近年、市場環境の変化スピードの加速、消費者ニーズの多様化、そして地政学的リスクの高まりにより、企業にはサプライチェーン全体の可視化と柔軟な計画調整が強く求められています。

しかしながら、多くの企業では依然として、部門ごとの縦割り計画や年度予算といった固定的な情報を前提とした従来型の計画手法を採用し続けており、これらの手法では急激な環境変化に対応しきれず、需給ギャップの調整による工数の増大や在庫リスクの発生、さらには経営戦略との整合性確保(例:在庫アロケーションの優先順位や製品の補充優先度等の戦略整合性)が困難になるケースが増えています。

このような課題に対し、S&OP(Sales and Operations Planning)は、販売・生産・調達などの計画を部門横断で統合し、金額ベースでサプライチェーン全体の最適化を図る新たな計画手法として注目されています。

本稿では、S&OPの概要と日本企業における導入課題、構築ステップ、そしてAI活用による今後の展望について解説します。

1. S&OPとは

従来の需給調整やPSI(生産・販売・在庫)計画は、数量ベースで現場レベルの調整を行うことを主眼としたプロセスです。これらは、目の前の需要や供給の変動に対して迅速に対応することを目的としており、短期的な課題への対処が中心となります。

一方、S&OP(Sales and Operations Planning)は、単なる需給調整にとどまらず、経営戦略とオペレーションを結びつける統合的な意思決定プロセスです。S&OPでは、今後の事業の方向性を踏まえた中長期的な視点から、販売・生産・調達などの計画を部門横断で連携させ、企業全体として最適なリソース配分と戦略実行を支援します。

このように、従来型の計画が「現場対応型」であるのに対し、S&OPは「戦略連動型」の計画プロセスであり、企業の持続的成長と競争力強化に向けた基盤となります。

S&OPで経営と現場をつなぐ、利益創出の仕組みづくり_図表1

また、計画立案プロセスにおいても、S&OPと従来型の計画手法では異なります。
従来型の計画手法では、営業部門が作成した販売計画を基に、担当者レベルで需給調整を行い、PSI計画を策定するのが一般的です。

一方、S&OPは基本的に以下の5つのステップで行われ、従来型の計画手法でのプロセスに加えて、事業計画とのギャップを可視化・分析し、そのギャップを埋めるための施策検討、意思決定、計画修正までを含む、より広範かつ戦略的な活動を行います。

このような統合的なアプローチにより、企業は事業戦略に沿ったリソースの最適配分や、環境変化に応じた柔軟な対応が叶い、計画業務が経営に直結する価値あるプロセスへと進化させることが可能となります。

S&OPで経営と現場をつなぐ、利益創出の仕組みづくり_図表2

2.日本企業におけるS&OP構築の課題・失敗事例

昨今の急激な市場環境の変化に対応するため、日本企業でもS&OPの導入を検討する動きが広がっています。
しかし、導入から定着に至るまでの道のりは容易ではなく、多くの企業が以下のような課題に直面し、導入が思うように進まず、結果的に失敗に終わるケースも少なくありません。

(ア)従来型の計画手法から脱却できない、あるいは後戻りしてしまう

経営層の関与が不十分で、オペレーション指標のKPI管理にとどまり、経営指標を含めたモニタリングが行われない結果、経営に資する情報提供や意思決定がなされず、従来の需給調整会議の延長にとどまってしまう。

(イ)情報収集に時間がかかり、タイムリーな確認・判断ができない

部門や拠点ごとにデータの粒度や前提・考え方が異なるため、整合性の確認に時間を要し、計画作成が遅れ、迅速な意思決定が困難になる。

(ウ)会議が形骸化し、アクションに結びつかない

会議の目的や議題が明確に設定されておらず、参加者への周知も不十分なため、報告のみで終わる会議となり、意思決定がなされず、最悪の場合は従来型の計画手法に逆戻りしてしまう。

(エ)ITツール導入が目的化してしまう

初期段階からITツールありきで検討が進められ、肝心な管理指標や参加者の役割などの設計が不十分なまま最新ツールが導入され、十分な効果が得られずに終わってしまう。

3.S&OP構築ステップと実行のポイント

(1)現状把握

まずは、既存の計画業務の実態と課題を把握します。加えて、経営層の視点から「どこを目指しているのか」「現状の計画業務に何が不足しているのか」を明確にすることが重要です。経営層の意向の反映により、活動へのコミットメントを促し、プロジェクトの推進力を高めることができます。

よくある例として、現場メンバーの意見だけを確認し将来のあるべき姿(ToBe像)を作成してしまい、プロジェクトの後半で経営層から指摘が入り振り出しに戻るということがあります。

こうした手戻りを防ぐだけでなく、経営層に積極的に関与してもらうためにも、経営層の意向を早い段階で確認しておくことを強くお勧めします。

(2)重点課題・改革テーマの抽出

現状把握を基に、課題の優先順位を整理し、特に解決すべき重要課題を抽出します。すべての課題に対応しようとすると、リソース不足や目的の曖昧化につながるため、本取組みの目的やあるべき姿を明確に定義し、改革の方向性を絞り込むことが重要です。抽出したテーマは経営層と合意形成を図り、以降の活動の軸とします。

(3)ToBe定義

改革テーマ・方針に基づき、ToBe像を具体化します。業務プロセスの設計に加え、対象製品・拠点の定義、モニタリングすべきKPI、会議体の構成なども含めて検討します。常にステップ(2)で定義した目的や方針に照らして、ToBe像がぶれないようにすることが重要です。

(4)モデル設計

ERPやMESなどの関連システムとの整合性を確認し、MTO(受注生産)・MTS(見込生産)であれば製品群、ETO(受注設計生産)であれば顧客または案件単位といったデータ粒度やデータ構造を定義します。企業によっては拠点やシステムごとにデータ粒度が異なるため、どのように統一・調整するかを検討します。すべてを一度に対応するのではなく、対象領域を絞って段階的に進めることが現実的です。

(5)PoC(概念実証)

設計した業務やデータモデルが実際に機能するかを検証します。PoCを省略してIT導入に進むケースもありますが、計画業務にはチューニングが不可欠です。まずは既存資産を活用し、特定の製品や拠点で小規模に実施することで、精度や課題を確認し、必要な調整を行います。PoCを通じて重大な問題が判明した場合でも、柔軟に軌道修正できるようにしておくことが重要です。

(6)現場展開

S&OP会議の安定運用に向けて、会議フォーマット、議題、参加者の役割などを定義します。関係者が多岐にわたるため、十分な理解と協力を得ることが不可欠です。トップダウンで目的を共有し、プロジェクト外のメンバーも巻き込みながら、段階的に展開することが成功の鍵となります。

(7)IT導入・自動化

最後に、運用に合わせたITシステムの導入・自動化を行います。事業環境の変化に対応するためには、柔軟性の高いIT設計が求められます。ITはあくまでツールであり、S&OP業務が安定的に運用できる体制が整ったうえで導入することが、最大の効果を発揮するための前提条件です。

S&OP領域においては、さまざまな専用ツールが存在するため、自社のビジネスや業務等に合わせたシステム選定が重要となります。ただし、機能が豊富なシステムを入れればよいというわけではなく、重要なのは実績データを保持する基幹システムといかにスムーズに情報を連携し、環境変化に応じたさまざまなシミュレーションが行えるかということになります。この2点がクリアできなければ、たとえ良いシステムを入れたとしても、形骸化し使われないシステムになってしまう恐れがあります。

4.AI活用による今後の展望

S&OPは、経営と現場を結び、全社で最適な意思決定を行うための戦略的マネジメントプロセスです。しかし、多くの企業では情報収集や分析に時間がかかり、変化への対応が遅れるという課題もあります。

こうした状況に対し、AIの活用はプロセスの効率化と意思決定の迅速化を支援する有力な手段となりつつあります。AIは、過去の実績データや外部要因を加味した高精度な需要予測を可能にし、需要変動の早期検知を実現します。さらに、生産能力・在庫状況・調達制約などを踏まえた複数の供給シナリオを瞬時に試算し、最適な計画案を提示することができます。

加えて、生成AIの活用により、S&OP会議に必要なデータや資料の自動作成が可能となり、意思決定のスピードと一貫性が飛躍的に向上します。

S&OPにおいて重要なのは、精緻な計画を立てることではなく、複数のシナリオを基に迅速に検討し、変化に応じて柔軟に判断することです。AIの導入により、こうしたシナリオ分析の精度とスピードが格段に向上し、経営と現場が一体となって最適な意思決定を行うための基盤が整います。

今後、S&OPはより短いサイクルで更新される「ダイナミックS&OP」へと進化し、財務・人材を含む統合的経営計画(IBP:Integrated Business Planning)との連動が進むと考えられます。AIはその進化を支える中核技術として、S&OPをより戦略的かつ機動的な経営プロセスへと導いていくかもしれません。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 湯浅 みずき

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