本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
「バイオ燃料で読み解くモビリティCN化」と題した本シリーズの第3回では、カーボンニュートラルなモビリティの鍵として注目されるCNG車とバイオメタンの循環型モデルの可能性を、インドの事例を通じて解説します。
車だけではない、バイオメタンが支える地域のカーボンニュートラル化
カーボンニュートラルなモビリティを世界的に見渡すと、国ごとにまったく異なるアプローチが取られています。その代表例の1つが、CNG車(圧縮天然ガス自動車)とバイオガスを組み合わせるインドの取組みです。
バイオメタンは、廃棄物からつくられるCNG燃料です。原料となるのは、生ごみや紙くず、家畜の糞尿、刈り取った草木など、これまで捨てられていたもの。これらを集め、嫌気性発酵槽で酸素を遮断すると、微生物の働きによってメタンガスが発生します。発酵後に残る物質は肥料として畑に戻せるため、廃棄物処理と農業生産を同時に支える循環型の仕組みが生まれます。
【図表1】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
発酵で生まれたガスは、そのままでは使えません。メタン以外にCO₂などが混ざっているため、精製設備でメタン濃度を高め、燃料として価値のある成分だけを取り出します。さらに、約20~25MPaまで圧縮することで、CNG車に直接充填できる「バイオメタンCNG」となります。
興味深いのは、この仕組みをインドの現実に当てはめたときのスケール感です。インドの牛糞を活用した場合、どれだけのCNG車をバイオメタンで走らせられるのか試算しました。前提条件は、CNG車の燃費を20km/kg、平均年間走行距離を21,900kmと設定。この条件では、1台のCNG車が1年間に必要とするCNGは1,095kgとなります。
【図表2】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
では、CNGをバイオメタンでまかなうには、どれほどの牛糞が必要なのでしょうか。CNG1kgを生成するには約50kgの牛糞が必要で、牛1頭が1日に排泄する量は16kgとされています。試算すると、1台分の年間燃料を作るために必要な牛糞は54,750kg。一見すると膨大な量ですが、インドには約3億頭の牛がいます。このすべての牛糞をバイオメタン生成に活用できると仮定すれば、乗用車ベースで3,278万台、保有台数の約8割をバイオメタンでカバーできる可能性があるのです。
つまり、インドでは「牛糞=厄介な廃棄物」ではなく、「国民の足を支えるエネルギー資源」になり得るということです。家畜の多い農村部でバイオガスプラントを整備し、近隣のCNGステーションにガスを供給すれば、農村の新たな収入源にもなります。農家は糞尿処理の負担が減り、発酵残さを活用して土壌改良も進められます。エネルギー・農業・環境の3つを同時に改善する「一粒で三度美味しい」モデルが描けるのです。
自動車ユーザーの視点でも、CNGは魅力的なのでしょうか。結論から言えば、インドでは乗用車に限り、TCO(総保有コスト)の面でCNG車が有利になる可能性があります。たとえば、乗用車の自家用では、1kmあたりのTCOがCNG車で12.4インドルピーとなり、ディーゼル車、ガソリン車、そしてBEVよりも低くなります。また、バス分野では低グレードのディーゼルが依然として安価ですが、CNGも十分競争力があり、環境性能まで含めて評価すると、CNGバスの方が高評価となり、導入を後押しする要因になり得ます。
【図表3】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
インドの事例から、日本や他の新興国が学べる点があります。人口密度の高いアジア諸国には、生ごみや下水汚泥、家畜糞尿などのバイオマスが豊富に存在します。これらを適切に集め、地域分散型のバイオガスプラントとして活用すれば、ごみ処理費用を削減しながら、ディーゼル代替燃料としてバイオメタンを供給できます。さらに、すでにCNGインフラを持つ国であれば、燃料タンクもエンジンもそのまま使えるため、BEVとは異なるカーボンニュートラル移行の選択肢となるでしょう。
「バイオ燃料で読み解くモビリティのカーボンニュートラル化」という視点で見ると、インドのバイオガスは単なるニッチ技術ではありません。「地域資源 × 既存インフラ × TCO」という3つの要素を掛け合わせた合理的なアプローチです。BEVほど華やかではありませんが、足元の課題を一つひとつ解きほぐしながら、カーボンニュートラル化を着実に進める現実解の1つといえます。
- バイオガス自動車燃料 農村振興と気候変動への貢献(財務省)
- 家畜ふん尿の排せつ量(家畜改良センター)
- India: Livestock and Products Annual(米国農務省)
- 世界生産・販売・保有・普及率・輸出(日本自動車工業会)
- Total cost of ownership of electric vehicles: Implications for policy and purchase decisions(WRI India)
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光