本連載は、「自動車産業変革のアクセルを踏む~取り組むべきデジタルジャーニー~」と題したシリーズです。
自動車メーカーによるSDV(Software Defined Vehicle)投資が加速しています。日本政府においても日系メーカーのグローバル市場におけるSDVシェア3割を目標に掲げ、主要領域(SDV・モビリティサービス、データ利活用)と横断領域について具体的な取組みを進めています。第12回となる本稿では、SDVがもたらす自動車部品サプライヤーの再定義 Part2として、自動車サプライチェーンの変化や、新たに起こることが予想されるデジタルケイレツ化について述べていきたいと思います。
1.自動車サプライチェーン構造の変化
自動車のSDV化により、従来のハード主導の車両開発からソフト主導の車両開発へとシフトします。これにより自動車部品サプライヤーも大きな影響を受けるでしょう。
なかでも第1に想定されるのは、ティア0.5*1サプライヤーの出現とその影響力の拡大です。ティア0.5サプライヤーとは、自動車メーカーを頂点とした従来のサプライチェーン構造において、自動車メーカーとティア1サプライヤーの間に位置するインテグレータのような存在です。具体的にいうと、より自動車メーカーに近い立場、もしくは自動車メーカーと共同で、SDV車両プラットフォームや統合アーキテクチャを設計・開発し、ハードウェア、ソフトウェアそしてサービスを統合した“ソリューション”を提供するサプライヤーを意味します。
Part1で述べたように、自動車メーカーにとって、SDV開発にはソフトウェア開発に巨額の投資が求められます。これらすべてを自動車メーカーのみで賄うことは現実的でなく、他の自動車メーカーとの共同開発や高い技術力を有するソフトウェア会社、ティア1との連携が進むと考えられます。すでに一部の大手ティア1において、ティア0.5のポジションを狙いつつ、SDVやソフトウェア開発への投資を拡大しているのは周知のとおりです。
ここで留意すべき点は、ティア0.5のポジションに、専業ソフトウェア企業や先端半導体メーカーなど新たなプレーヤーが参入、影響力を発揮する可能性です。SDVにおいては、ソフトウェアが車両価値に直結し、制御プラットフォームやアーキテクチャにも大きな影響を及ぼすため、ティア0.5のポジションは、よりドミナントな影響力を持つ可能性があります。これはノートパソコンやドローンにおいて、半導体部品が製品の性能やパフォーマンスに強く影響していることと同様の構造であり、このようなケースでは、ハードウェアのコモディティ化が進んでいくことが考えられます。
*1:自動車サプライチェーンにおけるティア(Tier)とは、自動車メーカー(OEM)を頂点として、部品やサービスの供給階層を示す概念。一般的には、OEMに直接システムやモジュールを納入するティア1、ティア1に対し構成部品や素材を納入するティア2、ティア2に対し原材料や部品を納入するティア3などに分類、構成される。
【自動車サプライチェーンにおける新たなレイヤー】
出所:KPMG作成
2.ジオメトリックサプライチェーン
自動車業界をはじめ、製造業においてはProduct Lifecycle Management(以下、PLM)といった考え方が浸透し、自動車メーカーや大手ティア1サプライヤーにおいても、製品の企画、設計、製造、販売、アフター、廃棄/リサイクルといった一連のプロセスと情報を一元的に管理する取組みを進めています。ソフトウェアについても同様に、Application Lifecycle Management(以下、ALM)といった考え方が存在し、品質向上や開発効率化、トレーサビリティ確保を目的に、ソフトウェアの要件定義、設計、開発、テスト、導入、保守といったライフサイクルを一元的に管理します。
昨今のデジタル化の浸透やAI技術の飛躍的な進歩に伴い、今後自動車業界においても、メタバースのようなデジタル空間における製品開発や試作、テストなどが進むでしょう。これはデジタルつまりソフトウェアで考え、ハードを構築するというSDVの発想と根幹は同じです。このような流れのなか、PLMやALMといった考え方も融合し、将来的には1つの仕組み、1つのプラットフォームのなかに取り込まれ、下記のような新たな自動車サプライチェーンが形成されると考えられます。
このサプライチェーンは、従来からのピラミッド型のサプライチェーンと比し、ジオメトリック(幾何学的)なネットワーク型サプライチェーンと言えるでしょう。ピラミッド型のサプライチェーン構造においては、基本情報や指示が上位から下位に流れ、部品性能や品質管理の責任分担は、階層ごとに明確化される点が特徴でした。一方、ネットワーク型サプライチェーンにおいては、自動車メーカーと全レイヤーのサプライヤーが1つのプラットフォームに存在し、デジタルで相互に連携することが前提になります。そのなかでは、情報伝達の即時性や双方向性は向上し、サプライチェーン全体の可視性が高まり、結果としてイノベーションが生まれやすいというメリットがあります。
【SDV時代のサプライチェーン(ジオメトリックサプライチェーン)】
出所:KPMG作成
3.デジタルによる新たなケイレツ化
日本の自動車産業は過去、自動車メーカーごとの資本的なつながりを基盤としたサプライヤーの系列化により、その競争力を発揮したのは紛れもない事実でしょう。複雑な機械加工部品のすり合わせ開発や、海外での生産工場立上げに伴うサプライチェーン拡大においては、系列サプライヤーの役割は非常に重要でした。一方、SDV時代のサプライチェーンは、デジタルで形成されるネットワーク型サプライチェーンとなることから、その結びつきは資本ではなくデジタルがベースとなります。これにより、デジタルを介した新しいケイレツ化、つまりデジタルケイレツ化が生まれると考えられます。欧米の自動車メーカーやティア1サプライヤーでは、すでに自社のネットワークにサプライヤーを取り込み、デジタルケイレツ化を目指した動きが進んでいます。
自動車部品サプライヤーの場合、自動車メーカーのネットワークに組み込まれることはもちろんですが、自社のサプライヤーを含め、自社製品のライフサイクルマネジメントの仕組み、ネットワークを構築することが必要になります。そして個々のネットワークは相互に複雑に絡み合います。このなかで自動車部品サプライヤーの役割は、これまでのハードウェアの部品供給者から、SDVを通じて実現される新たなモビリティエコシステムの共創パートナーへと変化するでしょう。このような未来に対して、自動車部品サプライヤーは、どのような備えをするべきでしょうか、Part3のなかで解説していきたいと思います。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 石井 奨