気候変動対策が国家・企業の直面する責務・課題となるなか、温室効果ガスの排出枠や削減を数値化し、市場取引を可能にする「カーボンクレジット」が注目を集めています。一方、その具体的な仕組みや市場の実態に関しては、パリ協定6条2項の運用を始め、市場整備が続々と進んでいるものの、いまだ一般には広く理解されていないのが現状です。
本連載では、「カーボンクレジットに関する世界の潮流と日本企業の勝ち筋」と題して、カーボンクレジットの需給動向、国内外の法規制、そして2030年以降を見据えた市場の展望までを多角的に読み解いていきます。
第3回となる本稿では、GX-ETS対応の「守りの第一歩」となる「市場からのカーボンクレジットの調達」に焦点を当て、解説します。
1.はじめに
2026年度より本格運用が予定されているGX-ETSは、日本企業の温室効果ガス(GHG)排出に対するルールやインセンティブを大きく変えていくことが見込まれます。前回の記事では、GX-ETSの制度概要および日本企業に与え得る影響を整理したうえで、本格運用への備えとしてカーボンクレジット活用の3つのアプローチを紹介しました。
アプローチ1~3のいずれもGX-ETSの本格運用を前提としたものですが、その性格や時間軸、企業に求められるケイパビリティは大きく異なります。
本稿では、そのなかでも既存事業活動への影響が少なく、また短期的な効果の享受が可能なGX-ETS対応の「守りの第一歩」となるアプローチ1「市場からのカーボンクレジットの調達」に焦点を当てます。制度設計が最終化される前の2025年12月時点から取り組むべきカーボンクレジットの調達計画・戦略の検討観点を整理していきます。
出所:KPMG作成
2.企業のアセット特性を踏まえたカーボンクレジット調達戦略
(1)排出削減の時間軸と調達の役割
1つ目の観点は、自社の排出削減を実現するために要する時間です。
- 石油・ガス、電力、鉄鋼、化学など、アセットヘビーかつ設備投資が巨額に及ぶ業種では、抜本的な排出削減には長期的な投資が必要となります。このような企業では、GX-ETSの本格運用が始まった初期段階から、一定期間にわたり継続的なカーボンクレジット調達が避けられないケースが想定されます。
- 一方で、エネルギー効率改善や燃料転換、再生可能エネルギー導入などにより、中短期的に一定の削減余地を持つ業種も存在します。これらの企業にとってカーボンクレジット調達は、削減投資の効果を享受するまでの谷間を埋めるための「ブリッジ」としての位置付けがより強くなります。
そのため、自社の排出削減カーブ(どの時点で、どの程度削減し得るか)や財務的投資余力を把握したうえで、
- 「既存の投資計画や排出削減カーブでどの程度財務的影響が生じるのか、どの程度追加的な削減余地があるのか、どの程度追加的な投資が必要なのか」
- 「どの年度まで、どの程度カーボンクレジットで排出量をカバーするのか」
- 「どの年度以降は、自社削減やカーボンクレジット創出に切り替えていくのか」
といった時間軸を踏まえた調達計画を描くことが重要です。
出所:KPMG作成
(2)調達チャネルの選択:相対取引と市場取引
2つ目の観点は、どのようなチャネルを通じてカーボンクレジットを調達するかです。大きくは、商社・金融機関・ブローカー等との相対取引と、取引所・プラットフォームを活用した市場取引に分けられます。
- アセットヘビーで長期的にカーボンクレジットの需要が見込まれる企業
- 将来の価格上昇や買い負けのリスクを抑え、一定量をバルクで安定的に調達する観点から、特定のカウンターパーティとの中長期的な相対契約を一定割合組み込むことが有効となるケースがあります。
- 相対取引では、ボリュームや期間、品質条件を柔軟に設定できる一方で、価格の透明性は相対的に低くなります。
- 中短期で排出量の削減余地の大きい企業
- まずは数年程度のGX-ETS義務対応を念頭に、スポットあるいは短期の市場取引で必要量を調達しつつ、中長期的には自社のカーボンクレジット創出や売り手側への転換も視野に入れる戦略が考えられます。
- 市場取引は価格の透明性が高い一方、需給状況によっては必要なボリュームを確保しづらい局面も想定されます。
重要なのは、「どのチャネルが良い・悪い」という単純な議論ではなく、自社のアセット特性と時間軸に応じて、相対取引と市場取引をどのような比率で組み合わせるべきか、調達先ポートフォリオを最適化する発想です。
(3)カーボンクレジット調達と将来の発行側戦略との関係
3つ目の観点は、将来的に自社がカーボンクレジットの発行側に回り得るかという視点です。
たとえば、中短期で削減余地の大きい企業では、
- 初期フェーズ:GX-ETS本格運用の開始直後は、市場からのカーボンクレジット調達により排出枠超過リスクを抑える
- 中長期:排出削減投資や再エネ導入等を通じて、自社からカーボンクレジットを創出し、自社オフセットと市場販売の双方に活用する
といった「買い手から売り手への転換」による事業機会の獲得が現実的な選択肢となり得ます。
また、企業グループ内にカーボンクレジットの発行主体となり得る子会社を有するケースでは、さらに複雑となります。たとえば、子会社がカーボンクレジットを発行できる場合、親会社は当該子会社との長期の相対契約を通じたカーボンクレジットの内部調達が、選択肢の1つになると考えられます。
一方で、市場価格の上昇が見込まれる局面では、子会社側でカーボンクレジットを外部に販売してキャッシュ創出を図りつつ、親会社は外部カウンターパーティとの中長期の相対契約等を通じて割安なカーボンクレジットを確保するといった選択肢も考えられます。いずれのパターンを採るにせよ、個社単体ではなく、グループ連結ベースでの財務インパクトを前提に、内部調達と外販+外部調達の組み合わせを検討することが重要と思われます。
このように、カーボンクレジット調達戦略は、それ単体で完結するものではなく、将来のカーボンクレジット創出・事業化戦略と連続的に設計されるべきものです。本稿では調達にフォーカスしますが、次回以降で取り上げる「発行・販売」の議論とあわせて検討することで、より一貫したGX-ETS対応のロードマップを描くことが可能になります。
3.GX-ETSにおけるカーボンクレジット調達の際の確認点
(1)GX-ETSでの利用が認められるクレジットか(適格性)
まず前提として、調達予定のカーボンクレジットが GX-ETS向けに明示的に使用可能なものか、確認する必要があります。2025年12月時点の制度検討では、J-クレジットおよびJCMクレジットが認められる方向性であり、このままルールが最終化された場合、たとえばボランタリークレジットは対象外になる可能性があります。
(2)年間使用量が上限(実排出量の10%)に収まっているか(上限管理)
カーボンクレジットの年間使用量は、2025年12月現在、「各年度の実排出量(クレジット無効化量を控除する前の排出量)の10%」が上限として検討されており、各年度の排出量が増減すると上限量も連動して変化する可能性があります。そのため、排出量見通しの更新とカーボンクレジット調達・使用計画を一体で運用することが重要です。その考え方などは次項(3)にて補足します。
(3)自社の排出量実績・排出量削減カーブと整合しているか(計画との突合)
上述のとおりカーボンクレジットの年間使用量上限は実排出量に応じて変化する可能性があるため、各年度のカーボンクレジット調達量は排出量見通しとセットで計画・管理することが重要です。具体的には、排出量削減カーブ(計画値)や排出枠を踏まえて調達計画を立案したうえで、実排出量をモニタリングし、必要に応じて調達・使用計画を適宜調整していくことが望まれます。また、調達先(商社等)とも密に連携し、必要なタイミングで適格なカーボンクレジットを必要量、確保していくことが重要です。
こうした点を踏まえ、自社の保有カーボンクレジットや今後調達を検討しているカーボンクレジットについて、「GX-ETSで使えるか」「上限内に収まるか」「いつ・どれだけ使う前提か」を軸に棚卸しを行い、制度設計のアップデートを継続的にモニタリングしながら、調達・使用計画を調整していくことが求められます。
4.おわりに
次回以降は、今回の議論を踏まえつつ、
- 自社の排出削減投資・プロジェクトからカーボンクレジットを創出すること
- カーボンクレジット事業への参入を通じて、新たな収益源を確保していくこと
といった、いわば「発行・販売側」に回るための戦略にも焦点を移し、GX-ETSを単なるコスト増要因ではなく、中長期的な成長機会として捉えるための視点を整理していきます。