近時、経済産業省は、企業に対して、持続的に成長し収益力を高める「稼ぐ力」の強化を求めています。「稼ぐ力」の強化を実現するためには、長期的に自社がどのような価値を創出していきたいのか、またどのようにそれを実現したいかということを価値創造ストーリーとして明確化・実行し、長期にわたる持続的成長を果たすための事業ポートフォリオの転換と成長投資の推進、実効的なコーポレートガバナンス体制の構築(取締役会の機能強化や内部統制システムの強化 等)などに取り組むことで成長力を高め、長期的なキャッシュフロー創出を強化することが重要です。
あわせて、価値創造ストーリーの実行力を高めるためには、従業員が一丸となって取り組むことが必要です。そのためには、経営理念を浸透させ、理念実践を従業員の行動にまで落とし込む「行動指針」を策定し、行動指針を軸とした求心力の向上を図ることが有効です。
しかし、経営理念が単なる「飾り言葉」となってしまい、会社の「目指す姿」が何であるか、そのためにどのような行動をすべきかの共通認識を持てないままに、理念と現場実務との間に乖離が生じている企業も少なくありません。
本稿では、「稼ぐ力」向上を目指す企業が、経営理念を浸透させ、行動指針の策定を行うことの意義について解説します。
1.なぜ、経営理念の浸透が組織にとって重要であるか
企業はその成長段階において、さまざまな組織的課題に直面することが知られています。成長段階に応じた組織マネジメントの代表的なフレームワークである「グレイナーの成長モデル」※1によると、企業の規模が拡大するほど、分業化・権限移譲が進み、経営者個人によるリーダーシップの影響が薄れることがわかります。
また、新たな成長機会の追求やアライアンスの過程で、徐々に個人の自律的な活動が強まり、同時に異文化の統合も求められます。こうした状況下では、創業当時の経営理念が現場に届きづらく、従業員の組織への帰属意識が薄れ、組織内のコミュニケーション不足や、相互理解の不足による軋轢が発生しやすくなります。
(2)求心力の向上による組織のバランス
上述のように、個人の自律的な行動が強まり、組織への帰属意識が弱まっている組織を「遠心力」が強い組織※2と言います。こうした遠心力が強く働く組織は、個性が発揮しやすい環境である一方で、組織への共感が薄いため、一体感を欠いた組織となりやすい傾向もあります。
そこで、経営理念を通じて組織の掲げる方針を明確にし、経営理念への共感を通じて、組織への帰属力を高める「求心力」を向上させ、組織における遠心力の高まりとのバランスを図ることが必要になるのです。
(1)行動指針の機能(i):経営理念の浸透による求心力向上
行動指針が持つ機能の1つに、従業員に対し、経営理念を体現するためのあるべき行動を具体的に示すことで、経営理念への共感・行動を通じた求心力の向上を図る機能があげられます。
企業が掲げる経営理念は、組織の存在意義や目的、価値観を示す重要な指針です。他方で、経営理念は包括的・概括的な言葉で示されていることが多く、具体的な行動までを示しているものではありません。そこで、経営理念を体現する、従業員のとるべき行動とは何であるかを具体的に示した行動指針の策定が有効になります。
経営理念を具体的な行動レベルに落とし込んで言語化することで、従業員の経営理念への理解・共感を後押しすることができます。さらには、日々の業務のなかで、行動指針に示された経営理念を体現する行動が推奨される組織環境を作っていくことができれば、組織のカルチャーとして一体感を醸成し、求心力の向上を図ることができます※3。
(2)行動指針の機能(ii):コンプライアンス遵守による求心力向上
行動指針が持つ2つ目の機能に、企業のコンプライアンス遵守の方針としての機能があげられます。
経営理念の実現、あるいは持続的な成長の実現を図るためには、コンプライアンス違反を起こさない組織であることは極めて重要です。行動指針は、従業員に対し、単に法令への遵守を求めるだけではなく、「誠実さ」(インテグリティ)を備えた、信頼ある行動を推奨することで、倫理的な企業活動の推進を図り、持続的な企業成長を守りの側面から実現する機能をも担っています。
行動指針によって、自社が求めるコンプライアンス水準を明確にし、従業員一人ひとりが一体となって、信頼ある企業活動を行うよう努めることで、コンプライアンス遵守が文化となって根付きます。その結果として、信頼ある企業に勤めることの誇りが組織の一体感を高め、ひいては組織の求心力の向上に資する結果となります。
また、コンプライアンス遵守としての行動指針の策定は、グローバルのガイドラインなどにおいても要求されています。たとえば、米国司法省が定める企業のコンプライアンスプログラムの評価基準(Evaluation of Corporate Complainace Program(ECCP))においては、行動指針(Code of Conduct)を定めていることがコンプライアンスプログラムを充足しているかの第一のチェックポイントになると言及しています。
(1)経営理念の浸透が「稼ぐ力」に貢献する理由
経済産業省が提唱する「稼ぐ力」を有している組織とは、持続的な競争優位性が確保され、収益化する能力が高い組織を指すと解釈することができます。すなわち、確かな成長戦略を描いていることのみならず、その成長戦略を実行できる高い組織力も求められると考えられます。
この点、経営理念の浸透によって、従業員のエンゲージメントを高めることが、パフォーマンスに好影響を与えるとの意見も見られます。経営理念の実現にむけた、ゆるぎない想いを従業員に伝播させることによって、従業員が同じ目標に向かって一体となることが可能となります。そのことが高いパフォーマンスを発揮する組織力を生み、高い競争優位性や収益力の強化の実現を果たすことができるのです。
(2)行動指針が「稼ぐ力」に貢献する理由
上述のとおり、行動指針には経営理念の浸透を促進する機能と、コンプライアンス遵守の方針の2つの機能があります。前者は、経営理念を具体的な行動として言語化することで、経営理念の理解・共感を促進する機能であり、経営理念の浸透が「稼ぐ力」の強化に資することは、これまでの説明のとおりです。ここでは、後者のコンプライアンス遵守の方針としての機能に焦点を当てて「稼ぐ力」の強化について解説します。
まず「稼ぐ力」の強化のためには、適切なリスクテイクを行える組織となることが必要であると言われています。そして、適切なリスクテイクを行う組織となるためには、その組織に、高い倫理観や規範意識が備わっていなければなりません。規範意識の低い組織が、安易にリスクテイクを行うと、ルール順守への歯止めが利かなくなり、法令違反やインシデントを招く結果になるからです。
この点については、行動指針において、誠実な行動とは何であるか、自身の行動は正しいと言えるか、の判断基準を示し、企業が従業員に求める規範意識のレベルを明確にすることが重要です。こうした明確な基準のもとで、会社が、従業員に対し行動指針に沿った行動を求め、従業員は、行動指針を沿った行動をとり続けることで、高い規範意識をもった組織文化へと変革することができるのです。
このように、自社のコンプライアンス遵守の方針が行動指針の形で明らかにされることで、組織としての倫理観・規範意識を高め、結果として、企業成長に欠かせないリスクテイクが適切に実行できるようになり、「稼ぐ力」を強化することができるのです。
4.まとめ
※1:グレイナーの成長モデル
出所:Greiner, L. E.(1972)「Evolution and revolution as organizations grow」を参考にKPMG作成
※2:組織の求心力・遠心力の関係性
出所:KPMG作成
※3:カルチャー醸成に向けたステップ
出所:KPMG作成
執筆者
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 木村 みさ
マネジャー 中川 祐
シニアコンサルタント/公認不正検査士 谷萩 光
シニアコンサルタント 冨田 響一朗
コンサルタント 三浦 夏美