日本のコーポレートガバナンスは「形式から実質へ」という大きな転換点を迎えています。経済産業省は2025年4月、「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」(以下、「CGガイダンス」)を公表し、コーポレートガバナンスは形式的な対応の域を超え、持続的な成長と中長期的な企業価値向上を図る基盤として位置付ける機運が高まっています。CGガイダンスの取りまとめに携わった森・濱田松本法律事務所外国法共同事業 パートナー 弁護士の澤口 実氏をお迎えし、「攻め」の姿勢を支えるコーポレートガバナンスと、それを推進するための取締役会の在り方について、意見を交わしました。

【インタビュイー】

森・濱田松本法律事務所外国法共同事業
パートナー 弁護士 澤口 実氏

KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 坂本 正明
執行役員 パートナー 木村 みさ

森・濱田松本法律事務所 澤口氏、KPMG 坂本、木村

左からKPMG 坂本、木村、森・濱田松本法律事務所 澤口氏

リスクヘッジからリスクテイクへ転換を促すCGガイダンス

木村:経済産業省は2025年4月、CGガイダンスを公表しました。このなかで、「稼ぐ力」を強化する取締役会5原則として、(1)価値創造ストーリーの構築(2)経営陣による適切なリスクテイクの後押し(3)経営陣による中長期目線の経営の後押し(4)経営陣における適切な意思決定過程・体制の確保(5)指名・報酬の実効性の確保が打ち出されました。有識者会議の委員として取りまとめに関与されたご経験から、CGガイダンスのポイントはどこにあると見ていますか。

森・濱田松本法律事務所 澤口氏

森・濱田松本法律事務所 澤口氏

澤口氏:CGガイダンスでは、コーポレートガバナンスとは「経営者の裁量を奪うもの」ではなく、「意思決定過程の合理性・透明性を確保しつつ、経営者に裁量と責任を与えるもの」であると明記されています。コーポレートガバナンスの強化に向けた取組みは、ともすると不祥事の防止などリスクヘッジの方向へと偏りがちですが、今の日本企業に必要なのは、リスクテイクだと考えています。戦略的にリスクを成長機会に転換していくという、企業の“攻め”の姿勢を健全に支えるコーポレートガバナンスが求められています。

澤口氏:その際、社外取締役が重要な要素となると考えます。特に、中長期を見据えた戦略や事業ポートフォリオの大胆な変化を後押しする牽制・監督機能として、自らの専門性や業務執行の細部な指導に過度にとらわれることなく、リスクと機会の両面から大局的に経営の在り方を評価する視座に立つことが、CGガイダンスでは期待されています。

坂本:適切なリスクテイクを後押しする機能として社外取締役が重要だと言うご指摘に同感です。そのうえで、取締役会の実効性を高めるためには、具体的にどのような工夫が有効だと考えられますか。

澤口氏:CGガイダンスでも触れられているように、きちんとリスクテイクを行っているかを含めたCEO評価が、実効性向上の鍵を握るでしょう。コーポレートガバナンス・コードの2018年改訂版では、CEOの選任・不再任の基準策定を促す内容が加えられましたが、実際に意味のある基準を企業が策定しているケースはきわめて稀です。

このことは、コードが要求する定量化自体の難しさに起因しているかもしれません。たとえば、仮に「赤字が3年間継続すれば解任」といった基準を設けたとしても、新型コロナウイルス感染症のような外的要因の影響を取りこぼしてしまうかもしれません。逆に「3年連続黒字」を再任の基準にしたとしても、その企業が身を置く業界全体に追い風が吹いている場合があります。

坂本:社外取締役の役割に関連して、プライム市場に上場する企業における社外取締役比率の変化は象徴的です。社外取締役が取締役の過半数に達している会社は増加の一途をたどっており、足元では3割超に上っています。おそらく数年以内には、半数以上の企業で社外取締役が過半数を占めるようになると見られており、非常に重要な変化です。

澤口氏:過半数に達するということは、社外取締役が手を組めば、CEOを解任できる権限を持つことを意味します。これは、取締役会が社外から監視され、失敗すれば交代させられる可能性があることを経営者自身が受け入れた1つのシグナルです。実際に解任が頻発するかは別としても、経営者のマインドセットに小さくない変化をもたらすことになります。

KPMG 坂本

KPMG 坂本

坂本:こうした動きは中長期を見据えた、企業の大胆な変化を後押しする流れになると考えます。組織内の既得権益を守るために変化を拒む層が現れたときにも、社外取締役が牽制を利かせることで戦略や事業ポートフォリオの転換は進みやすくなるでしょう。

取締役会に求められる実効的な議論

木村:取締役会での議論を活性化させるためには、アジェンダの工夫も必要です。多くの日本企業では、依然として単年度を中心とした短期的な戦略を重視する傾向が残っているように感じます。取締役会で提出されたアジェンダをみると、過度に短期的だったり、個別的だったりする内容に終始している例が少なくありません。中長期的なシナリオや全社戦略、将来的な事業ポートフォリオの在り方といったように、あえて時間軸が長く、大局的な方向性を示すような抽象度の高い議論に時間を割くことや、そうした議論自体の訓練を積み重ねていくことが望ましいと考えています。

KPMG 木村

KPMG 木村

木村:CGガイダンスでは、「取締役会で実効的な議論を行うための環境は整備されているか」という検討ポイントの解決策として、オフサイトミーティングの活用も推奨されています。たとえば、合宿形式で中長期的なシナリオを徹底的に議論し、戦略や各事業の目標に落とし込むという方法も有効です。

澤口氏:社内の人間だけで議論すると、どうしても「風呂敷を広げると自分の仕事が増える」といった意識が働き、肝心の中長期的な発想が十分に広がらない傾向があるのかもしれません。社外取締役や利害関係のない外部の専門家がファシリテーターとして入ることで、建設的で自由闊達な議論が可能になるでしょう。

坂本:取締役会における議論のアジェンダの1つとして、上場の意義についても改めて考えるべきだと考えています。コーポレートガバナンス改革の傍らで進む重要な動きとして、MBOなど株式の非上場化が増加していることをどう見ていますか?

澤口氏:上場企業は成長期待を集め、その株価を対価に事業拡大やM&A、人材採用を加速できることがメリットです。しかし、成長期待が乏しい企業が上場を続けると、日本の会社法の構造上、株主が圧倒的な権限を持ち、従業員や役員よりも余剰資金を持ち出せる構造になっています。そこに目をつけた一部の投資家によって、長年積み上げてきた資金を流出させられてしまうという懸念を、企業が抱くのはもっともです。

経済産業省が設置している産業構造審議会の価値創造経営小委員会では、成長期待が低い企業にとっては戦略的な非上場化は重要な選択肢であると明確に整理しています。今後、非上場化という選択肢が議論の俎上に載る機会が一層増えていくことでしょう。

価値創造に結びつけるコーポレートガバナンス強化へ

木村:日本のコーポレートガバナンス改革は今後、どのように進んでいくでしょうか。

澤口氏:国内における企業ガバナンスの軸足は、会社法のような「法律(ハードロー)」から、コーポレートガバナンス・コードなどの「ソフトロー」、さらに「資本市場からの要請」へと移行しつつあります。こうした状況下では今後、資本市場からどのような要求が届いているのかをしっかりと理解できる人材を配置することの重要性が一層高まっていくでしょう。

坂本:資本市場からの要請を理解し、成長戦略を描いていく力を持った経営人材を配置するためには、戦略的に次世代経営者を育成するサクセッションプランニングが求められます。この点、欧米では、全権限を集中させた“最強”のCEOを選抜する「大統領型」が主流です。しかし一般論として、日本企業のCEOは欧米ほど強力な権限を持たないガバナンスにあるため、複数育成した優秀なリーダーで内閣を構成するような「議院内閣型」がフィットします。

たとえば、内閣の一員となるCFOやCHROは、単なる経理部長や人事部長として専門性を発揮するだけでは不十分と言えるでしょう。資本市場がその企業の財務や人的資本をどう評価しているかを常に把握し、客観的な視点からCEOを支える実行力のあるリーダーとして活躍することが求められます。日本のコーポレートガバナンス改革を進めるためには、そのようなリーダー層を育成する仕組みづくりが必要だと考えています。

森・濱田松本法律事務所 澤口氏、KPMG 坂本、木村

左から 森・濱田松本法律事務所 澤口氏、KPMG 坂本、木村

木村:日本のコーポレートガバナンスは、形式的なコンプライアンスに留まらず、価値創造に結びつけることを目指しています。私たちKPMGは、サクセッションプランニングや事業ポートフォリオの大胆な転換、企業価値を高めていくための環境・制度整備の支援を通じて、コーポレートガバナンスの強化をサポートし続けたいという思いを強くしました。本日はどうもありがとうございました。

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