はじめに

2025年11月、ブラジル・ベレンで開催されたCOP30は、「実行のCOP」として、気候変動への適応を理念や目標の段階から、制度・資金・実装を伴う段階へと進めることを明確に打ち出しました。
とりわけCOP30では、59のGlobal Goal on Adaptation(GGA)指標リストの合意と、国家適応計画(NAP)実施同盟の発足といった、適応実装の基盤整備が進みました。これらの決定は、各国政府のみならず、民間企業の行動や投資判断にも直接的な影響を及ぼすものと考えられます。

本稿では、COP30で決定・明確化された主要事項に沿って、それらがなぜ企業のリスク管理や事業投資、さらには適応事業の実装を後押しするのかを整理します。

1.COP30で合意された「適応指標」は、なぜ企業行動を変えるのか

COP30における最大の成果の1つは、グローバル適応目標(GGA)を具体化するGGA指標の枠組みが合意されたことです。GGA指標は「任意(Voluntary)」であり、国・地域に対する報告義務・拘束力はないものの、各国が共通指標として使用することができる土台が構築されました。これにより、「重要性は増しているものの測れない概念」であった適応が、「測定・報告・評価が可能な対象」へと位置付けが変わったと言えます。

企業の気候変動適応への取組みはこれまで、対策効果の定量化が困難であること、ならびに国際基準や国内認証制度といった評価枠組みが未整備であったことから、経営戦略や投資判断に組み込みにくいという構造的課題を抱えてきました。

COP30で合意されたGGA指標は、気候変動による被害結果の大小を直接測定するものではなく、水、食料、健康、インフラ等の主要分野において、将来の気候リスクを織り込んだ計画、制度、実施能力および運用体制がどの程度構築されているかを評価することを目的としています。よって、将来の気候災害による被害額や被害人数といった「結果(アウトカム)」を直接測定するものではありません。

ただし、これはアウトカムの重要性を否定するものではなく、各国で大きく異なる気候条件や社会経済状況の下でも国際的に比較可能で、かつ実装を促進しやすい指標とするため、適応に向けた計画や制度、実行体制、能力整備といった「備えの水準」や「プロセス」に焦点を当てた設計が採用されたものです。

被害の多寡を事後的に評価するのではなく、将来の被害を抑制するための準備状況を継続的に点検・改善していくことを重視している点に、GGA指標の特徴があります。GGA指標では具体的に、適応の領域を示す分野テーマ別指標(水、食料、健康、インフラ等)と、適応の段階を測る次元別指標(影響リスク評価・計画・モニタリング等)の大きく2つに分けられます。

COP30が示した「適応実装」の新段階_図表1

この考え方は、企業のリスク管理や投資判断と高い親和性を持ちます。具体的にGGA指標は、自社拠点やサプライチェーン、事業展開地域において、脆弱性が高い分野の洗い出しから設備投資の判断軸として機能したり、また適応策の成果をKPIとして測定可能となったりと、GGA指標導入により企業のリスク対応の幅を広げることができます。

COP30で適応に関する指標が合意されたことにより、従来のようなリスク管理の一観点としてのみならず、KPI設定や投資評価に応用することで、適応を主軸としたサービス展開や施策の検討が国際基準に照らし合わせた形で行えるようになったと言えるでしょう。

2.国家適応計画(NAP)実施同盟の発足が意味するもの

COP30では、議長国ブラジル、ドイツ、イタリア、国連開発計画(UNDP)により、国家適応計画(NAP)実施同盟が発足しました。NAPは各国政府の定める適応方針を定めた文書であり、中長期的な自国における適応ニーズ、また適応策実行に向けた戦略方針が示されています。日本政府においては、「気候変動適応計画」において、主要分野を示しつつ、各分野における施策や技術ニーズ等が記載されています。

民間参画の重要性については以前よりNAPにて言及されてきましたが、今回の同盟発足は、民間セクターの適応への参画を「付随的な要素」から「適応実装への前提条件」へと国際的に引き上げた点に特徴があります。

背景には、適応を社会全体で実装していくためには、公的部門のみでは資金・技術・運営能力のいずれも十分ではないという認識があり、COP30では、適応を公共施策として完結させるのではなく、官民が役割を分担しながら進める必要性が明確に共有されました。

この結果、NAPは単なる政策文書ではなく、各国が優先的に取り組む分野や地域、適応に必要な機能(リスク把握/予測・計画/戦略立案・実装・能力開発等)や各国による適応の推進・促進方法を示す適応投資の指針としての色が強くなります。政府の示す適応に関する方針の実行を、民間関与を前提とすることにより、企業は自社の技術やサービスが活用され得る分野、また事業を拡大していくべき領域を具体的に検討しやすくなり、官民連携型の適応プロジェクトが増加していくことが予想されます。

3.COP30で整理された適応資金の方向性と、民間企業にとっての機会

COP30では、適応資金の拡大が引き続き重要課題として位置付けられ、公的資金のみならず民間資本の動員が不可欠であるとの認識が改めて示されました。適応資金は、特定の国や政府が単独で拠出するものではなく、公的資金を核としつつ、民間資本を組み合わせて確保・活用する仕組みへと、その構造を転換しつつあります。

指標やNAPと連動した資金設計が進むことで、適応分野においても、成果の可視化やリスク低減効果を前提とした投資判断が可能となります。これは、適応が「不確実性の高い公益的活動」から、「客観的に取組みの意義が説明できる事業領域」へと位置付けが変わりつつあることを示しています。
この点において、民間企業は単なる資金の受け手ではなく、投資家としての役割と、適応の実装主体としての役割の双方を担うことが期待されています。

民間企業における適応投資の主な課題の1つに、「いつ、どこで、どれだけの影響を受けるのか」が不明瞭であることが挙げられます。そのため、気候リスク分析やデータ基盤、予測モデルといった「気候リスク分析の頭脳」に相当する領域は、投資判断そのものを可能にする前提条件として不可欠な役割を果たします。

気候リスクが可視化されることで、「どこに、どれだけの対策を講じるべきか」が明確になり、GGA指標を活用することにより、「どの対策がどの程度の損失回避効果を持つのか」についての説明が可能となります。適応投資に対する不確実性を低減させることにより、実務としてのリスク低減投資(減災・防災投資等)がこれまでよりさらに加速化させることが期待されます。

COP30ではGGA適応指標の合意や民間の関与を強める方針が明確化されたことにより、適応は継続的な投資・事業として設計されやすくなるスキームの構築が見込まれます。これは、企業にとって新たな市場機会であると同時に、既存事業の高度化や競争力強化につながる可能性を持っていると言えるでしょう。

おわりに:COP30が示した適応の次なるフェーズ

COP30は、適応を理念や目標の段階から、制度・資金・実装を伴うフェーズへと進める転換点となりました。気候変動の影響が長期的に避けられないなかで、適応は単なるリスク低減策ではなく、社会と経済活動を持続させるための戦略的な取組みとして再定義されています。COP30での決定事項を踏まえると、今後企業に求められるのは、気候リスクを認識することだけでなく、適応の観点から自社や顧客の抱える脆弱性・曝露の程度を測定し、戦略立案を行い実装することであると言えます。

企業のレジリエンスを向上させる足掛かりとして、国が示す適応の方針と照らし合わせた民間セクターの適応への関与の在り方を踏まえつつ、適応に関する取組みの動機を社内外に説明することが挙げられます。さらに適応を事業機会として捉えるためには、企業の既存製品・サービスに「適応」の視点を取り込むことがESGの観点からも重要です。COP30で示された枠組みを踏まえ、適応を経営や投資、事業の文脈で主体的に捉えることこそが、今後の競争環境において優位性を築いていくことになるでしょう。

執筆者

KPMGコンサルティング
コンサルタント 近藤 真由

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