KPMGのヘルスケア&ウェルビーイング・チームは、人新世における重要なテーマとして“プラネタリーヘルス”を掲げ、調査活動などの情報発信を推進しています。
今回、「気候変動への影響を緩和し、健康リスクに適応するために都市が果たすべき役割は何か」、「その実現に向けた障壁と対策は何か」という、都市に関連する問いに焦点を当て、持続可能な地球環境と健康の共存、そしてヘルスエクイティを実現する都市の在り方を探求したレポートを発行しました。
本記事では、以下の3つのテーマを深掘りして解説します。
Part 1)地球沸騰時代:気候変動がもたらす健康問題とヘルスエクイティ
Part 2)気候変動から人々の健康を守る:次世代都市のあるべき姿と革新的ソリューション
Part 3)プラネタリーヘルス:次世代都市の実現に向けた提言
Part 2)気候変動から人々の健康を守る:次世代都市のあるべき姿と革新的ソリューション
1. 気候変動と健康に関する都市の現状とあるべき姿
Problem ~都市が直面する地球環境と健康に関する問題~
気候変動と健康に関する課題の最前線に立つ都市は、現代社会における重要な焦点となっています。昨今、都市化と気候変動の進行に伴い、都市住民の健康を取り巻く環境が大きく変化し、焦熱や大気汚染、異常気象、緑地面積の不足など、さまざまな脅威にさらされています1。しかし、人々の健康と地球環境を守るための持続可能な都市構造への転換は十分に進んでいないのが実態です。これらの影響は、都市特有の高密度な人口分布、コンクリート舗装の広がりやインフラの老朽化の度合いによっても異なり、計画性のない都市開発が公衆衛生および地球環境にとって重大なリスクとなります。さらに、都市人口の急増と活動規模・範囲の拡大は今後も続くと予測されており、適切な対策が講じられない場合、さらに問題が深刻化するでしょう。現在、世界人口の56%にあたる約44億人が都市に暮らしていますが、2050年までにはその割合が70%に達すると予測されています。また、2030年までに、気候変動が引き起こす熱ストレス、下痢、栄養失調、マラリアによって年間25万人の超過死亡が発生し、健康被害による直接的コストは年間24億ドルにのぼると見込まれています2。このような状況を踏まえれば、都市の持続可能性を確保し、健康被害を抑えるための緊急かつ包括的な取組みの必要性を理解できるでしょう。
図表1 気候変動に伴う都市の健康問題
出所:Bupa. (2024). Healthy and Climate-Resilient Cities Equipping future city leaders to put health at the centre of city design を基にKPMGジャパン作成
都市の脆弱者層が受ける健康被害(例)
特に都市部では気候変動の影響を強く受けるため、妊産婦、高齢者、子ども、低所得層(スラム居住者やホームレスを含む)などの脆弱者層が、気候変動による健康被害を受けやすいとされています。これらのグループにおいては、従来から経済的制約や医療アクセス不足が深刻な課題であり、都市の気候変動対策においても特に配慮が必要です。
たとえば、妊産婦は気候変動の影響を特に受けやすい存在です。熱波や大気汚染への曝露は早産、低出生体重、死産といったリスクを増加させるだけでなく、妊娠高血圧症や妊娠糖尿病などの健康問題を引き起こし、胎児の正常な発育を妨げます。また、大気汚染は先天性奇形のリスクを上昇させることも指摘されています。さらに、気候変動に伴う媒介生物感染症(デング熱、マラリア、ジカ熱など)は妊娠中に重症化しやすく、それによって母体の貧血、胎児の発育不全、低出生体重、早産、死産のリスクが高まります。
Challenge ~主要都市を対象とした気候と健康に関する調査結果: 気候変動から都市住民の健康を守るために必要な対策・情報・資金が不足~
持続可能な未来の都市を希求する国際ネットワーク「Resilient Cities Network」は、主要都市(52ヵ国118都市)への調査を実施し、都市が抱える健康と経済に関する課題の現状を浮き彫りにしました3,4。この調査は、都市の約70%で気候の変化による健康リスクが認められ、約92%の都市で熱波や異常気象などによる経済損失が発生していることを明らかにしました。特に、熱波に関しては、幼い子ども、高齢者、屋外労働者、不十分な住環境で暮らす住民、移民など、社会的脆弱層への深刻な悪影響に強い懸念が示されました。しかしながら、気候と健康を統合的に捉える都市計画を導入しているのはわずか23%に過ぎず、早期警戒システムを備えた都市も30%に留まります。そして、94%の都市が情報不足を報告し、かつ十分な資源を有する都市は35%に限られています。これらのデータが示すのは、都市は被害の現状を認識しつつも、正確な情報や資金不足を理由に十分な対策を講じられていないという現実です。
図表2 気候変動と都市に関する調査結果(52ヵ国118都市のリーダー等を対象)
出所:Resilient Cities Network (R-Cities), Urban Pulse: Identifying Resilience Solutions at the Intersection of Climate, Health and Equity、Resilient Cities Network (R-Cities), Resilient Cities at the Intersection of Climate and Healthを基にKPMGジャパン作成
Vision ~地球と人々の健康を守る次世代都市のあるべき姿~
気候変動と健康という新たな地球規模の複合的課題を受けて、これからの都市構造や都市政策の在り方を再検討し、その実現の道筋を示さなければなりません。このような課題に対処するためには、都市が気候変動に真正面から向き合い、持続可能な未来を築くための包括的なアプローチが不可欠です。その鍵を握るのが、「緩和(Mitigation)」、「適応(Adaptation)」、「損失と損害(Loss and Damage)」という3つの対応策です。次世代都市には、これらへの深い理解をもとに都市構造を再設計することが求められます。次世代都市のあるべき姿を簡潔に述べると、「環境問題への積極的な取組みを通じて、住民の健康と安全を守ることを可能にした都市」と言えます。具体的には、大気汚染や交通渋滞の解消に向けた施策を進めるとともに、健康リスクを軽減するための計画策定や早期警戒アラートシステムの導入が求められます。さらに予期せぬ損失や被害が発生した際には、迅速かつ包括的な対応・支援体制が整備されていることが重要です。以下に、次世代都市において、各アプローチで求められる役割を説明します。
緩和(Mitigation)
都市における環境問題の軽減、特にGHG排出抑制や大気汚染、交通渋滞対策が必要です。たとえば、再生可能エネルギーの活用や省エネルギー設備の採用を通じてGHG排出量を削減し、環境負荷を抑えた都市環境を実現する取組みが挙げられます。また、低炭素型の病院やクリニックの建設、低炭素素材による医療機器の開発・導入は、都市の健康と環境保護・保全の両立に資する重要な対策です。
適応(Adaptation)
熱中症や大気汚染、感染症など気候変動が引き起こす健康被害に対応するために、適切な計画と施策が必要です。たとえば、熱波に対する早期警戒アラートシステムの整備や保護シェルターの設置、建物の断熱化や冷却システムの導入などのインフラ整備などが挙げられます。また、公共交通機関の充実や住民向けの健康促進啓発活動、さらに支援プログラムの展開も効果的な適応策です。
損失と損害(Loss & Damage)
適応策を講じたとしても結果的に発生する損失や被害に対して、迅速な対応が可能な包括的支援体制の整備も不可欠です。たとえば、医療機関が被災し医療提供が困難となる状況を見据えた、サージキャパシティ(有事の際に通常の医療提供能力を超え急増する医療需要への対応能力)の強化などがそれにあたります。また、避難所においては、適切な健康管理や予防医療のサービス提供、さらには必要物資を備蓄することで、被災者の健康状態を維持・増進する取組みが求められます。
How ~次世代都市実現の鍵は革新的ソリューションの導入~
次世代都市の実現には、官民が連携し、民間の創意工夫を最大限に活用することが不可欠です。その鍵となるのは、革新的なソリューションの開発と、それを積極的に導入する姿勢です。従来、都市政策は自治体を中心に一定の役割を果たしてきましたが、気候変動やそれに伴う健康問題といった、急速かつ複雑に進行する地球規模課題に対応するためには、既存の枠組みを見直す必要があります。政府・行政は、公的機関に限定された事業の実施・管理から脱却し、民間のノウハウや資金を取り入れた、より大規模かつ迅速な体制への転換が求められます。一方、民間企業には、保健医療と気候変動という新たな交差点をビジネス機会として捉え、「緩和」「適応」「損失と損害」の各側面において、革新的なソリューションを開発・提供する役割が期待されます。そして、こうしたソリューションの成功には、官民連携を基盤とした業種や分野を超えた協働体制の構築が不可欠です。さらに、アカデミアや市民団体、NGOを巻き込んだ多様なパートナーシップの構築は、多様な視点と専門性を融合させることができるため、SDGsの達成やその先の目標を見据えた効果的で持続可能な都市形成のために重要です。
また、都市を社会課題に直面する場として捉えるのではなく、都市の潜在的な強みや特性を最大限に発揮させ、脅威を機会に変える考え方も必要です。たとえば、都市には多くの人々が集まり、知恵や技術が蓄積されるとともに、多様性と包摂性の観点からも、新しいアイデアが創出される環境が整っています。このような都市固有の強みに着目し、そこで生まれる革新的なアイデアを基盤にしたソリューションを開発し、それを都市政策や社会課題解決のために積極的に導入することが重要です。
2. 都市への導入が期待される環境と健康に寄与するソリューション例
都市への導入が期待できるソリューション(全体像)
本章では、次世代都市への導入が期待される革新的な日本のソリューションや事例について紹介します。日本は昭和の高度経済成長期に、さまざまな公害問題を経験し、たとえば工業化の波に伴いコンビナートから排出された汚染物質が、地域住民に深刻な健康被害をもたらしました。このような歴史的背景もあり、日本は公衆衛生基盤や都市計画において、世界でも高い評価を受ける価値を創出しています。その経験を基に、現在では気候変動などの課題から人々の健康を守るための多様なソリューションが開発・導入されています。近年、世界的に都市化が加速するなかで、爆発的な人口増が進むアフリカやアジアでは、気候変動に起因する多くの社会課題が顕在化しています。この現状に対し、日本の取組みやソリューションは、これらの地域における課題解決のためのユースケースを提供できる可能性があると考えられます。調査を通じて確認できたソリューションは、「リスク検知」と「リスク対応」の2つのタイプに分類できます。
リスク検知
リスク検知では、日々または季節的に変動する気候や環境に応じた健康リスクの変化を事前に予測します。これらの情報に基づき、適切な対応策を講じることが可能となります。近年、このような役割を果たす技術として、「早期警戒システム」や「気候テック」が特に注目されています。大気汚染や感染症予測サービスなど、AIやIoT技術を活用した高度なソリューションが実証・運用されており、保健医療との接点を見出しながら新たな価値を生み出しています。さらには、このような技術の開発を通じて、他業界からの参入や新しい協働モデルが広がりつつあります。
リスク対応
リスク対応では、検知されたリスクに対する迅速かつ効果的な対応のための取組みが進められています。たとえば、都市の熱中症リスク対策として暑熱避難施設を設置することや、大気浄化を目的とした技術開発など、リスクを軽減させる実践的なソリューションが導入されています。また、高齢者見守りデバイスに、熱中症等で入院された場合の障害保険が付帯されるサービスも登場している。
図表3 気候変動から人々を守る日本のソリューション事例
各組織の事例詳細は、Part3の文末掲載のレポート本文でご確認いただけます。
参考文献:
- Bupa. (2024). Healthy and Climate-Resilient Cities Equipping future city leaders to put health at the centre of city design.
- WHO, “Climate Change”, https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/climate-change-and-health, (Access, 2025-03-03)
- Resilient Cities Network (R-Cities), Urban Pulse: Identifying Resilience Solutions at the Intersection of Climate, Health and Equity
- Resilient Cities Network (R-Cities), Resilient Cities at the Intersection of Climate and Health
執筆者
あずさ監査法人
ディレクター 小柴 巌和
シニアマネージャー 山形 律子
シニアアソシエイト 畠山 航也