コーポレートガバナンス改革の「形式から実質へ」の動きが広がるなか、取締役会の監督機能強化を推進するうえでは、事務局機能を含めた運営効率化が鍵となります。社外取締役を含めた円滑な情報連携や、「稼ぐ力」強化に向けた有効なアジェンダ設定を実現するうえでどこに課題があり、どのようなソリューションが有効なのか、ガバナンスクラウド株式会社とKPMGコンサルティングのエキスパートが意見を交わしました。
【インタビュイー】
ガバナンスクラウド株式会社
代表取締役 上村 はじめ氏
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 木村 みさ
アソシエイトパートナー 松田 洋介
【聞き手】
KPMGコンサルティング
マネジャー 野口 瞳
左からKPMG 松田、野口、ガバナンスクラウド社 上村氏、KPMG 木村
事務局機能の高度化で取締役会の監督機能強化を
―経済産業省が「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」等を公表し、日本のコーポレートガバナンス改革における「形式から実質へ」という転換の流れが一層強まっています。取締役会の監督機能を通じて執行の「稼ぐ力」を強化していくうえで、対応すべき課題はどこにあると考えますか。
KPMG 木村
木村:取締役会が執行の「稼ぐ力」を後押しする監督機能を発揮するには、多忙な取締役の方々が効果的・効率的に質の良い情報を取得し、意思決定することをサポートする取組みが重要です。
金融庁が6月に公表した「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」のなかで、取締役会の機能がモニタリングに特化すれば、事務局の機能は監督と執行をつなぐ結節点として一層重要になるとの指摘があります。私たちが支援する取締役会実効性評価のなかでも、取締役会の運営の課題認識や事務局への要望として、監督機能発揮を支える戦略的なアジェンダ設定や、情報提供の質・利便性向を求める意見もあります。
上村氏:取締役会はただでさえ業務が山積している上、社会的に期待される役割は増加の一途です。それらを果たしていくためには、事務局機能の強化の前提として、主体である役員の方々と目線を合わせて共に取組みを推進していくことが絶対条件となります。ただ、目線合わせは決して簡単ではないので、周囲のサポートが必要になる場面も増えていくことでしょう。
経産省は「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」のなかで、ガバナンスにおける「守りから攻めへ」の転換を強力に促すような、踏み込んだメッセージを打ち出しています。もちろん、すべての会社が一律の対応を求められるわけではありません。投資家を中心とする外部ステークホルダーの意向をしっかり経営に反映するため、社内だけでなく社外の方々を交え、最も重要な事柄は何かを丁寧に議論して特定し、取組みの方向性を会社ごとに判断することが期待されています。新たな共通認識が定まれば、アジェンダも自然と決まるし、会社内の布陣を見直す流れにつながることもあるでしょう。共通認識の醸成については、一義的には社長がリーダーシップを発揮することが重要ですが、それを実行に移していく段階ではやはり取締役会事務局が、情報収集にとどまらず、さまざまな機能を能動的に果たしていくことが必要と考えます。
―取締役会の監督機能強化を支える事務局のサポートの現状をどのように見ていますか。
松田:日本企業における取締役会事務局はその名称の影響か、ロジスティクス関連の手伝いを担当する人々というイメージを、いまだに払拭しきれていないようです。英国ではコーポレートセクレタリーといった機能が取締役会の実効性を支える重要な機能として確立されています。全取締役に対するガバナンスの助言者として位置付けられ、取締役会の議題の企画・設計に関して議長を補佐して中心的役割を果たすとともに、取締役会と執行部門、さらには各委員会間の円滑な情報連携を担うなど、高度な参謀機能を発揮しています。日本の取締役会事務局も、社外取締役中心の取締役会と執行側をつなぐ重要な結節点として、コーポレートセクレタリーのような役割を果たすことが望ましいと考えています。
KPMG 松田
上村氏:社内では経営戦略を話し合う機会を設けているにもかかわらず、取締役会で十分に議論されていないケースでは、取締役会のアジェンダの見直しを検討すべきでしょう。また役員会では将来の成長ドライバーにつながる有効なアイデアが生まれず、議論が行き詰るケースもあります。その場合、たとえば事業戦略について意見を交わす場に、現場担当者ならではの視点を加えるなどして、議論の質を高めることが考えられます。役員会が会社を正しく理解するにはレポーティングラインだけでなく、全社レベルの価値共有が重要です。また、固定観念に縛られないよう、社内の会議室を離れて合宿などを実施し、日常の業務責任から離れた場所でアイデアを引き出すといった工夫も有効な選択肢でしょう。
取締役会の重要性に鑑み、その運営を担う事務局には、適切なアジェンダ設定をすることに加え、審議に必要な情報を収集する仕組みを作り、実効的な議論をサポートすることが求められています。
木村:「稼ぐ力」強化に向けた実効的な議論を後押しするアジェンダを設定するには、自社の長期的なありたい姿を明確にし、実現するために必要な要素を明確化していくことが必要です。その目線合わせは一朝一夕で実現するものではなく、議論の発散と集約を繰り返していくなかで、一定の時間を掛けて前進していくものです。
また、アジェンダとなりうるテーマは、メガトレンドの自社影響の予測や、長期戦略、事業ポートフォリオの在り方など、長期視点かつ全社俯瞰的なものが多く、審議時間を捻出するだけではなく、議論の質を上げるため、取締役が会社のさまざまな情報へ必要な時に必要なものへアクセスできる利便性の確保も強く求められます。
取締役会の監督機能強化を支える鍵は「情報の一元化」
上村氏:取締役会事務局のキャパシティが既存業務でひっ迫している状況が続けば、上場企業の間で「価値創造ストーリー」の実現に向けた動きを広げることも難しいでしょう。こうした現況を乗り越えるには、取締役会やその事務局において、人的サポートとシステム面のサポートを充実する必要があると考えます。
人的サポートについては外部のエキスパートとの連携が有効な手段です。システムについては、企業全体で見ればDXが前進しているものの、取締役会周辺に目を向けると、たとえば議事録が今も紙ベースの押印方式で、使用しているシステムも業務ごとに仕様が異なり、連携が難しいといった場合が少なくありません。議事録の押印が集まるのに数カ月程度を要し、登記が必要なものだけ別建ての議事録を用意するといった慣行は非効率なだけでなく、情報の所在が分散し、漏洩リスクにもつながりかねません。平時はまだしも、緊急時にはそのリスクが一層高まることが予想され、まずは情報の一元化を進めることが急務だと考えています。
松田:お客様と意見交換していると、取締役会事務局の方々はただでさえ多忙をきわめていることが分かります。コーポレートガバナンス・コードの制定以降、取締役会事務局が対応すべきことは飛躍的に増大しました。たとえば、社外取締役の増加に伴い事前説明や、社外取締役が現場実態を理解するための取組み、オフサイトの会議や合宿の準備などの業務が増え、リソースが逼迫している状況が窺えます。いわば参謀機能を発揮しようにも、そのための時間や工数が捻出できないのが実態です。情報の一元化やシステム面でのサポートによって、ロジスティクス関連業務を効率化して工数を削減することで、本来、事務局が時間をかけるべき企業価値の向上を支えるより有意義なアジェンダ設定や情報提供・助言、取締役会と委員会・社外取締役・執行間の連携促進といった、付加価値の創出に向けた活動の時間を創出できると考えます。
ガバナンスクラウド社 上村氏
上村氏:事務局責任者、取締役の両方を経験し、こうした課題にシステム面からできることは何だろうかと海外事例を調べていくなかで、他の主要国では普及しているボードポータルが日本に存在しない現状に課題が浮かび上がりました。既存の社内システムにアクセスできない社外取締役を含め、役員が必要とする情報に一元的にアクセスできるボードポータルを整備することが取締役会DXの鍵になるとの結論に至り、2021年6月、取締役会運営システムなどクラウドサービスを提供するガバナンスクラウド社を立ち上げました。
設立当初は議事録のデジタル化に関する問い合わせをいただくケースが多い印象でしたが、最近はコーポレートガバナンス改革の進捗を背景に、役員会の情報共有や実効性評価といったニーズの高まりを実感しています。
取締役会や事務局のDX化が「稼ぐ力」の強化や企業価値向上に資する
―DX化やツール導入にはさまざまなハードルがあると推察します。ハードルを乗り越えるために、意識している点はありますか。
上村氏:同じ企業の役員間でもITリテラシーが一様でないため、DXに二の足を踏んでいる場合が多いと認識しています。だからこそ我々がご提供している取締役会運営システムは、たとえば事務局側の画面ではさまざまなボタンを用意する一方、役員側の画面はボタンを極力減らして今何が必要か一目でわかるようなデザインにするなど、シンプルさと利便性の均衡を重視した設計としています。さらなる効率性向上を実現するため実装したAI機能をオプションの位置づけにするなど、お客様企業の役員会のITリテラシー、AIリテラシーに応じた最適な選択肢をご提供する工夫も施しています。また、事務局業務効率化の投資に社内の合意を得にくいという場合には、それがガバナンスの深化・充実や企業価値向上に資する基盤となることをご説明しています。
木村:取締役会DXを「稼ぐ力」強化に結び付けるサポートは、コーポレートガバナンスの実質化をサポートする我々の取組みとの強いシナジーを感じます。効率化により審議時間を創出し、より重要な議論にフォーカスしていくといったニーズが高まるなかで、ガバナンス運営におけるDXを推進する会社は今後も増加すると考えられます。
―今後、取締役会や事務局が抱える課題への対応として、どのような支援を考えていますか。
松田:日本企業のコーポレートガバナンスの向上のために、取締役会事務局の機能の高度化は不可欠となっています。ただし、高度化を実現するには、業務効率化という基盤整備が前提となり、そのうえで人的サポートとシステム面のサポートを両輪として展開することが求められます。取締役会および取締役会事務局が直面する多様な課題に対する、実務に即した伴走型の支援ニーズは、取締役会の進化に伴い一層高まっていくでしょう。こうした環境を踏まえ、取締役会機能強化に向けた支援について、事務局機能の強化へのアプローチを拡充することで、クライアント企業のガバナンス改革に伴走していこうと思っています。
上村氏:役員会のすべての業務をカバーすることで、Governance Cloudがあれば役員会は大丈夫と感じていただける状態を目指し、順次機能を追加しています。また、技術の発展に応じより便利にご活用いただけるようにしたいと考えています。すでに生成AIで議案の要約や検証、議事録の作成をする機能を実装していますが、今後もガバナンス改革の実質化のために、テクノロジーでお役に立てることを、お客様の声を伺いながら進めていきます。
木村:本日の対談を通じ、取締役会運営のDXを手掛けるエキスパートと戦略・ガバナンス面の支援を提供する我々コンサルティングファームが連携することで、より高い付加価値を提供できる可能性を感じました。今後もテクノロジー進展を含めた外部環境の変化の波を適切に捉えつつ、取締役会や事務局の機能向上等に資するソリューションを提供していきたいという思いを強くしました。