地球沸騰化(Global Boiling)、都市一極集中が人々の健康を蝕む世界

2014年、世界的な医学雑誌「THE LANCET」に、ある重要な論文が掲載されました。アントニオ・グテーレス国連事務総長が、2023年には温暖化(Warming)を通り越し“沸騰化(Boiling)”とも表現するに至った気候変動が※1 、我々人類の健康に想像以上の被害をもたらしていることを究明したものです※2

特に注目すべき点は、気候変動のみならず、人類の社会経済活動が引き起こすさまざまな地球環境の変化――大気汚染、水質汚染、土壌汚染、生物多様性喪失など――が人類の健康をひどく蝕んでいることを示していることにあります。「From public to planetary health: a manifesto」という論題において用いられた“Planetary Health”という概念は、その後、世界中に広まりました。論文発表から10年が経過した現在、Planetary Healthに加え、Climate & Healthなどのキーワードも登場し、地球環境と人類の健康の関係性を明らかにする科学的研究が積み上げられてきました。

地球環境と人類の健康の関係はある種絶望的であると感じさせられるほど、多様かつ深刻な健康被害がもたらされていることが明らかになっています※3。しかし、絶望的なままでいるわけにはいきません。本稿では、このような新たな社会的課題に我々がどう向き合うべきかを考察します。

日本は昭和の高度経済成長期に、さまざまな公害問題を経験しました。工業化の波で登場したコンビナートから排出された汚染物質は、地域住民などに深刻な健康被害をもたらしました。たとえば「四日市ぜんそく」は、皆さんも記憶されていることでしょう。

近年、世界的に都市化が進み、爆発的な人口増が進むアジアや、これに続くアフリカなどでも、都市人口の増加に伴うさまざまな社会課題が顕在化してきており、これらの国々においても、工業化と人々の健康のバランスを図ることは重要な政策課題となっています。日本が経験した公害問題との大きな違いとしては、気候変動が地球全体で進んでいること、また当時とは異なる汚染物質(たとえばSPM(浮遊粒子状物質))の存在が認められ、これらが人体に複雑に影響し合っていることを考慮する必要が生じていることが挙げられます。

気候変動が引き起こす健康被害は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を凌駕し、21世紀における公衆衛生の最大危機と称されます※4。これは、国際社会が掲げる「ヘルスエクイティ※5の実現」、すなわちすべての人が健康を達成・維持するために必要な機会を公平に得られる社会への道を阻む最大の障壁となります。

そして、この問題の最前線に立たされているのが「都市」です。都市は、地球と人類の健康を守るべき拠点であるにもかかわらず、その脅威を増幅させる根源ともなり得ます。驚くべき事実として、都市は全地球の陸地面積のわずか2%を占めているに過ぎない一方、世界の温室効果ガス(GHG)排出の75%、エネルギー消費の75%もの環境負荷を生んでいます※6

そして近年、都市部では熱波、異常気象、大気汚染、感染症の蔓延、騒音といった問題が頻発し、それらが住民の健康被害を増悪させています。とりわけ、女性、高齢者、低所得者などの社会的脆弱層への影響は甚大です※7。皮肉にも、彼らは気候変動を引き起こす活動にほとんど関与していないにもかかわらず、最大の犠牲者となっています。

この状況は健康格差を助長し、健康の不平等が支配する未来につながってしまう可能性があります。人類は都市化や産業活動を通じて持続可能な豊かな未来を築いてきたはずが、今日では、人と地球を蝕む結果をもたらしてしまっているのです。このパラドックスを解消しない限り、持続可能な社会の実現はきわめて難しいでしょう。

21世紀の公衆衛生危機に挑む国際社会と世界主要都市が直面するジレンマ

気候変動が人々の健康に深刻な影響を与えるなか、国際社会はこの問題に対応すべく新たな取組みを進めています。COP28では「気候変動と健康(Climate & Health)」が公式議題として取り上げられ、健康問題に関する初の専門会合の開催や、気候変動による健康影響から国民を守る行動を促す「UAE Climate and Health Declaration」に125ヵ国が署名しました※8

またWHO主導の「気候変動と健康に関する変革的行動のためのアライアンス(ATACH:Alliance for Transformative Action on Climate and Health)」は、気候変動に対するレジリエンスの高い保健医療システムの構築を目指すための国際プラットフォームについて、議論を進めています※9。 

持続可能な未来の都市を希求する国際ネットワーク「Resilient Cities Network」は、主要都市(52ヵ国118都市)への調査を実施し、都市が抱える健康と経済的課題の現状を浮き彫りにしました※10※11。この調査は、都市の約70%で気候の変化による健康リスクが認められ、約92%の都市で熱波や異常気象などによる経済損失が発生していることを明らかにしています。

特に、熱波に関しては、幼い子ども、高齢者、屋外労働者、不十分な住環境で暮らす住民、移民など、社会的脆弱層への深刻な悪影響に強い懸念が示されました。しかしながら、気候と健康を統合的に捉える都市計画を導入しているのはわずか23%に過ぎず、早期警戒システムを備えた都市も30%に留まります。

これらのデータが示すのは、都市では対策の必要性が認識されながらも、正確な情報や資金不足を理由に、それを実現する仕組みが構築できていない現実です。気候変動と健康という新たな地球規模の複合的課題を受けて、これからの都市構造や都市政策の在り方を再検討し、その実現の道筋を示さなければなりません。

KPMGのヘルスケア&ウェルビーイング・チームが描く都市の未来と道筋

地球環境と人々の健康を守り、持続可能な未来を築くために、都市は大胆な変革をとることが迫られています。その鍵となるのは、「緩和(Mitigation)」「適応(Adaptation)」「損失と損害(Loss and Damage)」という3つの対応策への深い理解と、それを基盤とした都市構造の再設計です。

その取組みには、大気汚染や交通渋滞などの環境問題の解決に対する積極的な関与、さらに、住民の健康リスク軽減に向けた計画策定や早期警戒アラートシステムの導入などが含まれます。そして、予期せぬ損失や被害が発生した際には、迅速かつ包括的な対応・支援を行える体制も具備されるべきです。

KPMGのヘルスケア&ウェルビーイング・チームは、人新世※12における重要テーマに“プラネタリーヘルス”を位置付け、都市が果たすべき役割について探求を進めています。現在、「気候変動への影響を緩和し、健康リスクに適応するために都市が果たすべき役割は何か」「その実現に向けた障壁と対策は何か」という2つの根幹的な問いに焦点を当て、レポートを執筆しており、今後KPMGのウェブサイトなどにて発表する予定です。このレポートが持続可能な地球環境と健康、そしてヘルスエクイティを実現する都市の在り方を考える新たな指針となることを目指します。

※1:「Press Conference by Secretary-General António Guterres at United Nations Headquarters 」(国際連合)
※2:「From public to planetary health: a manifesto 」(Elsevier)
※3:「Safeguarding human health in the Anthropocene epoch: report of the Rockefeller Foundation-Lancet Commission on planetary health 」(Elsevier)
※4:「Climate change crisis goes critical 」(Elsevier)
※5:「ヘルスエクイティ」とは、あらゆる人が公平かつ正当に最高の健康状態を達成する機会を持つことを指す。「エクイティ(公平性)」とは、社会的、経済的、人口統計的、地理的、またはその他の不平等につながる要素(例:性別、ジェンダー、民族、障害、性的指向)によって定義されるグループ間で生じる不公平を避けられる、もしくは改善可能な差異がない状態を指す。ヘルスエクイティは、あらゆる人が健康と幸福のために最大限の潜在能力を達成できるときに実現される。
※6:「Urban Development Overview 」(世界銀行、2025年3月3日時点の情報による)
※7:「Climate Change 」(WHO、2025年3月3日時点の情報による)
※8:「COP28 Health Day 」(WHO、2025年3月3日時点の情報による)
※9:「Alliance for Transformative Action on Climate and Health 」(WHO、2025年3月3日時点の情報による)
※10:「Urban Pulse: Identifying Resilience Solutions at the Intersection of Climate, Health and Equity 」(Resilient Cities Network)
※11:「Resilient Cities at the Intersection of Climate and Health 」(Resilient Cities Network)
※12:人新世(Anthropocene)とは、「人類の時代」を意味する新たな地質時代区分で、地質学者パウル・クルッツェンによって提唱された。この概念は、人類の活動が地球環境や生態系に深刻な影響を与え始めた時代として定義される。温室効果ガスの排出、森林破壊、大量の資源消費などが加速し、気候変動のリスクが高まることで、不確実性が増大するという特徴がある。

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