本連載は、「総務省「メタバースの原則」を読む-企業・自治体における活用ガイド」と題したシリーズです。
企業や自治体等が「メタバースの原則(第2.0版)」を参照してメタバースを事業に活用する際の要諦について解説します。

2025年9月17日、総務省より「メタバースの原則(第2.0版)」が公表されました。当該原則は、メタバースが民主的価値を実現しユーザーが安心・安全にメタバースを利用していくために、仮想空間そのものの提供を担うメタバース関連サービス提供者が取り組むべき内容を整理したものとなっています。

当該原則は2024年10月に公表された「メタバースの原則(第1.0版)」の更新版であり、メタバースに関して現在日本政府から公表されている文書のなかで最も整理されたものであるため、日本においてメタバースにかかわる各ステークホルダーから参照されることが期待されています。

本シリーズでは、特に企業や自治体等が当該原則を参照してメタバースを事業に活用する際の要諦について数回にわたって解説します。第1回目の今回は、「メタバースの原則(第2.0版)の概要」、および「オープン性・イノベーション」について説明します。

1.メタバースの原則(第2.0版)の概要

1-1.背景
当該原則の背景となる考え方は次のとおりです。

メタバースが国民の生活空間や社会活動の場としてますます発展し、人々のポテンシャルをより一層拡張することが期待される一方、メタバースの設計や運営が過剰に商業主義的な動機で支配され、民主的価値を損なうような仮想空間が出現する可能性、さらには、物理空間と仮想空間がこれまで以上に融合した結果として、メタバース上での出来事や価値観が仮想空間のみならず物理空間にも影響を与え、両空間の民主的価値を損なう可能性も想定されます。

このような状況を防ぐためにも、以下のⅰ~ⅲをメタバースにおける民主的価値の主な要素として国際的な共通認識としたうえで、メタバースの将来像の醸成を図ることが重要になります。

ⅰ メタバースが自由で開かれた場として提供され、世界で広く享受されること
ⅱ メタバース上でユーザーが主体的に行動できること
ⅲ メタバース上での活動を通じて物理空間および仮想空間内における個人の尊厳が尊重されること

1-2.対象とするメタバースの範囲
メタバースには統一された明確な定義はありませんが、当該原則では次のⅰ~ⅳを備えているものを「メタバース」と定めています。

ⅰ 利用目的に応じた臨場感・再現性があること
ⅱ 自己投射性・没入感があること
ⅲ インタラクティブであること
ⅳ 誰でもが仮想空間に参加できること

また、個人間でのコミュニケーションやエンターテインメントを目的としたものだけでなく、事業・産業や教育で利用されるメタバースも対象としています。

仮想空間の種類としては、VR(Virtual Reality)デバイスを用いて仮想空間に没入するメタバースだけではなく、仮想空間を物理空間に重ね合わせたAR(Augmented Reality)・MR(Mixed Reality)メタバースや、スマートフォンやPCからアクセスするものも含まれます。さらに3Dだけでなく2Dの仮想空間として構築されるものも含まれます。

(注)

  •  VR(Virtual Reality):現実世界から切り離された仮想空間にユーザーを没入させる技術。VRヘッドセットやコントローラー等を使用する。
  •  AR(Augmented Reality):現実世界にデジタル情報(画像・テキスト・3Dモデルなど)を重ねて表示する技術。スマートフォンやARグラス等を使用する。
  •  MR(Mixed Reality):現実世界と仮想世界を融合させ、ユーザーが両方とインタラクションできる技術。仮想オブジェクトが現実空間に存在しているかのように振舞う。MRグラスを使用する。

以上より、当該原則が対象とするメタバースの範囲は広く、企業や自治体等がメタバースを事業に活用する大半のケースが該当します。
 

1-3.対象とするステークホルダーの範囲
メタバースを取り巻く主なステークホルダーは以下のように分類されます。

メタバースの原則の概要とオープン性・イノベーション_図表1

このうち、当該原則の一義的な対象はメタバース関連サービス提供者であり、プラットフォーマーおよびワールド提供者が含まれます。たとえば企業がメタバースプラットフォーム上に自社のワールドを構築しイベントや営業活動、マーケティング活動等を行う場合、その企業はワールド提供者の役割を担うことになります。

1-4.対象とする取組み
当該原則では、民主的価値を実現するためのメタバース関連サービス提供者による取組みとして、「メタバースの自主・自律的な発展」と「メタバースの信頼性向上」の2つを大きな柱として位置付けており、それらの下に全8項目が定められています。
企業や自治体がメタバースを事業に活用する際には、使用するプラットフォームの特性をよく理解したうえで、自社のワールドやサービスがこれらの項目に適合しているかどうかに留意することが重要です。

メタバースの原則の概要とオープン性・イノベーション_図表2

(1) オープン性・イノベーション

次に、「オープン性・イノベーション」の観点からポイントを説明します。

メタバースの原則の概要とオープン性・イノベーション_図表3

(i) 自由で開かれた場としてのメタバースの尊重

<原則>
誰もがアクセスできる、自由で開かれた空間として発展を遂げたインターネットと同様に、様々な属性のユーザーによる参画とその主体的な取組が今後のメタバースの発展に欠かせない。メタバース関連サービス提供者は、様々な属性のユーザーの参画を歓迎するとともに、ユーザーの自主性を尊重したメタバースサービスの開発・運営等を行うことが期待される。
出典:「安心・安全なメタバースの実現に関する研究会報告書 2025」(総務省)より転載

<企業等がメタバースを事業に活用する際のポイント>
まず、ユーザーが企業等のメタバースワールド/サービスにどのようにアクセスするかの導線を確認します。メタバースプラットフォームによってアカウント作成に必要なステップはさまざまであり、ユーザーネームを入力するだけのケース、プラットフォーム専用のIDを作成するケース、SNS等のアカウントを利用するケース、暗号資産ウォレットに接続するケースなどがあります。実名と紐付く形でのアカウント作成を敬遠するユーザーが一定数いることには留意が必要です。また、プラットフォームが求めるPCスペックが高く実質的にゲーミングPCの保有が前提となるような場合は、アクセスできるユーザー層の制限につながります。

メタバースプラットフォームにいるユーザーの属性を確認することも重要です。プラットフォーム上でどのような既存ワールドが構築されサービスが提供されているか、そこにはどのようなユーザーが何の目的で集まっているか、既存ワールドから自社ワールドについでに立ち寄ってもらえるようなユーザーの流入を期待できるUIになっているかといったことを確認することにより、自社ワールド目掛けて直接来てくれるユーザーに加えて、どのようなユーザーが集まりそうかを予想することができます。

自社ワールド/サービスを設計する際には、さまざまなユーザー属性を想像してケアする必要があります。たとえば、メタバースには心理的、身体的または環境的な理由により音声で話さない「無言勢」と呼ばれるユーザーが一定数存在します。ワールド/サービスがボイスチャットの利用を前提にした設計になっていた場合、そのようなユーザー層を無自覚のうちに対象から外すことになってしまいます。

また、今後プラットフォーマーや企業等がメタバース上でのビジネスを発展させていくなかで、メタバース経済圏の構築が進むことが予想されます。しかし、経済圏を梃子にユーザーの囲い込みを過度に進めると、自由で開かれた場という理念から逸れてしまう可能性があるため、留意が必要です。

ユーザーの自主性を尊重する観点では、企業等からの一方通行ではなく、ユーザーからのリアクションやフィードバックを受け取れる設計になっているかも重要です。メタバースプラットフォームにエモート/チャット/アンケート/SNS連携など、ユーザーが想いを発信するための機能が備わっている場合、これらを有効に活用することができます。また、ユーザーの積極的なアクションを引き出すような仕掛け(ギミック/ゲーム/クイズなど)を設置することも効果的です。

メタバースの原則の概要とオープン性・イノベーション_図表4

(ii) 自由な事業展開によるイノベーション促進、多種多様なユースケースの創出

<原則>
メタバースが様々な分野・目的で利活用されることにより、持続可能な経済発展や社会課題の解決にも寄与し得ることから、メタバース関連サービス提供者は、例えば先端技術の利点や影響を十分に把握した上で積極的に活用するなど創意工夫に基づき自由に事業を展開することを通じて、イノベーションを促進させ、ユーザーとともに多種多様なユースケースの創出に繋げることが期待される。

また、メタバース関連サービス提供者は、メタバースの利用が人々の身体、感情、行動等に正負両面の影響を与える可能性があることを認識し、その提供するメタバースサービスがユーザーの身体的・精神的な健康の増進に寄与するものとなるよう開発・運営等に努めることが期待される。
出典:「安心・安全なメタバースの実現に関する研究会報告書 2025」(総務省)より転載

<企業等がメタバースを事業に活用する際のポイント>
企業等はメタバースの特性を理解したうえで顧客とのタッチポイントとして活用することにより、新たな顧客体験価値を提供することが可能です。具体的な活用モデルや導入アプローチについてはページ末尾掲載の関連リンクの各記事で解説していますのでご参照ください。

なお、企業等が事業の課題や社会課題に対してメタバースを活用する際には、メタバースありきではなく、メタバースの特徴を踏まえて他の方法と比較したうえでメタバースにて解決することが最適である理由を明確にする必要があります。

ユーザーとともにユースケースを創出する観点では、メタバースプラットフォームがクリエイターによる創作活動をサポートしているかということもポイントです。メタバースではユーザーがコンテンツを創作し収益を得るクリエイターエコノミーが成長しています。プラットフォームがコンテンツ開発用ツールキット/マニュアルの提供や、創作物の販売や収益化の仕組みの整備を通じて強力にクリエイターエコノミーをサポートしているケースもあります。そこまで至らなくとも、ユーザーが創作したアバターやアクセサリーを持ち込める機能を備えていることが望ましいでしょう。

メタバースの原則の概要とオープン性・イノベーション_図表5

(iii) アバター、コンテンツ等についての相互運用性の確保

<原則>
メタバースの利活用において、ユーザーが様々なサービスを選択できることは、ユーザーの利便性やオープン性の向上・イノベーションの促進につながることから、メタバース関連サービス提供者は、その提供するメタバースサービスの特性に応じて、アバターやコンテンツ等を複数プラットフォーム間で利用可能となるよう、相互運用性の確保に努めることが期待される。
出典:「安心・安全なメタバースの実現に関する研究会報告書 2025」(総務省)より転載

<企業等がメタバースを事業に活用する際のポイント>
メタバースプラットフォームによってアバターやコンテンツ等の相互運用性は大きく異なります。創作活動を行うユーザーや創作されたコンテンツを購入したユーザーにとって、コンテンツがどのプラットフォームでも利用できることは大きなメリットとなります。特にアバターはユーザーの分身であり大切にしている人も多いため、アバターを持ち込めるかどうかが企業等のワールド/サービスの体験価値を大きく左右する要因となります。一方でプラットフォーム側から見ると、アバター等の持込みには以下のようなリスクが伴います。

  • 技術的な問題:挙動が不安定になる
  • ブランディングの問題:世界観やトーン&マナーのずれ
  • 倫理的な問題:不謹慎な表示の発生

したがって、企業等はプラットフォームの相互運用性を深く理解し、プラットフォーマーと連携して方針を確認することが不可欠です。そのうえで、自らのワールド/サービスの目的に照らし、アバター等の持込みが必要か、もしくはどこまで許容するかを慎重に判断する必要があります。

なお、将来的には技術面やビジネス面の諸課題が解消され、ユーザーがプラットフォームの境界を意識することなくアバターやアイテムを保持したまま自由に行き来できる「オープンメタバース」の実現が期待されています。

メタバースの原則の概要とオープン性・イノベーション_図表6

(iV)知的財産権等の適正な保護

<原則>
メタバース上でクリエイターが安心してコンテンツ等を創作し、ユーザーも安心してその利用が可能となるよう、メタバース関連サービス提供者は、メタバースサービスの開発・運営等に当たり、知的財産権をはじめとする諸権利の適正な保護に努めることが期待される。

また、メタバース関連サービス提供者は、技術・ノウハウなどユーザーから取得するデータについて競争上の理由等から他者に秘匿すべきものがあることに留意するほか、利用規約やコミュニティガイドライン等を通じて、知的財産権をはじめとする諸権利の適正な保護の重要性についてユーザーへの浸透を図るとともに、例えば、二次利用の可否をはじめ、UGC の創作・利用に関するルール等についてこれらの文書に明示することが期待される。
出典:「安心・安全なメタバースの実現に関する研究会報告書 2025」(総務省)より転載

<企業等がメタバースを事業に活用する際のポイント>
企業等は、利用するメタバースプラットフォーム上の既存ワールド/サービスやアイテム等に知的財産権を侵害するようなコンテンツが含まれていないか十分に確認する必要があります。たとえば、有名アニメに似たキャラクターが登場するワールド、または有名ゲームの世界観や仕組みを模したワールドなどがこれに該当します。知的財産権侵害を許容しているプラットフォームはユーザーから保護意識が低いとみなされるため、そこにワールド/サービスを展開する企業等も同様の評価を受けるリスクがあります。ユーザーによる創作活動の自由度を上げると知的財産権が侵害されるリスクも大きくなるため、ルールの明確化に加え、審査やモニタリングといった保護手段の整備が不可欠です。

また、企業等はワールド/サービスを開発(自社開発または外注)する際に使用する各種素材(3Dモデル、テクスチャ、アニメーション、VFX、サウンドなど)の調達元を確認し、知的財産権を侵害していないものを厳選する必要があります。

さらに正規のコンテンツであっても、2Dデザインを基に3Dモデルを作成する場合に、元々のイメージからの意図しない変化や、それに伴う知的財産権上の問題が生じないよう留意が必要です。特許庁でもメタバースにおけるデザインを対象とした意匠制度に関する議論が進められています。

なお、企業等がフリーランスや他企業にコンテンツ開発を外部委託する場合、著作権は原則として創作した本人(外部委託先)に帰属します。企業等が著作権を取得するには、契約において譲渡の合意を明確に定める必要があり、利用許諾の範囲についても契約書に明示することが重要です。

メタバースの原則の概要とオープン性・イノベーション_図表7

本稿については、下記のウェブサイトを参考にしています

執筆者

KPMGコンサルティング 
シニアマネジャー 水口 拓哉

お問合せ

KPMGコンサルティング

ビジネストランスフォーメーション(事業変革)、テクノロジートランスフォーメーション、リスク&コンプライアンスの3分野から企業を支援します。戦略策定、組織・人事マネジメント、デジタルトランスフォーメーション、ガバナンス、リスクマネジメントなどの専門知識と豊富な経験から、幅広いコンサルティングサービスを提供しています。