダンスの策定・改訂や、関係者懇談会での議論などを通じて、日本企業が国際的な基準に沿って環境DDに取り組むことを前提とした環境整備が進められています。
このように環境DDは、単に環境部門における個別の取組みではなく、
- 国際的な規制や市場の要請への対応
- 取引先・投資家・金融機関からの期待への対応
- バリューチェーンを通じた事業継続性の確保
という観点から、企業の環境リスク管理をめぐる経営課題として位置付けられつつあると言えます。
環境DDで対象となる「負の影響」は、単に温室効果ガス排出だけではありません。各種の国際条約や規制では、たとえば次のような影響が念頭に置かれています。
- 気候変動に関する影響
温室効果ガスの排出増大、排出削減の妨げ など - 生物多様性・自然資本への影響
森林伐採、生態系の破壊、土地劣化、過剰な水利用 など - 汚染・有害物質による影響
水質・大気・土壌の汚染、有害化学物質や残留性有機汚染物質の排出 など - 人権に結びつく環境影響
安全な飲料水・衛生へのアクセスの阻害、健康被害、生計手段の喪失 など
このように、環境DDが対象とする負の影響は幅広く、人権DDで扱われるテーマとも重なり合っています。自社の事業やバリューチェーンが、どの領域でこうした影響を及ぼし得るかを整理することが、環境DDの出発点となります。
| レピュテーションリスクと事業機会への影響 | 企業活動やバリューチェーンに起因する環境破壊や汚染などの問題は、SNS やメディアを通じて迅速に可視化され、取引先・投資家・消費者などからの信頼を損なう可能性があります。直接の法令違反がなくとも、「環境への配慮が不十分な企業」とみなされることで、取引停止や不買運動、新規案件での排除など、事業機会の喪失につながるおそれがあります。 |
| コンプライアンス・法的制裁リスク | 各国の環境・人権関連法令や域外適用されるDD関連規制に対応しきれない場合、監督当局による是正命令や罰金・制裁金の賦課、訴訟リスクの顕在化といったコンプライアンス上の影響が生じ得ます。環境DDの不備が、企業注意義務違反等として問題視されるケースもすでに海外では見られています。 |
| オペレーショナルリスク・サプライチェーンリスク | 環境規制の強化や自然災害、資源制約等により、サプライチェーン上の特定の拠点・供給源に依存している場合、急な操業停止や供給制約が生じる可能性があります。主要サプライヤーの環境対応が不十分な場合、自社の操業や品質にも波及し、コスト増、納期遅延、製品供給の不安定化などのオペレーショナルリスクにつながります。 |
| 経営責任・ガバナンス上のリスク | 環境DDの必要性が広く認識されるなかで、経営として十分な対応を行っていないことは、取締役等の善管注意義務との関係でも問われ得る論点です。重大な環境リスクが顕在化した際に、「予見可能であったにもかかわらず必要な措置を講じていなかった」と評価されれば、株主代表訴訟などの形で問題となる可能性もあります。 |
これらのリスクは相互に関連しており、環境DDは単なるサステナビリティ施策の一要素ではなく、企業全体のリスクプロファイルに影響するテーマであることがわかります。
3.環境DDに取り組む際に日本企業が直面しがちな課題
(1)専門人材・予算などリソース面の制約
環境、バリューチェーン、人権といった複数の領域を横断的に理解し、国際規範や各種規制の内容を踏まえたうえでDDプロセスを設計・運用できる人材は限られています。多くの場合、担当者は既存業務と兼務で対応しており、プロジェクトとして十分な時間・予算を確保しづらい状況にあります。
(2)「どこまで対応すれば十分か」が見えにくい
環境省ガイダンスや各種国際フレームワークは提示されているものの、
- 自社の事業・バリューチェーンの特性
- 現状の取組みレベル
を踏まえたうえで、「どの範囲まで、どの深さで対応すべきか」という目標水準の設定に悩む企業が多く見られます。
(3)バリューチェーン上流の情報収集の難しさ
環境DDの対象が自社や国内グループ会社にとどまらず、上流の海外取引先まで広がる場合、情報の取得経路や依頼の仕方、負担の分担などが課題となります。Tier1のさらに先のサプライヤーにどこまでアクセスすべきか、現実的な対応範囲を見極める必要もあります。
(4)環境DDと人権DDの統合・整理
国際的なガイドラインや規制の多くは、環境と人権を一体として取り扱うことを求めていますが、社内では担当部署や既存の取組みが分かれているケースも少なくありません。環境DDと人権DDの両方を念頭に置きながら、体制やプロセスをどのように整理するかは、多くの企業にとって共通の課題です。
これらの課題を踏まえると、環境DDを「ゼロから新たに構築する」発想ではなく、既存の枠組みや取組みを起点としつつ、自社の実情に合った形で段階的に高度化していく視点が重要になります。
4.既存の取組みを踏まえた「自社らしい環境DD」の考え方
(1)既存の枠組み・取組みの棚卸し
多くの日本企業は、すでに以下のような枠組みを導入・運用しています。
- ISO14001 等に基づく環境マネジメントシステム(EMS)
- TCFD・TNFD 等に基づく気候・自然関連のリスク・機会の分析と開示
- 人権方針に基づく人権DDやサプライヤー行動規範、調達ガイドライン 等
まずは、これらの取組みのなかで
- どの範囲の事業・バリューチェーンを対象としているか
- どのような情報を収集し、どのように評価・対応しているか
を棚卸しすることで、環境DDの基盤となり得る要素を把握することができます。
(2)自社の事業特性・バリューチェーン構造から見る優先領域
次に、自社の事業ポートフォリオやバリューチェーン構造、操業地域などから、環境面での負の影響が大きくなり得る領域や、規制・ステークホルダーからの要請が特に高い領域を整理します。これにより、環境DDを実施するうえでの「優先的に深掘りすべき領域」を明確化することができます。
(3)国際枠組み・法制度とのギャップの把握
環境省ガイダンスや CSDDD 等の国際的な枠組みを参照しながら、
- 対象範囲(バリューチェーンのどこまでを見るか)
- リスク・負の影響の特定・評価の方法
- 是正措置や救済の仕組み
- 情報開示の内容と頻度
といった観点で、自社の現状の取組みとのギャップを整理します。
(4)「自社らしい環境DD」の方向性の設定
上記を踏まえ、まずはどの事業・地域・バリューチェーンを対象に、
- どのレベルの深さで環境DDを実施するのか
- 人権DDや既存の環境マネジメントとどのように統合・連携させるのか
について、自社としての基本方針・優先順位を定めることが重要です。一度にすべてを網羅的に実施するのではなく、パイロット的な取組みから開始し、対象範囲や深度を段階的に拡大していくアプローチも考えられます。
ここまで、環境DDをめぐる最近の動向と、日本企業にとっての主な論点を概観しました。
この後の詳細編では、
- 環境DDを取り巻く法制度・国際枠組みの詳細
- 既存フレームワークとの関係性
- 環境DDプロセスの具体的なステップ
等について整理し、自社らしい環境DDのあり方を経営課題として具体化していくためのインプットを提示していきます(詳細編については近日公開予定です)。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 荒尾 宗明
シニアマネジャー 西野 紗世
シニアコンサルタント 武田 行平
コンサルタント 上野 寧々