近年、地域公共交通を取り巻く環境の急速な変化により、路線バスの運行見直しの必要性が高まっています。従来、運行見直しは手作業での検討が中心でしたが、適切な運行ルートを割り出すには膨大な移動需要や複雑な制約条件を総合的に考慮する必要があります。このような複雑な意思決定に、データサイエンスをどのように活用できるでしょうか。
本稿では、まずビジネスにおいて路線バス運行ルートの見直しが求められる背景や、バスルート最適化により克服が期待される課題を説明します。続いて、バスルート最適化の背景にある考え方を概説します。そのうえで、バスルート最適化に用いられる主要な分析技術とその強みを紹介し、最後にバスルート最適化の高度化がもたらす変革を展望します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
Point
- データサイエンスを活用した路線バス運行ルートの最適化:GPSデータを活用し、従来の手作業では困難だった移動実態や潜在的な需要を定量的に把握。新たなアプローチにより地域の実情に即した最適なバス運行ルートを導き出せる。
- 強化学習による柔軟かつ持続的な最適化:強化学習技術を用いることで、運行エリアや車両台数の増加、環境変化にも柔軟に対応。膨大な条件下でも、長期的な便益を最大化する最適な運行ルートを自動的に提案できる。
- 地域交通の課題解決と持続可能な社会への貢献:高齢者の移動手段確保や収益性向上など、地域公共交通が抱える課題に対し、データドリブンな最適化手法が持続可能な交通インフラの構築に貢献する余地が大いにある。
バスルート最適化の重要性
近年、地域公共交通を取り巻く環境は急速に悪化しています。路線バスの運営事業者は運転手不足や収益性の低下に直面し、サービス提供の維持が困難な状況にあります。特に地方部では、住民の交通手段として路線バスの重要度が高く、高齢者の移動手段確保が深刻な課題となっています。
路線バスの運行見直しは、地域の実情に精通した担当者による手作業での検討が中心で、膨大な移動需要や複雑な制約条件を総合的に考慮することが困難です。地域住民の移動実態の把握が不十分な状態では、顕在的な移動需要を捉えた運行ができないだけでなく、他の交通手段からバス移動への転換可能性が高い潜在需要の発掘ができず収益性向上の機会損失となります。また、橋開通等の道路ネットワークの変更が生じた場合に、従来の移動実態や運行実績のみに基づいてバス運行ルートを見直すのは適切とはいえません。
こうした課題に対応し、地域公共交通の持続性可能性を支えるため、地域住民の移動実態を定量的に把握し、複雑な条件下でも最適な運行経路を導出できる新たな手法が求められています。本稿で紹介する地理空間分析と強化学習の技術を組み合わせた手法は、データドリブンで最適なバス運行ルートを導出することが期待されます。
バスルート最適化の考え方
的確なバス運行ルートを導出するには、図表1に示すように大別して2つの要素が求められます。1つは、運行見直しに伴い充足したい移動需要を類型別に明確に定義し、各類型の需要を捉えうるデータを選定して適切な分析手法で移動需要量を推定することです。もう1つは、推定された移動需要を最もよく充足する経路を、網羅的かつ現実的な条件下で特定する効率的なアルゴリズムの適用です。
【図表1:バス運行ルート最適化のアプローチ全体図】
移動需要の精緻な把握
本取組みでは、図表2にある2種類の移動需要を運行見直しに伴う充足の対象とします。すでにバスを利用している顕在需要と、現状は他の移動手段(鉄道、自動車など)を利用しているがバスへの転換可能性がある潜在需要です。
顕在需要は既存のバス運行経路とダイヤに加え乗車率を仮定することで、おおよその移動需要量が把握できます。それに対し潜在需要は、地域の移動実態をより広範に捉える必要があるため、対象エリアでの過去の移動実績としてGPSデータを活用します。スマートフォン等の端末から観測された行動ログと、どの地点から出発しどの目的地に到着したかを表す「ODデータ」を取得し、移動手段別に類似する往来のパターンを集約します。
端末から取得されたデータでは捉えきれない移動を地域の夜間人口で補正したのち、特定された移動パターンについてバス移動へ転換する確率を推定します。
【図表2:移動需要の類型とその定義、需要を表現するデータの例】
| 類型 | 定義 | データの例 |
|---|---|---|
| 顕在需要 | バスでの移動 | 既存バスルート、運行ダイヤ、乗車率 |
| 潜在需要 | バス以外の手段での移動 | GPSデータ、地域夜間人口、POIデータ |
複雑な条件下での最適な運行経路導出
バス運行経路の見直しにあたっては、移動需要の充足と運行時間の短縮が主眼となりますが、他にも運行エリアや車両台数の変更、運行時間帯、乗車定員、乗務員の稼働時間など、複数因子の考慮が必要です。本取組みでは数理的手法を用いて最適解を導出し、手作業による運行ルート見直しからの脱却を図ります。従来の数理最適化手法には、主に図表3に示す課題がありました。
【図表3:バスルート最適化における既存手法の技術的な主要課題】
| 課題 | 内容 |
|---|---|
| 大規模問題への対応 | 従来の組合せ最適化の手法では、運行エリアの拡大や車両台数の増加など、問題の規模が大きくなると、計算量の増大に伴い最適解を求めるのが困難になる |
| 問題設定の柔軟性の担保 | 組合せ最適化より大きな規模の問題を扱えるヒューリスティックな手法は、カスタマイズの柔軟性に欠け、実情に即した細かな制約設定や最適化目的の変更がしにくい |
| 環境要因の変更への対応 | 新規施設オープンによる移動需要傾向の変化や、道路ネットワークの変更など、環境の変化をバス運行ルートに反映させるための再学習コストが大きい |
これらの課題を克服するため、本取組みでは強化学習を最適化のアプローチとして採用します。強化学習は機械学習の一種で、ある問題に対して長期的な便益が最大化されるように最善の意思決定の仕方を学ぶ手法です。フィードバックを頼りに、状況に応じて何が失敗で何が成功かを経験から学ぶ人間の意思決定則の獲得プロセスを模しています。これにより、大規模問題への対応と、制約条件や最適化目的の設定の柔軟性を両立し、移動需要の変化に応じて都度最適なルートを提案することが可能となります。
バスルート最適化のアプローチとそれを支える技術
以下では、前節で紹介した考え方に沿った分析の流れと、そのうえで鍵となる技術を解説します。課題や目的に照らし、高度な分析技術を的確に使用することで、データから洞察を引き出しビジネス変革に有用な示唆を得ることができます。
潜在需要の推計
移動需要のデータとして、GPSデータを活用しました。使用するGPSデータには2種類あり、それぞれ特性が異なるため、分析目的に応じて使い分けるのがポイントです(図表4参照)。
【図表4:GPSデータの種類と概要、特性と分析アウトプットの例】
本取組みでは、他の移動手段から路線バスへの転換の可能性を潜在需要として考慮するため、ODデータより粒度の細かい行動ログデータを重点的に分析しました。分析には時系列と地理的連続性の両方を考慮して似たような移動をグループ分けする手法(クラスタリング)を適用し、移動と滞留の主要なパターンを抽出します。多く見られる移動パターンは路線バスがカバーする移動の候補となります。また、滞留が多い地点は訪問する必要性や魅力度が高い場所と考えられるため、バス停の候補地となります。
ひとたび移動と滞留のパターンを把握したら、次に各パターンについてバスへの転換移動量を推定します。推定は以下の手順で進めます。
- 転換による利便性の前後比較
抽出した移動パターンにルート探索用APIサービスを適用し、バスとその他の移動手段で移動距離・時間の比較を行います。 - 目的地の訪問されやすさの定量化
抽出した移動パターンにおける目的地がより多く訪問されるほど、移動手段の転換も多く起きると考えられます。空間分析において確立された手法である Huff モデルに基づき、目的地への移動の利便性と場所の魅力度を競合する場所と比較することで、訪問確率を算出します。 - 転換移動量の推定
移動量の見積もりには、前項の目的地の訪問確率と、抽出した移動パターンの移動量実績、出発地付近の夜間人口による調整を組み合わせます。これにより、各手段からバスへの転換移動量が推定できます。
強化学習による運行ルートの最適化
強化学習では、行動や意思決定をする主体をエージェントと呼びます。このエージェントが、判断すべき内容であるタスクについて意思決定を行い、それに対するフィードバックを報酬または罰則の形で受けることを繰り返して、意思決定のルールを学習します。
エージェントが自律的に経験を蓄積することで、学習すべきパターンが膨大になった場合でも偏りなく学習することが可能で、環境の変化に柔軟に適応しながら複雑な問題を解くのに適しています。コントロールの対象や制約条件が膨大にある最適化問題において、従来の機械学習や数理最適化技術を用いた計算が困難な場合でも、強化学習で意思決定にあたり考慮すべき環境要因を適切に定義することで最適化が可能となります。
バス運行ルートの最適化に強化学習を適用するには、現時点で停車しているバス停から次の行き先として任意のバス停を選んだ際、カバーされる移動需要および所要時間を考慮した報酬を与える仕組みを構築します(図表5参照)。
より短い運行時間でより多くの需要を充足するほど効果的なルートと考えられるため、報酬はバス運行における経済的価値を表しています。この仕組みでエージェントが継続的にバス停の選択を見直すことにより、一区間のバス停移動で満たす需要が少なくとも、全体の累積として移動需要の満足と運行時間の短縮を満たす最適解を、自動的に導出することが可能になります。
【図表5:路線バス運行ルート最適化のための強化学習】
本アプローチの強み
上記の二段階の分析を経て、移動需要を満たす運行ルートが導出されると共に、当該見直しにより獲得できる需要及び短縮できる時間が推計できます。併せて、手作業や人間判断では困難であった運行ルートの見直しも、複雑に絡み合うさまざまな要因を総合的に考慮して数学的に解を導出することができます。
強化学習の活用は3点において運行ルート最適化に適しています。1点目は運行エリアや車両台数が増大して問題が大規模になった場合にも最適解を求められること、2点目は路線バス運行における時間やエリア、乗車定員等の制約を柔軟に組み込めることです。3点目に、学習段階での試行錯誤を経てひとたび運行ルート決定のルールが獲得できれば、変化する移動需要の状況に応じて最適なルートを割り出すことができます。これは、主要施設や道路ネットワークに変更があっても、強化学習の枠組み自体を変えることなく変化に対応できることを意味します。
さいごに
本稿で紹介したように、地図やGPSなどの地理空間データと強化学習技術を併用した先進的な手法により、従来は困難であった大規模で複雑なビジネス課題の解決が可能になります。このような潜在需要を考慮したバス運行ルート見直しの高度化は、地域社会の利便性向上や持続可能な交通インフラの構築に大きく寄与するものであり、長年の経験や専門知識を持たない担当者にも容易に活用できる道が開かれれば、業務の効率化と展開力の向上が期待されます。
KPMGでは、ビジネス課題をデータサイエンスにより数理的にアプローチすることで、従来にはない価値創出を目指しています。
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 小竹 輝幸
シニアコンサルタント 小篠 耕平
KPMGアドバイザリーライトハウス
マネジャー 小澤 友美